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神に感謝を all


 神様に謝らなきゃならないことが3つある。
 1つ。なんで神様ってやつは、いちいち人間を死なせてまた新しい人間を作りだすんだ、同じ人をキープしたほうがラクじゃないかってずっと不思議だったけど、死んじまったほうがいいぐらい最悪の人間がいつまでたっても死なないのはメンドーだから、神様、あんたのやり方は正解だ。そのかわり、死ななくってもよかった人間も、死んじゃうんだけど。
 2つ。すべての人間を愛せるんだから神様ってすごい。俺は自分のチームの連中でさえかなり大変だ。
 3つ。紫とオレンジは合わないと思っていたけれど、考えが変わった。去年シチリアで見た夕日。あれはすばらしかった。



 あまりに寒かったのでイルーゾォはもこもこのマフラーを巻いてニット帽をかぶってロングコートに身を包んでいた。ついでに少しでもあったかいようにと髪をおろしてたのが悪かった。
 ねえカノジョ、と後ろから声をかけてきた男が、追いかけてきて正面に回り込み、イルーゾォの顔を見た瞬間、あからさまに「なんだ男かよ…」と舌打ちして去っていった。
「…………」
 イルーゾォは思わず立ち止まって、しばらく行き場のない怒りやら脱力感やらを持て余し、空を仰いだ。冬の晴れた空、遠く青く、空気は澄んでいる。世の中はバカバカしいことがあまりに多い。


 住処にしてるフラットと、チームの溜まり場になってる場所とのちょうど中間あたりに、行きつけのバールがある。
 イルーゾォはとくに用事がなければ、毎朝そこで食事をとり、デニッシュかなにかを買って、溜まり場に向かうのが日課だ。今日も朝からカプチーノやブリオッシュを楽しむ客たちでいっぱいの店内を横切り、通りが見渡せる窓際のカウンター席に座る。
 ミルクティーを傾けながら、通りを行き交う人たちの姿を眺めてるのが、イルーゾォは好きだ。変な人間を見つけると楽しくなる。頭に花を咲かせた奇抜なファッションだったり、所構わずハイタッチしながら過ぎてく人だったり。
 寒さでイルーゾォの目の前のウィンドウガラスには霜が降り、白く曇っている。
 通りを眺める視界に、見覚えのあるものが映り込んだ。真っ黒の格好に金髪の頭が2つ。プロシュートとメローネだ。方向からして、2人もこれから溜まり場へ向かうところらしい。
 ちょうど2人が目の前を通り過ぎるあたりで、コンコンとウィンドウガラスを指で叩く。店側を歩いていたメローネが振り向く。あ、という顔をして、横のプロシュートに話しかけ、2人ともこっちを見る。
 メローネが何か口をぱくぱく動かして、話しかけてくるが、ガラス越しだから当然聞こえるわけもない。イルーゾォが、は?と手をあげて何言ってるかわからないとジェスチャーすると、メローネは手袋をした指で、霜のおりた窓に文字を書きだした。
 メローネ側から書いてるからイルーゾォにしたら鏡文字だ。それでも読めたのはイルーゾォが鏡面に親しいからというより、その言葉があまりに下品だったから。『Fanculo!』仮にもご飯を食べてる人間に「クソッタレ」なんて書いて見せるか?
 世の中はバカバカしいことが多すぎる。



 チームの溜まり場で、ホルマジオがなぜか左顔面にでっかいガーゼを貼った派手な風体してソファに転がっていた。
「朝起きて何事かと思ったぜ。なんせ口ん中も顔面も血だらけだったからなァ~~」
 酔っぱらってコケて顔面から地面に激突したらしいが、本人は覚えてないんだとか。だいたい、いい年した野郎が記憶すっ飛ぶまで飲むか?そのへんの感覚はイルーゾォには理解不能だ。ホルマジオにとっては、ベロベロに酔っぱらうのは一種の娯楽らしい。
 プロシュートが煙草片手に鼻を鳴らす。
「それ本当に転んだ傷か?女にしつこく迫って反撃されたんじゃあなくて?」
「そうだったらどんなにいいか。俺がキスした相手はまちがいなく固くてゴツゴツした地面だったぜ、残念ながらなァ」
「そうゆう感触の女のケツにキスしたって思えよ」
「おめー無茶ゆうんじゃねえぞ?男でもあんな固ぇケツの皮はなかなかねぇーよ」
「おまえでもか?」
「ああ?言ったな?しょおがねぇなぁぁ~~~俺のツルッツルのケツが拝みてぇならハナからそう言えよ!」
 バカ脱ぐなバカ、とプロシュートはケツを向けてくるホルマジオに足蹴を放つ。
 どっちもバカだ。



