忍者ブログ

[PR]


×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

やさしさなど知らずに f.p.g.m


「おい、アレ。どーにかならねぇのか」
 最初に音を上げたのはやはりというかホルマジオだった。ダイニングテーブルにつくプロシュートはめくっていたファッション雑誌からちらと目を上げる。
「どーにかって、どう?」
「黙らせるか大人しくさせるかっつぅーことだよ」
「ふたりまとめて要介護なジジイにでもしてみるか?」
「ま、それもいいがな……」
 さすがに死ぬんじゃあねーの、とホルマジオは肩越しにリビングの方を振り向く。6人掛けの長いソファには巻き毛の男、一人掛けのソファには長い直毛の男が座っている。
 座っているだけならいいが、このチームに参入してまだ日の浅い2人は、互いに不穏な空気をまき散らしまくっている。公害もいいとこだ。
「おい…足どけろよ」
「はァ~!?おめー頭だけじゃなく目も悪ィーのかァ~?ギプスつけてんだろーが、曲げれねぇーんだよ足上げとくしかねぇだろーが」
「ならベッドでおとなしく寝てろよ。目障りだ」
「目障りならオメーがどっか行け俺のが先にココに座ってたんだからなッ!」
「自力じゃ歩けもしねぇくせに動きまわるなアホメガネ」
「歩けなくてもテメーを凍らしてブチ割るぐらいワケねぇーんだぜクソマスク野郎がァーッ!!」
 勢い余って立ち上がりかけたギアッチョは、ギプスで固められた片足をローテーブルに載せている自身を失念していたらしい。結果、半分腰を浮かしただけで、片足の複雑骨折の痛みにうなってソファに逆戻る。
 仕事中の怪我とはいえ、『ホワイトアルバム』の無敵の装甲を過信して突っ走ったのだから自業自得だ。弾丸は止められても衝撃は消せない。車に跳ね飛ばされれば、当然骨も折れる。
 一方、ギアッチョに冷ややかな目線を投げつけるメローネは、見せつけるように悠々と足を組み直す。だがその両腕は包帯でぐるぐる巻きだ。皮膚には賽の目状の傷が縦横無尽に走る。まるでオセロの碁盤をえがいたかのように。
「…だいたいよォ、自分のスタンドに攻撃されるってのはどうゆうことだぁ~?テメーの精神が未熟だから、そうゆうことが起こるんじゃあねーのかよ」
「『ベイビィフェイス』の息子は自律型だ……おまえに俺のスタンドは理解できないだろうけどね」
「テメーが一番テメー自身のことをわかってねえんじゃねーのかよ!」
 ガンッ!!
 メローネがローテーブルを思いっきり蹴りつけたと同時、ギアッチョの手がメローネのむき出しの肩をつかんだ。一瞬にして空気とともに肩が凍りつく。ギアッチョを睨みつけるメローネは、テーブルにのせていたパソコン型スタンド『ベイビィフェイス』に手をのばした。傷だらけの両手でも扱うつもりだ。
 だが次の瞬間、メローネに掴みかかっていたギアッチョは見る間に小人のように小さくなった。知らぬうちに背後に立っていたのは『リトルフィート』だ。
「おめーら白熱しすぎだっつぅーの。ったく、しょおがねぇなぁぁ~~~……」
「なんで俺だけなんだよッ!この変態バカマスク野郎もだろーがッ!」
「スタンドを先に使ったほうが悪い。ここでのルールだ」
 手のひら大になったギアッチョがソファの上でギャンギャン騒ぐのを、プロシュートが一刀両断する。ようやく読んでた雑誌を放ったということは、一応ホルマジオに加勢するつもりはあるらしい。
 ホルマジオはやれやれと肩をすくめ、小さいギアッチョをつまみ上げた。
「ちょっと頭冷やせよォ~~仲良くしろとはいわねぇけど、面倒は起こすんじゃねえって」
 小さくなっても騒ぎ続けるギアッチョをつまんだまま、ホルマジオは上のフロアへ移動する。上がっていく途中でちらっとプロシュートに視線を寄越した。こっちは引き受けるから、あっちをどうにかしろ、と言いたいらしい。

