神様に謝らなきゃならないことが3つある。
1つ。なんで神様ってやつは、いちいち人間を死なせてまた新しい人間を作りだすんだ、同じ人をキープしたほうがラクじゃないかってずっと不思議だったけど、死んじまったほうがいいぐらい最悪の人間がいつまでたっても死なないのはメンドーだから、神様、あんたのやり方は正解だ。そのかわり、死ななくってもよかった人間も、死んじゃうんだけど。
2つ。すべての人間を愛せるんだから神様ってすごい。俺は自分のチームの連中でさえかなり大変だ。
3つ。紫とオレンジは合わないと思っていたけれど、考えが変わった。去年シチリアで見た夕日。あれはすばらしかった。
あまりに寒かったのでイルーゾォはもこもこのマフラーを巻いてニット帽をかぶってロングコートに身を包んでいた。ついでに少しでもあったかいようにと髪をおろしてたのが悪かった。
ねえカノジョ、と後ろから声をかけてきた男が、追いかけてきて正面に回り込み、イルーゾォの顔を見た瞬間、あからさまに「なんだ男かよ…」と舌打ちして去っていった。
「…………」
イルーゾォは思わず立ち止まって、しばらく行き場のない怒りやら脱力感やらを持て余し、空を仰いだ。冬の晴れた空、遠く青く、空気は澄んでいる。世の中はバカバカしいことがあまりに多い。
住処にしてるフラットと、チームの溜まり場になってる場所とのちょうど中間あたりに、行きつけのバールがある。
イルーゾォはとくに用事がなければ、毎朝そこで食事をとり、デニッシュかなにかを買って、溜まり場に向かうのが日課だ。今日も朝からカプチーノやブリオッシュを楽しむ客たちでいっぱいの店内を横切り、通りが見渡せる窓際のカウンター席に座る。
ミルクティーを傾けながら、通りを行き交う人たちの姿を眺めてるのが、イルーゾォは好きだ。変な人間を見つけると楽しくなる。頭に花を咲かせた奇抜なファッションだったり、所構わずハイタッチしながら過ぎてく人だったり。
寒さでイルーゾォの目の前のウィンドウガラスには霜が降り、白く曇っている。
通りを眺める視界に、見覚えのあるものが映り込んだ。真っ黒の格好に金髪の頭が2つ。プロシュートとメローネだ。方向からして、2人もこれから溜まり場へ向かうところらしい。
ちょうど2人が目の前を通り過ぎるあたりで、コンコンとウィンドウガラスを指で叩く。店側を歩いていたメローネが振り向く。あ、という顔をして、横のプロシュートに話しかけ、2人ともこっちを見る。
メローネが何か口をぱくぱく動かして、話しかけてくるが、ガラス越しだから当然聞こえるわけもない。イルーゾォが、は?と手をあげて何言ってるかわからないとジェスチャーすると、メローネは手袋をした指で、霜のおりた窓に文字を書きだした。
メローネ側から書いてるからイルーゾォにしたら鏡文字だ。それでも読めたのはイルーゾォが鏡面に親しいからというより、その言葉があまりに下品だったから。『Fanculo!』仮にもご飯を食べてる人間に「クソッタレ」なんて書いて見せるか?
世の中はバカバカしいことが多すぎる。
チームの溜まり場で、ホルマジオがなぜか左顔面にでっかいガーゼを貼った派手な風体してソファに転がっていた。
「朝起きて何事かと思ったぜ。なんせ口ん中も顔面も血だらけだったからなァ~~」
酔っぱらってコケて顔面から地面に激突したらしいが、本人は覚えてないんだとか。だいたい、いい年した野郎が記憶すっ飛ぶまで飲むか?そのへんの感覚はイルーゾォには理解不能だ。ホルマジオにとっては、ベロベロに酔っぱらうのは一種の娯楽らしい。
プロシュートが煙草片手に鼻を鳴らす。
「それ本当に転んだ傷か?女にしつこく迫って反撃されたんじゃあなくて?」
「そうだったらどんなにいいか。俺がキスした相手はまちがいなく固くてゴツゴツした地面だったぜ、残念ながらなァ」
「そうゆう感触の女のケツにキスしたって思えよ」
「おめー無茶ゆうんじゃねえぞ?男でもあんな固ぇケツの皮はなかなかねぇーよ」
「おまえでもか?」
「ああ?言ったな?しょおがねぇなぁぁ~~~俺のツルッツルのケツが拝みてぇならハナからそう言えよ!」
バカ脱ぐなバカ、とプロシュートはケツを向けてくるホルマジオに足蹴を放つ。
どっちもバカだ。
別の方向でもうちょっとバカな奴がやって来た。
「ギアッチョ!どうしたんだ!派手なリフォームしやがって」
「うるせぇッ!バンソーコーもってこいッ!!」
登場するなりメローネに叫び返したギアッチョは、両手両膝すりむいて服が破れ、おまけに右耳の耳たぶが半分ちぎれかけて大出血だ。
「先週買ったマウンテンバイクをよォ~~鼻歌歌いながら両手離しでこいでたら、ガキが飛び出してきやがってよォ、思わずよけた先にバス乗り場のベンチがあってバイクごと突っ込んだんだよ」
「ブルース・ウィリスみてぇなだな」
「ベンチが心配だ」
ギアッチョの足下になぜかゴルフボールが転がってきて、ゴルフのパタークラブを担いだリゾットが拾いに来た。
「なんだァ?何やってる?」
「ウチにグリーンあったか?」
「ピタゴラ装置だ」
「は?」
そこに上のフロアに続く階段からペッシが顔を出した。
「やっぱ空き缶の角度が問題みたいですぜ、リゾット。コップの置く場所は動かさないんでしょ。空き缶の部分を伸ばした方がいいのかも」
「コップはボールがはまったときに安定感が悪いのかもしれねぇな。靴かなんかで固定するか……」
「何してんだおめーら?」
「それより救急箱はどこだっつーんだよ。耳の血が止まらねぇ」
「悪いなギアッチョ、救急箱も装置の一部なんだ」
リゾットがパターで示した先、階段の途中に設えられた謎の装置のようななにかの土台に、たしかに救急箱が使われている。
なにがなんだか分からなかったので、全員で階段をのぼった。階段の各所には、なにかのコースらしい装置が作られている。
階段の一番上にあがったリゾットが、パターでゴルフボールを軽く打った。
ボールは跳ねながら階段を落ちていき、曲がり角に置かれたステンレス製のボウルでカーブし、ゲーム機の空き箱に入って、サランラップの箱をつないだコースをすべり、底を抜いた空き缶を連ねた管の中を通って(その台座に、角度をつけるために救急箱が使われていた)、さらに置いた階段の先、一番下のフロアに、靴で挟まれ固定させられたコップの中に、見事ホールインワンした。
「おお、すげえ!」
「よっしゃあッ!リゾットッ!やりましたぜッ!!」
「この2時間が無駄にならずにすんだな」
「2時間もこんなことやってたのかよおめーら」
なんだかんだ言いながらも歓声にわき祝い酒だと騒ぐ連中を見て、イルーゾォは思う。世の中は実にバカバカしいことが多い。でもきっとこの連中は、バカバカしいことがないと生きていけないだろうから、世の中で起きるバカバカしいことのほとんどは、神様からのプレゼントなんだろう。