こんな状況はきっと金輪際ないんだろう。プロシュートは思う。金輪際ないし、あってはならない。こんな状況にはならせない。反省とは悔い改めるもので、悔いるだけではダメなのだ。改めなければ。
簡潔にいうと絶体絶命である。
任務中に不測の事態が起こった。よくあることだ。ターゲットは予定通り殺したが、軍隊かと思うほどの応援部隊がやって来て退路を断たれ、銃弾の雨嵐。これもよくあることだ。
リゾットが負傷した。これは今までにないことだ。
廊下のあっちとこっちから銃撃される中、プロシュートは柱の影に身を潜め、真横にかばうリゾットに目をやった。暗くてよく見えないが、肩のあたりからの出血が床にゾッとするほどの血だまりをつくっている。動脈をやられたのかもしれない。
「血を操るスタンドのくせに情けねぇぜ」
「『メタリカ』は血を操ってるんじゃない、鉄分と磁力だ」
「そんな余計なクチ叩けるんならまだしばらく大丈夫だな」
意識飛ばすなよ、と言いつけて再び前を向く。プロシュートは任務中、武器とあらば銃でもナイフでも灰皿でも散弾銃でも使うが、今日はベレッタの拳銃しか持ち合わせてない。
「俺が先に走る。30秒たったら『グレイトフルデッド』を使うから、それまでには射程範囲外にいろよ。失血死も老衰死もイヤだろ」
振り向きもせず走り出すカウントダウンをはじめたプロシュートの腕を、リゾットがつかんだ。肩ごしに顔だけ振り返ると、感情のよめない黒い瞳が揺るぎなく向けられていた。
「なんだ?」
「秘密を」
「なに?」
「おまえの秘密をひとつくれ」
銃弾が壁を削り取る音が耳もとで響く。敵の包囲が狭まっている。
「実はガキがいる」
「なに?」
今度はリゾットが聞き返す番だった。まったく予想していなかった返答にちがいない。
「ガキ、というのは、アレか?おまえの子供?」
「それ以外になにがあんだよ。15の時にしくじって死にかけてたとこを拾ってくれたお人好しがいてな、そいつは30過ぎのしけたギャングだったが、他にもうひとり若い女もいっしょに住んでた。その女も俺みたいにどっかで拾ってきたらしい。面倒見のいい野郎だった。ある日、女がふらりと姿を消して、しばらくいなかったかと思うと、ふらりと戻ってきて、腕にかかえた赤ん坊を俺らに突きつけた。『あんたたちどっちかの子供だから、よろしく』つって、またどっかに消えちまった。もうすぐ10才になる。女の子だ」
「…それじゃあ、おまえの子供じゃないかもしれないだろう」
「俺の子だよ。すっごい美人だからな。自分の子供かどうかぐらいわかるさ」
リゾットの手を離させて、プロシュートはベレッタをかまえた。
「ついでだ。あんたの秘密も聞いといてやる。懺悔室だとおもって正直に言えよ」
「ずいぶん物騒な神父だ」
リゾットは少し笑ったらしい。背中越しにも伝わってくる。
「結婚を決めた相手がいた」
「そりゃ初耳だ。けど秘密にしとくほどのことか?」
「相手に秘密なんだ。まだ言ってない」
「ここから生きて帰ったら言えよ」
「いや。無理だ。相手は死んでるからな」
視線を前にやったままプロシュートは、そうか、と小さくうなずいた。それじゃあ仕方ない。リゾットの秘密は永遠に秘密のままだ。誰に話そうとも。
「生きて帰ったら、おまえの娘に会わせろ」
「嫌だ。ぜったい会わせねーからな」
「なぜだ?」
「あんたに惚れられちゃあ困る」
たいした親バカだ、とリゾットが笑う。