 ギアッチョの声が聞こえなくなってから、プロシュートは立ち上がって、さっきまでギアッチョがいたソファに腰を落とした。横に目をやると、『ホワイトアルバム』をくらったメローネの肩はもう元に戻っている。
 無言のまま煙草ケースから一本引き抜き、火をつける。深々と吸い込む。紫煙を、天井に向かって吹きあげる。
「一本ちょうだい」
 メローネが、包帯に巻かれた手を差し出してくる。ふしぎと、さっきまでのトゲのある様子はもう微塵もない。
 プロシュートに対してはいつもこんな感じだ。だからプロシュートにとってのメローネの印象は、愛想が良くてつかみ所のない奴、となっている。第一印象からそうだった。
 煙草ケースを放ると、メローネは痛むだろう両手でキャッチして一本抜き、ケースの隙間にねじこませていた安物のライターで火をつけた。一度吸い込んだ煙を吐いてから、grazie、とケースを返してくる。
 ギアッチョに対してもその素直さで応対すればいいものを。
 しかしまぁ、はたから見てもこの2人はそれぞれに厄介な性格をしている。1人でも面倒だから2人そろうとさらに面倒だ。
 なのになぜ今回のように、この2人で仕事を組ませるかというと、性格的にも能力的にも補い合えるタイプだからだ。短気で直情的だが理論的で徹底したギアッチョと、慎重で冷静だが感覚的で流れに身を任せるメローネ。直線的で直接的かつ単純に強力な『ホワイトアルバム』と、遠隔操作で自律し特異な能力を発揮する『ベイビィフェイス』。
 うまく組み合わされば隙のないコンビネーションになるはずだ。それなのに、ここまで性質が合わないとなると、話にならない。
 暗殺を生業とするこのチームでは、「チームワーク」は存在しないが時として「チームプレイ」は必要となる。仲良しこよしで頑張るものじゃないが、それぞれが能力に特化する分、補える部分は補い合えなければ、命などいくらあっても足りない。
 プロシュートはギャングとしてのけして短くない経験からそれを知っていた。メローネにしても、パッショーネに入ったのはここ最近らしいが、感覚として察しているはずだが。そこまで馬鹿じゃないはずだ。
「うまくいってねぇのか」
「見ての通りさ。やたらアイツの方から突っかかってくるし」
「そっちじゃねえ。ギアッチョとのことはオメーらで片付けろ。『ベイビィフェイス』の息子だ」
 メローネは「ああ…」と吐息のようにこぼしてから、背中をゆっくりソファに沈めた。
「『イイ育て方』が、まだつかめてないのかも。能力は高い。殺傷力も申し分ない。ただ、言うことをちゃんと聞かないことが多くて。俺を憎く思ってるみたいだ」
 煙草を指にはさみ、無意識に包帯の巻かれた腕をさする。
 プロシュートはそれを横目に、まだ長く残る煙草を灰皿に潰した。
「『イイ育て方』か……言うことを聞かねえってのは問題だな。『息子』の攻撃力の高さは、おめーが身をもって証明してるわけだし。でもそれをコントロールできねぇと仕事にならねえ」
 一番にどうにかすべき問題はそこだ。ギアッチョがメローネに苛立つのは、性格の不一致もあるが、スタンド能力のコントロール性にも起因している。
 直接身にまとって直接的な作用を起こす『ホワイトアルバム』の使い手であるギアッチョにとっては、『ベイビィフェイス』のように流動的で不確定要素の強いスタンド能力は、未知で不可解だ。完璧に自分のコントロール下におけない能力、というのに、恐怖に近い感覚を覚えている。たぶん。
「わかってるよ。『息子』は性質上、カンペキな制御はできないけど、きちんと育てれば俺の言うことを聞くようになるはずなんだ。それはわかってる。だけど、どう育てれば『イイ息子』になるのか、そこんとこがよくわからない」
 メローネは深く座り込んだまま片足を抱えて宙を見る。その表情はたよりなげだ。
 ギアッチョはメローネのことを、いつも余裕綽々でいけ好かねぇ野郎だと思ってるようだけど、実際にはこんな風に迷いや不安をにじませることもある。少なくともプロシュートは、メローネのこの顔を知っている。
 メローネがギアッチョに対してこうゆう姿を見せていないのだとしたら、見栄を張っているのかもしれない。ギアッチョに対してだけ。
 どっちにしろプロシュートから見れば、2人の反発はガキの張り合い、青くさいライバル意識からくる対抗心だ。
(ま、ライバルがいるってのはイイことかもしんねぇけどな。能力を伸ばし合うような関係になれれば)
 という考えだからプロシュートはこの2人に対してやや呑気な姿勢といえる。あまり切羽詰まってどうこうとは思わない。
 メローネは手と口の間で煙草を一往復させ、煙を吐いてから、プロシュートの方に身を乗り出してきた。
「なぁ、あんたはどう思う?どうやって育てたら『イイ息子』になるかな」
「さぁどうだろうな。俺らは教育者じゃねえし、結局は自分の親にしてもらったようにしかできねーんじゃねえか?」
「殴ったり蹴ったり無視したり?」