 別の方向でもうちょっとバカな奴がやって来た。
「ギアッチョ!どうしたんだ!派手なリフォームしやがって」
「うるせぇッ!バンソーコーもってこいッ!!」
 登場するなりメローネに叫び返したギアッチョは、両手両膝すりむいて服が破れ、おまけに右耳の耳たぶが半分ちぎれかけて大出血だ。
「先週買ったマウンテンバイクをよォ~~鼻歌歌いながら両手離しでこいでたら、ガキが飛び出してきやがってよォ、思わずよけた先にバス乗り場のベンチがあってバイクごと突っ込んだんだよ」
「ブルース・ウィリスみてぇなだな」
「ベンチが心配だ」
 ギアッチョの足下になぜかゴルフボールが転がってきて、ゴルフのパタークラブを担いだリゾットが拾いに来た。
「なんだァ?何やってる?」
「ウチにグリーンあったか?」
「ピタゴラ装置だ」
「は?」
 そこに上のフロアに続く階段からペッシが顔を出した。
「やっぱ空き缶の角度が問題みたいですぜ、リゾット。コップの置く場所は動かさないんでしょ。空き缶の部分を伸ばした方がいいのかも」
「コップはボールがはまったときに安定感が悪いのかもしれねぇな。靴かなんかで固定するか……」
「何してんだおめーら?」
「それより救急箱はどこだっつーんだよ。耳の血が止まらねぇ」
「悪いなギアッチョ、救急箱も装置の一部なんだ」
 リゾットがパターで示した先、階段の途中に設えられた謎の装置のようななにかの土台に、たしかに救急箱が使われている。
 なにがなんだか分からなかったので、全員で階段をのぼった。階段の各所には、なにかのコースらしい装置が作られている。
 階段の一番上にあがったリゾットが、パターでゴルフボールを軽く打った。
 ボールは跳ねながら階段を落ちていき、曲がり角に置かれたステンレス製のボウルでカーブし、ゲーム機の空き箱に入って、サランラップの箱をつないだコースをすべり、底を抜いた空き缶を連ねた管の中を通って(その台座に、角度をつけるために救急箱が使われていた)、さらに置いた階段の先、一番下のフロアに、靴で挟まれ固定させられたコップの中に、見事ホールインワンした。
「おお、すげえ!」
「よっしゃあッ!リゾットッ!やりましたぜッ!!」
「この2時間が無駄にならずにすんだな」
「2時間もこんなことやってたのかよおめーら」
 なんだかんだ言いながらも歓声にわき祝い酒だと騒ぐ連中を見て、イルーゾォは思う。世の中は実にバカバカしいことが多い。でもきっとこの連中は、バカバカしいことがないと生きていけないだろうから、世の中で起きるバカバカしいことのほとんどは、神様からのプレゼントなんだろう。

悪人 r.p


※残酷・流血表現を含みます。ご注意。


 可能なかぎり時間をかけて残酷に殺せ。
 それが今回の仕事内容だった。だからわざわざ2人でいった。相手はスタンド使いじゃない。仕事するにはひとりで十分だった。ただ恐怖心をあおるための演出。ただそれだけ。
「あぁぁ…うぅうううう……」
 不自然にしわがれ、老いた皮膚を垂らす男は、猿ぐつわを噛まされダイニングチェアに体を縛り付けられている。
 ひん剥いた目玉から止めどなく血の混じった涙がこぼれているが、まぶたを閉じることはできない。ホッチキスの芯の形をした鉄片で上下に縫い止められているからだ。
「おいおい、そんなに泣いちゃあよく見えねえんじゃねえか?泣くなよ。男前が台無しだ。まぁ、その男前なツラも半分しか残っちゃいねえが…」
 プロシュートは男の服の襟ぐりを引っ張り上げて、男の目からこぼれおちる涙を拭ってやった。布にはべったりと赤黒い血が張りつく。
 男の顔の右目から下は、数十本の釘が飛び出している。皮膚を突き破って、ぼこぼこした脂肪が見える。何本かは内側から唇も貫いてるから、猿ぐつわだって鮮やかな赤だ。
 シワだらけの顔にはまだらな斑が浮かび、まるで殴られた痕のようにみえる。白髪は半分近くが抜け落ちてしまった。
 人生を倍速したかのような、自分の体が一瞬にして老化していく恐怖に男は悲鳴をあげたが、今や男の目に映るのは自分だけじゃない、妻と子供たちさえ老人のように枯れ果てた体となって、床に倒れている。
「ママ、ママァ……」
「ママ、パパ、たすけてぇぇ…」
 母親の女性はすでに死んでいる。喉を鋭いナイフでかっ切られ、頸動脈から飛び散ったおびただしい量の血は、壁と天井一面にぶちまけられ滴った。おかげで滑らないよう足下に気を払わなければならない。
 リゾットは血溜まりを踏まないようにしながら、母親の両脇に手を差し込んで上半身を持ち上げた。真っ赤なエプロンをしているみたいな女の服が、べちゃべちゃと鳴る。
 下半身を引きずったまま、リゾットは女の体を男の横に並べたイスに座らせた。そのままだと人形のようにだらりと落ちてしまうから、仰向かせて背もたれに上半身を寄りかからせたが、仰向くと首の切断面がぱっくりと口を開けて、重みでぶちぶちと皮膚が裂け、頭が首からちぎれ落ちてしまいそうだった。
 男の眼球は恐怖に見開かれ、自分のとなりに並ばされた妻を見つめている。口からは不明瞭なうめき声が漏れる。
「おいリゾット…それじゃああんまりだろ。ちゃんと頭ぐらい繋いどいてやれ」
「面倒なことを言うな。破壊が専門だから修理は苦手なんだ」
 それでもリゾットはメタリカを使って女の首から太いボルトを生み出し、肉に食い込ませて裂けた首を補強した。フランケンシュタインのような様相になってきた。床に転がっている2人の子供たちがさらに声を上げる。




