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殺し屋の生まれる日 all


 スタンドは能力を発現してから使いこなせるまで、それなりの期間と修練が必要となる。リゾットだって最初の頃は、力の加減が効かず自分でよくカミソリを吐いてたらしい。
「なぁおめー…プロシュートって野郎のスタンド見たことあるか?ありゃ気味が悪ぃーぜ、なんで足がねーんだ?」
「じゃあなんでおまえのスタンドは猫耳がついてんだ?」
 猫耳じゃねー避雷針だ!と訳の分からない抗議をしてくるギアッチョを無視して、メローネはパソコンの電源を切った。これで生まれたてのベイビィフェイスは消滅する。簡単だ。
 使いこなせなくても『やり方』はわかっている。みんなそうだったらしい。ギアッチョは理不尽な理由で連れを殴り殺した警官のパトカーを追いかけて全力疾走してるうちに、ホワイトアルバムをまとっていたのだという。
 ギアッチョの体にぴったり合った、ボディスーツのようなスタンド。体という確たるものに根ざし、あくまで己の意志ひとつというあたりが、単純かつ頑ななギアッチョらしい。
 いつだってギアッチョは自分の腕で相手を殴り、自分の指で相手の心臓をつかみ取る。すべて自分の感覚とする。そうしてなにひとつ揺るがない。俺は俺。ここにいる。そういった存在であることを示す確固たるスタンドの姿。
 メローネのスタンドは遠隔操作型だ。うまく育ったベイビィなら、メローネはアジトのソファでチーズをかじりながら、十数人を殺すことができる。自分ではなにもしない。報告を聞くだけ。『ターゲットヲ始末シマシタ』。ベネ。よくやった。それで終わり。
「ポルポの試験を受けさせられて、矢に貫かれて、次の日、鏡をのぞいたら俺じゃなくてマン・イン・ザ・ミラーが映ってた。最初あれかとおもったぜ、自分のベッドで寝て起きたら、でっかいクモ?になってたとかゆうやつ」
「Die Verwandlung(変身)」
「それ。…あんたドイツ語うまいな」
「昔、東ドイツの女とよろしくやってた時期があってよォ~」
 聞く?というかんじでホルマジオがニヤニヤ笑うので、イルーゾォはおもいっきり顔をひそませて、どうぞと続きを促した。
「ベルリンの壁が崩壊してから3年がたってたが、まだ東西の見えねぇ壁ってやつがあってよォ、東は社会主義で自由のきかねー暮らしを強いられてたから、俺は西で賃金稼いで東ドイツの女の家に転がりこんでた。ある日、女がいねぇ時に、まぁ、西で働いてる時に知り合いになった女とよォ、ちょっと親交深めてたわけだ。そこに女が帰ってきた。あわてた俺は、リトルフィートで俺自身をちょいっとちっちゃくして……」
「まて、あんたその時はもうスタンド使いだったのか?すでにパッショーネに?」
「ああ~?まぁ、細けぇこと気にすんな」
「壁崩壊から3年って、あんたまだ20前後だろう。西ドイツで働いてたっつーのはパッショーネの任務か?いつスタンド能力を身につけたんだ」
「オメーなかなかしつけぇーなァ~」
 スタンドとの出会いは唐突だ。出会い頭の事故みたいに、いきなりその能力は身に降りかかってきて、圧倒的な力で、平穏な日常から不穏な非日常の世界へと引っ張っていってしまう。
 鏡の中、生命のない、すべてが反転した景色に立った時、イルーゾォは考えた。
 この能力になんの意味が?
「完全なる暗殺者向きだろう。姿を隠せる、体内から凶器を生める…もとからナイフが好きだったか?」
「いや。使うことはあったが、コレクションなどはしていなかった。能力を身につけてからだな、ナイフを意識的に扱うようになったのは」
 リゾットの手元で、食事用のナイフがくるりと回る。芋ややわらかい牛肉を切るぐらいしか能のないそのナイフも、リゾットが扱えば骨さえ断つ凶器となる。
 ナプキンの上に丁寧に置き直されたナイフを見下ろしながら、プロシュートは煙草を食む。
「スタンド能力は無意識の欲動や願望。おまえのその能力は『人を殺す』ことだけを考えられて設計されてるみてーなもんだ。暗殺者になることを自ら望んだのか?」
「もっと単純な話だ。ただただ殺したい野郎がいた。それだけだ」
 『人を殺す』ことだけを願った。呪うように祈るように。願いは叶った。復讐を果たした。それからのちリゾットは修羅の道に入る。神と会えば神を殺し、悪魔と会えば悪魔を殺した。