 プロシュートは、自分の親のことをふと思い浮かべた。この20年ぐらい思い出すこともなかった親だ。
 そもそも自分は『イイ息子』だっただろうか。かけらもそうは思わない。たぶんメローネもそうなんだろう。だから迷子みたいな目をプロシュートに向けてくる。彼が適切な『イイ教育者』になれる日はくるんだろうか。なれなければ、プロシュートたちの手でメローネを始末しなければならないのだけれど。

良質の余暇 i.f.m.p


 赤、黄色、水色、ピンク。包み紙は妙にハッピーな色合いだ。そういえば子供の頃はよく買ってもらって食べてたっけ。イルーゾォは記憶の糸をたぐりよせた。軍人だった父はこんな軟弱なものと嫌っていたけど、母はファンシーなものがなんでも好きだった。
 箱いっぱいに詰められた色とりどりの棒付きキャンディの中から、オレンジ色に包まれたものを取り出す。蜂蜜入りのミルクハニー味。
 もうひとつ思い出した。ホットティーにこのキャンディをくるくる混ぜて溶かすとおいしいんだ。
「チュッパチャップス?」
 横からイルーゾォの手元をのぞきこんできたホルマジオは、イルーゾォの肩越しにレジの店員に煙草のソフトケースを手渡す。いつもの見慣れたパッケージのやつ。
「おめー味覚がお子様だよなぁほんと」
「シュークリームもプリンも大好きだよ。ほっとけ」
 おまけにエスプレッソをほとんど飲めない。コーヒーにもミルクと砂糖をいれる。
 ホルマジオのあとでキャンディのお金を払って、連れ立って店を出た。
 終電直前の駅前には普段じゃ考えられないぐらいの人であふれている。ヨーロッパ全土を襲った大寒波のおかげで、ここ何日かの大雪続き。ただでさえ時刻表通りに発車しない電車が続々遅延か通行止め。
 人の波を避けながら、イルーゾォとホルマジオは7番ホームへ向かう。イタリアを南下する特急列車が復旧の見込みもなく線路に留まっている。スーツケースに腰をおろして談笑し、本格的に夜を明かす覚悟の旅行者たち。
 ゆるやかに雪の降り続けるホームの柱のそばに、プロシュートとメローネが湯気のたつ紙コップ片手に佇んでいる。傍から見ればやたら絵になる二人だが。
「で、ギアッチョが『ホワイトアルバム』で傷口凍らせながら切断すればいいだろなんて言うから、バカゆうな凍結させたら痛覚マヒって苦痛半減だろっつったんだけどさ」
「凍傷で自分の体が腐ってくのを見せるってのもあるがな。指とか、もそっともげる」
「時間かかり過ぎない?」
「時間をかけるのも拷問の手段のひとつだろ。俺なら手足一本につき一時間かけて切る」
 話してる内容はロクでもなかった。
「楽しそうな話してるな…」
「よぉ~」
「まぁだ電車動いてねぇのかぁぁ~~?用意してあったチケットってこれの次のやつだろ?マジで夜が明けるんじゃあねえか?いっそタクシーとかよぉ」
「タクシーつかまえたとこで高速も交通量制限中。電車の復旧待ったほうが無難」
 ホルマジオはプロシュートの横にいって、さっき駅前の売店で買った煙草のパッケージのシールをくるくると剥がした。メローネがめざとく手を差し出す。
「一本ちょうだい」
「あン?しょおがねぇなぁぁ~…銘柄に文句言うなよ?」
「うわ。これおっさんくさいフレーバーのやつ」
「はい没収~~~~~」
「ああ!」
「アホか」
「マヌケだな」
 ホルマジオにあえなく煙草を取り上げられたメローネは、こりずに今度はプロシュートの方を向く。
「一本だけ!」
「さっきので切れた」
「買ってきてやるよ。MS?」
