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虚言の食卓 m.i


 リゾットに呼び出された時点でイルーゾォは嫌な予感がしていた。普段は特に勘がいいというわけでもないのに、こうゆう時に限って当たるのだ。不幸だ。
「メローネを監視してくれ」
「なんだよそれ」
 放たれた言葉の意味にゾッとした。
 リゾットは表情を変えず、机に座って腕を組んでいる。
「今から、俺がいいと言うまでだ。メローネが起きてるときも寝てるときも食事中も任務中もずっと張りついていろ。そして逐一俺に報告をいれてくれ。以上だ」
「待てよ、リーダー」
 本気で話を打ち切るつもりだったらしいリゾットが、まだ何か?という顔を向けてくる。イルーゾォの意図するところがわからない筈もないというのに。
「どうゆうことだよ。メローネの奴、なんかしでかしたのか?」
「組織を裏切っている可能性がある」
 自分で問いただしたとはいえ、真意をはっきり聞いてしまうと、それはそれで衝撃だった。
 けれど2、3秒考えたら、思う。
(…あいつならありうる)
 メローネの考えてることはよくわからないのだ。思考回路が複雑すぎる。と思ったら本当に脊髄反射で生きてるんだなと思うこともある。さっきと今ではまるで別人みたいなテンションになってる時もある。なりふりかまわず道ばたで機嫌良く大声で歌ってるかとおもったら、引きこもり10年目みたいな陰気な顔でソファに転がってたりする。
(正直、俺たちのことをちゃんと『チーム』の『仲間』とおもってるかどうかも、怪しい。とくに、俺のことは)
 イルーゾォはこのチームに入ってからこの方、メローネと気が合った瞬間が一度もない。れっきとした性格の不一致だ。
 他のみんなはわかりやすい。ペッシはマンモーニだしギアッチョはうるさいしプロシュートは怖いしホルマジオは適当だしリゾットは変だ。わかりやすい。メローネだけがわからない。
 強いて言うなら、意味不明、だ。
「一週間前、メローネに仕事をまかせた。男一人を殺す仕事だ。もちろんその仕事はなんなく完遂された。だが男の家には偶然、男の母親が来ていたらしい。メローネはその母親を匿ってる」
「それは……たしかなことなんだろうな」
「組織の上層部からのリークだ。なんにしろ、おまえがメローネを追跡すればわかる」
「組織裏切りの意志は、どう判断するんだ」
「それは俺が決める。とにかくイルーゾォ、おまえが見たままを報告してくれ」
 



 イルーゾォの父親は軍人だった。詳しくは知らないが陸軍の少尉だったらしい。
 短気で攻撃的な人だったから、よく何かにつけては母親をぶっていた。イルーゾォも子供の頃からしょっちゅうぶたれた。
 特に父親にとっては、一人息子のイルーゾォが、父親のように屈強な戦士としての振る舞いをまったく受け付けないことが腹立たしいようだった。
 この腑抜けが、それでも俺の息子か。もっと軍人らしく振る舞え。
 そう言われては殴られ蹴られ、時には家の地下室に閉じ込められた。
 父親はイルーゾォに軍人、しかも階級のある士官兵になってほしがったが、イルーゾォは軍人になんか死んでもなるもんかと思っていた。軍人なんか、人を殺して、家では女を殴って、平気でのさばる、最低な人間じゃないか。イルーゾォは軍にも国家にも階級にも興味はもてなかった。それよりもゲームや漫画や本が好きだった。
 母親は非力な人で、夫に殴られても泣くだけだったし、夫が苛立ちまかせに割った皿や花瓶の破片を黙って拾うだけの人だった。
 イルーゾォは彼女のことをかわいそうな人だと思っていて、自分が殴られてる時に助けてくれないことは恨んでたけど、いつからか俺が彼女を守ってあげなければならないなと思っていた。
「ジョルジョ?そこにいるの?」
「ああ、ここだよ。スープをあたためてる。食べるだろ?」
「ええ。ありがとう、ジョルジョ」
 鏡面の向こう、現実の世界で、老いた女がイスに、テーブルに、手を付きながら、台所の方に話しかけている。イルーゾォは鏡の中から、その様子を定点観測のように見ていた。