 一家の惨状を発見したのは、子供の世話をたのまれているベビーシッターの老婆だった。週に二度、火曜日と金曜日だけ家を訪問する。
 発見されたのは週末を過ぎた火曜日。近所の人たちは、家族が週末旅行に出かけると聞いていたから、家族の姿をまったく見なくても疑問に思わなかった。

 金融業をいとなむ父親と裕福な家庭出の母親、それから10歳の女の子と4歳の男の子の4人家族だった。
 玄関に入った時点ですでに異臭がした。肉の腐敗した臭いと空気をムッとさせるほどの血の臭い。
 4人の死体はすべてリビングで見つかった。子供2人は耳から細長い先の尖った凶器を突き刺され、脳みそを貫かれて死亡。顔の皮が一部剥がされている。検死の結果、生きてる間に皮膚を剥がされたとわかった。
 母親は頸動脈を切り裂かれて即死。その血はダイニングからリビング一帯に広がっていて、床に引きずった跡が残されていたから、キッチンで殺されたあとリビングに運ばれたらしかった。死亡時刻は一番早い。
 父親はイスに体を縛り付けられたまま死んでいた。顔面と、両腕両足股関節から多量の出血をしている。しかし致命傷となったのは『体の腐敗』だった。どういった方法でかは不明だが、父親は生きながらに老化し腐って死んでいた。
 歯も抜け爪もボロボロで、髪の毛は半分以上が床に散らばっている。当初それは拷問によるものと思われたが、皮膚に引っこ抜いた痕跡はなく、すべて『自然に』抜け落ちたらしかった。
 検死の結果、一番最初に殺された母親は金曜の夜にすでに死亡していて、一番最後だった父親の死亡日時は月曜の夜とわかった。子供たちはその間の日曜日に殺されている。つまり父親は、妻と子供たちが殺されるのをずっと見せつけられ、殺人鬼と4日間を共にしたのだ。
 現場にはひとつも凶器らしきものが残されていなかった。
 ただ狂気に満ちた4つの死体だけが事件の証言者として残されていた。


『恐ろしい猟奇殺人です。現場には警察の特殊捜査チームが駆けつけ、一家4人を惨殺した冷血な殺人鬼の追跡捜査を行っています。一刻も早く、事件が解決するのを祈るばかりです』
 女性レポーターは惨劇を目撃した被害者気取りで顔と声に悲痛さをこめ、テレビの向こうからホルマジオに訴えかけてきた。
 ホルマジオはソファの背に片腕を置き、空いた方の手で炭酸水の瓶をあおった。
(リゾットとプロシュートの仕事だな…)
 起きたばかりの喉を通る炭酸が心地よい。内側から刺激されて、体と脳が起きる感じがする。
 片手で頭をぼりぼりかきながら眺めていると、テレビ画面はやけにバカ明るい天気予報に変わった。
 なんだ?と思って顔だけ振り向くと、ソファの後ろに立つギアッチョが、リモコンをテレビに向けて勝手にチャンネルを回している。
「なんかおもしろい番組はやってねえのかァ〜?つまんねーニュースじゃなくてよォ」
「ギアッチョおめー…メガネ変えた?」
 人を殺すことは生活の一部だから今さら確認すべきことじゃない。水を飲む、テレビを見る、それと同じレベルのこと。スタンド使いであることは、そうゆうことだった。呼吸の次ぐらい簡単に人を殺す。悪意のない、無邪気な所作で。その意味で彼らはたしかに悪人なのだ。