「あんなマズイもん吸うぐらいなら雪でも食っとくぜ」
 メローネはプロシュートから紙幣を受け取って、長いホームの端にある自販機の方へ足取り軽く歩いていった。人混みにまぎれていくアシンメトリーな髪型を見送りつつ、イルーゾォはさっき買ったキャンデーの包みをばりばりと剥ぐ。
「いやしい奴。そこまでして吸いたいもんか?煙草って」
「吸いたいっつーか、習慣みてぇなもんだからなぁ~~ないと物足りねぇんだよ」
「ふぅーん」
「まさか吸ったことないわけじゃあねーだろ、おめーも」
「あるけど。別にうまいとも思わなかった」
「吸い方がよくねえんじゃねーの?吸ってみろよ」
 ホルマジオに一本差し出され、イルーゾォはキャンディをくわえたまましばし黙考して、指を差し、
「おっさんくさいフレーバー」
「つべこべ言わずに吸ってみろっつゥーのッ!おめーらそうゆうとこソックリ!」
「嫌なこと言うなよ」
 イルーゾォは露骨に顔をしかめ、それでも幾分興味ありげに差し出された一本を手にとる。プロシュートがライターを渡して、ホルマジオがイルーゾォのキャンディを取り上げた時点で、イルーゾォは気づいた。自分を囲む喫煙者2人を見る。
「おまえら楽しんでるだろ」
「ん?んん、まぁなぁ~~?」
「いいから早く吸えよ」
 結局みんなヒマで仕方ないのだ。煙草を唇に挟み、ライターを擦る。軽く吸いながら火を灯すと、先に火が移って煙が立つ。
 さて、もうそこからどうしていいか分からない。たしかに煙草は何度か吸ったことはあるが、どれも数年前の記憶で、吸い方なんてとっくに忘れてしまっている。
 なんとなく視線を泳がしていると、プロシュートが自分の頬を指し示す。
「とりあえず吸え。口ん中ためてから、肺まで吸い込む」
「すぅぅ~~~~っ……………………ぷはぁぁ~~~~~」
「出てねえよ。煙どこいったんだ?」
「ちゃんと吸ってるかぁ~?」
「よくわからん。なんかスースーする…」
「メンソールだからなぁ〜〜灰落ちるぜ」
 言われてようやく気づき、スタンド灰皿に灰を落とす。顔をあげると、煙草ケースを手にメローネが戻ってきた。イルーゾォが指にはさむ煙草を見て、驚いた顔をみせる。
「おっさんくさ」
「うるせェーッ!おめーはもう帰ってくんなッ!」
 まだ中身の入った煙草のケースを投げつけそうになるほどホルマジオをイラッとさせられるのはメローネだけだ。実際に投げはしなかったが。
「なに?煙草吸えるのか?イルーゾォ」
「そりゃ一応」
「吸えてねぇーって。こいつ吐いても煙出ねえんだぜ?体の構造どうなってんだ?」
「もういっぺん吸ってみろよ。肺までいけよ」
 プロシュートに促されて、イルーゾォはもう一度煙草をくわえてみる。さっきまでの喫煙者包囲網にさらにメローネも加わって見守られる中、言われた通り口の中に溜めて、そこから肺まで吸い込んでみた。ぐっと、気管を通る異物の感触。
「うっ…げほッ!げほ、げほッ!うえッ!!」
 苦しさに思いっきりむせて、しばらくノドを突く痛みと戦ってから、にじんだ視界を開くと、目の前で3人が文字通り腹をかかえて悶えている。
「ぶはははははははッ!!!おま、なんつーお約束なリアクションを…ッ!!ひひひッ」
「最ッ高にベネ!!」
「ちゃんと吸えたじゃねえか、なぁ…ぶふッ!!」
「…………」
 イルーゾォはつまんでいた煙草を勢いよく3人の足元に投げつけた。飛び散った灰を避けてメローネがプロシュートのコートを掴み、ホルマジオは笑い疲れてホームの柱に手をついている。楽しそうでなによりだ!