 ジョルジョは、メローネがよく使う偽名だ。ジョルジョ・アルマーニと思いきや、ジョルジョーネというルネサンス期の画家にあやかってるらしい。
 イルーゾォは絵画に詳しくないが、ジョルジョーネの描いた『ユディト』という絵のことはよく知っている。メローネがしょっちゅう話していたからだ。
「ユディトはとびっきり美しい未亡人で、敵軍が街を囲ったとき、敵軍の陣地に入り込んで、軍を率いていたホルフェルネス将軍に近づくんだ。ユディトの美しさに気を許した将軍は、彼女を酒宴に招く。ユディトは将軍が酔っぱらって寝てしまうのを待って、将軍の首を斬り落とした」
 絵では、薄紅の衣をまとった女が、右手に剣をさげ、さらした生足で男の首を踏みつけている。女の顔には、聖母のような静かな微笑がえがかれている。美と性、そして慈愛。
「さぁ、できたよ。クリームスープだ」
「とてもいい匂いだわ、ジョルジョ。スープのお皿はそこに…」
「いいから、座ってなよ。動きまわると危ないだろ」
「ふふ…長年暮らした私の家よ、見えなくったって何がどこにあるかぐらいわかってるわ」
 老女は全盲だった。
 皿の支度を手伝おうとする彼女を、メローネがやさしくなだめ、その手をとってテーブルへと導く。
 老女は微笑んだまま、素直にテーブルについた。そうしてメローネがスープを運んできてくれるのを、うれしそうに待っていた。
(あんな手つきも、できるんだな。やさしい…まるで息子が母親にしてやろうような)
 イルーゾォが知っているメローネは、ベイビィフェイスを生成したりドラッグをキメてる時の最高にハイな状態か、誰かと話してる時やひとりでテレビを見てる時にみせる恐ろしく冷めた顔のどちらかだ。どちらも暗殺者にはふさわしいが、母親を愛するひとりの息子にはほど遠い。
(全盲で、無謀なばあさんに、ほだされたとか?いくらなんでもそれはないだろ。自分の、母親と重ねてるとか…)
 イルーゾォは、メローネの母親なんて、知らない。今のチームに来るまでの話をすることもほとんどない。聞かなかったし、聞かれなかった。互いに互いへ興味なんかないだろうと、思っている。
 メローネが皿に盛ったスープを運んでくる。ひとつを老女の前に置いて、もうひとつを向かいの席に置き、自分も座る。
「本当にいい匂いだわ。あなた、料理が上手なのね」
「いつもはしないんだけどね。あんたには特別だ」
「まぁ…じゃあ、ゆっくり味わっていただかないと」
「いくらでも作ってあげるよ。地下室にバターも牛乳もじゅうぶんに保管してあったからね」
「ええ、そうでしょう。息子がシェフだったのよ。いまは別々に暮らしていたけれど、よくうちに来ては食糧を置いていってくれたわ。かあさん一人だと、買い物にいくにも大変だろうってね」
「やさしい息子さんだ。料理を作ってくれることもあった?」
「そうね、時々は作ってくれたわ。勤め先のリストランテで使ってる、とくべつな小麦粉を持って帰ってくれることもあったの」
「とくべつな?」
「そう、とくべつな。市販されてないものだって言ってたわ。だから大事にしまってあるのよ。まちがって使ってしまわないようにね」
 老女は食卓のうえで静かに手を組んだ。
 メローネも、それに習って手を組む。
「主よ、あなたの慈しみに感謝して、この食事をいただきます。ここに用意された食物を祝福し、私たちの心と身体を支える糧としてください」
 老女の声が、静かに鼓膜を打つ。
 小さなダイニングテーブルで、スープ一皿を前に、向かい合って座る老女と青年。メローネは両手を組んで目を閉じている。その姿は絵画のように神聖なものに思えた。
「父と子と、精霊の御名によって。アーメン」
 老女が十字を切る。メローネは手を組んだまま動かなかった。深くまぶたを閉ざしている。
 そのとき老女がふと、顔をあげた。
 イルーゾォは息を呑んだ。メローネは目を伏せている。見てるのは鏡越しのイルーゾォだけだ。
 老女の、ふだんは閉じられた両目が開いて、全盲者特有の、ガラス玉みたいな透明な瞳が、メローネを見ている。
 いや、見えてはいないはずだ。それでも、その瞳は確実に、自分の目の前に座って祈りを捧げるメローネの姿を、映しとっていた。鏡のように。
