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帰り道はもうない p.m


「いってぇ……」
「なんだ?老化か?」
 からかうプロシュートに向けてメローネは中指を立てた。言葉に出さないというだけでメローネの短気さはギアッチョといい勝負だ。
「ソファで寝ちまって、背中がディモールト痛い」
「みろ、やっぱり老化じゃあねーか。1つ、ソファで寝ると痛みがあるほど体が硬くなっちまってる、2つ、ベッドまで這っていく体力がなくなっちまってる、3つ、老化を認めない。立派なオッサンだな」
「あんたのが年は上だろって言いたいけどそう言い返したらそれもオッサンの条件に入れられそうだからやめとく」
「賢明だ」
 とはいっても彼らは互いに正確な年齢を知らない。なんとなくの感じだけ。それに彼らの世界じゃ、年齢よりも経験や実力が物を言う。
 冬の日の朝。イタリアの町並みはすっかり白い。雪はまだ降っていないが、道路には霜がおりて、街路樹も路駐の車も薄い白に包まれている。
 黒いコートの襟を立てて、プロシュートとメローネは並んで歩いていた。ブーツが石畳を叩く硬質な音の行き交う目抜き通り。両側にはバールや露店が並び、あたたかいエスプレッソを求める人たちであふれている。白い湯気が冬の透き通った空に立ちのぼる。
「年食ったっつーか、もう若くねえんだなって思ったのは認めるよ。プロシュートにもあるだろ、そうゆう瞬間」
「狭いベッドでのファックはもう考えられない時」
「うわぁすっごいわかる」
 しゃべるたびに吐く息が白くて、メローネはマフラーを口元まで引き上げた。こう寒いと本気で炎を使う能力者がチームにいればいいのになぁと思う。『ベイビィ・フェイス』の息子は人工物にしか擬態できない。暖炉にはなれても暖かみはない。
「ぜひ火を扱える能力者をチームに入れるべきだ。そう思わない?プロシュート。ギアッチョのやつはクビにして」
「で、また夏になったら火の能力者をクビにしてギアッチョをスカウトするか?」
「名案だろ?」
「名案だ。いますぐ火の能力者を探してこい」
「今この場にいる一般人全員順番に『矢』をブッ刺してまわってみるかァ〜」
「『矢』……?…ああ、ポルポのスタンドが持ってるとかゆうやつ」
 メローネはプロシュートの方を振り向いた。
「『矢』で発現したんじゃあないのか」
「気づいたらいた」
「なるほど…自然発生型ってやつか。ギアッチョといっしょだ」
 プロシュートは歩きながら煙草ケースを叩いて新しいのを一本くわえた。差し出すがメローネはいらないと手を振る。
「怒りとかの強烈な情動反応だったり、あるいは命の危険が迫ってる危機的状況で、防衛本能として能力が引っ張りだされるってのはたびたびあるらしいね。興味深いなぁ」
「おまえはポルポの『矢』にやられたのか」
「ああ。おもしろいことに能力のない奴だと、あの『矢』で死ぬんだぜ。ポルポの試験をいっしょに受けた奴がいたんだけど、そいつは死んじまって、俺は生き残った」
「なんで試験を受けたんだ?」
「なりゆきかな?ヤクの売人やってた奴が組織に入りたがってて、ついでにってかんじ。プロシュートは?」
「俺はもともとこの世界にいたからな。能力者になったのは半分リゾットのせいだ。…寒いな。どっか寄ろう」
「2ブロック行った先にたまに入るバールあるけど、空いてるかな」
「この時間帯はどうせどこもいっぱいだろ」
 人混みにまぎれて歩いていると、道路脇のウィンドウをコンコンと叩く音があった。メローネが目を向けると、ウィンドウの向こうでイルーゾォが手を挙げている。そういえばこの店はこいつの行きつけだったか。
「プロシュート」
「ん?」
 指し示すと、プロシュートもイルーゾォに気がついた。メローネはイルーゾォの方に向き直って、「店内空きある?」と声をかけるが、イルーゾォの方はハ?と眉をしかめるばかりだ。ウィンドウに阻まれて声が届かないらしい。
 メローネは霜の降りたウィンドウに文字を書きだした。てっきり『avete un tavolo libero?』(空いてる席ある?)とでも書くのかと思いきや、正解は『Fanculo!』まったく意味不明に罵られたイルーゾォは、思いっきり嫌悪をこめた顔をして、勢いよくそっぽを向くことで抵抗の意を示した。
「なんだよ。使えないやつだな」
「どっちかというとおまえがな」
 店はあきらめて2人はまた歩き出した。時間がたつにつれ人通りは多くなる。
「半分リゾットのせいってのは?」
「あーそのへんは話すと長くなるうえにややこしい。リゾットに聞け」
「えー?リゾットから聞き出すのって面倒なんだよなぁー誘導尋問にも引っかかんねえし」
 角を曲がると広場に出た。中央の噴水のまわりにハトが群がっている。年寄りがパンクズを撒いていた。
 広場を斜めに突っ切り、細い通りに入っていく。
「どうゆうこと聞き出してんだ?あいつから」
「んー貝類が嫌いだとか、パズルゲームが得意だとか、10代のころギャング狩りやってたとか」
「ギャング狩り?」
「恨みがあったらしいぜ。『メタリカ』で無差別に殺してたんだって。能力を身につけたばっかの頃って、みんなそんなだろ?どんなことができるか試したい。『メタリカ』みたいな強力なヤツならなおさら」
「それがなんでギャングやってんだ。そんな派手に殺してたんなら、パッショーネにも目をつけられただろ」
「そ、目をつけられたさ。だから今は組織にいる」
「なるほどな……手に負えないなら味方にしちまえってことか」
「組織が俺たちみたいな能力者をチームにまとめてるのも同じことだ。いざという時まとめて始末できるように…スタンド使いってのは殺すのも面倒だからなぁ〜」
 通りを進んで次の四つ辻を曲がれば、彼らのチームの溜まり場がある。帰り道はもうない。恨みでギャングを殺していた少年は今もギャングを殺している。帰り道はもうないのだ。
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