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賽は投げられた r.p.h


『ポルポが死んだ』
「つまり?」
『つまりとは?』
 電話口のリゾットに、質問を質問で返すなと毒づきながら、プロシュートは脱ぎかけたジャケットを羽織りなおした。
「誰が殺したんだ」
『自殺』
「馬鹿いえ。あいつがそんな殊勝な野郎かよ」
『同感だ。だがポルポは例の独房の中で死んだ。拳銃を口にくわえて自分で撃ったらしい。…ポルポは“矢”の管理者だった男だ、能力者が関わってるのかもしれん』
「能力者なら、なんらかの方法であの野郎を自殺に見せかけて殺せるだろうな」
 ああ、と電話口の向こうでリゾットがうなずく。
『ポルポは、新入りの試験の真っ最中だった。その新入りは試験に合格してチームに配属されている』
「どこのチームに?」
『ブチャラティだ。ネアポリスの一画をまかされてる』
「フン…」
 名前は聞いたことがある。たしかブチャラティのチームも全員“能力者”だ。
「ポルポが死んだってことは、幹部連中が動くな」
『ああ。もしかしたらボスもな』
「その新入り、追うか」
『まだだ。その前に明日の11時からポルポの葬儀がある。ブチャラティも参加するはずだ。今誰か手のあいてる者はいるか?』
 プロシュートはデスクの電話の受話器を耳にあてたまま、ぐるりと部屋を見渡した。ソファの背にのっかる赤い坊主頭が見える。
「ホルマジオがいる」
『ちょうどいい。ホルマジオを葬儀に行かせてくれ。顔を出す必要はないからリトルフィートをあらかじめ使っておけと伝えておいてくれ』
「わかった。おまえはどうする」
『ボスと親衛隊連中の動きを見張ってる。しばらく姿を隠す。イルーゾォたちが帰ってきたら連絡をくれ』
「了解」
 受話器を置くと、ホルマジオがソファ越しに顔だけこっちに振り向いていた。
「いい話じゃなさそうだなァ〜仕事か?」
「ラクな仕事だ。誰も殺す必要はねえ」
「逆にメンドーじゃねえかよ」
 よっこいせとジジくさい掛け声つきでソファから立ち上がって、ホルマジオは新しい煙草をくわえ、ゆったりと火をつける。それで一服してから、ようやくプロシュートの方に歩み寄ってくる。プロシュートも煙草を吸うから喫煙者のこの独特のテンポが理解できるが、吸わない者からすると苛立つ間だ。おもにギアッチョあたりの話だが。
「ポルポが死んだ」
「ほぉ」
「拳銃自殺だと」
「へえ〜?」
「犯人はおそらく能力者だ。試験を受けたばっかりの新入りが怪しい。ブチャラティのチームに配属されたみたいだ。ポルポの葬儀に行って、リトルフィートでブチャラティたちを偵察してくれ」
「そりゃあラクな仕事だな」
 プロシュートは腕時計を見た。22時17分。
「メローネは今日は仕事か」
「朝から見てねぇなァ〜バイクはあったから上で寝てんのかもしんねーぜ」
「ブチャラティのチーム全員の情報を集めさせよう。新入りの情報もな。明日の葬儀までには全員の顔を頭にたたきこんどけ」
「了〜解っと」
 プロシュートはここにいないメンバーに連絡をとるためデスクの上の受話器を再び手に取ったが、目の前でニヤニヤ笑ったまま立ってるホルマジオに気を取られた。
「なんだ?」
「いや、なんつーかよォ、なんかいよいよって気がしてきてよ、今」
「突然だな」
「まぁな。俺はべつに、おめーみてぇに勘が冴えてるわけじゃあねーが、なんか久々じゃねえか?こうゆうのって。俺らのチームが、全員で動くのってよ」
「そうだな…2年前以来だ」
 チーム宛に、大きな包みの宅配便が送りつけられてきたあの日。2年前。あの時からプロシュートたちははっきりとボスに首輪をつけられ、じわじわと首を絞められてきた。チームの、尊厳と誇りを奪われたあの日。それから今日まで、首輪をつけられたのと同時に、プロシュートたちは、ずっと組織のボスの首を狙ってきたのだ。
「興奮するじゃねーか、なぁ?」
「ハッ…ガキじゃあるまいし」
 賽は投げられた。
 ゲームはもう、始まっている。

