『仕事』と『生活』。一般的な社会生活を送る者なら誰しもがこの両方を成り立たせなければならない。大企業の社長だって家に帰れば飯を食って歯を磨かなればならないし、家と呼べるものを持たない浮浪者だって、昼間には外に出て空き缶や鉄クズでも拾い金を作らなければならない。人間社会に生きるなら、誰もがこの『仕事』と『生活』を両立しなければならない。ギャングだろうと、暗殺者だろうと。
「なにしてる、行くぜリゾット」
名前を呼ばれて初めて、自分が声をかけられてることに気付いたリゾットは、ようやくパソコン画面から顔を上げた。デスクトップに腕をのせ、プロシュートがこっちを見下ろしている。
「どこにだ?」
「買い出しだよ。今チームのサイフもらったろうが。あんたに」
「俺が当番だったか?」
「他の手があいてない」
「ギアッチョは?」
「イルーゾォと任務」
「メローネは?」
「今日の朝帰ってきたばっかで寝てる」
「ホルマジオは」
「掃除当番」
「…ペッシ」
「ダメだ。今日はリゾットおめーだ。来い」
この男が、こうすると決めたことに、それ以上何を言っても無駄だと改めて思い知らされた。リゾットは抵抗を試みるのも馬鹿らしくなったが、なんとかして買い出し係を回避できないものかと、思案しつつ時間稼ぎにパソコン横のサプリメントのケースに手を伸ばした。リゾットはサプリメントが好きだ。好きというか重宝している。とくに鉄分サプリは暇があればクセのように飲む。
が、リゾットの手が届くまえにサプリのケースはすばやく取り上げられた。
「こんな薬みてーなもんばっか飲んでねぇで、たまには生のフルーツでも食え。そのための買い出しだ。ほら、大好きなお薬も減ってきてんじゃねーか」
プロシュートの手の中で、サプリのケースがカラカラと音をたてる。実際にはサプリメントは薬ではない。栄養補助食品だ。と、何度言ってもプロシュートは理解を示さない。
「それは薬じゃない」
「薬みてーなもんだろうがよ」
「栄養補助食品だ」
「『補助』だろ?補助ってこたぁつまり、栄養自体はちゃんととって、そのうえで栄養を補うモンだっつぅーことだな?栄養をとるためにはどうしたらいいか知ってるか?まずはちゃんとした食事を食うことだ。肉と魚と野菜とフルーツでつくった食事だ。そうじゃねえか?リゾット」
リゾットは立ち上がって上着を引っかけた。プロシュートに屈したというより、長くなりそうな説教を遮るためにだ。だが自ら立ち上がったということは買い出しに行くのを了承したということだから、結局降参したのと同じことだ。
ギャングといえど、日々を暮らすために薬局にも行くし大型スーパーにも行く。もちろんショッピングカートだって引く。
「お、これ前にペッシがうまいっつってたやつだな」
子供向けのキャラクターがでかでかと描かれたシリアルの箱を手にとって、考える間もなくプロシュートが買い物カゴに投げ入れる。プロシュートは浪費家というわけじゃないが、節約家とも呼べない。スーパーに来ても、あれとこれ、どっちが安いかどっちがうまいかとかで迷わない。迷う前にどっちもカゴにインだ。それはつまり浪費家と呼べるかもしれない。
「こんなヒマワリの種みたいなもんがうまいか?」
「錠剤食って生きてるやつに言われたかねーだろうぜ」
リゾットからすれば、リスかネズミのエサのように見えるが、最近はこうゆうヘルシーシリアルが人気らしい。背の高い商品棚にいろんな種類のものが並んでいる。
「何がいるんだっけか、ホルマジオはとにかく『肉』っつってたしな、鳥肉でも与えとくか…ちっ、ギアッチョの野郎またスナック菓子だ。こうゆうモンばっか食う奴の気がしれねえ…ああでもこのチーズの入ったチップスはうまかったな…」
「メローネの書いてるのが読めん」
「どれだ?…あー?これなんかフランスの有名なパティシエのなんかだろ?」
「あいつどこでこんなもの買って食ってるんだ。ブランド菓子店にでも行けというのか?」
「かまわねえよ、そのへんのプリンかなんかで」
メローネにしたらかまわねえことないだろうが、このへんは買い出しに行った者の特権だ。メンバーは皆それぞれ欲しいものをリストアップしてメモを渡すが、細かい裁量は買い出し係に基本一任されている。ル・ノートルのマカロンと書いていても、実際にはスーパーで安売りされているプリンとかになるわけだ。
「イルーゾォのメモが真っ黒だな」
「あいつぁ偏食すぎんだよ。かまうな、食いたくねぇもんは自分で避けんだろ」
「『俺の意見を無視するのは許可しないィ〜』とも書いてるが」
「ああ?あいつジジイになって流動食しか食えねー体にしてほしいのか?」
「またグレイトフルデッドだけ鏡の中に閉じ込められるぞ」
「素手でだって負ける気しねぇよ」
ぐるぐると陳列棚を周回するうちに、ショッピングカートには物があふれんばかりになっている。
「タマネギが安いな」
「おー買っとけ買っとけ。ミネストローネにでもするか。……」
丸々と肥えたタマネギを手にとって、プロシュートがしばし黙った。
「タマネギってあんま買ったことねぇよな。誰かアレルギーなんじゃなかったっけ」
「ああ。ソルベがな」
再びの沈黙があって、プロシュートが「そうか」と呟いた。
「ソルベか。てっきりジェラートの野郎がダメなのかと思ってたぜ。あいつら食いモンの好き嫌いまでいっしょだっただろ。双児かっつーの。ややこしいったらないぜ」
「微妙にちがってはいたがな。ジェラートはイカが嫌いでソルベはタコがダメだった」
「そうゆうのが余計ややこしいんだよ。椎茸は嫌いでタケノコは好きとかよォ」
食卓を何度も共にすれば好き嫌いもわかるようになる。その人の癖も知る。生活をするとはそうゆうことだ。寝る。食べる。洗う。支度する。そうして時を重ねていく。
いっしょに生活をするひとたちを、リゾットは『家族』と呼んでいる。