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世界最後の日 all


「あれ?」
 パチ、パチと何度スイッチを押してみても廊下の電気がつかない。イルーゾォは舌打ちひとつ、暗いままの廊下を突き進んだ。
 広いリビングフロアに続く扉を開けると、中も暗いままだ。冬の日の朝。暖房のためにカーテンを引いてるから余計に暗い。
 朝といっても11時過ぎだから、もう昼前といってもいい時間帯だ。たいがいこの時間には誰かいるものだが、めずらしく誰も来ていないらしい。ほとんど住み込んでる状態のリゾットとメローネも、まだ寝ているか、外出してるのだろうか。
 イルーゾォはリビングを突っ切って、物置にしている部屋をのぞいた。替えの電球電灯類の買い置きがあるはずだが、ちょうど廊下用のやつを切らしている。
「…………」
 タイミングが良いのか悪いのか、イルーゾォの今日の仕事は夜中からだ。夕方に出るつもりだが、それまでは暇であることは認めざるえない。備品補充は気づいた奴がやること。この掟を破るとプロシュートに蹴り倒される。
 しばらく腕を組んで、受け入れたくない現状に思いを馳せていると、背後でリビングの光がつく気配がした。
「なにしてんだァ~?」
 振り向くと、いかにも起きたてといった感じのギアッチョが、頭をかきながら立っている。
「いたのか。気づかなかった。寝てた?」
「あーソファでな。明け方ぐらいに仕事が終わってよォ~戻ってきてそのまま寝ちまった。おめーは?いつ来てたんだ?」
「ついさっき。ギアッチョ、悪ィが……車出せるか?」
「あぁ~?なんでだぁ?」
 寝起き特有のかすれた声で、ギアッチョが悪態をつくが、別に彼は機嫌が悪いというわけじゃない。だいたいがこんな調子だ。イルーゾォはこのチームに来て以来の付き合いだから、そんなことぐらいよく知っている。
「廊下の電灯が切れてんだよ。買い置きもねぇし、電気屋まで乗せてってくれると助かるんだが」
「ふゥ~~ン…いいぜ別に。そのかわりバールに寄るの付き合えよ。腹が減ってしょうがねえ」
「おー」
 顔を洗ってくると言ってギアッチョは洗面所へ向かった。イルーゾォは財布の中を確認してから、もう一度廊下のスイッチを押してみる。やはり電灯はつかない。玄関先だけがやたらに暗い。



 電話はたしかにメローネからかかってきたはずだ。けれど電話口の声は酩酊状態で聞き取れたもんじゃない。
「ああ?なんだって?」
『だからぁ~~いるんだけど、もうそこなんだけどさぁ、どこだっけぇ~?家、まえに鍵、あれだったろ、あれいいよなぁ……もう無理かもーー無理無理ぜったい通り過ぎた!』
「俺んちか?近くに来てるって?この酔っぱらいが」
 奇跡的に聞き取れた部分だけで状況を把握する。プロシュートは道路側のカーテンを開けて窓辺から外をうかがった。こっちに背中を向けてぶらぶら歩いてる、アシンメトリーの金髪が見える。
「そっちじゃねーだろ、回れ右しろ。モスグレーの壁の建物だ。いや、もういいからそこにいろ」
 電話で指示するのをあきらめ、プロシュートは一旦携帯をサイドテーブルに置いてクローゼットにコートを取りに向かった。一瞬とはいえ、シャツ一枚で外に出るのはさすがに寒い。
 しかし予想を裏切ってその間に、酔っぱらいは目的の玄関に到達したらしかった。
 ブー!と呼び鈴が鳴る。
 玄関の覗き穴をのぞくと、すぐ間近に金髪の丸っこい頭が見える。扉にもたれかかってるらしい。
「おい」
 扉を開けるとメローネがべったりもたれかかってくる。手足もぐにゃぐにゃで、支えてやらないと立ってられない程らしい。
「おい、重いぞ。立て」
「…………」
「メローネ?」
「………かあさんが汚いって、『気持ち悪い』って…ぼくのこと……」
「なに?」
 うなだれるメローネの顔をのぞきこんで、プロシュートは息を吐いた。酒じゃない。ドラッグだ。
「何やったんだ。コークか」
「………」
 会話をするのはあきらめて、プロシュートはメローネを引きずって部屋の中に入れ、そのままベッドに転がした。服を着たままだが寝苦しければ自分で脱ぐだろう。プロシュート自身はソファーに毛布を持ってきてそこで寝た。元から仮眠ぐらいのつもりだったから別に支障はない。



