彼らの生業は暗殺だ。総じて仕事の時間は夜が中心となる。
深夜か、早朝に任務が完了すると、そのまま各々が借りてるフラットに帰ることもあるが、一旦チームの溜まり場に寄るパターンが多い。チームリーダーへの任務完了報告という目的もあるし、どちらかというと特に意味もなく、みんな集まってくる。だからリゾットやメローネのように、もはや住み込んでしまっている場合もある。
プロシュートがペッシを伴って任務終わりに溜まり場に寄ると、そのリゾットとメローネがいた。
時刻は午前5時前。2人はダイニングテーブルでワインを開けチーズをかじっている。ステレオから流れるのは時間帯に合わないUKロック。
「おめーらも仕事か」
「いや、単なる夜更かし」
チッと舌打ちひとつ、プロシュートはメローネのグラスを奪って赤ワインを一気に飲み干した。メローネが「あー!」と非難の声をあげる。
それを完全に無視して、プロシュートはジャケットを脱ぎ捨て上階に上がる階段へ向かった。上のフロアには各々にあてられた部屋がある。
「あ、兄貴ィ!報告はいいんですかい?」
「問題なく任務完了、だ。俺は寝る。槍が降ろうと蛙が降ろうと起こすんじゃねえぞ」
そうしてまったく振り返ることなく、プロシュートは自室に消えてしまった。
取り残されたペッシはどうしたものかとリビングに突っ立ったままだ。
「報告はあとでかまわないから、おまえも寝たらどうだ。どうせ『兄貴』よりは早く起きなきゃならないんだろ」
リゾットの言葉にペッシはわかりやすく顔を輝かせる。じゃあ俺、仮眠とってきますと言い残し、ペッシも上のフロアへ上がっていった。
それを見送って、メローネは自分のグラスにワインを注ぎ直しながら、リゾットにニヤリと笑みを向けた。
「リゾットやさしィ~~~」
「気持ち悪い声をだすな」
東の窓が少し明るくなってきた頃、リゾットは報告書を片付けると言って自室に戻ってしまった。
メローネはひとりで残りのチーズを食べきり、あくびひとつ漏らす。寝ようか、どうしようか、ダイニングテーブルにべったりと上半身を預けうだうだしていると、騒がしい声が玄関から響いてきた。
「あ~~~飲んだ飲んだ!もうなんにも入らねえ!」
「これしきでギブアップとはよォ~~ホルマジオてめえ年食ったんじゃねーの?」
「だァ~れに口きいてんだ?ええ?」
ガタガタとそこら中にぶつかる音を鳴らしながら、ホルマジオとギアッチョがリビングに入ってくる。
「よォ、どうだったんだ新しいクラブ」
「なかなかだったぜ、とくに今夜はDJが冴えてた!なぁ?」
「ああ、バーテンダーの女、美人だったしなァ~。おまえも今度いこうぜ、メローネ」
酒のおかげで2人ともずいぶんご機嫌だ。オールナイトでこんな時間まで飲んでいたんだから、そうとうアルコールも回ってるだろう。その証拠にしばらくギャアギャア騒いだあと、ギアッチョはすぐリビングのソファで寝てしまった。
ホルマジオはメローネの向かいに座って、リゾットの使っていたグラスにワインを注ぎ始める。さすがにメローネは呆れた。
「まだ飲むのかよ」
「何言ってんだ、そこに酒がある限り飲むぜ俺は。しかもこれ、ボジョレーヌヴォーだろォ~?」
うししっと無邪気に笑いながらホルマジオはグラスを仰ぐ。
そのうちにイルーゾォがリビングに入ってきた。朝のバールで買ってきたらしい、タルトのいい匂いのする包みを抱えて。
「うわっ!酒臭ぇ!」
「なんだァ~?何買ってきたんだ?いい匂いすんなァ~」
開口一番イルーゾォは鼻をつまんで、タルトにたかってくるホルマジオをしっしと手で追い払った。それからテーブルの上のワインボトルを一瞥して、ついでにソファで寝こけているギアッチョにも目をやる。一周して、イルーゾォの呆れ果てた目線はメローネに向けられた。
「こんな時間まで酒盛りかよ。もう朝だぜ。酔っぱらいは早く寝ろよ」
「悪酔い連中といっしょにしないでくれ。俺は夜更かししてただけだ。ああでも、その匂いかぐと腹へってきたなァ~…」
