断っておくがこれは罪の告白じゃあない。俺の脳にははじめから罪悪という機能が損なわれているからだ。
ハニーブロンドの痩せっぽっちの女と、真っ黒い髪のガキ。俺と母親はいまどき保安官が幅を利かすような田舎の町に住んでいた。
俺の真っ黒くて真っすぐの髪はマリア・カラスみたいだっていつも母親が言っていたけど、俺は母親のやわらかくカールしたブロンドがうらやましかった。俺の黒くて艶のしみこんだ直毛はすべてを撥ねつける邪悪みたいだ。
せめてマリア・カラスのように歌を歌えればよかった。
歌になれば、どんな悲劇も惨たらしい愛も、美しく着飾ることができたのに。
俺の運命が呪われているのはこの黒髪のせいだと知った。
母親は白に近い黄金の髪。カールしたやわらかい毛先。
俺にこの黒い遺伝子を負わせたのは、ハニーブロンドの母親をレイプした男だ。頭のおかしい野郎で、町の連中はいつかあいつは罪を犯すんじゃないかって思ってたような奴。気の狂った殺人鬼。母をレイプしたあと、4人の女を監禁して殺したらしい。
母親は俺に、おまえの父親はおまえが赤んぼうの頃に病死したんだって教えてたけど、スクールの先生が言ってたんだ。
俺の父親はケイサツに射殺されたんだって。
こんな田舎の小さな町で起きた事件だ。町の大人たちはみんな知ってた。俺が殺人鬼の息子だってことを。
何も知らないまま母親のやさしい嘘につかまっていればよかったのだろうけど、俺はもう知ってしまった。目覚めてしまった。元よりこの体に流れる殺人鬼の血と遺伝子が、この髪みたいに絡みついて俺をあっちの世界へ引っ張っていったんだ。
やがて母親が気持ち悪くて仕方がないという思いに俺は満たされた。
レイプされた上に孕まされて、産まれたのは呪われた息子。母親の胎内にいる時から殺人の罪を負った息子。それを愚かにも産み落とした放埒な女。
彼女に罪悪はないのか?
俺の殺人者の血を目覚めさせたのは彼女だ。臍帯を通じて俺に呪われた血と命を送り込んだ。それが目覚めのシグナル。彼女には負うべき責任があった。
女が俺にもたれかかる。上半身がずるりと落ちて、丸められた手が血を広げながら俺の肌を滑る。
殺人者の息子の最初の殺人は、産んだ母親であるべきだ。
それは儀式に似ている。彼女を殺してようやく息子は「人」になれる。本当の意味での「生」を手にする。
俺は生きたい。
女の、血にまみれた手が宙をさまよう。閉じられたまぶたの中、瞳は明るいターコイズだった。それだけが臍帯から俺に送り込まれた彼女の贈り物。
女の手は俺を探している。細い息にくちびるを震わせながら。
カイン…どこなの…なにも見えないわ…カイン…
見下ろす俺の髪からは薬品の匂いが漂っていた。まっすぐな黒髪は脱色剤で痛んだ金髪に染め上がっている。
「カインは死んだよ。人類最初の肉親殺し。たった今」
聖書に由来するその名は彼女自身の運命を示唆していたのだろうか。
息子は永遠に神に愛されないだろう。姿を偽り、顔を隠して。息子は罪を重ねるだろう。罪を罪と知らず、悪を悪と知っていてもなお。
薬品を使ったところで黒い髪は生きてる限り息子にまとわりつき続ける。ざわざわと身の内にひそむ虫みたいに湧き続ける。
黒い血をまといながら、息子はやがて自分自身を殺すだろう。
それが最後の殺人になると信じているから。