究極の選択(御題) all


正々堂々と挑むか奇襲か

 ペッシは気づいていた。実は一時間前から気づいていた。ダイニングテーブルに座るメローネがクッションだと思ってケツに敷いてるのはペッシが買ってきたばかりのおニューのファーコートだ。
「プロシュート、今日は仕事?」
「一件入ってる」
「夜には終わる?」
「ペッシがさっさと片付ければな」
「ふうん……見たい映画があるんだけどさ、今日までなんだよな」
「内容は?」
「悪霊にとりつかれた女が恋人の男とその家族を惨殺して脳みそ食ったり焼いたり並べて鑑賞してみたりする系の」
「そりゃあいい映画だな。アカデミー賞もんだ」
 メローネの向かいに座っているプロシュートが、読んでた新聞をテーブルに放って目にも鮮やかに立ち上がった。あれは「仕事に行く」時の立ち上がり方だ。
「ペッシ!」
「はいッ!」
「出かけるぜ」
「へ、へいッ!」
 プロシュートが出かけると言ったら本当に5秒以内に出発する。ペッシはだからそれまでに準備をしておかなければならない。
 携帯は持った。仕事の場所の地図も頭に叩き込んでる。
 だけどあいにく、着ていこうと思っていたコートが、メローネのケツの下にある。いまだに。
「……なぁ、メローネ…」
「ペッシ、何してる!ちんたらやってんじゃねえッ!」
「兄貴が呼んでるぜ、はやく行けよ」
「ええッ!えーとえーと…!」
 ペッシの目の前にはメローネの下敷きになってるファーのコートがある。と同時に玄関から容赦なく浴びせかけられるお怒りの声。
 ペッシは一瞬にして決断を迫られた。
 コートか兄貴か。兄貴かコートか。
「…今行くよッ!兄貴ィ!」
 悩むほどの選択でもなかった。一目散に玄関に向かうペッシの背後から、いってらっしゃ〜いとメローネの呑気な声が聞こえてくる。
 ペッシは走りながら『ビーチ・ボーイ』を手に持った。後ろも振り向かず、竿を思いっきり振るう。
 次の瞬間、ガターン!と盛大に何かが床に倒れる音と「痛ェッ!!」という声が聞こえた。その頃にはすでに、釣り針に引っかかって手元に戻ってきたファーのコートを羽織って、ペッシはプロシュートに追いついた。
「何やってたんだオメー」
「なんでもねえですよ!じゃあ、いきましょうか!」
「ああ…いいコートじゃねえか、それ」
「へへっ」




