キッチンのカウンターチェアで、エスプレッソと煙草を味わいながら新聞を広げるプロシュートの両肩に、だらりと腕がのる。
「よぉプロシュート、今晩デートに付き合わない?」
「誰を殺るんだ?」
色気も愛想もない返事に、後ろから抱き着いたメローネが笑う。
「つまらない大金持ちの悪党さ」
「丁重にお断りするぜ」
「そう。残念だな」
無邪気なようで案外冷めてるところのあるメローネは、あっさりと腕をほどいて離れていった。
そこでようやくプロシュートが振り向く。羽根のように軽い足どりでリビングを横切ったメローネは、次のターゲットをテレビの前に陣取るギアッチョに定めたらしかった。
こりねえ奴だととくに興味もなく新聞に向き直ったプロシュートの背後で、破壊音と急速な冷気が立ちのぼった。
その晩は雨が降った。
たいした雨足じゃないが、行きつけのバーに寄るのもめんどうで、プロシュートは偽名で借りているフラットへまっすぐ帰るつもりだった。通りすがりに路地裏の店の外灯がついているのに気付き、足を向けたのは本当に気まぐれでたまたまだ。その店の手巻きロールのシーフードピッツァはプロシュートのお気に入りだった。それを買って家でワインでもあけようと思ったのだ。
路地裏に踏み込んで、プロシュートは足を止めた。妙な気配を感じとってしまったのは職業柄か元来の性質か。あるいは“スタンド使い”だからだろうか。
入り組んだ石畳の路地。目指していた店とは別の方向にのびた細い道を進む。両側には赤い煉瓦造りの家が並び、差した傘がぎりぎり通るぐらいしかない。
雨の匂いにまじって、かすかに血の臭いがした。それに、気配。歩くスピードを変えないままプロシュートはグレイトフルデッドを発現させた。老化を促す瘴気はまだ出させない。プロシュートは直感的に、この路地裏の向こうにいるのはスタンド使いだと知っていた。そうゆう気配なのだ。
結論からいえばその直感は正解だ。路地に座り込んでいる人影に、寄り添うように立つそれは、まちがいなくスタンドの姿だった。ベイビィフェイス。
「生きてるか」
人影からじゅうぶんに距離をとったまま、プロシュートは雨にまぎれるように声を投げた。メローネは雨に濡れた髪をずっしりと垂らし、うつむいたまま顔をあげようとしない。血の臭いはたしかにメローネからしている。近くに敵が潜んでいるのかもしれない。グレイトフルデッドを出したまま、ジャケットの下、背中側のベルトにはさんだ拳銃を引き抜いてかまえ、周囲に鋭く目をすべらせた。
「………ふ、」
かすかな声はメローネのものだ。意識はあるらしい。笑っている。
「ベイビィフェイスを出してりゃ誰かが気付いてくれるんじゃないかとおもってた」
「賢い判断とはいえねぇな。敵のスタンド使いが寄って来てたかもしれねぇだろ」
「敵も味方も、どうだっていいね……俺にとっては、殺すか殺さないかってだけの話さ」
グレイトフルデッドを引っ込めて、座り込んだままのメローネに近付く。メローネは、壁に背をもたせかけて膝に顔を埋めるように丸まっている。濡れた石畳に淡い髪色がにぶく反射する。
「失敗したのか」
「まさか…きっちり天国へ送ってやったぜ。いや、地獄へかな」
「その怪我はどうした?」
「撃たれちまってさ、つまんねぇ下っ端どもに…クソ、皆殺しにしてやればよかったな…」
「メローネ」
プロシュートは、うわ言のように呟くメローネの目の前に腰を落として目線をあわせた。
「おまえ、本当は今日の仕事、俺も連れてけってゆわれてたんじゃねぇのか」
メローネのスタンドは一人のターゲットを確実に殺すのに適し、プロシュートは広範囲に無差別に死に至らしめるスタンドをもつ。今夜のターゲットは一人だった、ただし敵側に援護が入る可能性があった。メローネからのデートのお誘いは、本当はリゾットやボスからの命令だった。そういうことじゃないのか。
メローネがようやく顔をあげた。子供のようなあどけなさだった。雨に降られているせいだろうか。メローネはじいっとプロシュートを見て、それから口の端を笑みに歪ませた。
「子供がほしい、プロシュート」
「バァーカ」
メローネの腕をつかんで起き上がらせる。あとから聞いたが、メローネを撃ったのは7歳のガキだったらしい。ターゲットの男は、慈善事業で貧しい子供たちの施設を訪れたり自宅に招いたりしていた。そこで幼い少年たちに性的ないたずらをすることもあった。その中の一人が、メローネを撃った。男に性的虐待を受けていたにも関わらず、少年は男を殺したメローネを憎んだ。
「子供ってのは純粋だよ、彼らは誰が自分を庇護してくれてるのかよくわかってる。あんたならあの子たちも殺したかい、プロシュート」
殺しただろう。プロシュートは戸惑いなくそう思う。メローネを撃ったガキは、その時いっしょにいた他の何人かの子供たちといっしょに、しばらくして死体となって川に打ち捨てられた。メローネは特別子供に甘いわけじゃない。子供が大人から虐待を受けるのもごく日常のことだ。メローネは虐待を受けている子供たちの目に、幼い自分を見たのだろうか。それは意味のない想像だった。