忘れられた映像 i.p.r.g.m


 イルーゾォは何度かそのシーンを目撃していたので、もしかしてプロシュートはけっこうなナルシストだろうかと思っていたが、あれだけ見栄えのいい男ならナルシストだったとしても誰も文句は言わないだろうとも思っていた。だから口外することもなかった。元から余計なことは言わないタチだ。
 今夜も鏡の中の世界を歩きわたっていると、どこかから強烈な視線を感じた。現実世界で誰かが鏡をのぞきこんでいたら、いつもこういう感覚を得る。
 少し見回せば、すぐにそれとわかる。キッチンにかけられた鏡つきの壁掛けだ。
 近寄ってみると、鏡の向こうにはプロシュートの姿があった。夜も深いせいで辺りは暗い。
 電気もつけない暗がりの中、鏡にじっと見入っていたプロシュートは、静かに目を閉じ、鏡面にそっと額をつける。
 ただそれだけだ。時々かすかに唇が動くことがある。でも声は聞き取れない。
 それはたとえば弟分のペッシを、ぞんぶんに叱りつけ蹴りまくった後で、額を突き合わす、あの動作に似ている。慰めるような、いたわるような。祈るような。
 目を閉じ黙っていれば、ただただ彫像のように美しい顔を眺め、イルーゾォは不思議な心地に思う。罪人の告解を受けてるようであり、逆に、イルーゾォが何かを赦されるようでもあった。