「そして主よ、この食事をともにできる私たちが、私と、このジョルジョが、いつもあなたの愛のうちに歩むことができますように。私たちの罪をゆるし、私たちを悪よりお救いだしください」
「…………」
 メローネが、ゆっくり顔を上げる。
 老女は透明の瞳で、メローネを映し出している。ユディトのような微笑をたたえながら。
 メローネは、さっきまでのやわらかい表情をなくし、冷たい皮をかぶっていた。
 まちがいなく暗殺者の顔だった。イルーゾォは、それを見たとき、メローネに組織を裏切る意志はないと、わかった。




 料理に使う分厚い包丁から、赤い血が幾筋も滴っている。
 そういえばイルーゾォは、メローネが人を殺すのを初めて見た。メローネ自身の手で、握ったナイフで、腹部をちょうど三回。
 血を噴き出して倒れた老女をまたいで、メローネは老女の寝室へ入っていった。
 壁にはささやかな絵画が飾ってある。ルネサンス期の聖書をテーマにえがかれたものだ。それを壁から外すと、小さな隠し扉があった。
 ネジを回し、扉を開ける。壁に穴を掘っただけの、簡素な隠し収納庫だ。片手を突っ込んで探ると、すぐに目的のものが見つかった。何個かの袋に詰められた、白い粉。
「麻薬か?」
「そう。ごく高純度の。老人なんか一発であの世行きだ」
 ベッドの脇におかれた小さな鏡台から姿を現したイルーゾォに、メローネは平然と応えてみせた。最初からイルーゾォの存在を知っていたかのように。いくらメローネでも鏡の中の様子が見れるわけじゃないし、そんなことありえないのだが。
「どうゆうことなんだ。これは組織の命令か?」
「最初っから俺の仕事の目的はコレさ。隠し場所はシェフの男しか知らなかった。まさか母親の家に隠してるなんてな。サイテーの息子だぜ」
「じゃあ、なんで俺はおまえの見張りなんかやらされたんだよ」
「そりゃあ、そのまんまの意味だろ。組織は俺の裏切りを疑ってた。それだけのことだ」
「リゾットは…」
「さあね、それは知らない。でも俺の監視におまえを付けたってことは、おまえへの信頼だろ。よかったな」
「…なんにもよくねーよ」
 組織はメローネの仕事の目的を知っていた。それを命じたのはパッショーネ自身だから。それなのに同時に、メローネが裏切る可能性も疑っていた。それほどにパッショーネは、自分たちのチームのことを信頼していないということだ。
 ダイニングに目をやると、倒れた老女の足が見えた。血の海がじくじくと広がっている。
 さっきまでそこで、老女とメローネは、スープを作り、神に感謝し、あたたかい食卓を囲っていたというのに。
 メローネが老女に向けていた表情が、ぜんぶ嘘だとは思えない。
「俺は、ずっと母親似だと思ってたんだけど」
「ん?」
 粉の入った袋を手に、メローネがイルーゾォの方を見る。イルーゾォは、光のもれるダイニングに目をやったままだった。
「最近は、じつは父親似だとおもうようになった。軍人だったんだ。俺は軍人なんか人殺ししか能のないやつらだとおもってた。それって、今の俺とたいして変わらない。俺も、おまえと同じように、人を殺す。そんな酷いことできる人間が、母親に似てるはずなんてない。ひどい男に似たんだ。そのシェフの男だってきっとそうだ。あのばあさんになんか、ちっとも似ていないんだろう。きっとそうだ」
「…………」
 メローネは黙ったまま、玄関に向かった。廊下には姿見があった。暗い廊下に立って、メローネはイルーゾォの方を振り向いた。
「俺も鏡に入るの許可してくれよ。はやく帰って寝たい。麻薬も、さっさと組織に届けねぇと、俺は裏切り者扱いで殺されちまう」
 イルーゾォはメローネのそばまで歩み寄った。姿見に入りながら、メローネを許可する、と呟く。鏡面が波のように揺れる。
 一度だけイルーゾォは振り向いた。
 粉の入った袋を手に、メローネが突っ立っている。
「おまえは、どっちに似てた?メローネ」
「おかあさん」
 嘘をついた。メローネは嘘をついた。ちっとも母親には似てなかった。それでもよかった。嘘でもよかった。
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