「どこだかわからねえ薄暗い中を、何かに追いかけられて、必死で走るんだが、どこまで行っても終わりがなくてよォォ〜〜けっきょくフッとあきらめた時に、いつも目が覚める……終わりが怖いというより、終わりがねえのが怖ぇんだな。終わりがねえんじゃねえかって思ってる。いつも」
「…なんに対してだ?」
 リゾットが向かいの席に座るホルマジオに目を向けると、ホルマジオは体を伸ばして窓際の灰皿に煙草の吸い殻を落とすところだった。ボロボロと黒いカスが積もる。
「なんにっつうか、生活全般じゃねーかな?暮らしてくこととか、日々とか、仕事とか、いろいろ?」
「意外だな」
「そうか?まぁ俺は悩みなんかなさそーってよくゆわれるしなぁ〜」
「そうゆうんじゃねぇが。日常について後ろ向きに感じることがあるのが意外だ」
「普段は考えねぇんだがな、そんなこと。悪い夢見だったときは、どうしてもよォ」
 6人席のコンパートメントは2人分の紫煙でやや曇っている。透明ガラスで仕切られてるから余計だ。時折通路を車内販売の店員がカートを引いて通るぐらいで、列車内に人の気配は薄い。
 あと数時間で今年が終わり、新年が明ける。車窓から見渡す街は華やかなイルミネーションに彩られ、新年へのカウントダウンとともに花火も打ち上げられるだろう。
「人間ってのは擦り切れちまうからな…気づかねえうちに、ギリギリのラインに立ってる。酒や煙草やドラッグで一時的に逃げれたとしても、終わりのねえことへの恐怖は消せるもんじゃあない」
 ホルマジオは煙草ケースを叩いて新しい煙草をくわえる。ライターを擦るが、なかなか火がつかない。
 リゾットが自分のライターを差し出して火を灯した。ホルマジオはくわえた煙草の先を寄せる。火種がうつって、体を離し一息吸ってから、グラッツェ、と笑う。
「俺はよぉ、わりと平凡な夢をみてえんだ」
「たとえば?」
「笑うなよ?」
 うん、とうなずいたのにホルマジオは「ほんとだな?ほんとにだな?」と繰り返し確認してくる。あんまりにも念を押してくるから、おもしろくなってきてしまって、リゾットは煙草をもった手で口元を隠した。笑ってしまってる自覚があったからだ。
「おめー笑ってんじゃねーかよスデに」
「いや……悪い」
「あ、あと他の連中にも言うなよ?ギアッチョとかプロシュートとかよォ…メローネも確実に鼻で笑いそうだからな」
 言えば言うほど妙に期待値が上がってしまって笑えてくるのだが。ようやくホルマジオは気を取り直して話す気になったらしく、咳払いをひとつ。
「家に帰ったら…いやその前からだな。車をガレージに入れたら、家から光が漏れててよォ、俺が玄関を開けたら、キッチンから声が聞こえて、たっぷりといい匂いのする廊下を歩いていけば、キッチンから出てきた女からキスとハグでお出迎えだ……おい。リゾット」
「続けてくれ。俺にかまうな」
「おいッ!顔上げていえよせめてッ!肩震えてんだよこの野郎ッ!」
 ホルマジオが足でリゾットの座る座席をゲシゲシと蹴りつけてくる。
「悪い。馬鹿にしてるんじゃねえんだ。ただちょっと…笑えて」
「それが馬鹿にしてるっつぅーんだろォーがよォ、ええ?」
 口を尖らせてホルマジオはそっぽを向きながら紫煙を吐く。片手で顔を覆ってうつむいていたリゾットが復活する頃にようやく、ホルマジオは灰を落として言葉を継いだ。
「やっぱりよォ、経験ないと余計に憧れるっつぅか。俺んちはいつも真っ暗だったからな。光がついてると、安心するだろ?単純に…ただ、そうゆうことだ」
 列車の、ガタンガタンと揺れる音。時々行き交う人の気配。車窓の向こうに広がる、夜の景色。ハッピーの詰まった光の世界。
 バタバタと聞き覚えのある足音が近づいてきて、コンパートメントの扉が開いた。顔をのぞかせたのはペッシだ。
「予定通り、あと10分で着きやすぜ。ターゲットが動き出したみてえだ」
「おっし、じゃあ行くかぁ」
「『ビーチボーイ』は仕掛けたか?」
「うん、緊急停止ボタンに」
 ホルマジオとリゾットが立ち上がると、ペッシは不思議そうな表情で2人の顔を眺めた。
「なんかあったのかい?」
「うん?いいや、なんでもねェーよ」
「仕事が終わったら話してやる」
「おいリゾット」
 見ればリゾットの肩はまだ震えている。思い出し笑いか。おめーは幸せな奴だな仕事前だっつぅーのによォ!とホルマジオがリゾットの背中を叩くと、喧嘩はしねぇでくだせえよとペッシがとんちんかんなことを言う。
 コイツにぐらいは教えてやってもいいかもしれない。なんせもうすぐ21世紀が始まるのだ。あと数時間で西暦2000年は終わる。新しい年には新しい夢を見たい。

