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忘れられた映像 i.p.r.g.m


 イルーゾォは何度かそのシーンを目撃していたので、もしかしてプロシュートはけっこうなナルシストだろうかと思っていたが、あれだけ見栄えのいい男ならナルシストだったとしても誰も文句は言わないだろうとも思っていた。だから口外することもなかった。元から余計なことは言わないタチだ。
 今夜も鏡の中の世界を歩きわたっていると、どこかから強烈な視線を感じた。現実世界で誰かが鏡をのぞきこんでいたら、いつもこういう感覚を得る。
 少し見回せば、すぐにそれとわかる。キッチンにかけられた鏡つきの壁掛けだ。
 近寄ってみると、鏡の向こうにはプロシュートの姿があった。夜も深いせいで辺りは暗い。
 電気もつけない暗がりの中、鏡にじっと見入っていたプロシュートは、静かに目を閉じ、鏡面にそっと額をつける。
 ただそれだけだ。時々かすかに唇が動くことがある。でも声は聞き取れない。
 それはたとえば弟分のペッシを、ぞんぶんに叱りつけ蹴りまくった後で、額を突き合わす、あの動作に似ている。慰めるような、いたわるような。祈るような。
 目を閉じ黙っていれば、ただただ彫像のように美しい顔を眺め、イルーゾォは不思議な心地に思う。罪人の告解を受けてるようであり、逆に、イルーゾォが何かを赦されるようでもあった。



 その日バールのカウンターで、ギアッチョとリゾットはビール瓶を傾けながら、テレパシーとか超能力とかそうゆう話をしていて、プロシュートとメローネとイルーゾォはピスタチオをかじりながらスコッチを楽しんでいた。話題はおもに今週封切りした映画について、だったが、その内容が、特殊能力をもつFBIの女が凶悪事件を解決するというものだったせいで、結局ギアッチョからの批判の的になった。
「俺は信じねーな。テレパシーとか超能力とかよォ~あんなもんトリックがあるに決まってんだろ」
「俺たちに知覚できない方法を使ってるんだとしたら?たとえば『この能力』だってそうだろう」
 リゾットの指がプロシュートの前に置かれたスコッチグラスを差す。琥珀色に浮かぶ北極海の氷河みたいな大きい氷は、プロシュートが冷えが足りねえからとギアッチョに作らせたものだ。もちろん『スタンド能力』で。
 プロシュートはまだずいぶん長い煙草を灰皿でもみ潰しながら、フンと鼻を鳴らした。
「俺らみてーなモンが超能力ってやつを否定すること自体バカげてる」
「ギアッチョ、そもそもおまえの言うトリックの定義があやふやなんだ。現代科学で理論的に説明しうるものが『トリック』か?それならテレパシーや予知能力は『トリック』なしの超能力ってやつだろ」
「おめーのそれは屁理屈だろーがクソッ!」
「屁理屈はおまえの得意とするとこじゃなかったのかよ」
 メローネには言葉で責められイルーゾォにまで突っ込まれ、それでも退かないのがギアッチョのギアッチョたるゆえんだ。
「ぜったいに認めねーッ!予知能力なんてもんがあるはずねーだろうが!そんなもんあったとしたら世界中の全員が競馬で大もうけして大金持ちだ!」
「予知能力の使い道がそれかよ」
「落ち着け、ギアッチョ。おまえには甘いものが足りねえんだ」
 リゾットが差し出してきたのは、カラフルなビニールに包まれた丸いお菓子だ。受け取ったギアッチョが包みをはがすと、中には卵型のチョコレート。
 ギアッチョの手元をのぞくメローネとイルーゾォが一斉に声をあげる。
「いいもんもってるな、リゾット!」
「俺にもくれよ」
 2人にもそれぞれカラフルな卵型の包みを渡すリゾットを見ながら、プロシュートは新しい煙草に火をつけた。
「復活祭か」
「ここの隣りで売ってた。俺の故郷じゃ行進やダンスがあったが、ここらじゃ見かけないな」
「食い気のほうが盛んだからな。子羊の丸焼きならそこらにあるぜ」