 その日バールのカウンターで、ギアッチョとリゾットはビール瓶を傾けながら、テレパシーとか超能力とかそうゆう話をしていて、プロシュートとメローネとイルーゾォはピスタチオをかじりながらスコッチを楽しんでいた。話題はおもに今週封切りした映画について、だったが、その内容が、特殊能力をもつFBIの女が凶悪事件を解決するというものだったせいで、結局ギアッチョからの批判の的になった。
「俺は信じねーな。テレパシーとか超能力とかよォ~あんなもんトリックがあるに決まってんだろ」
「俺たちに知覚できない方法を使ってるんだとしたら?たとえば『この能力』だってそうだろう」
 リゾットの指がプロシュートの前に置かれたスコッチグラスを差す。琥珀色に浮かぶ北極海の氷河みたいな大きい氷は、プロシュートが冷えが足りねえからとギアッチョに作らせたものだ。もちろん『スタンド能力』で。
 プロシュートはまだずいぶん長い煙草を灰皿でもみ潰しながら、フンと鼻を鳴らした。
「俺らみてーなモンが超能力ってやつを否定すること自体バカげてる」
「ギアッチョ、そもそもおまえの言うトリックの定義があやふやなんだ。現代科学で理論的に説明しうるものが『トリック』か?それならテレパシーや予知能力は『トリック』なしの超能力ってやつだろ」
「おめーのそれは屁理屈だろーがクソッ!」
「屁理屈はおまえの得意とするとこじゃなかったのかよ」
 メローネには言葉で責められイルーゾォにまで突っ込まれ、それでも退かないのがギアッチョのギアッチョたるゆえんだ。
「ぜったいに認めねーッ!予知能力なんてもんがあるはずねーだろうが!そんなもんあったとしたら世界中の全員が競馬で大もうけして大金持ちだ!」
「予知能力の使い道がそれかよ」
「落ち着け、ギアッチョ。おまえには甘いものが足りねえんだ」
 リゾットが差し出してきたのは、カラフルなビニールに包まれた丸いお菓子だ。受け取ったギアッチョが包みをはがすと、中には卵型のチョコレート。
 ギアッチョの手元をのぞくメローネとイルーゾォが一斉に声をあげる。
「いいもんもってるな、リゾット!」
「俺にもくれよ」
 2人にもそれぞれカラフルな卵型の包みを渡すリゾットを見ながら、プロシュートは新しい煙草に火をつけた。
「復活祭か」
「ここの隣りで売ってた。俺の故郷じゃ行進やダンスがあったが、ここらじゃ見かけないな」
「食い気のほうが盛んだからな。子羊の丸焼きならそこらにあるぜ」
 プロシュートはリゾットに差し出された黄色い包みのチョコレートを一応受け取って、テーブルに置いた。食べないことはないが、今はとくに欲しくない。帰ってペッシにでもやろうかと思う。
「復活祭って、そもそも誰が復活したんだ?」
「おめー知らねえのかよ?まじか?」
 心底信じられないという顔をするギアッチョに、メローネは肩をすくめてみせた。卵型のチョコレートをかじりながら、イルーゾォが口を挟む。
「カトリックじゃねえんだろ?11月1日の祝日も知らなかったし」
「それにしたってこのヨーロッパに住んでるやつで復活祭を知らねー人種がいていいのか?つーか知らねぇなら卵食ってんじゃねえッ!」
「いいだろ別に、イエス・キリストは無知なる俺にだって平等なはずだ」
「そのイエス・キリストが復活した日だよ。キリストはすべての罪を背負い磔にされて死んだ。で、3日目に生き返った。それが今日」
「へえ?じゃあすべての罪が赦される日ってこと?」
「まぁ大体そんなかんじだ」
 ざっくりとしたプロシュートの説明にリゾットがほんとに大体だなと突っ込むが、話はすでにギアッチョによって次へと進んでいた。
「こうしよう、今から神様に懺悔するってのはどうだ。それが許される日だからな。今ならどんな告白でもビールとチョコレートで忘れてやれるぜ。なんか懺悔することはあるか?」
「懺悔?たとえば?」
 イルーゾォが問う横で、メローネが割って入る。
「スクールに通うために男相手に体売って稼いでましたとか?」
「まじか?」
「92年で足を洗った」
「まじなのかオイ」
「冗談にきまってるだろ」
 しれっと言ってのけるメローネのどっちを信じればいいかわからないギアッチョは置いてけぼりに、プロシュートが煙とともに言葉を吐く。
「人が死ぬのを見た」
「見なかった日があるのかよ」
「双子の兄だ。俺の目の前に落ちてきた。母が突き落としたんだ。21階から」
「マンマミーア」
 思わず感嘆したメローネに、イルーゾォが「マンマはやめろ」と嫌そうに呟く。しかしメローネの興味は別のところに向いている。
「双子って?一卵性?二卵性?」
「さぁな。顔はよく似てた。性格はぜんぜんちがった」
「じゃあ二卵性かな」
「顔がいっしょなら一卵性じゃないのか?」
「そのへんの区別は微妙。二卵性でも親兄弟ぐらいには顔も似てる」
「オイオイオイ、いま重要なのそこか?ちがうな。なんでテメーの母親がテメーの兄を突き落としたんだよ。どんな状況だそりゃ」
 メローネとリゾットがおかしな方向に話を広げるのをぶった切って、ギアッチョはしかめた顔をプロシュートに向けた。
 プロシュートはやはりまだ長いままの吸い殻を灰皿でつぶした。かなりチビチビまで吸うホルマジオなら、いただくぜと拾って続きを吸うぐらいの長さを残したまま。
「正確には母が殺したがってたのは俺の方だ。その日はわざと俺と兄が入れ替わってた。服装や、持ち物まで交換してな。母は兄を俺だと思って、ベランダから突き落とした。それで兄は死んだ。俺の目の前で」
「あんたが生きてるのは、双子の兄貴が死んだおかげってことだ」
「まさに生け贄の子羊だな」
 みんなの会話を聞きながら、イルーゾォの中でひとつの映像が思い出された。鏡に向かって、まるで祈るような姿。静かでひそやかな儀式。
 けれどイルーゾォはそのことを決して口外しなかった。プロシュートが自らしゃべった過去なのだから、別にバラしたってよかったのだろうが、卵型のチョコレートといっしょに、イルーゾォはその映像を呑みこんだ。ただプロシュートがいつも長く残して吸う煙草、彼の双子の兄がもし生きていて煙草を吸うなら、きっと同じように長いまま灰皿で潰しただろうと思った。墓標のように、灰皿に突き立つ白い影。