名前のない息子


 断っておくがこれは罪の告白じゃあない。俺の脳にははじめから罪悪という機能が損なわれているからだ。

ハニーブロンドの痩せっぽっちの女と、真っ黒い髪のガキ。俺と母親はいまどき保安官が幅を利かすような田舎の町に住んでいた。
俺の真っ黒くて真っすぐの髪はマリア・カラスみたいだっていつも母親が言っていたけど、俺は母親のやわらかくカールしたブロンドがうらやましかった。俺の黒くて艶のしみこんだ直毛はすべてを撥ねつける邪悪みたいだ。

せめてマリア・カラスのように歌を歌えればよかった。
歌になれば、どんな悲劇も惨たらしい愛も、美しく着飾ることができたのに。

俺の運命が呪われているのはこの黒髪のせいだと知った。
母親は白に近い黄金の髪。カールしたやわらかい毛先。
俺にこの黒い遺伝子を負わせたのは、ハニーブロンドの母親をレイプした男だ。頭のおかしい野郎で、町の連中はいつかあいつは罪を犯すんじゃないかって思ってたような奴。気の狂った殺人鬼。母をレイプしたあと、4人の女を監禁して殺したらしい。
母親は俺に、おまえの父親はおまえが赤んぼうの頃に病死したんだって教えてたけど、スクールの先生が言ってたんだ。
俺の父親はケイサツに射殺されたんだって。

こんな田舎の小さな町で起きた事件だ。町の大人たちはみんな知ってた。俺が殺人鬼の息子だってことを。
何も知らないまま母親のやさしい嘘につかまっていればよかったのだろうけど、俺はもう知ってしまった。目覚めてしまった。元よりこの体に流れる殺人鬼の血と遺伝子が、この髪みたいに絡みついて俺をあっちの世界へ引っ張っていったんだ。

やがて母親が気持ち悪くて仕方がないという思いに俺は満たされた。
レイプされた上に孕まされて、産まれたのは呪われた息子。母親の胎内にいる時から殺人の罪を負った息子。それを愚かにも産み落とした放埒な女。
彼女に罪悪はないのか?

俺の殺人者の血を目覚めさせたのは彼女だ。臍帯を通じて俺に呪われた血と命を送り込んだ。それが目覚めのシグナル。彼女には負うべき責任があった。

女が俺にもたれかかる。上半身がずるりと落ちて、丸められた手が血を広げながら俺の肌を滑る。
殺人者の息子の最初の殺人は、産んだ母親であるべきだ。
それは儀式に似ている。彼女を殺してようやく息子は「人」になれる。本当の意味での「生」を手にする。
俺は生きたい。

女の、血にまみれた手が宙をさまよう。閉じられたまぶたの中、瞳は明るいターコイズだった。それだけが臍帯から俺に送り込まれた彼女の贈り物。
女の手は俺を探している。細い息にくちびるを震わせながら。
カイン…どこなの…なにも見えないわ…カイン…
見下ろす俺の髪からは薬品の匂いが漂っていた。まっすぐな黒髪は脱色剤で痛んだ金髪に染め上がっている。
「カインは死んだよ。人類最初の肉親殺し。たった今」

聖書に由来するその名は彼女自身の運命を示唆していたのだろうか。
息子は永遠に神に愛されないだろう。姿を偽り、顔を隠して。息子は罪を重ねるだろう。罪を罪と知らず、悪を悪と知っていてもなお。
薬品を使ったところで黒い髪は生きてる限り息子にまとわりつき続ける。ざわざわと身の内にひそむ虫みたいに湧き続ける。
黒い血をまといながら、息子はやがて自分自身を殺すだろう。
それが最後の殺人になると信じているから。