勝利の女神か死神か

 目を開けたとたん、視界に入ったのは赤い坊主頭だ。
「……ああ、ここは地獄かよ、赤鬼ってやつが見えるぜ…」
「ご挨拶じゃねーか、ええ?」
 ホルマジオは笑いながらベッドサイドの灰皿で煙草を潰した。一応ケガ人を気遣ってくれてるらしい。
 ベッドに寝転がったまま、ギアッチョは天井を睨んだ。眼鏡をしてないせいでほとんど見えないが、まちがいなくアジトの天井だ。ちゃんと帰ってこれたらしい。
 起き上がろうとすると胸にとんでもない痛みが走った。
「イッ!……テェェえええ…」
「当たりめーだ、アバラ何本かイッてんぞ。まぁた無鉄砲な戦い方したんだろーがよォ」
「うるせぇ………めがね………」
「はいはい、おらよ」
 ギアッチョは腕を上げて受け取ろうとしたが、わざわざホルマジオが眼鏡をかけさせてくれた。俺はガキじゃあねーっつうの…。
 近距離的かつ直線的な戦闘を好むギアッチョは、時々仕事で骨折することがある。『ホワイトアルバム』は銃弾を防げても、衝撃までは防げない。ダンプカーに撥ねられたことだってあった。皮膚は傷つかずとも内蔵を傷めることが多い。
 痛い痛い思いをして、目をさます時はいつだって、死ぬも生きるも変わらねぇという虚しさと、死じまうのは嫌だという臆病さがある。
 目の前の景色は天国かそれとも地獄か。自分はどっちを望んでいるのか。
 ギアッチョにはまだわからない。
「こんな時間までおねんねとは、いい身分じゃねーか、ギアッチョ」
 次に目を覚ましたときには、一見女神のように微笑んだ、だがその両目にも笑う口元にもゾッとするほどの冷たさしかないメローネが、そばに立っていた。地面にぶっ倒れたギアッチョの、頭の側に立ち、反対向きから覗き込んできている。メローネの髪が、カーテンみたいに垂れ下がってる。
 ギアッチョはすぐさま何か言い返そうとしたが、口の中は血がいっぱい溜まっていて、むせた。また内蔵を傷めたらしい。折れた骨が肺にでも刺さったか。
「ダセェなぁ…かっこ悪いぜ、はやく立てよ」
「うるせえ黙れテメーさっさとひとりで行けッ!!」
 一気に言い放って、またむせる。口から血がこぼれた。
 眼鏡のレンズが無事だったおかげで、覗き込んでくるメローネの顔がよく見える。因果だ。こんな時に限って。よく見えたところで奴の顔に一発くれてやる拳も上げられないようじゃあ意味ねーじゃねえか。
 メローネは鼻で笑って、背筋を伸ばした。そうして視線をどこか遠くへやる。
「ひとを死神みてぇに追い払おうとしやがって。助けにきてやったってのになぁ。さながら勝利の女神ってやつ?もっと感謝してくれたっていいはずだろう」
 ギアッチョは地面にくたばったままメローネを見上げる。笑ってる口元は見えるが長い髪がなびいて表情までは見えない。この男は口で笑っていても目が死んでることがあるから、油断ならない。
 逆に口以上に目で語る奴もいる。
「あー…ダメだ…完全に死神が見えやがる……」
「『メタリカ』で止血してる。黙ってろ」
 起きたとたん黒ずくめの目まで真っ黒な男に小脇に抱えられて運搬されていた。男はまるで魂を刈る死神のごとき風体だ。なによりも血の臭い。ものすごく濃い血の臭い。
「それはおまえの臭いだ。ギアッチョ」
「ああ…?そうなのか…?」
「相変わらず無茶をしてるな」
「そんなこたねぇよ、俺はいつだってわきまえてんぜ…知らねーだろうけどな…どいつもこいつも俺のことを無鉄砲だの無茶くちゃだの、言いやがるが、俺はちゃあんとわかってやってるし、俺なんかよりもなァ、プロシュートの野郎とか、リゾット、テメーとか、おまえらの方が、危なっかしいんだよォ、俺なんかより…」
「わかったから黙れ。…いや、しゃべってろ。意識を失うなよ。ずっとしゃべってろ」
「なんだテメー、黙れっつったり、しゃべれっつったり、勝手なモンだな、死神ってのはよォ…」