円卓の騎士 i.ps.m.g


 先々週はイルーゾォの番で結果は最悪だった。イルーゾォが選択したのはよく行くいつもの店だったが、リニューアルのせいで閉店休業になっていて、仕方なく向かいのオープンしたばかりの店に入った。
「あそこのチーズは最悪だったな。ローマにできたアメリカ産のファーストフード店かと思ったよ。なんだっけ、あのギアッチョが買ってきた」
「マクドナルド」
「それ」
 メローネは両手でパチンと鳴らした指を回答者のペッシに向けた。それにペッシのとなりのギアッチョが噛み付く。
「人差し指を向けんじゃねえッ!それにな、マクドナルドがまずいんじゃあなくて、オメーの選んだメニューが最悪だっただけだ。McItalyにいってみろ、オメー好みの100%イタリア食材がショーケースに並んでるぜ」
「マックのチーズと肉はいただけなかったけど、マックバールのエスプレッソはいける味だった」
「エスプレッソはおまえのあの店が一番だったよイルーゾォ。あそこが使えねえならミラノは世界一シケた土地だ」
 度の入ってないメガネを机に落とすメローネを見返し、肩をすくめ、イルーゾォはギアッチョにメニューを回した。受けとったギアッチョは2秒で注文を決め、ペッシに回す。ペッシはメニューを立てたままウェイターを呼んだ。
「俺イカと野菜の墨煮。みんなは?」
「なんだそれ?うまいのか?」
「俺はミートローフ。おいメローネ、オメーもう注文決まったっつってただろ。さっさと言えよッ!」
「俺リコッタチーズとじゃがいもの堅焼き、あとガス抜きの水」
「ここはペッシ推薦の店なんだからペッシが食うのが一番うまいもんに決まってるだろ」
「うまいよ、墨煮。でもメローネ、このあと学校に戻るんだろ?口の中真っ黒になっちまうぜ」
「おまえだって病院の受付事務に戻るんだろうペッシ。口の中真っ黒でいいのかよ」
「勤務中はマスクしてるから大丈夫」
 結局メローネは子羊の脳みその蒸し焼きを注文した。無駄なやりとりだったがいつものことなので気にしては負けだ。だからイルーゾォは気にせず話を続けた。
「まだ大学いってるのか。卒業式はいつなんだよ」
「卒業式の経験がないくせに言うじゃねえか」
「俺もない」
「あんなもん別にいいもんじゃねえよ。つーかイルーゾォはまだしもおめーもねえのかペッシ」
「俺はまだしもってなんだよ。2人して!」
「リタイア組。おまえとプロシュート」
「あとリゾットも」
「リゾットは家の都合でスクール行くのをやめたんだろ」
「詳しいね」
「昼飯おごった見返りに情報というご褒美」
「買収かよ。趣味ワリィ」
「卒業式には招待してやるよイルーゾォ。招待状はいくらで買う?」
 イルーゾォが投げたくしゃくしゃの紙ナプキンは、標的のメローネには当たらず、皿を運んできたウェイターの足下に転がった。
「さぁ来た!本日はこのペッシおすすめ、チブレイーノの自慢ディッシュだ」
「ヒュー♪」
「待ってました!」
 月に何度か、不定期に開かれるチームの年少組の昼食会。年少組の4人はパッショーネの仕事がない時は、それぞれ職に就いてるかスクールに通っている。仕事や授業の合間をみつけ、集まってはそれとなく情報交換の場となっている。
 彼らのチームは全員で集まるということがほとんどないが、逆にこうした小さな集まりはわりと頻繁だ。ホルマジオ主催の、煙草とティータイムを楽しもうの会しかり。
 この昼食会では、毎回店を決める担当を順番にまわすシステムで、今日はペッシの番だった。店選びは担当にまかせ、他のメンバーは担当の選んだ店に文句をつけないのが決まり事だが、おおむねペッシの選定には定評がある。うまくて安い店ならペッシとホルマジオが詳しい。
「さすがフィレンツェ老舗名店の系列だけあるな。肉の厚みがちがうぜ」
「気のせいか水もうまい」
「それはほんとに気のせいだと思うけど」
「ギアッチョ、オリーブオイルとって」
「ハウスワイン飲みてえ。デキャンタ注文しようぜ」
「赤」
「俺、白がいい」
「白…いや、赤…赤…うーん」
「意見を一致させる努力をみせろよオメーらッ!」
 ギアッチョがウェイターを呼んで、結局それぞれグラスで注文した。ギアッチョも昼食が終わればスクールに戻るが、飲酒をとくに気にする様子もない。
「この前、プロシュートに連れられてプラダ行ったんだけど、店のなかでタダでシャンパン飲めたぜ」
「マジ?」
「ほんとにタダか?税金と称して徴収されてんじゃあねーのか」
「そうだとしても買ったのはプロシュートだけだから俺は関係ない」
「ほんとにタダで飲めるよ。俺も兄貴といっしょに行った時、プラダの店員に迎えられて、番号札取らなくても奥に入れてもらえたぜ」
「あの野郎がお得意様なだけじゃねーか」
「昼間からシャンパン飲んで、中古車でも買えそうな値段のシャツ選び。どうやったらそんなリッチな生活送れるんだ?俺も5年後はああなってんのか?」
「できるんじゃねえの。同じリタイア組だし」
 イルーゾォから再び飛んできた紙ナプキンのボールを避けて、メローネは運ばれてきたワイングラスを手に取った。ペッシとギアッチョは軽くグラスを鳴らす。
「Alla salute」
「安くてリッチな食卓に」
「ペッシに」
 2人をならってメローネとイルーゾォもグラスを掲げる。おのおのグラスをあおったあと、ペッシがイルーゾォの方を向いた。
「兄貴みたいになれなくても、十分リッチだぜ、俺たち」
「そうだな…アーサー王にはなれないけど、円卓には座れてるしな」
 おそらくアーサー王の円卓よりも豪勢な食事会だ。料理はどうかしれないが、彼らは自分たち以上に最高の仕事仲間をしらないのだから。

