ばっと目を開けるとすべてが止まった冷たい世界で、もしかして俺は死んだのかと思ったが、なんのことはないよく見慣れた反転世界だ。鏡の中にいたのだった。
「イルーゾォ!」
届いた声に、すばやく反応できるぐらいにはイルーゾォもギャングで暗殺者だった。負傷した額から流れ落ちる血を手でぬぐいながら、声をあげる。
「『ビーチボーイ』を許可する!」
瞬間、壁にかかった鏡が水面のようにたゆみ、釣り糸と針が飛び込んでくる。それはギュンッと鋭い軌道をえがいて、となりの部屋へと向かっていった。
割れた額を押さえたまましばらく待っていると、足元に転がった携帯電話が鳴る。鏡の中のものに触れるのはイルーゾォだけ。拾い上げて耳に押し当てた。耳たぶも側頭部も痛い。
「ターゲットの死亡は確認した。俺は『ベイビィフェイス』を回収しにいく。ペッシのやつをたのんだ」
了解、と返す言葉をぜったい聞き取ってないだろとゆう早さで電話は切れた。
イルーゾォはズキズキ痛む頭をよそに目を閉じた。こんなややこしい任務をなぜこんなややこしいメンバーでやらせるんだ。適材適所なのはまちがいないが、それでもリゾットへの恨み言をつぶやかずにはいられない。
しかも帰りの特急列車の切符が買ってあった。きっちり3人分。普段はこんなことしないくせにどうゆう風の吹き回しだ。まさか我らがリーダーは、いまさらメンバー間の親しみ度向上でも目論んでるのだろうか?
だとしたらすでに作戦は失敗している。6人席のコンパートメントに男3人。すでにこの光景が異常だ。
(いや、別にふつうのことか?俺と同い年ぐらいの奴らが、どうゆうコミュニケーションとってんのか知らないけど…)
「あの、イルーゾォ」
「ああ?」
車窓に向けていた視線を戻すと、向かいのシートの逆すみっこに座るペッシが、ちらと視線を寄越してきた。メローネはさっき個室を出ていったからいない。喫煙車両で一服しているのかもしれない。
「頭、だいじょうぶかい」
「なんだって?」
「あ、いやほら、俺がしくじったから、ぶっ飛ばされただろう、ごめんよ」
「…ああ」
びっくりした。頭おかしいヤツってゆわれてるのかとおもった。まぎらわしい。
ペッシはチームに入ってまだ1年たたない新人だ。リゾットとプロシュートが任務先で出会ったスタンド能力者。最初は相手の顔色をうかがうような態度で苛立たしかったが、実はけっこうはっきり物を言うやつで、最近では教育係のプロシュートにもずばずば言ってのけたりする。そうゆう部分はわりと尊敬する。すごい。
「べつにおまえのせいじゃない。俺が避けきれなかったんだし、『ベイビィフェイス』の教育が遅かったせいもある」
額に貼られたガーゼに手をやって、イルーゾォは息を吐いた。このケガが誰のせいとかより、この今現在の見た目のかっこ悪さのほうが、よっぽど問題だ。こんな姿でチームの元へ戻れば、なんて言って馬鹿にされるかわからない。
「『ベイビィフェイス』は、うん、たしかに……ちょっと恐い」
「恐い?」
ペッシがこっちを見ないままうなずく。手には列車に乗る前に買った小さい青リンゴを転がしてる。
「だって、自分のスタンドなのに制御しきれないだろう。俺は、まだ『ビーチボーイ』の力を全部使いこなせてねぇって兄貴に言われるけど、そうゆうんじゃなくて……」
「たしかに、『ベイビィフェイス』がメローネの命令を聞かないことはあるけど、よほどの事態じゃない限りありえないぜ。相手がそうとう強いとか、それにそうゆう時はメローネ自身が動揺してる時だ。精神が動揺すればスタンドも動揺する。だからやっぱり完璧にスタンド本体の制御下から離れるとはいえない。結局、本人の意志しだいだ」
イルーゾォから見るに、メローネは自分のスタンドを完全に操る気があるとは思えない。遊ばせてるようにみえる。『母体』の血と遺伝、自分の教育によって、『息子』がどんな成長をとげるか、その可変性を楽しんでる。
「イルーゾォも似てるよね」
「は?」
「『マン・イン・ザ・ミラー』を見るまで、『鏡の中の世界』があるなんて思わなかった。創りだすってゆう意味では、似てる」
「俺が?メローネと?」
「うん、そう」
着眼点がどっかおかしくないか、と思いつつ、ペッシの言葉はなかなかイルーゾォにとって衝撃だった。今まであいつと似てるなんて言われたことは一度たりともない。そう思ってる奴だっていないはずだ。
イルーゾォはよく、他人に興味がないタイプと思われるが、実のところよく人を見ている。観察して分析する。だから人の癖や言葉遣いをよく知ってる。同じく観察癖のあるリゾットとしゃべってると、チームのメンバーの物まね合戦みたいになる。
「俺がメローネと。似てねーと思うけど」
「自分じゃわかんねぇもんねそうゆうのって。俺もリーダーに、髪の毛が観葉植物みてぇってゆわれるまで自分で気付かなかった。兄貴はむしろ柏の葉だっつってたけど」
「そこの論議には興味ないけど」
ペッシとの会話が完全に平行線をたどってるうちに、コンパートメントの扉をあけてメローネが戻ってきた。なぜか唇が切れている。
「メローネ、顔!どうしたんだい!」
「まるで顔がとんでもなくブサイクみたいな言い方だなそれ」
「………」
そうゆうひねくれた解釈の仕方はたしかに似てる、と思ったとたんイルーゾォは考えるのをやめた。自分で墓穴掘ってどうする。
メローネは入ってすぐ、イルーゾォと同じシートの逆側に腰をおとして頬杖をついた。
「ワゴンでお菓子売ってる女に声かけたら紳士きどったオッサンに殴られたんだ。オッサンの顔面、窓ガラスに突っ込ませてきた」
「うわぁ、割れたガラス代請求されねーといいけど」
「やっぱりこんな奴と似てるなんて納得いかない」
「イイ女だったんだけどなぁ、受胎させちゃえばよかったかな」
「ワゴンでなんのお菓子売ってた?」
「おかしい、誰とも会話が成立しないぞ」
しかも会話できてないことに気付いているのがイルーゾォだけらしい。おかしい。