理屈は不要 r.m


 両手で握り込んだ銃身の重みを感じながら、パンッ!パンッ! 1発、2発。続けて3発目。イタリア製の拳銃ベレッタの9mmオートマチック。銃弾を撃つたびに銃上部のスライドが勢いよく後退する。その衝撃を腕に感じながら、メローネは続けて引き金を絞った。4発、5発、6発。
 弾倉を撃ち尽くし、防音用のイアーマフを外してから、手元のスイッチを押す。15m先にぶら下がっていた可動式の的が、機械音とともに目の前に近づいてくる。
「…………」
 メローネは半眼でその紙を眺めた。紙の的には黒い人影と、上半身の真ん中を中心に同心円が描かれている。
 銃弾は見事に、肩やら耳やらを撃ち抜き、絶妙に致命傷を外していた。いっそわざとかというほどに。
(まぁ……的に当たっただけ上々)
 プロシュートがいたら確実に馬鹿にされただろうが、今日は一緒に来ていない。ラッキーだ。
 しかしこの『パッショーネ』が管轄する、街中のバーの地下に作られた射撃場に入るには、メローネ一人では不可能である。表向きメローネは『パッショーネ』の人間と認められていないからだが、『パッショーネ』に属していなくても会員になれば、ゲストを連れて入ることができる。
 会員になるほどここに出入りしてるのは、プロシュートと、もうひとり。
「わざとか?」
「…なにが」
 メローネのとなりのボックスで同じく射撃訓練をしていたリゾットが、手元をのぞきこんでくる。指で、メローネが撃ち抜いた的の穴を指す。
「左半身ばかり命中している。こめかみの横、耳、頬、首の横、肩。こいつが右利きで右手に銃をもち、人質を左腕でホールドして人質のこめかみに銃口を当ててる場合、全弾人質の急所に直撃している。確実に人質は死んでるな」
「俺を過大評価してるのか?それとも遠回しに馬鹿にしてる?それか根っからのノー天気野郎?」
 リゾットは顔を引っ込めてとなりのブースで銃を構えなおした。リゾットが使うのはS&W357マグナム。リボルバー式の強烈な破壊力を誇る拳銃だ。シリンダに装填されたマグナム弾は6発。
 ドンッ!
 1発目。その反動の衝撃はベレッタの比じゃない。手首と肘に重い負担がかかる。それをリゾットは淡々と連射する。2発、3発。ターゲットの人型をぶち抜く黒い穴。4発、5発、6発。
 撃ち終わった拳銃を置いて、リゾットはイヤーマフを外す。となりから覗き込んだメローネは、目の前まで釣られて来た人型の的に、ほぼひとつの穴しか開いていないのを見る。
「すっごい」
 額ど真ん中に幾重にも重なって開いた穴。1発目がそこをブチ抜き、あとの5発すべてがその穴を通過したというわけだ。
 目を保護するためのプロテクターをポケットに突っ込み、リゾットは通路端の階段をあがりはじめる。
「もうやめんの、リゾット」
「ラウンジにいる。おまえはもうちょっと撃ってろ」
「りょ〜かぁ〜〜〜い」
 やる気のない間延びした返事を背に、リゾットは鉄階段をのぼりきってドアを開ける。
 射撃の受付兼バーのバックルームになっているラウンジには、男が2人。どちらもパッショーネの者だ。相手はリゾットがパッショーネだとは知らないが。