 使いこなせなくても『やり方』はわかっている。リゾットはごく自然に慎重にシンプルに、人を殺すことを続けてきた。それを神に懺悔する殊勝さはもちあわせてなくとも、たとえば冬の星空を美しいとおもったり本を読んで涙したり好きなものを最後までとっておいて最後にゆっくり味わって食べるだとか、そういった感覚は変わらずリゾットの中にあり続けていて、だから当たり前のように人を殺す一方で、当たり前のように生活し暮らしているのだとおもう。
 フン…と鼻を鳴らしてプロシュートは短くなった煙草を灰皿でつぶした。プロシュートの皿はすでに下げられていて、食後のエスプレッソが置かれている。
 今日は先日の仕事で偶然出会ったスタンド使いの少年を、正式にチームに迎え入れる日だった。この街にまたひとり、暗殺者が生まれる日。外は馬鹿みたいに晴れている。
「能力の残虐さのわりにスタンドのビジョンがやけに可愛らしいのは、おめーの趣味か?小人の出てくる絵本でも読んだかよ」
「見た目のおぞましさならおまえに勝てる気はしないな」
「ハ…おまえでもおぞましいとか思うことがあるのか。初耳だ」
 リゾットはプロシュートが初めてスタンドを発現させた場面に居合わせた。仲間にリンチに遭ってるとき、プロシュートを守るようにかばうように、それは姿を現した。
 プロシュート本人の見た目の華やかさを裏切って、そのスタンドの容姿は禍々しいほどだ。なのに妙なおだやかさや安らぎを感じるのは、その能力ゆえだろうか。老いて死ぬことを『偉大なる死』と呼べるほど、プロシュートの周りには、まともに年をとって死ぬ人たちがわんさかいたか全くいなかったか、もしそれほどに多くの若い死を見送ってきたというなら、彼自身もまた同じ運命をたどるのではないかと、そういった不吉ささえまとうおぞましさを、リゾットは感じるのだ。

西風の見たもの all パロ


※全員が貴族の兄弟パロディ




メローネがプロシュートと落ち合うのはいつも城館の最上階にあるテラスの庭園。館の前所有者だった侯爵の、本妻の趣味で、多くの薔薇が咲き乱れるそこは、緑と色彩に囲まれたさながら空中庭園だ。
イタリア貴族の贅沢な暮らしを象徴する庭園は、夕方前の少しの時間だけ、館に住むすべての者に開放される。それ以外の時間帯は、侯爵の『正当な血筋』の者しか立ち入ることは許されない。
つまり、侯爵と本妻との子であるメローネと、どこぞの女が産んだ子であるプロシュートが顔を合わすには、夕方前の空中庭園かファミリーのそろう夕食時しかありえない。ついでに、夕食時には他の『兄弟』も全員いるわけだから、気兼ねなく話をするなら結局ここしかないのだ。
「煙草は?」
「禁煙中」
メローネが差し出した煙草ケースを、ベンチに座るプロシュートは見たくもないというように手で払った。ふてくされてる横顔をみて、メローネは笑う。
「禁煙中?謹慎中じゃなくて?」
「あの野郎の命令でなんてムカつくから自発的に禁煙してることにしてる」
愛人の子とはいえ、侯爵の子供たちの中では3番目に年嵩のプロシュートを罰せられるのは、本妻の子であり長兄のリゾットだけだ。もうひとり、リゾットとプロシュートの間にはやはり私生児のホルマジオがいるが、数年前に成人して館を出てしまっている。それにホルマジオは、自分の兄弟みんなを愛していたから、とくに一緒にいる時間が長かったプロシュートに手を上げるなんてこと絶対にない。
数日前、プロシュートが歩き煙草していて落ちた煙草の火種が原因で、ボヤ騒ぎがあった。火はすぐさま消されたが、城館の地下にあるワイン倉庫の一部が燃えた。ワイン倉庫は侯爵のお気に入りのボトルを集めた特別な場所だった。
侯爵はすでに死に、すべての財産は現在リゾットが相続し管理しているから、いわば焼けたワインの樽もリゾットのものなわけだが、そんな理由でプロシュートは罰せられたわけじゃない。
侯爵の『正当なる血筋の者』にとっては侯爵の残したものすべてが、なにものにも代え難い価値をもつのだ。その理屈でいくと、プロシュートたち私生児だって侯爵の残したもののひとつじゃないのかと、メローネは思うのだが。
リゾットがとりわけプロシュートを厳しく処分するのには理由がある。プロシュートは『正当なる血筋の者』じゃないにもかかわらず、侯爵の特別な場所だったワイン倉庫に、侯爵がまだ生きてた頃から自由に出入りできた。
プロシュートは侯爵に可愛がられていた。だから館の中でいつだってどこでも歩き回ったし、他の私生児たちのように、息を潜めて暮らすということをまったくしなかった。その態度のでかさは、侯爵に可愛がられてることで調子にのってるというよりも、プロシュートの生まれもった気質らしかったが。
