サルディニアからローマへと向かうボート、その亀のスタンドの中で、トリッシュはずっと何かに耐えている風だった。ジョルノはそれに気づいていたが、あえて触れずにいた。俺は多くのことを考えていた、正体をつかみかけたボスのこと、パソコンを通じ突然接触してきた謎の男、そして。
アバッキオの死。
サルディニアは美しい場所だった。スカイブルーの空とエメラルドグリーンの海。
海岸で、ひとりの男の死体を見つけた。
全身をエアロスミスの弾丸に貫かれ、ズタズタになった黒ずくめの男。名前も顔も素性もしらない。けれどきっと組織の者だとわかった。ボスの娘を奪うため、俺たちをずっと追い続けてきた、組織の『裏切り者』たち。パッショーネの、ひと際ドス黒い影の中で生きてきた者たち。その最後の刺客。チームのリーダー。
『暗殺』のみを任務とするチームの存在は当然知っていた。そのメンバーを実際に見たのは今回が初めてだった。暗殺をなりわいとする以上、顔を合わしたなら、どちらかの死しかない。万が一、暗殺チームの者が任務に失敗して死んだ時のために、チームのメンバーらは過去も名前も消して偽りに書き換え、また組織内外に関わらず、特別な人間関係を築くことを固く禁じられていたという。
そして常に命の危険がともなう任務を担っているというのに、組織内での地位は低く『幹部』にもなれない。報酬も、俺たちのようにショバ代や介護料があるわけじゃあない。純粋に、ひとを殺した分だけ手に入る金額。同じギャングからも疎まれ蔑まれた仕事。
全身を血まみれに濡らした黒ずくめの男は、サルディニアの真っ青な空を、うつろな瞳で見つめていた。
『仲間のいない残りのひとり』。部下をかかえるリーダーとして、これまで俺たちが倒してきた何人もの彼にとっての仲間たちの死を、どんな風に受けとめていたのだろうか。
俺は常に率先して動いてきた。任務は遂行する、部下も守る。そのために、自分の命など惜しくはなかった。危険をおかしてこのサルディニアにまで来た。
この男は、待っていたのだろう。仲間からの連絡を。ブチャラティたちを始末した、娘は手に入れた、そうかかってくるはずの電話を。
その連絡はけっして入ることはなかった。この男の元に。
そうしてこのサルディニアの地に、辿り着いたのだろう。たったひとりで。仲間はだれもいない、残された、たったひとりで。
アバッキオを守ってやりたかった。ムーディーブルースはリプレイ中、完全無防備状態になる。ボスからの攻撃を予測すべきだった。
俺たちのチームがここまで全員無事で来れたことが、むしろ奇跡だったのかもしれない。『トリッシュを守る』という任務を受けてからこれまで戦ってきた組織の刺客たちはみな、今まで出会ったどんなスタンド使いより強かった。いつ誰が死んでも、おかしくはなかった。
それでも俺は守りたかった。部下を、仲間を。
この男も、そんな想いがあったのだろうか。
フィレンツェ行きの列車の中で戦った者たち。俺が唯一、直接戦ったのはあの二人だけだ。老化させるスタンドをもつ男と、釣り竿に似たスタンドをもつ男。
あの二人は同じチームのメンバーだったのだろうが、単なるチームのメンバーだけじゃない、深い信頼関係と互いへの敬意があった。俺がミスタやナランチャへ、深い信頼を寄せるように。
「甘いんじゃあねーか、ブチャラティ。仲間を切り捨ててでも娘を守るため、俺を倒す、それが任務じゃねえのか?『幹部失格』だな」
『兄貴』と呼ばれていた男の言葉は、彼らのチームの信条だったのだろう。仲間を切り捨てても、暗殺を遂行する。だが俺はちがう。どっちも守る。仲間も任務も、けしてあきらめない。
黒ずくめの男の死体、そしてアバッキオの倒れ伏した姿。俺が守れなかったもの。守りたかったもの。黒ずくめの男の死体は、俺の未来の姿か?ちがう。俺は守る。『仲間のいない残りのひとり』にはならない。死んでいく仲間を見送るなんてまっぴらだ。だから黒ずくめの男には敬意を払おう。俺がリーダーとして、自らの命をかえりみず戦うことを決めたのと同じように、黒ずくめの男は、何人の仲間の命を見送ろうと、最後まで自分は生き残ることを決めたのだ。生き抜く覚悟は、死にゆく覚悟と同等に重い。