おまえと同い年だ、仲良くしろよとあらかじめ上司に言われていたので、どんな奴なのだろうとホルマジオはそれなりにワクワクしていた。
「今日からうちのチームに入るリゾット・ネエロだ。挨拶しろ」
「よろしく」
現れた男の目を見た瞬間、ホルマジオはおもいっきり視線をそらしてしまった。初対面の人に対してあまりにそれは失礼な態度だったし、基本的に人がよくて話し上手聞き上手であるホルマジオ自身にとっても、話す時に相手の目を見ないのは主義に反することではあったが。
しょうがねーじゃねえか……
だって、目が、ものすごく黒い。
「…どうもぉ〜」
かろうじてそう返しはするが、ホルマジオはやはり、リゾットとかいう新入りの男の目を真正面から見返せなかった。
ドガシャアァンッ!!
強烈な破壊音とともに建物全体がちょっと揺れた。
「またか」
「今日は誰だ?」
いつものことと慣れきった様子で、それぞれが顔を見合わす。今一階のフロアにいるのはギアッチョ、イルーゾォ、ペッシ、ホルマジオだ。
「メローネの野郎は?」
「外にバイクはなかったぜ。まだ来てねえんだろ?」
「それか女の品定めにでもいってるか」
「さっき兄貴が次の任務のことでリーダーに話があるっつってたけど…」
「決まりだな」
「ったく、しょおがねぇなぁぁ〜〜〜」
そうなるとこの場にギアッチョがいてくれてることは、かなりありがたい。グレイトフルデッドを全開にされたら、こんな狭い家の中など一瞬ですべて枯らされる。普段はチームの暴れん坊及び破壊魔として扱われるギアッチョだが、こうゆう時ばかりはたよりになる。というか皆、こうゆう時しかたよりにしない。
そんな暴れん坊ギアッチョが、さっそくイライラと手近のマガジンラックを蹴りつけた。
「クソッ!ペッシッ!てめー行って様子見てこいよ」
「ええ〜!?それはおいらに死んでこいってゆってんですかい?」
「てめーの兄貴なんだろォ!?ええ?」
本気で嫌がるペッシだがギアッチョは容赦のかけらもない。イルーゾォは自分に火の粉がふりかかってはかなわないとすでに鏡の世界へ引きこもっている。
このパターンの場合、いつもならメローネが暴走するギアッチョに茶々を入れてからかい、弱いものイジメの救済を行うのだが、不在なんだから仕方ない。残る人材はホルマジオのみだ。ホルマジオ自身は、スタンド能力的に、ギアッチョにも誰にもかなうわけがなかったので、あまり首を突っ込みたくなかったが、そうはいってもやはり仕方ない。
「チクショ〜しょうがねぇなァ…おいギアッチョ、あんまりペッシの奴をイジメてやるんじゃあねえよ。リーダーとプロシュートなんか相手にしたら、マジで死んじまうぜこのマンモーニはよォ」
「じゃあテメーが行くってゆうのかよ、ホルマジオ。ゆっとくが俺はここから1ミリたりとも動く気はねぇぜ」
「俺があの2人を止められると思うかァ〜?猫がカバ産むより無茶だろォーが」
「自分でいってて恥ずかしくねーのかクソッ」
無駄な言い合いを展開しているうちに、上のフロアからまた派手な音が聞こえた。この分ならまだ素手でやり合ってるのかもしれないが、スタンド戦になるとこっちにまで甚大な被害がおよぶ。
「ったくよォ、しょおがねえなァ〜…」
こんな時、なんだかんだ言いながら立ち上がってしまうのがホルマジオという男だった。
割に合わない仕事だとはわかっている。自分の管轄でもない。しかしホルマジオはチーム内の年長で、リゾットとの付き合いも長く、結局のところ放っておけない性格をしている。損なタイプだとは自分でもおもう。
「頼りにしてんぜェ〜ホルマジオ。リトルフィートの指でヤツらをチョイッと傷つけりゃああんたの勝ちだッ!」
「メタリカの射程距離に入った時点で俺は負けるだろーがよォ」
適当な声援を投げてくるギアッチョに背を向け、ブツブツ文句をたれながらもホルマジオは階段を上がる。メタリカ以前にすでにグレイトフルデッドの射程距離には十分入っているのだから、本当にスタンド戦が始まればホルマジオは完全にお手上げだ。
二階に上がると分かりやすくリゾットの部屋の扉が吹っ飛んで廊下でゴミくずと化している。やれやれとため息をつきながら、戦場となっているリゾットの部屋をのぞく。プロシュートの後ろ姿が見えた。
「おいオメーらよォ、なんでモメてんのか知らねーが、家を破壊すんのは…」
「よけろホルマジオッ!!」
プロシュートが鋭い声をあげたのと同時に、その体がいきなりホルマジオに向かって吹っ飛んできた。よけなければぶつかる、が、ホルマジオは両腕を交差させ防御はとったが結局よけなかった。当然プロシュートの体がぶち当たってきてホルマジオもろとも2人は廊下に転がった。
ふと視界をかすめたそれに今さら気付いたのだが、破壊された扉のノブの金属部分が変形している。すでにメタリカは発動されていたのだ。
「イッテェェ……ちくしょォー、おいプロシュート、大丈夫か?」