実像か虚像か

 アジトに幽霊が出るという噂が立った。
「オメーだろイルーゾォ」
「なんでそうなる!」
 プロシュートの有無をいわせぬ決めつけに、イルーゾォは机に拳を叩きつけ果敢にも反旗をひるがえした。リビングのラグに寝転ぶメローネが嫌な笑いを浮かべながら目線を寄越してくる。
「こないだもそうだったしなァ、なんだっけ、ホルマジオが『鏡に髪の長い幽霊が!』とかゆって」
「マジで夜中に見るとビビるんだって。わかっててもよォ〜」
「確かにあの時は俺だったけど、今回は」
「オメーだろ」
「まちがいねぇな」
「おまえなのか。イルーゾォ」
「話を聞けこのギャングども!」
 リゾットにさえ疑惑の目を向けられて、イルーゾォはもはやここに俺の味方はいないと天を仰いだ。
「オメーじゃねぇとしたらよォ、誰だっつーんだ?」
「知らねーよ。なんで俺がうちのチームのオカルト担当みたいなことになってるんだ」
「そりゃあおまえの見た目がさぁ…」
「アレだろ、アレ、アダムスファミリーの」
「ウェンズデー!!」
 こんな時ばかり気の合うメローネとギアッチョが指を差して爆笑している。イルーゾォは向けられた二人の指を逆方向に折ってやりたくなった。
「どっちにしろ幽霊の正体がわかんねーと、おちおち寝てらんねーぜ」
「今回の目撃者は?」
 ホルマジオのやや情けない言葉を受けて、プロシュートが全員の顔を見回す。こうゆう時の進行役はたいていプロシュートで、リゾットは議長だ。あとは互いの罪を暴き合う裁判員たち。
「言い出しっぺはペッシだ」
「オメーかペッシ」
「はい、俺です」
 素直に手を挙げるペッシに、全員の視線が集中する。
「何を見たんだ?ペッシ」
「俺が見たのは、髪のながーい…」
「イルーゾォ」
「だからちがうって!」
「逆に聞くけど、おまえじゃないって証拠はあるか?」
「なんで俺を犯人に仕立てたがるんだよ」
「さっさと解決してぇからに決まってんだろーがッ!さぁ吐けッ、吐いちまえ!」
 ギアッチョに迫られイルーゾォは藁にもすがる思いでリゾットを見た。リゾットは少し宙を見上げ(考え事をしている)、視線をギアッチョに向けた。
「おまえが見たのはどんな感じだ?ギアッチョ」
「あー?俺?俺はよぉ、こう、朝方にここ戻ってきたら、まだ薄暗かったんだけど、廊下をフーッと人影が横切って……」
「みろ!みんな聞いたか!ぜんぜんペッシの証言とはちがってるぜ!」
「たしかに人影ってだけじゃあ断定できねぇな」
「目撃者がギアッチョとペッシってのが引っかかる。ギアッチョは見ての通りメガネ小僧だし、ペッシはペッシだし」
「ひ、ひでーや!」
「おいおいおいてめーメローネ、どうゆう意味だそりゃあぁ〜?ああ?俺が見間違いでもしたって言うのか?」
「ホルマジオ知ってるか?ギアッチョってメガネ外したら、ピアノに座ったとき譜面台にのっけた譜面が見えねーんだぜ?」
「つぅーか俺はなんでそんな状況になったかの方が気になるがなァ〜」
「メローネとイルーゾォ、おめーら黙ってろ。話が進まねえ」
 横暴だ!権利を主張する!と声をあげる二人を無視して、プロシュートはペッシとギアッチョにまとめて目をやった。
「要するにおめーらだけだと証言が少なすぎる。物的証拠も状況証拠も不十分だ。そんなんじゃいつまでたっても事件の真相を手にすることはできねぇぜ」
「兄貴、俺の話最後まで聞いてねぇですよね…」
「じゃあどうするっつーんだよ、このままみすみす真犯人逃していいってのかぁ?地の果てまで犯人追っていってこそ、真実が掴めるんじゃあねーのか!?」
「そもそもよぉ、そうゆう話だったか?俺ら追いかけるもん間違えてねーかなんか」