 プロシュートはリゾットに差し出された黄色い包みのチョコレートを一応受け取って、テーブルに置いた。食べないことはないが、今はとくに欲しくない。帰ってペッシにでもやろうかと思う。
「復活祭って、そもそも誰が復活したんだ?」
「おめー知らねえのかよ?まじか?」
 心底信じられないという顔をするギアッチョに、メローネは肩をすくめてみせた。卵型のチョコレートをかじりながら、イルーゾォが口を挟む。
「カトリックじゃねえんだろ?11月1日の祝日も知らなかったし」
「それにしたってこのヨーロッパに住んでるやつで復活祭を知らねー人種がいていいのか?つーか知らねぇなら卵食ってんじゃねえッ!」
「いいだろ別に、イエス・キリストは無知なる俺にだって平等なはずだ」
「そのイエス・キリストが復活した日だよ。キリストはすべての罪を背負い磔にされて死んだ。で、3日目に生き返った。それが今日」
「へえ?じゃあすべての罪が赦される日ってこと?」
「まぁ大体そんなかんじだ」
 ざっくりとしたプロシュートの説明にリゾットがほんとに大体だなと突っ込むが、話はすでにギアッチョによって次へと進んでいた。
「こうしよう、今から神様に懺悔するってのはどうだ。それが許される日だからな。今ならどんな告白でもビールとチョコレートで忘れてやれるぜ。なんか懺悔することはあるか?」
「懺悔?たとえば?」
 イルーゾォが問う横で、メローネが割って入る。
「スクールに通うために男相手に体売って稼いでましたとか?」
「まじか?」
「92年で足を洗った」
「まじなのかオイ」
「冗談にきまってるだろ」
 しれっと言ってのけるメローネのどっちを信じればいいかわからないギアッチョは置いてけぼりに、プロシュートが煙とともに言葉を吐く。
「人が死ぬのを見た」
「見なかった日があるのかよ」
「双子の兄だ。俺の目の前に落ちてきた。母が突き落としたんだ。21階から」
「マンマミーア」
 思わず感嘆したメローネに、イルーゾォが「マンマはやめろ」と嫌そうに呟く。しかしメローネの興味は別のところに向いている。
「双子って?一卵性?二卵性?」
「さぁな。顔はよく似てた。性格はぜんぜんちがった」
「じゃあ二卵性かな」
「顔がいっしょなら一卵性じゃないのか?」
「そのへんの区別は微妙。二卵性でも親兄弟ぐらいには顔も似てる」
「オイオイオイ、いま重要なのそこか?ちがうな。なんでテメーの母親がテメーの兄を突き落としたんだよ。どんな状況だそりゃ」
 メローネとリゾットがおかしな方向に話を広げるのをぶった切って、ギアッチョはしかめた顔をプロシュートに向けた。
 プロシュートはやはりまだ長いままの吸い殻を灰皿でつぶした。かなりチビチビまで吸うホルマジオなら、いただくぜと拾って続きを吸うぐらいの長さを残したまま。
「正確には母が殺したがってたのは俺の方だ。その日はわざと俺と兄が入れ替わってた。服装や、持ち物まで交換してな。母は兄を俺だと思って、ベランダから突き落とした。それで兄は死んだ。俺の目の前で」
「あんたが生きてるのは、双子の兄貴が死んだおかげってことだ」
「まさに生け贄の子羊だな」
 みんなの会話を聞きながら、イルーゾォの中でひとつの映像が思い出された。鏡に向かって、まるで祈るような姿。静かでひそやかな儀式。
 けれどイルーゾォはそのことを決して口外しなかった。プロシュートが自らしゃべった過去なのだから、別にバラしたってよかったのだろうが、卵型のチョコレートといっしょに、イルーゾォはその映像を呑みこんだ。ただプロシュートがいつも長く残して吸う煙草、彼の双子の兄がもし生きていて煙草を吸うなら、きっと同じように長いまま灰皿で潰しただろうと思った。墓標のように、灰皿に突き立つ白い影。
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