吹っ飛ばされたあげく廊下の壁に激突したらしいプロシュートは、壁に背をもたせかけるようにして立ち上がりかけていたが、突然、体をくの字に折って床に崩れ落ちた。見えない拳にみぞおちを殴られたように。「おいおいおいおい…」、さすがにホルマジオも冷や汗をかく。
景色が歪み、プロシュートとホルマジオの間にごく静かに姿を現したのは、黒ずくめの男リゾットだ。
「針を吐かされなかっただけ幸運とおもえ」
「ハッ…!余裕ぶっこいてんじゃあねーぞテメー…」
「おいおいおい、リゾットおめーよォ…」
そこでようやくリゾットは背中を向けていたホルマジオの方へ振り向いた。肩ごしに見下ろしてくる漆黒の瞳。ぞくりと背筋が粟立つ。この静けさと深淵の闇こそ、リゾットを『最高の暗殺者』と呼ばしめる理由だ。
だがホルマジオは、もはやその瞳から目をそらすことはなかった。初めて会ったのが22才の時、同い年で互いに『能力者』であるという共通点をもちながら、ホルマジオとリゾットは性格も能力の面でも大きくかけ離れていて、とても仲良くやっていけるとは思えなかった。だが気付けば同じチームに属し、そこそこ長い付き合いになってしまっている。
ホルマジオは、暗殺の能力においてリゾットに勝ろうなど、もはや思わない。いい意味で開き直っている。同等の力をもつならプロシュートのように真正面から衝突しにいくだろうが、ホルマジオにはホルマジオなりの対処方法があるのだ。
「そのぐらいでやめとけって。これ以上家を破壊したらよォ、また上から経費がどーとかイチャモンつけられんだろォーが。プロシュートなんか列車の切符代がもったいねえっつってペッシと無賃乗車してんだぜ?リーダーのおめーが金の無駄遣いしてどうする」
「ホルマジオてめー無賃乗車のくだりは余計だろうがよォ…」
リゾットの向こうでプロシュートがグレイトフルデッドを発現させるのが見えた。全身の無数の目がぎょろりとホルマジオをにらむ。
「プロシュート、おめーもよォ、こないだグレイトフルデッドで地下の食糧庫ぜぇーんぶダメにしたの忘れたか?おめーがファーストフード店で働いて食費稼ぐっつーんなら別にかまわねぇけどよ。やってくれんのかよ?え?」
「やるわけねぇだろーが」
「ったく、マジでしょーがねぇ奴らだなおめーらはよォ!」
ホルマジオが長々とため息をつく。臨戦体勢だったリゾットもプロシュートも、ホルマジオの所帯じみた説教に目に見えて白けた様子だ。ホルマジオの武器はこれだった。世間慣れした飄々さで、殺気も戦闘意欲もけむに巻く。
このチームの連中はみんなどこか浮き世離れしているというか、ちがう世界に住んでいる。ちがう世界に住む者同士なんだから、そりゃ喧嘩も衝突も絶えない。そんな奴らを、世間一般の現実世界に引き戻すことで、場を白けさせることこそ、このチームでホルマジオが身に付けた処世術だ。
やおら立ち上がったプロシュートは、グレイトフルデッドを解除してこちらに背を向け階段を降りだした。
「リゾット、今日の話はまた次にだ。必ず決着はつけるぜ」
「ああ。おまえの方こそ老化で忘れるなよ」
反射的にプロシュートが振り向いて一瞬さっきよりも凶悪な空気が2人の間に生まれたが、ホルマジオがすかさず「マックかケンタか?」と声を上げたので、プロシュートは派手な舌打ちを鳴らして階段を降りていった。踏み板を壊す気かと思うほどの足音をたてながら。
それを見送っていたリゾットに向けて、ホルマジオはもう一度わざとらしくため息を吐き出した。
「リーダーともあろうモンが、部下のひとりもコントロールできねぇで情けねーぜ、ええ?」
「俺はあいつらを縛る気はない。好きにやればいい。だがクセが強くて困る」
「そりゃあおめーもだろうがよ、リゾット」
ホルマジオはよっこらしょとジジ臭いかけ声とともに立ち上がって、リゾットの目を見据えた。相変わらず黒々としているが、その瞳は無感情でも無表情でもないことを、ホルマジオは知っていた。
「衝突すんのが悪いこととはいわねーよ、互いの主義主張がちがえばそりゃあ喧嘩にもなるだろう。けどプロシュートはあんたにグレイトフルデッドを使わなかったんだろ?今回はあんたの方が、ちぃっとばかし、おとなげなかったんじゃあねーか?」
「あいつには手加減できんからな。たしかに、俺がやり過ぎた。すまん」
「そりゃあプロシュートに言えっつーの、マジでしょ〜がねぇヤツだなおめーは」
ホルマジオ本人は知らないことだが、チーム内ではホルマジオは、リゾットとプロシュートの間に入って弁舌でどうにかできる唯一の人材として認識されている。スタンド能力に関わらず、要は頭の使いようなのだ。馬鹿とハサミはなんとやら。
夜になってなぜかメローネとギアッチョがもめていた。
「部屋替われよ!リーダーがメタリカ発動するたびに俺のパソコンがイカれちまうんだよ!」
「知るかッ!てめーのパソコンなんかどうせエロ動画しか入ってねーんだろうがクソッ!俺だってリーダーの隣りの部屋はお断りだぜ!」
「ったくよォォ〜〜しょおがねぇなァ〜ッ!」
ホルマジオ、別の名を暗殺チームの苦労人。