そのうえプロシュートは金髪だ。それは『正当なる血筋の者』の証のはずだった。私生児でありながら金髪であることでプロシュートの存在は余計に目立っていた。逆に『正当なる血筋』でありながら黒髪のイルーゾォは、よりいっそう立つ瀬がなくなる。
なんにしろ城館の中でもプロシュートは存在感と発言権をもっていて、愛人の子である他の兄弟からも羨望を集め希望を与えていた。だからこそ侯爵亡き後、館のあるじとなったリゾットは、プロシュートを厳しく取り扱うようになった。私生児である兄弟たちの力を断ち、弱めるために。それが、長兄であり『正当なる血筋の者』であるリゾットの使命だった。
プロシュートはボヤ騒ぎの罰として一週間懲罰房に軟禁され、昨日ようやく解放されたところだった。解放されても城館内を歩き回ることは禁じられ、出歩ける部屋を制限されている。
軟禁中はメローネさえ会うことがかなわなかった。メローネはとくに、本妻の子供の中でも規格外で異端児、愛人の子たちともつながりが深い。言動についてはかなり目をつけられている。
それでも好き勝手に振る舞うメローネを、リゾットは咎めもしないが、もはや見捨てているに近い。だから余計にメローネは好き勝手をする。悪循環だ。侯爵の子供たちはみんな、成人を過ぎれば館にいるのも出るのも好きにしていいという掟だが、メローネは成人するまえにファミリーから追放されるだろうと自分で予想している。
プロシュートは今年成人する。成人したらプロシュートはまちがいなく館を出て行くだろう。
さてどうしようかとメローネは考える。プロシュートがいなくなれば館は平穏に包まれるだろう。火種が消えてしまう。それはおもしろくない。
庭園のすみの手すりから身を乗り出して外を眺めていると、傾きかけた西日をメタリックボディに反射させた一台の車が、館の正門前に停止した。メローネは口の端を上げて笑った。メローネの望む火種を起こしてくれるかもしれない期待を乗せた車だ。
「あれかな。新しく見つかった侯爵様の愛人の子供ってのは」
「どこまで増えんだよ俺らの兄弟は」
「あれはあんたら誰かの『兄弟』?それともまた別の女?」
「俺ともホルマジオともペッシとも別の母親だ。前の夕食の時リゾットが言ってただろ」
「そうだっけ?まぁいいや、おもしろい奴ならなんでも」
死んだ侯爵はかなりのプレイボーイだったらしい。爵位をもつなら女遊びはやりたい放題だが、結婚してる身でこれほど別の女たちとの間に子供をもうけてるのは珍しい。しかも母親が誰であろうと、自分の子供である限りは館で保護せよという遺言を残している。嫌でもリゾットは増えつづける兄弟たちを集め館に住まわせなければならない。
「今日の夕食はひさびさに全員が集まるぜ、プロシュート」
「ホルマジオもか?」
「新しい子を迎えに行って、ここまで連れてくる約束だ。あの車、またホルマジオのやつ新車買ったんだな。ただの料理人のくせに金回りいいみたいじゃねーか」
「ミラノじゃ売れっ子だ。おめーは知らねーだろうけどな」
横に並んで、停車した車から降りてくる人影を眺めるプロシュートの横顔に向け、メローネはいやがらせに煙草の煙を吹きかける。
退屈はごめんだ。



ギアッチョには生まれつき父親がいなかったから、半年前に母親が死んだあと、黒服の連中がボロアパートにやってきて、あなたの父親である侯爵様の遺言であなたをファミリーにお迎えすると告げられた時も、何言ってんだ俺に父親はいねえと当然のように言い放った。
父親?しかも侯爵様だァ?ふざけんな、昔々のおとぎ話じゃあねーんだ。そんな都合のいい話あるわけねーだろ。誘拐か?誘拐して人身売買でもしようってのか?ゆっとくが俺の家はここだ、家賃は半年先までかーちゃんが払ってくれてる、かーちゃんが俺に残してくれた唯一のモンなんだ、何人たりとも俺をこの家から連れ出せはしねーぞ。
大声でわめき散らすと、ならば半年後に再びお迎えにあがると黒服たちはあっさり去っていった。侯爵家の家紋が彫られた時計を置いて。
なんのこっちゃと夢でも見た気分だったギアッチョだったが、まさかなと思いつつ、その時計をもって母親の兄の元を尋ねると、あっけなく言うのだった。おめーの父親はまさしく、その家紋の侯爵様だ、と。
そして半年後、本当に迎えは来た。ちょうどアパートの契約が切れる日だった。
「よォ~~兄弟!会えて嬉しいぜェ!」
「うおっ!?」
扉を開けたとたん、見知らぬ男に抱きつかれて、ギアッチョは反射的に全力で抵抗した。引きはがすと、男は短い髪にラインを刈り込み、耳には三連ピアス、ヘソを出したパンクなファッションだった。
ほら、やっぱりだまされた!この男はギャングかなんかで、俺の命をいただきにきたに決まってる!
