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良質の余暇 i.f.m.p


 赤、黄色、水色、ピンク。包み紙は妙にハッピーな色合いだ。そういえば子供の頃はよく買ってもらって食べてたっけ。イルーゾォは記憶の糸をたぐりよせた。軍人だった父はこんな軟弱なものと嫌っていたけど、母はファンシーなものがなんでも好きだった。
 箱いっぱいに詰められた色とりどりの棒付きキャンディの中から、オレンジ色に包まれたものを取り出す。蜂蜜入りのミルクハニー味。
 もうひとつ思い出した。ホットティーにこのキャンディをくるくる混ぜて溶かすとおいしいんだ。
「チュッパチャップス?」
 横からイルーゾォの手元をのぞきこんできたホルマジオは、イルーゾォの肩越しにレジの店員に煙草のソフトケースを手渡す。いつもの見慣れたパッケージのやつ。
「おめー味覚がお子様だよなぁほんと」
「シュークリームもプリンも大好きだよ。ほっとけ」
 おまけにエスプレッソをほとんど飲めない。コーヒーにもミルクと砂糖をいれる。
 ホルマジオのあとでキャンディのお金を払って、連れ立って店を出た。
 終電直前の駅前には普段じゃ考えられないぐらいの人であふれている。ヨーロッパ全土を襲った大寒波のおかげで、ここ何日かの大雪続き。ただでさえ時刻表通りに発車しない電車が続々遅延か通行止め。
 人の波を避けながら、イルーゾォとホルマジオは7番ホームへ向かう。イタリアを南下する特急列車が復旧の見込みもなく線路に留まっている。スーツケースに腰をおろして談笑し、本格的に夜を明かす覚悟の旅行者たち。
 ゆるやかに雪の降り続けるホームの柱のそばに、プロシュートとメローネが湯気のたつ紙コップ片手に佇んでいる。傍から見ればやたら絵になる二人だが。
「で、ギアッチョが『ホワイトアルバム』で傷口凍らせながら切断すればいいだろなんて言うから、バカゆうな凍結させたら痛覚マヒって苦痛半減だろっつったんだけどさ」
「凍傷で自分の体が腐ってくのを見せるってのもあるがな。指とか、もそっともげる」
「時間かかり過ぎない?」
「時間をかけるのも拷問の手段のひとつだろ。俺なら手足一本につき一時間かけて切る」
 話してる内容はロクでもなかった。
「楽しそうな話してるな…」
「よぉ~」
「まぁだ電車動いてねぇのかぁぁ~~?用意してあったチケットってこれの次のやつだろ?マジで夜が明けるんじゃあねえか?いっそタクシーとかよぉ」
「タクシーつかまえたとこで高速も交通量制限中。電車の復旧待ったほうが無難」
 ホルマジオはプロシュートの横にいって、さっき駅前の売店で買った煙草のパッケージのシールをくるくると剥がした。メローネがめざとく手を差し出す。
「一本ちょうだい」
「あン?しょおがねぇなぁぁ~…銘柄に文句言うなよ?」
「うわ。これおっさんくさいフレーバーのやつ」
「はい没収~~~~~」
「ああ!」
「アホか」
「マヌケだな」
 ホルマジオにあえなく煙草を取り上げられたメローネは、こりずに今度はプロシュートの方を向く。
「一本だけ!」
「さっきので切れた」
「買ってきてやるよ。MS?」
「あんなマズイもん吸うぐらいなら雪でも食っとくぜ」
 メローネはプロシュートから紙幣を受け取って、長いホームの端にある自販機の方へ足取り軽く歩いていった。人混みにまぎれていくアシンメトリーな髪型を見送りつつ、イルーゾォはさっき買ったキャンデーの包みをばりばりと剥ぐ。
「いやしい奴。そこまでして吸いたいもんか?煙草って」
「吸いたいっつーか、習慣みてぇなもんだからなぁ~~ないと物足りねぇんだよ」
「ふぅーん」
「まさか吸ったことないわけじゃあねーだろ、おめーも」
「あるけど。別にうまいとも思わなかった」
「吸い方がよくねえんじゃねーの?吸ってみろよ」
 ホルマジオに一本差し出され、イルーゾォはキャンディをくわえたまましばし黙考して、指を差し、
「おっさんくさいフレーバー」
「つべこべ言わずに吸ってみろっつゥーのッ!おめーらそうゆうとこソックリ!」
「嫌なこと言うなよ」
 イルーゾォは露骨に顔をしかめ、それでも幾分興味ありげに差し出された一本を手にとる。プロシュートがライターを渡して、ホルマジオがイルーゾォのキャンディを取り上げた時点で、イルーゾォは気づいた。自分を囲む喫煙者2人を見る。
「おまえら楽しんでるだろ」
「ん?んん、まぁなぁ~~?」
「いいから早く吸えよ」
 結局みんなヒマで仕方ないのだ。煙草を唇に挟み、ライターを擦る。軽く吸いながら火を灯すと、先に火が移って煙が立つ。
 さて、もうそこからどうしていいか分からない。たしかに煙草は何度か吸ったことはあるが、どれも数年前の記憶で、吸い方なんてとっくに忘れてしまっている。
 なんとなく視線を泳がしていると、プロシュートが自分の頬を指し示す。
「とりあえず吸え。口ん中ためてから、肺まで吸い込む」
「すぅぅ~~~~っ……………………ぷはぁぁ~~~~~」
「出てねえよ。煙どこいったんだ?」
「ちゃんと吸ってるかぁ~?」
「よくわからん。なんかスースーする…」
「メンソールだからなぁ〜〜灰落ちるぜ」
 言われてようやく気づき、スタンド灰皿に灰を落とす。顔をあげると、煙草ケースを手にメローネが戻ってきた。イルーゾォが指にはさむ煙草を見て、驚いた顔をみせる。
「おっさんくさ」
「うるせェーッ!おめーはもう帰ってくんなッ!」
 まだ中身の入った煙草のケースを投げつけそうになるほどホルマジオをイラッとさせられるのはメローネだけだ。実際に投げはしなかったが。
「なに?煙草吸えるのか?イルーゾォ」
「そりゃ一応」
「吸えてねぇーって。こいつ吐いても煙出ねえんだぜ?体の構造どうなってんだ?」
「もういっぺん吸ってみろよ。肺までいけよ」
 プロシュートに促されて、イルーゾォはもう一度煙草をくわえてみる。さっきまでの喫煙者包囲網にさらにメローネも加わって見守られる中、言われた通り口の中に溜めて、そこから肺まで吸い込んでみた。ぐっと、気管を通る異物の感触。
「うっ…げほッ!げほ、げほッ!うえッ!!」
 苦しさに思いっきりむせて、しばらくノドを突く痛みと戦ってから、にじんだ視界を開くと、目の前で3人が文字通り腹をかかえて悶えている。
「ぶはははははははッ!!!おま、なんつーお約束なリアクションを…ッ!!ひひひッ」
「最ッ高にベネ!!」
「ちゃんと吸えたじゃねえか、なぁ…ぶふッ!!」
「…………」
 イルーゾォはつまんでいた煙草を勢いよく3人の足元に投げつけた。飛び散った灰を避けてメローネがプロシュートのコートを掴み、ホルマジオは笑い疲れてホームの柱に手をついている。楽しそうでなによりだ!
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