special thanks. MasQueRade. title from

彼はまた眠る g.m.i.ps


「母親は俺を抱えたままテヴェレ川に身投げした。俺が6つの時だ。秋も終わりのころで凍りつくぐらいクソ寒かったのを嫌ってほど覚えてるぜ」
 ギアッチョは空になったワインボトルをぶらぶら揺らせて、ぽいっと床に投げ捨てた。ボトルはやわらかいラグの上に落下音を吸い込ませたが、凍りつくテヴェレ川の水面に叩きつけられた母と子の体は盛大な水しぶきと音をたて跳ね上がったことだろう。
 その様を生々しく想像してメローネはソファのクッションにぼすんと後頭部を預けた。顔が熱くて心地いい浮遊感がある。テヴェレ川の水面はもっと固かったろう、冷たかったろう。
「よく生きてたなァ〜そんなんで」
「岸に釣りしてるオッサンがいてよぉ、そのオッサンが助けを呼んでくれたらしい」
「ペッシみてぇなやつがいるもんだな……」
「えっ俺?俺かい?」
 テーブルに顔をつけて撃沈していたペッシが、イルーゾォの言葉にすばやく反応して体を起こしたが、頭のてっぺんまでまわりきったアルコールに勝てず再びべちゃっとテーブルに逆戻りした。
 その様子を見届けるイルーゾォもほとんど目を閉じかけている。そうとう眠いらしい。
 メローネはソファに寝転がって天井をあおいだまま、足元あたりに座ってるギアッチョに声を投げた。
「それでぇー?あんたは岸辺のオッサンにまんまと釣り上げられたってわけか」
「助けを呼んでくれたっつったろーがよォ〜〜話聞いてやがったのかテメーはよォ」
「あわれギアッチョはお魚さんになってしまいました、と」
「あっははははは!」
「笑ってんじゃねェェーーおらイルーゾォぶち割るぞテメーもッ!!」
 ギアッチョの大声に呼応して周囲の空気が文字通り一瞬凍りつく。だがギアッチョもかなりアルコールに侵されてるらしい、凝固した氷のつぶはすぐに酒臭い空気に溶かされてしまう。
 ギアッチョの氷のスタンドは彼の怒りによって引き起こされる。
 テヴェレ川の凍結した水の中で、彼は恐怖や悲しみより怒りを覚えたんだろうか。思想をアルコールの波に漂わせ、メローネは笑う。
 その酩酊した笑みを嫌そうな顔で一瞥してから、ギアッチョはまた別のワインボトルに手をつけた。もう10本以上の空瓶が床に転がっている。
「ケーサツだかなんだかが駆けつけて、俺だけが助けられた。母親は即死だったんだと」
「水面に叩きつけられたとき、あんたをかばったから?」
「ケッ……中途半端なことしやがるならハナッからガキを巻き込むなっつーんだ」
 口調に反してギアッチョの顔に浮かぶのは苦い表情だ。どういう経緯でギアッチョの母親が幼い我が子を抱え、凍りつく川に身を投げなければならなかったか、そのへんの話はもしかしたらすでに聞いたのかもしれないが、もうすっかり皆がしたたか酔っぱらっていて、思い出すことも難しい。
 テーブルに頬杖ついていたイルーゾォが、いつのまにか顔を突っ伏している。ペッシに続いて一足先に夢の世界へ旅立っていったらしい。
 リビングには酒盛りの終盤特有のけだるさが漂っている。いまリビングに足を踏み入れれば、素面でも匂いだけで酔っぱらえるかもしれない。
 メローネは体を横に向けて腕枕をした。見えちゃいないが、のばした足の先には変わらずギアッチョの体温がある。彼のスタンド能力とはかけ離れた、ぬるくて高い温度。ギアッチョはまだワインボトルを口飲みしている。いま川に身を投げたら、さすがのギアッチョも溺れちまうだろう。
「やさしいひとだったんだな、あんたの母親は」
「ああ?テメーのガキまで道連れに死のうとする奴のどこがやさしいってんだ」
「ひとりにしたくなかったんだろ」
「結局生き残った俺はひとりじゃねーか。6つのガキがひとりで生きてけるほどココはいいトコじゃあねーってオメーも知ってんだろ。都合良く自分だけ死んじまいやがって。俺はひとりだ」
「冷たかっただろうな」
「冷たかったぜ。今でもよく覚えてる」
 そう言って、ギアッチョはまたボトルを呷った。そうやっていないと体温を保っていられないとでもいうように。
「オメーはなんでひとりになったんだ」
 ギアッチョの声を聞きながら、メローネは目を閉じる。酔いが心地よく頭上からおりてきて、やわらかい毛布みたいに、まぶたは幕を下ろす。
「ひとりじゃねぇよ。いまも昔も」
 俺には母親がたくさんいたって話、こいつにしただろうか。彼女たちは俺にベタ甘で、なんでも着せてくれたしなんでも買ってくれたんだ…。
 ゆるやかな波に揺られるような心地よさのなか、メローネはひとり酒を飲み続けるギアッチョの姿を脳裏にえがいた。彼はまだひとりで冷たい川の中に沈んでいるのかもしれなかった。テヴェレ川の底に、何年も放置されて朽ちたガラス瓶みたいに、曇って傷だらけになりながら。ギアッチョの、氷に包まれたやさしい心は、沈んだ川底でそれでも透明なままなのだ。