「馬鹿言ってんじゃねーぜ、俺はただのパティシエだっつーの」
「パティシエだと!?その顔で!?余計に信用ならねぇ!!」
「オイオイオイオイオイ、こりゃとんだ活きのいい弟ができちまったもんだなァ?」
プロシュートみてぇだと笑う男は、ひどく人好きのする雰囲気があって、たしかに悪い人間じゃなさそうだった。
「荷物はどれだ?車に乗せな。長旅になるぜ」
アパートの前に停まっていたのはアルファロメオのスポーツワゴンだ。ギアッチョは思わず目を輝かせた。小さい頃から車が大好きで、とくに国産車はギアッチョの憧れだ。
アルファロメオのシートに揺られながら、運転席に座る男は道中、いろんなことをギアッチョに教えた。男の名はホルマジオという。ギアッチョと同じく、侯爵の子供だそうだ。つまりギアッチョの兄ということになる。ただし、母親はちがう。本妻の子でもない。
「そうゆう奴が、オメー以外に俺を含めて3人いる。プロシュートとペッシと俺。みんな母親はちがう。おもしろいぐらい全員似てねーから、俺らみんな母親似なんだなァきっと」
たしかにギアッチョも母親似だ。天使みたいなくるくるパーマなんかはまさに。
「兄弟の中じゃあ、俺は2番目、プロシュートが3番目だ。プロシュートは過激なヤツだが面倒見はいい、後から来たペッシのこともなんだかんだ言いながら結局面倒見てやってたからな。オメーもかわいがられるだろうよ。ペッシは6番目で、オメーみたいに侯爵の子供ってことがわかって引き取られてきた。来たばっかの頃はビクビクして情けねー野郎だったが、プロシュートに鍛えられてだいぶしっかりとはしてきたな。この二人はオメーの味方になってくれる。安心していいぜ」
「味方?俺の敵もいるっつーのか?」
「まあなァ~~~そのへんは複雑でよォ~」
ホルマジオがニヤリとした笑みを運転席から寄越してくる。
「さっき言った連中はみんな私生児で、俺ら兄弟にはもちろん本妻の子供たちもいる。リゾットとメローネとイルーゾォ。リゾットは長兄だ。侯爵の正式な後継者。つまり今の館のあるじってわけだな。基本的に館の中じゃあリゾットが『法律』だ、長兄の決定に逆らえば兄弟といえど処罰される」
「はァ~?兄貴から処罰を受けるってなんだよ。変じゃねーか」
「そう、変なんだよ、貴族ってのはな。俺は貴族体質には合わなかったからよォ、館を出て菓子職人やってんだ。基本的に未成年は館に住んでスクールに通わなきゃなんねーが、成人したら自由にしていいってことになってる。オメーいくつだ?」
「15」
「そうか、じゃあペッシより上だな。オメーが兄弟の6番目になる。上からいくと、リゾットは24、俺は23、プロシュートが19、メローネとイルーゾォが17、でオメーがいて、ペッシが12だ」
「ん?メローネとイルーゾォってやつは、どっちも本妻の子なんだろ?」
「ああ、奴らは双子。まぁ驚くほど似てねーけど。金髪がメローネで、黒髪がイルーゾォだ。イルーゾォは他人に興味ねーから無害だが、メローネはなァ~~クセの強い奴だから、気をつけたほうがいいかもしんねぇな。ま、本妻の子供のくせに俺ら私生児ともつるむから、敵ってわけでもねーんだが」
いっぺんにいろんな情報が入ってきて、ギアッチョは頭をかかえた。いきなり自分に兄弟が6人も増えるってだけで、じゅうぶん混乱する。
今まで一人っ子で、母親と二人っきりでやってきた。そんな自分が、本妻の子やら愛人の子やら、おおぜい入り交じった中で暮らしていけるだろうか?侯爵の息子として?つーか俺が貴族?まずそこがぜんぜんしっくりこない。まぁ、こいつみたいな例もあるか…と、鼻歌まじりのホルマジオを見る。
「とにかくよォ、俺以外に兄弟が6人いて、3人が本妻の子、3人が愛人の子ってこったな?いちばん上がリゾットってやつで、こいつの言うことには逆らっちゃいけなくて、えーっとォ!?プロシュートとペッシって野郎は味方で?メローネってやつは敵でも味方でもねえ?」
「よくできました」
「あ~~~ややこしいッ!クソッ!もうこれ以上兄弟は増えねーんだろうなァァ~!?」
「混乱させて悪ぃが、じつはもう二人いた」
「あと二人!?もう覚える気にもなんねーが、一応聞いといてやるぜ!」
「素直だなぁおまえ。その調子ならリゾットとも仲良くやれるぜ。さっきリゾットが長兄っつったが、その上にソルベとジェラートってのがいたんだ。面倒なことに二人とも私生児だ。どう面倒かはなんとなく察しろよ。とにかく面倒なふたりは面倒なことを起こして消えた。あいつらのことがあったから、リゾットも俺ら私生児には厳しく対処するけど、奴らはもういないし、侯爵家の名前も継いでない、だからいまはリゾットが長兄」
「じゃあさっきの俺の理解で合ってるってことだな!?」
「そうだな。思考はシンプルなほうがいい。おめーは館でもうまくやってけそうだなァ~~正直ほっとしたぜ」
ギアッチョの大好きなアルファロメオは広大な平野を抜け森の中を突っ切る。風を飛ばし、ようやく緑が切れた先に、だだっ広い庭園と噴水、複雑な文様をえがく鉄の扉、そしてもっともっと先に鎮座する、白亜の城館。
