※残酷・流血表現を含みます。ご注意。
可能なかぎり時間をかけて残酷に殺せ。
それが今回の仕事内容だった。だからわざわざ2人でいった。相手はスタンド使いじゃない。仕事するにはひとりで十分だった。ただ恐怖心をあおるための演出。ただそれだけ。
「あぁぁ…うぅうううう……」
不自然にしわがれ、老いた皮膚を垂らす男は、猿ぐつわを噛まされダイニングチェアに体を縛り付けられている。
ひん剥いた目玉から止めどなく血の混じった涙がこぼれているが、まぶたを閉じることはできない。ホッチキスの芯の形をした鉄片で上下に縫い止められているからだ。
「おいおい、そんなに泣いちゃあよく見えねえんじゃねえか?泣くなよ。男前が台無しだ。まぁ、その男前なツラも半分しか残っちゃいねえが…」
プロシュートは男の服の襟ぐりを引っ張り上げて、男の目からこぼれおちる涙を拭ってやった。布にはべったりと赤黒い血が張りつく。
男の顔の右目から下は、数十本の釘が飛び出している。皮膚を突き破って、ぼこぼこした脂肪が見える。何本かは内側から唇も貫いてるから、猿ぐつわだって鮮やかな赤だ。
シワだらけの顔にはまだらな斑が浮かび、まるで殴られた痕のようにみえる。白髪は半分近くが抜け落ちてしまった。
人生を倍速したかのような、自分の体が一瞬にして老化していく恐怖に男は悲鳴をあげたが、今や男の目に映るのは自分だけじゃない、妻と子供たちさえ老人のように枯れ果てた体となって、床に倒れている。
「ママ、ママァ……」
「ママ、パパ、たすけてぇぇ…」
母親の女性はすでに死んでいる。喉を鋭いナイフでかっ切られ、頸動脈から飛び散ったおびただしい量の血は、壁と天井一面にぶちまけられ滴った。おかげで滑らないよう足下に気を払わなければならない。
リゾットは血溜まりを踏まないようにしながら、母親の両脇に手を差し込んで上半身を持ち上げた。真っ赤なエプロンをしているみたいな女の服が、べちゃべちゃと鳴る。
下半身を引きずったまま、リゾットは女の体を男の横に並べたイスに座らせた。そのままだと人形のようにだらりと落ちてしまうから、仰向かせて背もたれに上半身を寄りかからせたが、仰向くと首の切断面がぱっくりと口を開けて、重みでぶちぶちと皮膚が裂け、頭が首からちぎれ落ちてしまいそうだった。
男の眼球は恐怖に見開かれ、自分のとなりに並ばされた妻を見つめている。口からは不明瞭なうめき声が漏れる。
「おいリゾット…それじゃああんまりだろ。ちゃんと頭ぐらい繋いどいてやれ」
「面倒なことを言うな。破壊が専門だから修理は苦手なんだ」
それでもリゾットはメタリカを使って女の首から太いボルトを生み出し、肉に食い込ませて裂けた首を補強した。フランケンシュタインのような様相になってきた。床に転がっている2人の子供たちがさらに声を上げる。
一家の惨状を発見したのは、子供の世話をたのまれているベビーシッターの老婆だった。週に二度、火曜日と金曜日だけ家を訪問する。
発見されたのは週末を過ぎた火曜日。近所の人たちは、家族が週末旅行に出かけると聞いていたから、家族の姿をまったく見なくても疑問に思わなかった。
金融業をいとなむ父親と裕福な家庭出の母親、それから10歳の女の子と4歳の男の子の4人家族だった。
玄関に入った時点ですでに異臭がした。肉の腐敗した臭いと空気をムッとさせるほどの血の臭い。
4人の死体はすべてリビングで見つかった。子供2人は耳から細長い先の尖った凶器を突き刺され、脳みそを貫かれて死亡。顔の皮が一部剥がされている。検死の結果、生きてる間に皮膚を剥がされたとわかった。
母親は頸動脈を切り裂かれて即死。その血はダイニングからリビング一帯に広がっていて、床に引きずった跡が残されていたから、キッチンで殺されたあとリビングに運ばれたらしかった。死亡時刻は一番早い。
父親はイスに体を縛り付けられたまま死んでいた。顔面と、両腕両足股関節から多量の出血をしている。しかし致命傷となったのは『体の腐敗』だった。どういった方法でかは不明だが、父親は生きながらに老化し腐って死んでいた。
歯も抜け爪もボロボロで、髪の毛は半分以上が床に散らばっている。当初それは拷問によるものと思われたが、皮膚に引っこ抜いた痕跡はなく、すべて『自然に』抜け落ちたらしかった。
検死の結果、一番最初に殺された母親は金曜の夜にすでに死亡していて、一番最後だった父親の死亡日時は月曜の夜とわかった。子供たちはその間の日曜日に殺されている。つまり父親は、妻と子供たちが殺されるのをずっと見せつけられ、殺人鬼と4日間を共にしたのだ。
現場にはひとつも凶器らしきものが残されていなかった。
ただ狂気に満ちた4つの死体だけが事件の証言者として残されていた。
『恐ろしい猟奇殺人です。現場には警察の特殊捜査チームが駆けつけ、一家4人を惨殺した冷血な殺人鬼の追跡捜査を行っています。一刻も早く、事件が解決するのを祈るばかりです』
女性レポーターは惨劇を目撃した被害者気取りで顔と声に悲痛さをこめ、テレビの向こうからホルマジオに訴えかけてきた。
ホルマジオはソファの背に片腕を置き、空いた方の手で炭酸水の瓶をあおった。
(リゾットとプロシュートの仕事だな…)
起きたばかりの喉を通る炭酸が心地よい。内側から刺激されて、体と脳が起きる感じがする。
片手で頭をぼりぼりかきながら眺めていると、テレビ画面はやけにバカ明るい天気予報に変わった。
なんだ?と思って顔だけ振り向くと、ソファの後ろに立つギアッチョが、リモコンをテレビに向けて勝手にチャンネルを回している。
「なんかおもしろい番組はやってねえのかァ〜?つまんねーニュースじゃなくてよォ」
「ギアッチョおめー…メガネ変えた?」
人を殺すことは生活の一部だから今さら確認すべきことじゃない。水を飲む、テレビを見る、それと同じレベルのこと。スタンド使いであることは、そうゆうことだった。呼吸の次ぐらい簡単に人を殺す。悪意のない、無邪気な所作で。その意味で彼らはたしかに悪人なのだ。