間隙思考 r.p


 メローネとイルーゾォが喧嘩したらしい。
「別にめずらしいことじゃあねーだろ」
「イルーゾォが勝った」
「それは珍事件だ」
 いまだ硝煙を吐く熱い銃身を死体のうえに放り捨て、プロシュートは脱いだ手袋をポケットに突っ込んだ。リゾットは倉庫の壁に背中をもたせかけたまま、その様子を見届けている。さっき殺したので今日の仕事は終わりだ。
 取り出した煙草に火を灯し、プロシュートは倉庫の汚い天井に向け思いっきり紫煙を吐いてから、リゾットを見た。
「どうやって勝ったんだ?マン・イン・ザ・ミラーでベイビィフェイスを閉じ込めでもしたか?」
「逆だ。メローネだけを鏡の中に閉じ込めたらしい」
「それぐらいであの野郎が降参するかよ」
「たしかに食事抜きも風呂トイレなしもメローネなら意地で乗り切っただろうけどな。どうしても見たいテレビドラマがあったらしい」
「くだらねぇー」
 そのへんに転がっていた木材に腰かけて、プロシュートは仕事後の一服を満喫している。ふわりと浮かぶ煙は黄ばんだ天井で溶かされ消える。
「鏡の外に出りゃあイルーゾォのやつを素手でやっちまえたんじゃねーのか」
「俺が見たときは2人で髪の毛を引っ張り合ってたな」
「女子の喧嘩かよ」
 その様子ならプロシュートも見たことがある。イルーゾォの黒髪をメローネが掴みあげ、メローネの金髪をイルーゾォが引っ張り、無言で睨みあっていた。
 あのふたり、確実に仲は良くないが、なんでそこまで気が合わないのかも逆に不思議だ。低血圧だったり好き嫌いが多かったり、どっちかというと共通点は多いのに。
(まぁ、似たモン同士のほうが喧嘩するっていうしな)
 認めたくはないが、プロシュートとギアッチョも同じような関係だ。気質が似てるから一度キレるとどっちもヒートアップして収拾つかなくなる。
「おまえとギアッチョもそうだろう」
「ひとの思ってることを見破んな。新手のスタンド使いか」
「そうゆうわかりやすいところも似てる」
 プロシュートが座ったまま繰り出した蹴りをリゾットは軽く半歩退いて避ける。プロシュートも本気ではなかったらしい。本気だったらリゾットが避けようがメタリカで姿を消そうが、地獄の果てまで追ってくる。
「ギアッチョはメローネともイルーゾォともよく喧嘩してるだろ。俺じゃあなくてギアッチョに問題があるってことだ」
「おまえもメローネとよく喧嘩してるように思うがな」
「俺はイルーゾォとは喧嘩しねぇ」
「それはイルーゾォがおまえとは喧嘩にならんと思ってるからだろ」
 たしかにイルーゾォとプロシュートがしゃべっていて、プロシュートの機嫌が少しでも低下した瞬間のイルーゾォの引き際の良さは尋常じゃない。物理的にも鏡の中へ引っ込んでしまえば、文字通りプロシュートでさえ手も足も出せなくなる。そのかわりプロシュートも一度、アジトにあるすべての鏡の鏡面をダンボールでふさいだことがある。細かいことは気にしないタチだが、やることは徹底した性格だ。
「本人のやる気さえありゃあ、マン・イン・ザ・ミラーもてめぇと並ぶほどの暗殺向きだろ」
「ベイビィフェイスもな」
「いっぺんあいつらが本気でやり合ったらどうなんのか見てみたいぜ」
「フン……不毛な妄想だ」
 リゾットが口角を上げる。そうゆう表情をすると、無表情なときよりよっぽど冷酷に見える。
「先手をどっちが打つかにもよるな…メローネが本体の位置を確実に知られなければ勝算はある、ベイビィフェイスはいくらでも生成可能なうえ、もしイルーゾォが鏡の中に逃げ込んでも鏡を分解しちまえるからな…だがマン・イン・ザ・ミラーはどの鏡でも出入り口にできる。万一メローネ本体の場所が知られれば、イルーゾォに軍配が上がるだろうな」
「メローネが、鏡面の一切ない密室に閉じこもったらどうだ?単純だが有効な戦略だぜ」
「鏡面の許容範囲がどこまでにもよる…たとえば水面も鏡のひとつだ。映り込むものなら、パソコンの表面も、眼球も、鏡になるだろう」
「そこまでの応用が効くのか」
「イルーゾォ本人の成長によるな」
 スタンド能力は本体の精神状態や成長性に大きく左右される。結局のところ、本人しだいということになるのだ。
「いいね……ますますアイツらの本気が見たくなった」
「煽るなよ」
 プロシュートもニヤリと好戦的に笑う。かわりにリゾットは笑いを引っ込めて肩をすくめた。