AM10:00 all


 彼らの生業は暗殺だ。総じて仕事の時間は夜が中心となる。
 深夜か、早朝に任務が完了すると、そのまま各々が借りてるフラットに帰ることもあるが、一旦チームの溜まり場に寄るパターンが多い。チームリーダーへの任務完了報告という目的もあるし、どちらかというと特に意味もなく、みんな集まってくる。だからリゾットやメローネのように、もはや住み込んでしまっている場合もある。
 プロシュートがペッシを伴って任務終わりに溜まり場に寄ると、そのリゾットとメローネがいた。
 時刻は午前5時前。2人はダイニングテーブルでワインを開けチーズをかじっている。ステレオから流れるのは時間帯に合わないUKロック。
「おめーらも仕事か」
「いや、単なる夜更かし」
 チッと舌打ちひとつ、プロシュートはメローネのグラスを奪って赤ワインを一気に飲み干した。メローネが「あー!」と非難の声をあげる。
 それを完全に無視して、プロシュートはジャケットを脱ぎ捨て上階に上がる階段へ向かった。上のフロアには各々にあてられた部屋がある。
「あ、兄貴ィ!報告はいいんですかい?」
「問題なく任務完了、だ。俺は寝る。槍が降ろうと蛙が降ろうと起こすんじゃねえぞ」
 そうしてまったく振り返ることなく、プロシュートは自室に消えてしまった。
 取り残されたペッシはどうしたものかとリビングに突っ立ったままだ。
「報告はあとでかまわないから、おまえも寝たらどうだ。どうせ『兄貴』よりは早く起きなきゃならないんだろ」
 リゾットの言葉にペッシはわかりやすく顔を輝かせる。じゃあ俺、仮眠とってきますと言い残し、ペッシも上のフロアへ上がっていった。
 それを見送って、メローネは自分のグラスにワインを注ぎ直しながら、リゾットにニヤリと笑みを向けた。
「リゾットやさしィ~~~」
「気持ち悪い声をだすな」
 東の窓が少し明るくなってきた頃、リゾットは報告書を片付けると言って自室に戻ってしまった。
 メローネはひとりで残りのチーズを食べきり、あくびひとつ漏らす。寝ようか、どうしようか、ダイニングテーブルにべったりと上半身を預けうだうだしていると、騒がしい声が玄関から響いてきた。
「あ~~~飲んだ飲んだ!もうなんにも入らねえ!」
「これしきでギブアップとはよォ~~ホルマジオてめえ年食ったんじゃねーの?」
「だァ~れに口きいてんだ?ええ?」
 ガタガタとそこら中にぶつかる音を鳴らしながら、ホルマジオとギアッチョがリビングに入ってくる。
「よォ、どうだったんだ新しいクラブ」
「なかなかだったぜ、とくに今夜はDJが冴えてた!なぁ?」
「ああ、バーテンダーの女、美人だったしなァ~。おまえも今度いこうぜ、メローネ」
 酒のおかげで2人ともずいぶんご機嫌だ。オールナイトでこんな時間まで飲んでいたんだから、そうとうアルコールも回ってるだろう。その証拠にしばらくギャアギャア騒いだあと、ギアッチョはすぐリビングのソファで寝てしまった。
 ホルマジオはメローネの向かいに座って、リゾットの使っていたグラスにワインを注ぎ始める。さすがにメローネは呆れた。
「まだ飲むのかよ」
「何言ってんだ、そこに酒がある限り飲むぜ俺は。しかもこれ、ボジョレーヌヴォーだろォ~?」
 うししっと無邪気に笑いながらホルマジオはグラスを仰ぐ。
 そのうちにイルーゾォがリビングに入ってきた。朝のバールで買ってきたらしい、タルトのいい匂いのする包みを抱えて。
「うわっ!酒臭ぇ!」
「なんだァ~?何買ってきたんだ?いい匂いすんなァ~」
 開口一番イルーゾォは鼻をつまんで、タルトにたかってくるホルマジオをしっしと手で追い払った。それからテーブルの上のワインボトルを一瞥して、ついでにソファで寝こけているギアッチョにも目をやる。一周して、イルーゾォの呆れ果てた目線はメローネに向けられた。
「こんな時間まで酒盛りかよ。もう朝だぜ。酔っぱらいは早く寝ろよ」
「悪酔い連中といっしょにしないでくれ。俺は夜更かししてただけだ。ああでも、その匂いかぐと腹へってきたなァ~…」