 壁に貼られたライブイベントやファッションショーの告知広告をなんとなく眺めながら、新しい煙草ケースのシールをくるくる剥がしていると、唐突にバーの裏通りにつながる扉が開いた、というよりは蹴り開けられた。かなり勢いよく。
 踏み込んできたのは目を血走らせた中年の男だ。酒が入ってるようだが顔は怒りに燃えている。
 蹴り開けられた扉のすぐそばに立っていたリゾットは、男と思いきり目があった。次の瞬間、男が震える右手に握っていた銃口をこめかみに突きつけられる。
「てめえパッショーネのモンか!!」
「……いや」
 そういうことになっているのでリゾットは極めて冷静に首を振った。他に部屋にいた店員の男2人も、椅子を蹴り立ち上がって乱入男に向け銃をかまえる。
「何してやがんだオメー銃を捨てろッ!」
「俺の女はパッショーネの連中に殺されたッ!むちゃくちゃに殴られて犯されてゴミみてぇに捨てられてなァ!オメーらの仕業なんだろうッ!ここがパッショーネの息のかかった店ってのは知ってるんだよ!全員、同じようにしてブッ殺してやるッ!!」
「…………」
 テンションの高いやりとりを続ける男と店員たちを横目に、銃口を突きつけられたままリゾットは、スタンドを使おうと意識を集中しかけていた。その時。
 気づいてしまった。さっきリゾットが上がってきた階段、地下の射撃場から続く扉。銃を突きつけ店員たちと叫び合う男からは死角になるそこで、片膝立ちのメローネが、拳銃をかまえている。
 銃口はこちらに向けられていた。つまり、リゾットに銃を突きつける男を狙って。
 瞬間、リゾットの脳裏に、さっきのメローネが撃った人型のターゲットが浮かぶ。
 ことごとく中心を外れ、でも『横に人質がいたのなら確実に人質を仕留めている』銃痕。
(撃つな、メローネ!)
 本来、乱入男に対して発動させるつもりだった『メタリカ』が思わずメローネに向くほどに、メローネの銃の腕前は致命的だった。
 けれどリゾットの祈りむなしくメローネはベレッタの引き金を引いた。
 バンッ!
 こっちに向けて飛来する銃弾を、リゾットは空中分解できないかと本気で考えた。できたところで散弾になって余計逃げられないのだが、すでにそんな判断能力はない。
「あがッ!?」
 しかしリゾットの予想に反して、銃弾はリゾットの真横の男の頬を貫いた。
 バンッ!バンッ!
 続けて発射された銃弾もすべてリゾットを外し、男の脳天、顔面を、ブチ抜く。
 男は衝撃のまま横倒しに崩れ落ちた。口と顔面から血を流し、絶命している。
 店員のギャングたちが駆け寄って来て、男の握っていた銃を取り上げ死んだかどうかを確かめているのを避けながら、リゾットはメローネの方を見やった。
「よく撃てたな」
「フン、見直した?」
 メローネは立ち上がって、片手に銃をぶらぶらさせながらニヤリと笑う。
「どうやって狙ったんだ?」
「簡単さ。リゾットを狙って撃った。そしたらそいつに当たった」
「…………」
 リゾットは思わず天を仰いだ。そこには薄汚れたバーの天井しかなかったが。
 メローネがスタンド使いで本当によかった。銃はもう握らせないでおくべきだ。

