スタンドは能力を発現してから使いこなせるまで、それなりの期間と修練が必要となる。リゾットだって最初の頃は、力の加減が効かず自分でよくカミソリを吐いてたらしい。
「なぁおめー…プロシュートって野郎のスタンド見たことあるか?ありゃ気味が悪ぃーぜ、なんで足がねーんだ?」
「じゃあなんでおまえのスタンドは猫耳がついてんだ?」
猫耳じゃねー避雷針だ!と訳の分からない抗議をしてくるギアッチョを無視して、メローネはパソコンの電源を切った。これで生まれたてのベイビィフェイスは消滅する。簡単だ。
使いこなせなくても『やり方』はわかっている。みんなそうだったらしい。ギアッチョは理不尽な理由で連れを殴り殺した警官のパトカーを追いかけて全力疾走してるうちに、ホワイトアルバムをまとっていたのだという。
ギアッチョの体にぴったり合った、ボディスーツのようなスタンド。体という確たるものに根ざし、あくまで己の意志ひとつというあたりが、単純かつ頑ななギアッチョらしい。
いつだってギアッチョは自分の腕で相手を殴り、自分の指で相手の心臓をつかみ取る。すべて自分の感覚とする。そうしてなにひとつ揺るがない。俺は俺。ここにいる。そういった存在であることを示す確固たるスタンドの姿。
メローネのスタンドは遠隔操作型だ。うまく育ったベイビィなら、メローネはアジトのソファでチーズをかじりながら、十数人を殺すことができる。自分ではなにもしない。報告を聞くだけ。『ターゲットヲ始末シマシタ』。ベネ。よくやった。それで終わり。
「ポルポの試験を受けさせられて、矢に貫かれて、次の日、鏡をのぞいたら俺じゃなくてマン・イン・ザ・ミラーが映ってた。最初あれかとおもったぜ、自分のベッドで寝て起きたら、でっかいクモ?になってたとかゆうやつ」
「Die Verwandlung(変身)」
「それ。…あんたドイツ語うまいな」
「昔、東ドイツの女とよろしくやってた時期があってよォ~」
聞く?というかんじでホルマジオがニヤニヤ笑うので、イルーゾォはおもいっきり顔をひそませて、どうぞと続きを促した。
「ベルリンの壁が崩壊してから3年がたってたが、まだ東西の見えねぇ壁ってやつがあってよォ、東は社会主義で自由のきかねー暮らしを強いられてたから、俺は西で賃金稼いで東ドイツの女の家に転がりこんでた。ある日、女がいねぇ時に、まぁ、西で働いてる時に知り合いになった女とよォ、ちょっと親交深めてたわけだ。そこに女が帰ってきた。あわてた俺は、リトルフィートで俺自身をちょいっとちっちゃくして……」
「まて、あんたその時はもうスタンド使いだったのか?すでにパッショーネに?」
「ああ~?まぁ、細けぇこと気にすんな」
「壁崩壊から3年って、あんたまだ20前後だろう。西ドイツで働いてたっつーのはパッショーネの任務か?いつスタンド能力を身につけたんだ」
「オメーなかなかしつけぇーなァ~」
スタンドとの出会いは唐突だ。出会い頭の事故みたいに、いきなりその能力は身に降りかかってきて、圧倒的な力で、平穏な日常から不穏な非日常の世界へと引っ張っていってしまう。
鏡の中、生命のない、すべてが反転した景色に立った時、イルーゾォは考えた。
この能力になんの意味が?
「完全なる暗殺者向きだろう。姿を隠せる、体内から凶器を生める…もとからナイフが好きだったか?」
「いや。使うことはあったが、コレクションなどはしていなかった。能力を身につけてからだな、ナイフを意識的に扱うようになったのは」
リゾットの手元で、食事用のナイフがくるりと回る。芋ややわらかい牛肉を切るぐらいしか能のないそのナイフも、リゾットが扱えば骨さえ断つ凶器となる。
ナプキンの上に丁寧に置き直されたナイフを見下ろしながら、プロシュートは煙草を食む。
「スタンド能力は無意識の欲動や願望。おまえのその能力は『人を殺す』ことだけを考えられて設計されてるみてーなもんだ。暗殺者になることを自ら望んだのか?」
「もっと単純な話だ。ただただ殺したい野郎がいた。それだけだ」
『人を殺す』ことだけを願った。呪うように祈るように。願いは叶った。復讐を果たした。それからのちリゾットは修羅の道に入る。神と会えば神を殺し、悪魔と会えば悪魔を殺した。
使いこなせなくても『やり方』はわかっている。リゾットはごく自然に慎重にシンプルに、人を殺すことを続けてきた。それを神に懺悔する殊勝さはもちあわせてなくとも、たとえば冬の星空を美しいとおもったり本を読んで涙したり好きなものを最後までとっておいて最後にゆっくり味わって食べるだとか、そういった感覚は変わらずリゾットの中にあり続けていて、だから当たり前のように人を殺す一方で、当たり前のように生活し暮らしているのだとおもう。
フン…と鼻を鳴らしてプロシュートは短くなった煙草を灰皿でつぶした。プロシュートの皿はすでに下げられていて、食後のエスプレッソが置かれている。
今日は先日の仕事で偶然出会ったスタンド使いの少年を、正式にチームに迎え入れる日だった。この街にまたひとり、暗殺者が生まれる日。外は馬鹿みたいに晴れている。
「能力の残虐さのわりにスタンドのビジョンがやけに可愛らしいのは、おめーの趣味か?小人の出てくる絵本でも読んだかよ」
「見た目のおぞましさならおまえに勝てる気はしないな」
「ハ…おまえでもおぞましいとか思うことがあるのか。初耳だ」
リゾットはプロシュートが初めてスタンドを発現させた場面に居合わせた。仲間にリンチに遭ってるとき、プロシュートを守るようにかばうように、それは姿を現した。
プロシュート本人の見た目の華やかさを裏切って、そのスタンドの容姿は禍々しいほどだ。なのに妙なおだやかさや安らぎを感じるのは、その能力ゆえだろうか。老いて死ぬことを『偉大なる死』と呼べるほど、プロシュートの周りには、まともに年をとって死ぬ人たちがわんさかいたか全くいなかったか、もしそれほどに多くの若い死を見送ってきたというなら、彼自身もまた同じ運命をたどるのではないかと、そういった不吉ささえまとうおぞましさを、リゾットは感じるのだ。