「やらねーからなッ」
タルトの包みを抱えてイルーゾォはさっさとキッチンへ引っ込んだ。
強欲な野郎だとメローネが毒づいてると、ホルマジオもコキコキ肩を鳴らしながらキッチンへ足を向けた。
「たしかに腹へってきたぜ。なんか作るか。おめーも食うだろ?」
「もちろん!」
「こんな時ばっか返事いいんだよなァ~オメーはよォ~~ったく、しょおがねぇなぁ~~」
なんだかんだ言いながら冷蔵庫で食材の物色を始めるホルマジオは、さっきまで酒を飲んでいたとは思えない手際の良さだ。メローネはホルマジオのこうゆうところを、ひそかに尊敬している。こうゆうところだけだが。
朝食の気配を感じ取ったのか、ペッシが上階から降りてきた。まだ9時になったところだから、4時間ほどしか寝てないはずだが、朝に強いペッシは妙にすっきりした顔つきだ。
「あ、食事の準備してるんですかい。手伝いましょうか」
「おう、じゃあエスプレッソ作ってくれるか」
「俺カプチーノがいい」
「牛乳は自分で泡立てろよォ~」
「めんどうだな…じゃあカフェラテでいいや、ペッシ」
「結局ペッシにいれさせるのかよ」
自分のマグカップとあたためたタルトを手に、イルーゾォがメローネのはす向かいに座る。エスプレッソじゃなくミルクティーだ。イルーゾォはあまりコーヒーのたぐいを飲まない。タルトはカボチャとチーズを焼いたものらしい。それに生クリームをのせて食べる。やたらうまそうだ。
「うまそうな匂いがするな」
完全に匂いに釣られて、リゾットが降りてきた。イルーゾォの皿をちらっと見て、すーっとキッチンへ入っていく。こういう時のリゾットは、メタリカでも使ってんのかというぐらい気配がない。
「はい、メローネ」
しばらくしてキッチンから戻ってきたペッシが、両手にもったマグカップの片方を差し出してきた。受け取ると、中にはクリーム状の牛乳が浮かんでいる。
「あれ、カプチーノ。作ってくれたのか」
「リゾットがフォームドミルク作ってくれたから」
「グラッツェ」
メローネはマグカップを両手で持って、ひとくち含んでみた。まだ熱くて飲めないけど、匂いをかいでるだけで気持ちが満たされるようだ。立ちのぼる湯気でまつ毛が湿る。
ホルマジオとリゾットが、焼いたバゲットにトマトペーストとオリーブオイルを塗り、板状のハムをのせた、なかなか豪勢な朝食をテーブルに運んできた頃、まるで計ったようなタイミングでプロシュートが姿を現した。
「いい匂いだな。俺の分ある?」
「残念ながらあるんだよなァ~~感謝しろよ」
「グラッツェ、愛してるぜ」
ぐっすり寝たらしく、数時間前の不機嫌が嘘のようだ。プロシュートはホルマジオから一皿受け取って、リビングの方へ移動したが、座ろうとしたソファに巻き毛が丸まってるのが目に入った。途端に眉間にシワが寄る。
「こんなとこで寝こけてるんじゃねえよ…」
「クラブ帰りでそうとう酔っぱらってたから、まだしばらく起きないと思うぜ」
「なんでまっすぐ家に帰んねーんだよ、邪魔でしかねぇ」
辛辣な言葉を吐きながらもプロシュートはギアッチョを避けて、一人掛けのソファに陣取る。家に帰れという点では任務終わりとはいえ報告もすっ飛ばして寝ていたプロシュートも同罪だが、誰もそこに突っ込む者はいない。
ステレオから流れていたUKロックはとうに終わって、朝のテレビ番組ではテンションの高い星座占いが流れている。窓から差し込む光の白さ。
食事を作り終えたホルマジオがソファで丸まってるギアッチョをちょっと端にどかしてその横に座り、ペッシは立ったままビスコッティをかじって同じくテレビを眺めている。一人掛けに座るプロシュートはすでに食後の一服に移行。ダイニングテーブルでまだタルトにかじりついてるイルーゾォを尻目に、2杯目のカプチーノを入れに席を立つメローネ、その向かいでリゾットは今朝一番の新聞を広げる。いつもと変わらない、朝の風景。