祝福のアリア f.p.i


 ホルマジオは女にモテることは一通りこなす。つまり料理がうまいし歌もうまい。エスコートも上手だしサプライズの演出も得意だ。元から器用なのと、あとは努力のたまものだとか。
「誕生日なんか忘れたフリして、なにくわぬ顔で女を迎えるんだ。女はとうぜん機嫌が悪くなる。そこでサプライズ。電気をつけたらテーブルには手作りのディナーを並べておいて、驚く彼女へ愛の歌を歌いながら、ちょっとした手品でドルチェからプレゼントを取り出す。女は言う。ああ、最高だわ!あなた以上の男なんて知らない、ってなァ〜〜」
「ずいぶん安上がりな女じゃねえか」
 プロシュートの言葉にホルマジオはその通りと笑う。
「安くあげんのも重要なことだ。祝ってやんのはその一人だけじゃあねーんだからな」
「あんたの一番尊敬できるとこは器用さよりそのマメさだな」
 プロシュートのとなりで両肘を立てて頬杖つくイルーゾォは、まぶたを半分落として呟く。ホルマジオの主義主張は基本イルーゾォとだいぶ遠いところにある。
「あ〜あ〜あ〜辛気くせえなぁオメーら!歌ぐらい歌うだろォ〜?ふつうよォ」
「女にか?」
「女に」
「歌わねえ」
「わかったオメーは歌ってもんを知らねえんだなイルーゾォ…同情するぜ……プロシュート、オメーはわかるだろ?」
「アリアとかオペラとかしか知らねーからな。歌いはしねえよ」
「歌えばいいじゃねーか。アリアにオペラ!最高だね」
 言いながら誰作曲のどの歌とかひとつも挙げないということは、ホルマジオはそっちの分野には疎いらしい。どうせ知りもしねーんだろうと思いながらもプロシュートは何も言わず紅茶を傾けた。先日の、煙草とティータイムを楽しむ会の残りの茶葉だ。
 イルーゾォはすでに紅茶を飲み終わっている。だから少し眠たげだった。2人に食後のティーを提供したのはホルマジオだ。というか、昼と夕方の間というこの中途半端な時間帯に、わざわざ彼ら2人のために食事を作ってやったのもホルマジオだ。ちょうどいい、新しいレシピ試してぇからオメーら食って査定しろ、とのことだった。
 手間かけてまで男に飯を食わせてやるのは馬鹿らしいが、女に食わせてやる前に試食を行うのもまた、ホルマジオのマメさを表している。
 だから、なんだかんだ言いながら、プロシュートもイルーゾォもおとなしくテーブルについたまま、ホルマジオの『モテる男の談義』に付き合っている。世の中ギブアンドテイク。飯を与えられ、時間を奪われる。
「それで?オメーら、飯のほうはどうだった?」
「うまかった」
「そんなこたァわかってんだよォ〜俺がつくったんだからな。もっとここはこうしたら的なコメントはねぇーのか。はい次イルーゾォ」
「しょっぱい」
「オイオイオイオイなんなんだオメーら。字数制限でもされてんのか?5文字以内で答えろとか?もっと言葉を駆使して伝えてくれ!たのむから!」
「そもそもこの偏食のかたまりに飯の評価させんのがまちがっちゃいねーか」
「うるせーあんただって酒と煙草かっ食らってばっかだろ」
「こうゆうのは好き嫌いが激しい奴のがいいんだよ。食いしん坊のほうが料理は上手ってな。オメーらはとくに味覚がバカってゆうか信用できねぇから、極論として意見を聞きてえんだ」
「喧嘩売られてるとしか思えねぇ」
 紅茶のカップをソーサーに叩きつけるように下ろしたプロシュートの横で、イルーゾォは思わず鏡の中に逃げ込む体勢をとった。プロシュートのスタンドが発現したら0.2秒でこの場を脱出しなければならない。
 一気に緊張感の高まった空気を払うようにホルマジオがパンッ!と両手を叩く。それから場違いなほど陽気に笑えば、もうペースはホルマジオのものだ。
「まーそうツンケンすんなって。甘いモンがたりてねぇみてーだな?」
 一度キッチンに姿を消し、ふたたび戻ってきたホルマジオは、お盆のうえにちょっとしたドルチェをのせてきた。ひとくち大のクッキーは粉糖をふりかけた簡単なものだが、ミラノ伝統のリキュールで風味付けされていて、十分に香り高い。
「まさか中から指輪が出てきたりしねーだろうな」
「んなもったいねぇことするかよ」
 イルーゾォの言葉を笑い飛ばしてから、ホルマジオは甘いものが足りてないらしいプロシュートに向けてクッキーののった皿を差し出した。
 そして不意に、歌いだす。
「…タンティ・アウグリー・アー・テ〜〜♪」
 ハッピーバースデーソング。
 女にほめられるという低い声で、ホルマジオは歌う。突然のことにプロシュートもイルーゾォも目を丸くした。
「タンティ・アウグリー・アー・プロシュート〜〜〜〜♪」
 メロディーにのせ、クッキーの皿をプロシュートの目の前に置く。
 プロシュートは目を細めてそれを見つめた。口元には微笑が浮かんでいる。
「…Grazie」
「誕生日なのか?今日?」
「いや別に」
 イルーゾォはついてた頬杖をガクッと崩してテーブルに突っ伏した。ホルマジオはひゃひゃひゃと笑っている。こうやってチームの年長組の連中は、ときどき彼らだけのよくわからないノリを発揮する。
「わかったか?これが女に対する作法だぜ、イルーゾォ」
「わかるわけがねェー…」
「うまいなコレ」
「オメーはほんとそれしか言わねーな!それでなんで黙ってても女が寄ってきやがるんだァ〜?見た目か?そんなに見た目がだいじか?俺も髪伸ばして後ろで3つ4つにくくってみるか?」

× CLOSE

カレンダー

06 2025/07 08
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

リンク

カテゴリー

フリーエリア

最新CM

[01/02 クニミツ]
[02/16 べいた]
[02/14 イソフラボン]
[01/11 B]
[12/08 B]

最新記事

最新TB

プロフィール

HN:
べいた
性別:
非公開

バーコード

RSS

ブログ内検索

アーカイブ

最古記事

P R

アクセス解析

アクセス解析

× CLOSE

Copyright © スーパーポジション : All rights reserved

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]


PR