正門とおぼしき門扉のまえで、車を降りたホルマジオは、あらためてギアッチョに向かい合った。
「ここが俺らの館だ。ようこそ!歓迎するぜ、兄弟」



「ペッシ」
声をかけた背中は、おおげさなほどビクッと震えた。それから素早くこっちに体ごと振り向いて、軍隊の敬礼でもしそうな勢いで姿勢を正した。まるで教師に見つかった生徒だ。
「あ、リゾット!いや、別に変なことしようってんじゃあなくて…」
「誰もそんなこと言ってねぇ。イルーゾォに用だったんだろ?」
「そ、そう!そう!本を借りてて、イルーゾォに…返そうと、おもって、それで…」
ペッシの両手には本が何冊か抱えられている。それでイルーゾォの部屋の前に立っていたのか。リゾットがペッシの姿を見つけたとき、ペッシが背をかがめてドアノブの鍵穴をのぞき込むというやたら怪しい行動をとっていたから、声をかけただけだが、ペッシはペッシで、リゾットに咎められると思ったらしい。顔にはおもいきり殴らないでくださいお願いしますと書いてある。
実際リゾットがペッシに手を上げたことは一度しかない。ペッシがこの館にやって来たばかりの時に、一度だけだ。それに比べ、プロシュートの方がよっぽどペッシを殴る蹴るのボッコボコにしているというのに、ペッシはプロシュートになついている。やはり同じ私生児同士のほうが、境遇が近いからなつきやすいんだろうか。
なんにせよペッシはリゾットを恐れている。ペッシ自身はそれほどリゾットから罰を受けたことがあるわけじゃないが、おそらくプロシュートの姿を見ているからだ。兄貴と慕うプロシュートがしょっちゅう懲罰房に放り込まれていたら、そりゃあ怖くもなるだろう。たとえそれがプロシュート自身の素行に問題があるからだとしても。
リゾットは姿勢を正したままのペッシをよけて、扉を二度ノックした。中から返事はない。
「イルーゾォはいないのか?」
「いると、思うんだけど…気配はあるんだ。でも、出てきれくれないみたい…」
「そうか。俺はいまから新しい弟を迎えにいく。イルーゾォに夕食の席には出ろと言っておいてくれ」
「あ、そうか!今日だったっけ!」
とたんにペッシは明るい顔をする。そう、今日やってくる『新しい弟』はまたもや私生児だ。どこぞの愛人との間にできた子。これで今いる兄弟じゃあ本妻の子より愛人との子の方が多くなる。
(いったい何人兄弟を作ってくれたんだ、親父…)
新しい弟はやはりプロシュートになつくだろうか。そうなるとなかなか厄介かもしれない。私生児同士が結託するとロクなことがないことを、リゾットは知っている。ソルベとジェラートの一件で嫌というほど思い知らされた。
だから私生児たちがつながりを深めるのを、つねに警戒している。これでもリゾットは兄弟たちを守ろうとしているのだった。リゾットなりのやり方で。兄弟の誰もが、そんなこと、微塵も感じちゃいないだろうが。
玄関に向かうため、庭に面した長い廊下を歩いていると、すぐそばの大きな窓の外、空から何かが降っているのが見えた。細かな粒子のようなそれは、一見汚れた雪のようだ。
バン!
勢いよく窓を開け放って、見上げると、屋上の手すりから身を乗り出すメローネと目が合った。その手に握られたガラスの器から降り注ぐのは、煙草の灰。メローネはリゾットを見下ろしマスク越しに目を細めた。そのとなりには、プロシュートの金髪が見える。それはとても不穏で、美しい光景だった。

理性あるひと all


 ギアッチョとイルーゾォが宅配ピッツァのチラシを眺めながらあーだこーだしゃべっていると、ホルマジオが外から戻ってきた。
「よォ。ピッツァ頼むんだけどよォ~おめーも食うか?」
「ついでに奢ってくれたら助かる」
 いつもならオイオイオイおめーらなァと調子を合わせてくるはずが、ホルマジオはふたりを一瞥し重苦しいため息を吐いて、
「いらねぇ。金がたりねーならリゾットに言って前借りしろ」
 そのままシャワールームへと消えていった。
 思わずギアッチョとイルーゾォは顔を合わせる。
「なんか機嫌悪くねェーかアイツ」
「腹でも減ってんじゃねーの」
 チームの良心と称されるホルマジオにだって機嫌の悪い日はある。任務で捕えた女を拷問して殺した日なんかはとくに。拷問という行為自体に嫌悪や罪悪感はなくとも、女を殺すのは気持ちのいいもんじゃない。
 ホルマジオがシャワールームの扉を開けると、脱衣所でメローネが髪を乾かしているところだった。
「Chao。シャワー使うのか?」
「ああ」
 頭をがしがしと拭ったタオルの合間から片目をのぞかせ、メローネはホルマジオを見て、すぐに口元を歪めた。その笑い方は邪悪だ。意地悪で、それに笑っててもどこか冷めてる。
「ひでー顔してやがる。女でも殺したかよ。あんたすぐ顔にでるなぁ」
「余計な口叩いてねーでさっさと出ろや。察しの通り俺ァ気分悪くてなァ~~」
 ホルマジオがメローネのむき出しの肩をぐいと押しのけると、メローネはその手を荒く払って洗面台の上におかれたマスクに腕を伸ばした。全裸のくせにまずマスクから身につけるとはますます変態らしさが増す。
