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ガラスの凶器 p.m.g


 ジェラートはチームで一番のナイフの使い手だった。
 いつだって全身に数十のナイフを隠し持っていて、屈んだと思えばブーツからナイフが飛び出たし、握手、といって差し出された手の袖口から気まぐれにダガーナイフが顔を出すのも、彼おきにいりの冗談だった。
「今までこのチームに来たやつ全員にコレやったんだけどさ、避けたのはおまえで3人目」
 初めて顔を合わせたときに、やはりその冗談を仕掛けられたプロシュートは、自分以外の2人が誰か、言われずともなんとなく分かった。ソルベとリゾット。
 結果としてジェラートのダガーを避けれなかった他の連中は、みんな死んだ。任務中に、あるいはボスに粛清されて。

 プロシュートは一度ジェラートに、なぜナイフを使うのか聞いたことがある。
 ナイフはたしかに不意をつければ十分な殺傷能力をもつし、近接ならなんらかの怪我を負わすことは可能な安易な武器だが、殺傷の即時性は薄く、急所や関節を正確に狙わなければ、なかなかすぐには死んでくれない。拳銃のほうが確実だ。
「なんでっていわれても、まぁ、好きだから?扱えると楽しいもんだぜ。楽器とかと同じだ」
 なるほど。納得のいく答えだった。トランペット奏者になぜバイオリンを使わないんだと聞く人はいない。
 ジェラートのおきにいりのナイフはガラス製だった。切れ味がとにかく良い。ただガラス製だけあって割れやすいから、扱いが極端に難しいという。
 プロシュートは一度だけジェラートと一緒にこなした仕事で、彼のガラスナイフがターゲットの首を刎ねるのを見た。その切断面は鮮やかなものだった。まるで初めからそうなることが予定されていたように、肉も骨も、真っ平らに裂かれた首。
 だから額に飾られたソルベの胴体の見事な断面を見たとき、すぐに気づいた。
 ジェラートのガラスのナイフで、切ったのだと。




「おっせェーなァ〜〜プロシュートのやつはよォ〜!」
「あと18分まって来なかったらベイビィフェイスでも使うか」
「なんで18分なんだよ?中途半端じゃねーかッ」
「昼飯の時間だ。ピッツェリアに行きたい」
 ホテルのロビーでギアッチョが苛立ちまぎれにソファの足を蹴りつけるのを、メローネは興味なさげにスルーした。ふたりともソファに深々と体を沈め、ロビーに置かれたテレビから流れるおもしろくもクソもないニュースを流し見ている。
「だいたいプロシュートのやつは何を探してるっつーんだ。仕事した現場に長居すんなっていっつもアイツが言ってることじゃあねーかッ!クソッ、納得いかねーぜ、自分の言ったこと破ってまで『探し物』なんてよォ〜」
「イライラしないでくれ、ギアッチョ」
「イライラしてんじゃあねーよッ、元からこうゆう口調だッ!それで、メローネ、オメーは知ってんのかよ?あの野郎の『探し物』がなんなのか」
「さあなァ……ガラスの靴ならぬ、ガラスの凶器でも探してるんじゃねえの」
「ハァ?なんだそりゃ?おとぎ話か?」
 ホテルの入り口付近に併設されてるカフェには、真っ昼間っからビジネススタイルの男女たちが、ワイン片手に談笑している。ビジネスマンでも昼の休憩時間は2時間あって当たり前なのがイタリアという国だ。それに、うまい料理には、それに合ったうまい飲み物をとるのが当然。自然とワインを傾けることになる。
 カフェの光景を眺めながら、昼飯はフォカッチャとラザニアにしようとメローネが人知れず心に決めていると、ギアッチョが今度はメローネの座ってるソファを蹴りつけてきた。さすがにイラッとくる。
「ああ?」
「オメーよォ、人が話しかけてんのに勝手に意識飛ばしてるんじゃあねーよッ!」
 オメーのよくねぇクセだ!と、今までにも何度か言われた文句をまた言われる。あーうるせえなといつも通り耳をふさぐが、ギアッチョ以外にもそれを指摘されたことがあるので、実際にそれはメローネのクセなんだろう。
「ガラスの凶器って、なんの話だ?」
「ああ……どうだっていいだろ、そんなの」
「よくねーよ。気になるじゃねーか!」
「ヒマなんだな、ギアッチョ」
「オメーもだろうがよ」
「コイン持ってるか?裏か表かで決めよう。表だったら俺はガラスの凶器の話をする。裏だったらしない」
「やっぱりオメーもヒマなんじゃあねーか」
 ポケットをまさぐって、ギアッチョが硬貨を一枚差し出してくる。
 なんだかんだいいながら付き合うんだからやっぱりギアッチョもヒマだ。総合すると、ふたりとも、やっぱりヒマだ。
 メローネは、コインを握った拳の親指のうえに乗せ、ピンッと跳ね上げた。それを手の甲でキャッチし、空いた片手でフタをする。
 本来ならここで表か裏か、なのだが、すでにその条件はメローネ自身が提示してしまっていた。ギアッチョがそれなりに真剣に見守る中、メローネはゆっくり時間をかけて、フタした片手を持ち上げる。
「……チッ」
「やった!表だッ!ほら、さっさと話してもらおうじゃねーかァ〜?」
 ギアッチョがやたら嬉しそうに声をあげるのが何かと癪だが、賭けは賭けだ。メローネはコインを手遊びながら、再びソファの背に体を沈めた。
「ガラスの凶器ってのは、ジェラートの使ってたナイフのことさ。奴の愛用品だ」
「へえ?ガラス製のナイフか?変わってんな。それで、なんでプロシュートがそれを探してるってんだ?」
「それがあればボスの正体がつかめるかもしれないから」
 ギアッチョの目の色が変わった。ギアッチョが突っ込んで聞いてきたのは本当に単なるヒマつぶしだったが、今ははっきりと、好奇心をもって身を乗り出してくる。
「どうゆうことだ?詳しく教えろ!」
「こっから先は別料金なんだがなァ〜……順を追って話すと、ジェラート愛用のガラスナイフってのは、切れ味抜群で、物を切れば、切断面がめちゃめちゃキレイに仕上がるらしい。肉だろうと骨だろうとな。ソルベはおそらく、そいつで切断されたんだ」
 ギアッチョが、ゴクリとのどを鳴らす。ギアッチョにとってもメローネにとっても、ソルベのあの美術品のように額におさめられたバラバラ切断遺体の光景は、まだ遠い記憶じゃない。
「ソルベの遺体もジェラートの遺体も戻ってきたが、ガラスナイフだけはどこにいったかわからなかった。おそらくソルベを切断するときに、それを実行したか手伝ったかした奴、あるいはボスは慎重な人物みたいだから、処刑はボスひとりで実行したかもしれない。その片付けをさせられた奴……今日殺したターゲットが、おそらくそいつだ。プロシュートは、ジェラートのガラスナイフをそいつが持ってるんじゃあねーかと疑ってた」
「なるほどなァ、もしそのナイフを取り戻せれば、で、運良く血液が付着してりゃあ…」
「ベイビィフェイスで追えるかもしれない。ボス本人じゃなくても、ボスにごく近しい人物に行き当たる」
「オメーらいつのまに、そんな怪しいはかりごと、してやがったんだよ」
 メローネは口の端を上げて笑い、もてあそんでいたコインをピンッと再び跳ね上げた。
 落ちてきたそれを宙空でつかみとり、ギアッチョの目の前で、ゆっくり手のひらを開いてみせる。コインはない。
「おおッ!?消えた。どこやったんだ!?」
「ないしょ」
 メローネが笑うと、ギアッチョはしばし間をおいて、いきなり何かに気づいたらしかった。
「オメー!『ないしょ』じゃねー!それ俺の金だろーがよッ!返しやがれ!!」
「別料金っつったろ。お代はいただいとくぜ」
 少ないが昼飯の足しにしよう。メローネの計算は狡猾だ。