「やらねーからなッ」
 タルトの包みを抱えてイルーゾォはさっさとキッチンへ引っ込んだ。
 強欲な野郎だとメローネが毒づいてると、ホルマジオもコキコキ肩を鳴らしながらキッチンへ足を向けた。
「たしかに腹へってきたぜ。なんか作るか。おめーも食うだろ?」
「もちろん!」
「こんな時ばっか返事いいんだよなァ~オメーはよォ~~ったく、しょおがねぇなぁ~~」
 なんだかんだ言いながら冷蔵庫で食材の物色を始めるホルマジオは、さっきまで酒を飲んでいたとは思えない手際の良さだ。メローネはホルマジオのこうゆうところを、ひそかに尊敬している。こうゆうところだけだが。
 朝食の気配を感じ取ったのか、ペッシが上階から降りてきた。まだ9時になったところだから、4時間ほどしか寝てないはずだが、朝に強いペッシは妙にすっきりした顔つきだ。
「あ、食事の準備してるんですかい。手伝いましょうか」
「おう、じゃあエスプレッソ作ってくれるか」
「俺カプチーノがいい」
「牛乳は自分で泡立てろよォ~」
「めんどうだな…じゃあカフェラテでいいや、ペッシ」
「結局ペッシにいれさせるのかよ」
 自分のマグカップとあたためたタルトを手に、イルーゾォがメローネのはす向かいに座る。エスプレッソじゃなくミルクティーだ。イルーゾォはあまりコーヒーのたぐいを飲まない。タルトはカボチャとチーズを焼いたものらしい。それに生クリームをのせて食べる。やたらうまそうだ。
「うまそうな匂いがするな」
 完全に匂いに釣られて、リゾットが降りてきた。イルーゾォの皿をちらっと見て、すーっとキッチンへ入っていく。こういう時のリゾットは、メタリカでも使ってんのかというぐらい気配がない。
「はい、メローネ」
 しばらくしてキッチンから戻ってきたペッシが、両手にもったマグカップの片方を差し出してきた。受け取ると、中にはクリーム状の牛乳が浮かんでいる。
「あれ、カプチーノ。作ってくれたのか」
「リゾットがフォームドミルク作ってくれたから」
「グラッツェ」
 メローネはマグカップを両手で持って、ひとくち含んでみた。まだ熱くて飲めないけど、匂いをかいでるだけで気持ちが満たされるようだ。立ちのぼる湯気でまつ毛が湿る。
 ホルマジオとリゾットが、焼いたバゲットにトマトペーストとオリーブオイルを塗り、板状のハムをのせた、なかなか豪勢な朝食をテーブルに運んできた頃、まるで計ったようなタイミングでプロシュートが姿を現した。
「いい匂いだな。俺の分ある?」
「残念ながらあるんだよなァ~~感謝しろよ」
「グラッツェ、愛してるぜ」
 ぐっすり寝たらしく、数時間前の不機嫌が嘘のようだ。プロシュートはホルマジオから一皿受け取って、リビングの方へ移動したが、座ろうとしたソファに巻き毛が丸まってるのが目に入った。途端に眉間にシワが寄る。
「こんなとこで寝こけてるんじゃねえよ…」
「クラブ帰りでそうとう酔っぱらってたから、まだしばらく起きないと思うぜ」
「なんでまっすぐ家に帰んねーんだよ、邪魔でしかねぇ」
 辛辣な言葉を吐きながらもプロシュートはギアッチョを避けて、一人掛けのソファに陣取る。家に帰れという点では任務終わりとはいえ報告もすっ飛ばして寝ていたプロシュートも同罪だが、誰もそこに突っ込む者はいない。
 ステレオから流れていたUKロックはとうに終わって、朝のテレビ番組ではテンションの高い星座占いが流れている。窓から差し込む光の白さ。
 食事を作り終えたホルマジオがソファで丸まってるギアッチョをちょっと端にどかしてその横に座り、ペッシは立ったままビスコッティをかじって同じくテレビを眺めている。一人掛けに座るプロシュートはすでに食後の一服に移行。ダイニングテーブルでまだタルトにかじりついてるイルーゾォを尻目に、2杯目のカプチーノを入れに席を立つメローネ、その向かいでリゾットは今朝一番の新聞を広げる。いつもと変わらない、朝の風景。

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