「女のひとりやふたり殺したぐらいで、なにセンチメンタル気取ってる。くだらねーな」
「やかましいぞオメーはやく失せろ」
「拷問の任務が嫌なわけじゃあねーよなぁ?あんたのあのくだらねー能力が役立つ唯一の機会なんだからな」
 ホルマジオは我慢強い男だがキレたら容赦は一切しない。
 シャワールームで盛大な破壊音が響いたので野次馬根性でギアッチョが覗いてみると、ホルマジオが服を脱ぎながら「シャワー入んだから出てけよ」と言ってカーテンをシャッと引いたところだった。脱衣所には脱ぎ捨てられた服と靴と、コップやらドライヤーやらが落下して床に散乱している。
「なァーに荒れてやがんだホルマジオのやつ」
「つーかメローネは?さっきシャワー入ってくるっつってなかったか?」
 洗面台の鏡の中からイルーゾォが顔を出す。そんなことすっかり忘れていたギアッチョだったが、たしかにメローネの姿が見当たらない。しかもメローネの服は脱衣所のカゴに放り置かれたままだ。
「あのヤローまた服着ねぇでそのへんウロウロしてんじゃあねーか?次俺のベッドで全裸で転がってやがったらマジで顔面ブチ割ってやるぜ……」
 結局ギアッチョはイルーゾォと途中で帰ってきたペッシも道連れに宅配ピッツァを注文し、シャワーから出てきたホルマジオがやはり機嫌の悪いまま自室に引っ込んだ頃、寝起きのプロシュートが上のフロアから降りてきた。
「うぇ……なんの匂いだ…」
「チェレスティーナのピッツァ。やらねーぞ、俺らの分しかねぇからな」
「いらねぇよ、匂いだけで吐きそうだ」
 二日酔いらしく乱れた髪をかきあげながら、プロシュートはマルガリータを囲むギアッチョらに適当に手を振って洗面所へ向かう。
 なぜか脱衣所がやけに散らかっている。いつものことだ。顔を洗いたくて洗顔クリームを探したが、日頃は洗面台の上にシェービングクリームといっしょに並んでるのに他の缶や瓶もろとも見当たらない。
 プロシュートは舌打ちひとつ、寝てる間にむちゃくちゃになった髪を乱暴にほどいて、蛇口をおもいきりひねった。勢いよく流れる水に頭から突っ込み、そのまま顔をばしゃばしゃと洗う。
 うつむいて目をつむったまま、タオルを取ろうと手を伸ばしたが、いつもの場所にあのやわらかい感触はない。床に落ちたか?仕方なく目を開けて、額からしたたる水滴をぬぐいながら屈みこむと、洗面台の下に洗顔クリームが転がっていた。
 遅ぇよ…。もうひとつ舌打ちをくりだして、でもせっかく見つかったんだからと缶を拾いあげ、平たいフタをくるくる回すと、白いクリームの中からなぜかミニサイズのメローネが頭を出した。
「ブハッ!助かった、もうちょっとで窒息するとこだった!」
「何してやがるんだオメーはよォ」
 指の関節ひとつ分ぐらいしかないメローネは、頭から先っちょまでクリームまみれで、そのうえ服を着ていない。全裸だ。なのにマスクはつけている。変態かこいつは。
「ホルマジオの野郎だよ。あいつ至近距離でリトルフィート出してきやがって、おまけにこの中に閉じ込められた。マジに死んじまうかとおもったぜ…」
「何言ってあいつを怒らせたのかしらねーが、自業自得だ」
 それよりもこのクリームはもう使えない。全裸のメローネが浸かっていたと思うとゾッとする。すでにクリームの成分がなにか妙なものに化学変化してそうだ。
 俺のせいじゃないアイツが勝手に機嫌悪かったんだとメローネは文句を垂れているが、どっちにしろメローネを元のサイズに戻せるのはホルマジオだけだ。いいから謝ってこいと洗面所からつまみだすが、服を着てないと騒ぎだした。
「いつも裸でウロウロしてるくせに今更なんだっつーんだよ」
「馬鹿かアンタ、こんなちっこい体で裸のままいてみろよ、菌やウイルスに侵されやすいし、そうでなくてもホコリが体にまとわりついて気持ち悪い」
「もういっぺん言ってやろうか?自業自得だ。くだらねーこと言ってねぇでさっさとホルマジオんとこ行ってこい」
 結局洗面台に置いてあったギアッチョのメガネふきをマントのように羽織り、メローネは上階へと向かっていった。あの格好見られたら今度はホワイトアルバムに殺されるんじゃないだろうか。
 それにしてもホルマジオがスタンドまで出すとはたしかに珍しい。お得意の頭突きを繰り出してくることはよくあるが、基本スタンドをチームの連中には向けない奴だ。ちなみにスタンドをチーム内の喧嘩で使うのはプロシュート、リゾット、ギアッチョである。
 妙な好奇心を刺激されて、プロシュートも上階へ向かった。階段の途中でえらく苦労しながら段差をのぼろうとしているミニメローネを一応回収してやる。
「あんたは俺を見捨てないとおもってた!」
「俺はホルマジオに加勢するぜ」
 プロシュートの手の中でミニメローネが中指を立てる。握り潰してやろうかと思ったが、手のひらに体液やなんやかやが付くのはごめんだ。グレイトフルデッドを出せばこんな小さい体など、0.3秒で道端の枯れ枝より無惨な姿になる。そんなことを分かっていてなお自分の気に入らないものには中指を立てるのがメローネだ。そうとう賢い馬鹿だ。
