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お気に召すまま m


 スクールに通うのは嫌じゃなかった。興味のある分野には、メローネはどん欲なほどに知識を求めた。
 ただ早いうちから麻薬に手をだしたのが仇となって、いつしか学校へいっても教室にいることはほとんどなくなった。図書館で分厚い専門書の並ぶ本棚に囲まれてるか、校舎裏で学生相手に麻薬の売買をするか、どちらかだ。
 学生同士といえど、麻薬の取引には必ずギャングが関わってくる。スクールには麻薬の元締めを務める上級生がいて、彼の許可なしには売り買いはできなかった。制約を破れば手酷いリンチが待っている。
 麻薬をしない連中は彼を恐れたし、麻薬をやる連中は彼に媚びへつらった。
 メローネは人のご機嫌とりをするのが不得意だったし、おとなしく従うような素直な性質でもなかったから、一度その上級生の取り巻きどもに囲まれてボコボコにされたが、地面に這いつくばって血を吐きながらも相手の足首に噛みついた根性が認められたらしい。元締めである上級生に目をかけられるようになった。
「おい、授業中だぜ、この不良」
 上級生に頭上から覗き込まれて、ようやくメローネは顔をあげた。メンデルによる遺伝の規則性についての記述に没頭していたから、中断させられて迷惑だと思いきり眉をひそめる。それでも上級生はクッと笑うのみだ。
「俺にそんな顔を向けるのはテメーぐらいだな」
「金魚のフンばっかつけてやがるからだろ。なんか用?」
 本棚にもたれて座り込んだまま、メローネは上級生を見上げた。いつもより室内は薄暗い。雨でも降ってただろうか。麻薬を常習するようになってから、ときどき記憶がかたまりとなってごっそり抜け落ちることがある。今日ここまで、どうやって来たか、雨は降ってたかどうか。思い出すのは億劫だ。埋めておきたい記憶は鮮明なのに。研ぎたてのナイフみたいに、ギラギラしてるのに。
「俺が世話になってる人にこれから会いにいく。おまえも来い」
 上級生はズッと鼻をならしてニヤニヤと笑う。コカインを鼻から吸引しすぎて年中鼻をつまらせている。機嫌のいい時はいいが、なんのきっかけで暴れだすかわからない野郎だ。
 右耳に隙間もないほど開けられたピアスホールを見つめながら、メローネは専門書を脇に放った。そういえばメローネのピアスホールを開けたのもこいつだ。
「雨ふってる?」
「ああ?どうだったかな……」
 メローネは、あついコーヒーが飲みたいとおもった。そう言ったら上級生がこれで我慢しとけと少量のコカインを渡してきた。いま欲しいのはこれじゃない気がしたけど、それしかなかったので、鼻から一気に吸引した。


 その上級生はギャング組織の男から麻薬を渡され、学校でバラまくよう指示を受けていた。
 だが待ち合わせの場所に現れたのは、いつも麻薬を持ってくる男とはちがっていた。仕立てのいいスーツを着た、小柄な老人だった。
「君たちをわが組織『パッショーネ』にスカウトしたい。どうかね?」
 物腰はやわらかだったが、その口調には有無を言わせぬ獰猛さがあった。老人は焦点のあわない左右の目を、立ちつくす上級生とメローネに交互にやりながら、ニタリと笑った。
 『パッショーネ』はイタリア全土に息のかかるギャング組織だ。その風格と落ち着き払った様から、この老人はおそらく組織の幹部か何かだろうとメローネは当たりをつけた。
 メローネの目の前で上級生の男はあからさまに興奮していた。激しく首を縦に振って、ぜひ組織に入りたいと熱弁した。
「よかった。いい返事を聞けて。そこの君はどうだい」
 老人の目が、メローネひとりに向けられた。左右の焦点はあいかわらず合っていないというのに、メローネはなにかに射すくめられるような悪寒がした。
 この老人は、おそらく自分たちが想像するより危険なやつだ。けど、ギャングになるってのは、悪くない。メローネは、自分がまともな職業につけるなんて思いもしなかったし、両親らしき人たちをこの手で解体した時の記憶を、この身に染み付かせたまま生きるには、ギャングぐらいぶっ飛んで刺激的な毎日じゃないと無理だとおもった。だから黙ってうなずいた。16歳のときだった。


 見えない『何か』によって体を押さえつけられている。背中にレンガ塀の尖った感触を感じながら、メローネは空気を求めて喘いだ。見えない『何か』は、組織に入る試験だと渡されたライターを再点火したとたん、抗えない力でメローネの体を捕え、喉を締め上げてきた。
「はぁっ、はぁ、はぁ…っ」
 押さえつけられ、嘔吐感がせりあがってくるうちに、メローネは、宙空から現れた『矢』が自分の方を向くのをたしかに見た。繊細な細工のほどこされた、古いあしらいの『矢』。
 避ける間もなく、『矢』はメローネの胸を貫いた。衝撃と痛みが、一瞬あった気がした。
 見えない『何か』が、ざあっとかき消えるように『手を離した』。メローネを捕えていたのは、黒い帽子をかぶった人形のような『モノ』だった。その時にはメローネは、はっきりとその姿が見えていた。
 背中を塀につけたまま、ずず、とずり落ちて石畳にうずくまる。体を突き刺したはずの『矢』は、いつのまにか消えてなくなっていた。
 わけのわからない体の疲労感と混乱を抱えたまま、スカウトしてきた老人の元へ戻ると、老人はニタニタと笑って、小さな枯れた手でメローネの顔をとらえ、左右あっちこっち向いた目を嬉しそうに細めた。
「生きて帰ったか。おめでとう。合格だ」
 ペリーコロと名乗ったその老人は、メローネに、体の様子はどうかとか、なにか見えないかとか自分の身の回りで変だとおもうことはないかとか、いろいろ妙なことを聞いてきた。変といえばぜんぶが変だし、理解しがたかった。
 ペリーコロからの質問攻めをかわすために、メローネはいっしょに試験を受けたはずの、あの上級生の男の様子を尋ねた。
「ああ、死んだよ。『矢』に貫かれてな。しかたがない、『能力』がなかったんだ」
 その夜、メローネは一度スクールの学内寮に戻った。必要な荷物を持ち出すためだ。
 ルームメイトの寝静まった暗い部屋で、いつも使っているパソコンのモニタだけが不穏な光を放っていた。電源をつけっぱなしだったか。モニタを覗き込むと、見たことのない画面が表示されていた。
『メローネ』
 パソコンが、呼びかけてきている。メローネに向かって。
『早クボクヲ生ンデクダサイ』

 その三日後、メローネは自分の血液を使い、スクールで知り合った女子学生に『ベイビィ』を生ませた。
 手加減を知らない『ベイビィ』はコントロールが効かず、本体であるメローネを襲った。暴走した『ベイビィ』は組織の能力者が始末したが、攻撃を受け血だらけになりながらもメローネは『ベイビィ』を擁護しつづけた。
 ベネ!えらいぞ、おまえはよくやった、ベイビィ。上手に育てられなくて悪かったな。次はもっとイイ子に育ててやるよ。俺はもっと上手くおまえを育てられる、そうすればおまえはもっとイイ子になれるんだろう。もっと上手にひとを殺すんだろう。おまえが俺を殺せなかったのはおまえのせいじゃない、俺のせいだよ、ベイビィ。
 それから2年間、組織のなかのあらゆるチームを点々とし、ついにどの幹部もメローネを持て余して手放した。
 ペリーコロは、だから言ったろうと左右あちこち向いた目で笑い、メローネを暗殺専門のチームへ異動させた。18歳のときだった。
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