ものすごい音だ。鼓膜を破るほどの。
耳をふさぎたかったが、両手がほとんど動かない。両手どころか、足も、胴体も。硬くて、熱い何かが体を押しつぶすように圧迫してる。
苦しい。ここはどこだ。必死に目をこらすが、片側の視界がきかない。顔面を、どろりと伝っていく血の感触があった。金属のこすれ合う騒音の中、自分の浅い息遣いだけが妙に耳に響く。うるさいぐらいの呼吸は、もう長くないことを告げている。
『死』だ……これは、『死』の感覚。
熱いばかりで身動きできない体、苦鳴のもれる息、それでも思考ばかりは冷静だった。電話をしなければ、伝えなければ、そして最後までスタンドは解除しない、俺は、俺たちは、けっして負けない。……たとえ俺が死んでも。
「…リゾット!」
唐突に降り注いだ声で目が覚めた。覚めてから、ああ寝てしまっていたと気付く。ソファに浅く腰かけていたはずが、すっかり手すりに半身をもたれかけてしまっていた。
まぶたを上げると、まだ寝起きのぼんやりした視界にプロシュートの顔が映った。眉をよせ、めずらしく気遣うような表情をのせている。
「大丈夫か。うなされてた」
「…ああ……夢を見た」
「あんたは夢を見たら毎度うなされんのか」
その時にはもういつもの挑発するような言い方で、プロシュートは唇に笑みをみせた。手にもったソフトケースをとんとんと叩いて煙草を一本引き抜く。それを口にくわえ、ジッポで火を灯すまでの仕草がすばらしく様になっていて、同じ男のリゾットでさえ(まるでミラノ・コレクションのモデルだな)と思うのだ。
プロシュートはリゾットの向かいのソファに腰を落とし、紫煙を吐く。白いもやは彼のスタンドが放つまがまがしい煙に似ている。
「いやな夢か?」
「死ぬ夢だ」
「あんたが?」
「……いや、ちがうと思う」
あれはたしかに自身が感じていた苦しさ、熱さ、圧迫感、血の感触。だがリゾットにはそれらがまるで、一枚へだてた向こうの世界というのか、苦痛や意思を己のものとは受け取れなかった。夢とはそうゆうものかもしれない。自分以外の誰かに成り代わっていることも、時々ある。
ではあれは、誰だったか。
「あんたじゃなかったのか?」
「そんな気がするが、誰かもわからん。ただ死ぬまでスタンドは解除しなかった。そうとうしぶとい奴だ」
「それはそれであんたらしいがな、リゾット」
煙草の灰を、ローテーブルの上の銀の灰皿に落とし、プロシュートはソファを占拠する勢いで寝そべった。仰向けになって煙草を食み、目線をこちらに投げかけてくる。
「死ぬ夢ってのは、縁起がいいってゆうな。ギアッチョのやつも、自分の葬儀の夢を見たことがあるっつってた。葬儀をしてもらえるような商売でもねえのに、呑気な野郎だ」
「葬儀をやってほしいか」
「ああ?」
「おまえは。葬儀をやってほしいか?」
プロシュートはしばらく、眉をよせてリゾットを凝視した。意図をはかりかねてる顔だ。それから、吸いかけの煙草を灰皿に押しつけて、仰向く。
「いらねえよ。墓もいらねえ。ただ、そうだな、あんたがちょっとでも悼んでくれたなら、いいな。それで十分だ」
「………」
それは、リゾットより先にプロシュートが死ぬことを前提とした話だ。それは当然の前提だった。チームのリーダーであるリゾットには、最後まで生き残る義務がある。誰を犠牲にしても、誰よりも最後まで、生き抜かなければならない。リゾットが出る時は、他のメンバー全員が死んだ時だ。
「約束しよう」
つぶやいて、リゾットは目をとじた。部屋の中はひんやりと肌寒い空気に満ちていた。
目をとじていても、向かいにいるプロシュートがこっちを見たのがわかった。その眼差しは、向けられるだけで強烈だ。
「どうしたんだよ、あんた、今日なんか変だな」
「そうかもしれん」
「寝るのか?」
「ああ」
「…おやすみ」
「…ああ」
閉じたまぶたに、手の甲をのせると重みが心地よくて、すぐに眠気が降りてきた。また夢をみるだろう。そんな予感があった。きっとまた、あの夢をみる。死の夢。だれかが死ぬ夢。リゾットは気付いていた、夢の中で死の間際に電話をかける、そのコールを受けるのはきっと俺だ。俺はあいつの死の間際に、その声を聞かなければならないだろう。耳をつんざくような、轟音とともに。