 ホルマジオの部屋の扉の前でリゾットと鉢合わせた。
 リゾットの目線はすぐプロシュートの手の中へ向けられる。
「なんだそれは」
「ひどい言いぐさだなァ…話すと長いワケがあるんだよ」
「この馬鹿がホルマジオを怒らせたらしい」
「なるほど。話すと長いワケだな」
 リゾットからの嫌味を食らってメローネはさすがに黙ってしまう。
 多少は反省したのかとおもったが甘かった。リゾットがノックして、扉を開けたホルマジオに、プロシュートの手の中にいるメローネはファックサインを突きつけた。やっぱり馬鹿だ。

幸せになったあと r.p.h.m


 キッチンの換気扇の下でお茶と紫煙をたのしむ会を催していたら、リゾットが階段を降りてきた。
「コーヒーか」
「いや。スコティッシュブレンドのティー」
「あんたもいるかァ?」
「いや、いい」
「おめーカフェインばっかとってねぇでたまには他のモンも飲めよ」
 煙を吐きながら視線を寄越してくるプロシュートに、リゾットも皮肉をこめて見返す。
「おまえこそ少しニコチンとアルコール摂取を慎んだらどうだ」
「ああ?我慢したとこでなんかいいことあんのか」
「ない。だから俺も我慢せずコーヒーを飲む」
 コーヒーメーカーに手を伸ばすと、床にしゃがんでいたメローネが少し体を避けてくれる。その横でシンクにもたれかかって立つプロシュートと、壁に寄りかかっているホルマジオ。全員が片手に湯気のたつマグカップと煙草をたずさえている。
「…なんかの集まりか?」
 インスタントコーヒーの缶のフタを回しながら聞くと、足下のメローネが見上げてくる。
「煙草とティータイムを楽しもうの会」
「英国紳士っぽいだろ?」
 イヒヒと笑うホルマジオに、プロシュートが「どこがだ」と冷めた目を向ける。
「会費は?」
「ない。煙草は実費。茶葉はその時々で誰かが見繕ってくるんだ」
「良心的な会合だな」
「ホルマジオはよく茶葉を買ってきてくれるけど当たり外れがある。プロシュートは味にうるさい」
「こいつは買ってこねぇくせにもっとうるさい」
「そーだぜェ、苦いだの臭いだの文句多すぎだオメーは。ひとがせっかく選び抜いて買ってきたっつーのによォ」
「しょうがねぇだろ、この中じゃあ俺が一番薄給なんだ」
 メローネは煙を吐いて口をとがらしている。紅茶の湯気と煙草とで、キッチンの景色が白く靄がかって見えた。古いフランス映画みたいだ。それよりリゾットとしてはメローネの発言にツッコミを入れないわけにはいかない。
「経験年数で給料の差はないぞ。純然たる歩合制だ」
「歩合制ってよォ~まさかヤッた人数とかじゃあねーよなァ?」
「だとしたらプロシュートに勝てるわけない。不公平ー」
「スタンド使うたびに毎回関係ねー女犠牲にしてるやつが何言ってる」
 コーヒーメーカーに水をそそぐと、コポコポ音が鳴る。抽出されたコーヒーが雫となって落ち、ガラス容器に溜まっていくさまを見るのが、リゾットは好きだ。ほっとかれたらすべてドリップしきるまで見てていられる気がする。
「毎回殺すわけじゃあないぜ。双子の姉妹を母親に選んだ時、『ベイビィフェイス』はどっちが自分の母親か見分けられなかった。一卵性で遺伝子情報がまったく同一だったんだ」
「殺さなかったのかァ?」
「片方殺して片方生かした。いい『ベイビィ』だったからな、同じ遺伝子なら同じ『ベイビィ』が生まれるはずだと思ったんだ」
「結果は」
「ブー。それが全然ダメ。変だと思わねーか?遺伝子上は同じはずなのに、同じ『ベイビィ』には育たなかった」
「育て方が悪かったんじゃあねーの。おめーは教育者には向いてねぇ」
「そうだぜェ〜やっぱ教育論ならプロシュート先生に聞けってな。こいつのアメとムチの使い分け、マジ神がかってるからなァ」
「ふゥーン。俺は育てられるならリゾットがいいな。放し飼いしてくれそうだ」
 いきなり話の矛先を向けられて、リゾットはドリップするコーヒーの雫から目を上げた。白く濁ったキッチンに座り込むメローネ、シンクにもたれかかるプロシュート、換気扇の下のホルマジオが、それぞれリゾットを見ている。
「リーダーが『親』ねェ〜〜…まぁ、『父親』には向いてそーだな」
「放し飼いっつーかこいつ自身が犬属性だろ」
「強いし頼りになるし、プロシュートほどうるさくないし、ホルマジオほどオッサン臭くないし。…イテェッ!!」
 一言多いメローネは、プロシュートに頭をスパンとはたかれて、ついでに蹴りも一発食らう。これ以上ない自業自得だ。
「蹴らなくてもいいだろ!頭はたいたんだから!」
「そっちは俺の分。で、蹴りはホルマジオの分」
「ヒュ〜♪さっすがプロ兄ィ」
「リゾット、この暴君をなんとかしてくれ」
「俺がおまえの『父親』なら、」
 見上げてくるメローネを見下ろして、リゾットは肩をすくめる。
「こうゆう場面じゃあ手助けしない。そのかわり本当にヤバイ場面になったら、全力で助けてやる。世界中を敵に回してもな。そうゆうもんだろ、『父親』ってのは」

サタンの婚礼 r.p.i