お気に召すまま m


 スクールに通うのは嫌じゃなかった。興味のある分野には、メローネはどん欲なほどに知識を求めた。
 ただ早いうちから麻薬に手をだしたのが仇となって、いつしか学校へいっても教室にいることはほとんどなくなった。図書館で分厚い専門書の並ぶ本棚に囲まれてるか、校舎裏で学生相手に麻薬の売買をするか、どちらかだ。
 学生同士といえど、麻薬の取引には必ずギャングが関わってくる。スクールには麻薬の元締めを務める上級生がいて、彼の許可なしには売り買いはできなかった。制約を破れば手酷いリンチが待っている。
 麻薬をしない連中は彼を恐れたし、麻薬をやる連中は彼に媚びへつらった。
 メローネは人のご機嫌とりをするのが不得意だったし、おとなしく従うような素直な性質でもなかったから、一度その上級生の取り巻きどもに囲まれてボコボコにされたが、地面に這いつくばって血を吐きながらも相手の足首に噛みついた根性が認められたらしい。元締めである上級生に目をかけられるようになった。
「おい、授業中だぜ、この不良」
 上級生に頭上から覗き込まれて、ようやくメローネは顔をあげた。メンデルによる遺伝の規則性についての記述に没頭していたから、中断させられて迷惑だと思いきり眉をひそめる。それでも上級生はクッと笑うのみだ。
「俺にそんな顔を向けるのはテメーぐらいだな」
「金魚のフンばっかつけてやがるからだろ。なんか用?」
 本棚にもたれて座り込んだまま、メローネは上級生を見上げた。いつもより室内は薄暗い。雨でも降ってただろうか。麻薬を常習するようになってから、ときどき記憶がかたまりとなってごっそり抜け落ちることがある。今日ここまで、どうやって来たか、雨は降ってたかどうか。思い出すのは億劫だ。埋めておきたい記憶は鮮明なのに。研ぎたてのナイフみたいに、ギラギラしてるのに。
「俺が世話になってる人にこれから会いにいく。おまえも来い」
 上級生はズッと鼻をならしてニヤニヤと笑う。コカインを鼻から吸引しすぎて年中鼻をつまらせている。機嫌のいい時はいいが、なんのきっかけで暴れだすかわからない野郎だ。
 右耳に隙間もないほど開けられたピアスホールを見つめながら、メローネは専門書を脇に放った。そういえばメローネのピアスホールを開けたのもこいつだ。
「雨ふってる?」
「ああ?どうだったかな……」
 メローネは、あついコーヒーが飲みたいとおもった。そう言ったら上級生がこれで我慢しとけと少量のコカインを渡してきた。いま欲しいのはこれじゃない気がしたけど、それしかなかったので、鼻から一気に吸引した。


 その上級生はギャング組織の男から麻薬を渡され、学校でバラまくよう指示を受けていた。
 だが待ち合わせの場所に現れたのは、いつも麻薬を持ってくる男とはちがっていた。仕立てのいいスーツを着た、小柄な老人だった。
「君たちをわが組織『パッショーネ』にスカウトしたい。どうかね?」
 物腰はやわらかだったが、その口調には有無を言わせぬ獰猛さがあった。老人は焦点のあわない左右の目を、立ちつくす上級生とメローネに交互にやりながら、ニタリと笑った。
 『パッショーネ』はイタリア全土に息のかかるギャング組織だ。その風格と落ち着き払った様から、この老人はおそらく組織の幹部か何かだろうとメローネは当たりをつけた。
 メローネの目の前で上級生の男はあからさまに興奮していた。激しく首を縦に振って、ぜひ組織に入りたいと熱弁した。
「よかった。いい返事を聞けて。そこの君はどうだい」
 老人の目が、メローネひとりに向けられた。左右の焦点はあいかわらず合っていないというのに、メローネはなにかに射すくめられるような悪寒がした。
 この老人は、おそらく自分たちが想像するより危険なやつだ。けど、ギャングになるってのは、悪くない。メローネは、自分がまともな職業につけるなんて思いもしなかったし、両親らしき人たちをこの手で解体した時の記憶を、この身に染み付かせたまま生きるには、ギャングぐらいぶっ飛んで刺激的な毎日じゃないと無理だとおもった。だから黙ってうなずいた。16歳のときだった。