 腹に食い込んだ異物感に、男は大きくわなないて悲鳴をあげた。
 一方のプロシュートも、刀身を、柄を、それを握る手を伝って、男の肉をえぐる感触をはっきり知覚する。
 ぐ、と体重をこめてさらに押し込む。それから、ねじる。男が嗚咽をもらす。やめてくれ、勘弁してくれ、殺さないでくれ…。男の嘆願が、肉に食い込んだ刀身に響く。
 プロシュートは抱き合うように密接した男の肩にあごをのせ、男の耳に静かな声を吹き込んだ。悪いな、俺はオメーに恨みはねえが、このナイフは、オメーへの恨みがたっぷりなんだ…。
 男を突き放すと同時、勢い良くナイフを抜き取ると、男の腹部からは滝のように血が流れ出て、男はしばらく壁にもたれ喘いでいたが、やがて足の力が抜け、地面に倒れ伏した。
 プロシュートは倒れた男に歩み寄って、脈で死んだのを確認すると、男のジャケットでナイフの血をぬぐった。
 ガラスの、すっかり曇ってしまった刀身が姿をあらわす。元はうつくしい透明色だったのに。ジェラートの手元にあった時は、こんな風に曇ること、一度だってなかった。
 結果として、メローネとギアッチョと一緒に当たったターゲットの方は、ガラスナイフのことなど知らず、その相棒だった男が所持していた。二人とも、ソルベの処刑現場の後片付けに携わった、下っ端のゴロツキだ。
 ゴロツキでも、二人は互いに相棒と呼ぶほどに、仲が良く仕事も共にこなしていたらしい。
 ジェラートとソルベもそうだった。あの二人は相棒だった。自分たちのチームで特定の相棒をもつ者は他にいなかった。あの二人だけだった。
 プロシュートは、二人の仇を討ちたいわけじゃない。ただ汚された誇りは自分たちの手で取り戻したかった。曇ってしまったガラスナイフ。元はうつくしかった。もう使い物にならない。
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