 リゾットは黒が好きだ。とくにグランドピアノや高級車なんかの光沢のある黒。硬質で、それでいて絹のようななめらかさ。セクシーだと思う。
 それはそうとして、リゾットは今、とてつもなく眠かった。あまり普段から睡眠時間は多くないが、それにしたってここ何日かの徹夜続きは効いた。これが仕事のせいならまだ言い訳のしようも愚痴の吐きようもあるが、趣味にいそしんだ結果なので誰にも聞いてもらえそうにない。
「それで結局ホルマジオの奴のデートの護衛をさせられちまったってわけだ。とんだ残業だったぜ。ペッシの買ってきたフレッシュバーガーがなけりゃグレイトフルデッドが暴走してたな」
「ペッシがいてくれてなによりだ」
「どうした?」
「なにがだ?」
「まるで眠そうだが」
 リゾットは半分落ちかけていたまぶたを強引にこじ開けて、斜め前でローテーブルに腰かけているプロシュートを見上げた。それからソファに沈ませた体をもっと沈ませる勢いで、息を吐く。
「ああ、お察しのとおり眠い。眠くて死にそうだ」
「のんきな死因だな」
 リゾットが眠気と戦ってることを察知しながら、こんな夜中におしゃべりを続けるプロシュートも悪人だが、ひととの会話中に眠気を一切隠さないリゾットもなかなか悪人だ。
「あんたがそんな眠そうにしてるのもめずらしいから思わず観察したくなった。悪かったな。ホットワインでも飲んで寝ろよ」
 ポケットに手を突っ込んだまま腰をあげたプロシュートがそのまま颯爽と去っていこうとするものだから、リゾットは思わず引き止めた。己の眠気も忘れて。
「まて。仕事の話じゃなかったのか?」
「なんかまずかったか?」
「いや…いや、それならいい」
「なんだ?何が言いてえ?言いたいことがあるなら今言え。次はねーかもしんねえぞ」
「……」
 プロシュートのきつい物言いはいつものことだが、リゾットにはややシリアスに響いた。しばし間をおいて、もう一度プロシュートの顔を見上げる。
「聞いてくれるか」
「ああ、いいぜ」


 その時イルーゾォは鏡の世界で新作ホラームービーのDVDを鑑賞していたので、しばらくはその異音に気づかなかった。
 映画DVDを鏡の中で見るようになったのは、外の世界で見てると次から次へと邪魔が入るせいだ。とくにスプラッタ系の場合、ギアッチョは気色悪いだのゲロ以下だだのギャーギャーうるさいし、メローネはここの特殊効果はこうなってるとかこの女優の二の腕サイコウとかやっぱりうるさい。
 今はみんな寝てるか出かけてるかで不在だから、鏡の中に引きこもる必要もないが、もはや習慣化している。悲しい習慣ではあるが、イルーゾォ自身は気にしちゃいない。
 ヒロインの女優がベッドに入って寝ようとする静かなシーンで、イルーゾォはその音にようやく気づいた。
 最初は映画のBGMかとおもった。が、それにしては妙に尖った音色だ。いや、音色と呼んでいいものか。なにか悪魔を呼ぶ儀式とか始まってそうな、頭を割る音の羅列だ。
「………」
 音を追い、鏡の中を移動して、イルーゾォはその光景を見つけた。
「…なにをやってるか聞いてもいいか」
「いたのか、イルーゾォ」
 顔をあげたプロシュートはごくいつもの調子で、鏡の中のイルーゾォを見た。なぜそんな平然とした顔をしてられるのかイルーゾォには心底謎だ。
「起こしてしまったか。悪かったな。そんな大きな音はだしてないつもりだったが」
「いや……それはいいんだけどよ、あんた、それ」
 イルーゾォが指さすと、リゾットは両手にもった二本のバチを掲げてみせた。
「作った」
「メタリカでか!?」
「さすがにバチは作れなかったがな。こっちはお手製だ」
 そう言ってバチで指し示すその手元には、長さのちがう平たい鉄の板が鍵盤状に並んでいる。イルーゾォはそれをスクールの音楽祭で見たことがあった。つまり、鉄琴だ。
「楽器づくりにハマっていてな」
「あんた時々興味の向きどころがわけわかんねぇな…」
「この鉄琴は上手につくれた方だろ。処女作はこれらしいぜ」
 プロシュートがかたわらに転がっていたものを手に持つ。妙にねじれた鉄の棒だ。
「トライアングルか?」
「よくわかったな。俺は最初なんか新しい武器かとおもったぜ」
 プロシュートが万年筆でそのトライアングルらしきものを打つと、耳をつんざく不快音が鳴った。イルーゾォは思わす両耳をおさえてのけぞった。
「じゅうぶん武器としての効力あるぜ、それ」
「楽器というのは繊細だな。ちょっとでも曲がったり鉄の分量がちがうと、いい音が鳴ってくれない。鉄琴も、なかなか音階がそろわないんだ。鉄板の長さの調整がむずかしくてな」
 リゾットの振りかざしたバチが鉄琴に叩き込まれ、再び悪魔を召喚する呪いの演奏がはじまった。
 長く聞かされたら黒魔術でも使えるようになりそうな演奏会だったが、酔っぱらって帰宅したホルマジオによって終演を余儀なくされた。ホルマジオが不快音に泡ふいて倒れたからだ。

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