 見えない『何か』によって体を押さえつけられている。背中にレンガ塀の尖った感触を感じながら、メローネは空気を求めて喘いだ。見えない『何か』は、組織に入る試験だと渡されたライターを再点火したとたん、抗えない力でメローネの体を捕え、喉を締め上げてきた。
「はぁっ、はぁ、はぁ…っ」
 押さえつけられ、嘔吐感がせりあがってくるうちに、メローネは、宙空から現れた『矢』が自分の方を向くのをたしかに見た。繊細な細工のほどこされた、古いあしらいの『矢』。
 避ける間もなく、『矢』はメローネの胸を貫いた。衝撃と痛みが、一瞬あった気がした。
 見えない『何か』が、ざあっとかき消えるように『手を離した』。メローネを捕えていたのは、黒い帽子をかぶった人形のような『モノ』だった。その時にはメローネは、はっきりとその姿が見えていた。
 背中を塀につけたまま、ずず、とずり落ちて石畳にうずくまる。体を突き刺したはずの『矢』は、いつのまにか消えてなくなっていた。
 わけのわからない体の疲労感と混乱を抱えたまま、スカウトしてきた老人の元へ戻ると、老人はニタニタと笑って、小さな枯れた手でメローネの顔をとらえ、左右あっちこっち向いた目を嬉しそうに細めた。
「生きて帰ったか。おめでとう。合格だ」
 ペリーコロと名乗ったその老人は、メローネに、体の様子はどうかとか、なにか見えないかとか自分の身の回りで変だとおもうことはないかとか、いろいろ妙なことを聞いてきた。変といえばぜんぶが変だし、理解しがたかった。
 ペリーコロからの質問攻めをかわすために、メローネはいっしょに試験を受けたはずの、あの上級生の男の様子を尋ねた。
「ああ、死んだよ。『矢』に貫かれてな。しかたがない、『能力』がなかったんだ」
 その夜、メローネは一度スクールの学内寮に戻った。必要な荷物を持ち出すためだ。
 ルームメイトの寝静まった暗い部屋で、いつも使っているパソコンのモニタだけが不穏な光を放っていた。電源をつけっぱなしだったか。モニタを覗き込むと、見たことのない画面が表示されていた。
『メローネ』
 パソコンが、呼びかけてきている。メローネに向かって。
『早クボクヲ生ンデクダサイ』

 その三日後、メローネは自分の血液を使い、スクールで知り合った女子学生に『ベイビィ』を生ませた。
 手加減を知らない『ベイビィ』はコントロールが効かず、本体であるメローネを襲った。暴走した『ベイビィ』は組織の能力者が始末したが、攻撃を受け血だらけになりながらもメローネは『ベイビィ』を擁護しつづけた。
 ベネ!えらいぞ、おまえはよくやった、ベイビィ。上手に育てられなくて悪かったな。次はもっとイイ子に育ててやるよ。俺はもっと上手くおまえを育てられる、そうすればおまえはもっとイイ子になれるんだろう。もっと上手にひとを殺すんだろう。おまえが俺を殺せなかったのはおまえのせいじゃない、俺のせいだよ、ベイビィ。
 それから2年間、組織のなかのあらゆるチームを点々とし、ついにどの幹部もメローネを持て余して手放した。
 ペリーコロは、だから言ったろうと左右あちこち向いた目で笑い、メローネを暗殺専門のチームへ異動させた。18歳のときだった。

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