幸運のめぐる星 m.f(護衛と暗殺)


「クソッ!今日はツイてねぇ…」
 スロットに拳をガンッ!と叩きつけてミスタは立ち上がった。調子がよかったのは最初だけで、コインはすでに手元に一枚たりとも残ってない。
 毒づきながら台を離れかけたところで、すぐ横に男が立っているのに気づいた。
「これ、あんたのじゃねえの?」
「おおッ!?」
 男が差し出してきたのは一枚のコインだ。ミスタは思わず飛びついていた。
「そこに転がってたぜ」
「おおッ、俺のだ!ありがとな!助かったぜェ~~さっき最後の一枚終わっちまったとこだったんだ。これで勝てば今日の飲み代が稼げる!」
「おーよかったな。幸運を」
 男に笑顔で手を振って、ミスタは渡されたコインを意気揚々とスロットに投入した。正直本当に自分のコインかどうかは知らないが、せっかく舞い降りたチャンスを逃すわけにはいかない。
 スタートレバーを押すと絵柄が回転を始める。3列のリールが回るのを睨みつけながら、ミスタは祈りに似た切実な思いを込めて、そっと一番左側の停止ボタンに指をそえた。
(今日は本当ならさっきので終わってたはずだ…それが知らねえやつに知らねえコインを渡された時点で、俺にツキが回ってきた…このコインと一緒にツキがやってきたんだ。勝つ、必ず勝つ。絶対に勝つッ!!)




 カジノの一画にあるバールで男の姿を見つけて、ミスタは大声をあげ手を振りながら近づいた。
「おーい!あんた!さっきの!」
「ん?」
 赤い坊主頭の男が振り向いて、ああ、という顔をする。
「スロットどうだった?」
「あの一枚で大勝ち!あんたのおかげだ!まじで助かったぜ、一杯奢らせてくれよ」
「ヒュー〜そいつぁ景気いいね」
 上機嫌で口笛を吹き、男はカウンターのとなりの席をミスタにあけてくれる。ミスタは遠慮なく腰かけながら、バーテンダーに声をかける。
「グラッパをたのむ。あんたは?」
「ああ、じゃあ俺も同じのを」
 バーテンダーがうなずくのを横目に、ミスタは改めて男のほうに体を向け、手を差し出した。
「グイードだ」
「おう。マウロだ」
「よろしくゥ〜」
 握手を交わすうちに、バーテンダーがグラッパのグラスを2つ差し出してきた。受け取って、1つをマウロに手渡す。
「ありがたくいただくぜ」
「もちろん。あんたのおかげで飲める酒だからな」
 互いにニヤリと笑って一気にあおる。度数の高いアルコールがのどに心地よく滑っていく。
「くぅーッ!勝って飲む酒はうめェな!」
「おごってもらう酒もうまいぜェ~まさしくさっきの一杯で引き上げるとこだったんだ。手持ちがないもんでなァ〜」
「お互いに救世主になったってわけだな」
「まったくだ」
 もう一度乾杯して、グラスをあおる。それからすぐさま、ミスタは自分の分とマウロの分をもう一杯注文した。
「悪ぃな」
「遠慮すんなって。なんせあの一枚で赤7揃いのビッグボーナス突入だぜ。やっぱりツキが回ってきてたんだ。あんたは?勝ったのか?」
「勝ってたらもっと景気よく飲んでるんだがなァ~今日はダメだ。あんたに譲っちまったなァ」
 言ってることは皮肉だが、マウロの顔に暗いものはまったくない。どうにも気持ちのいい男だ。見た目はいかついのに、表情の明るさは近所の兄ちゃんみたいな親しさがある。
 しばらく会話と酒を楽しんでいると、カジノのVIPルームに続く扉が開いて慌ただしく数人のスーツ姿の男が出てきた。その中に見知った顔を見つけ、ミスタは腰を浮かす。
「おい、レオ!何かあったか?」
「ああ、あんたブチャラティんとこの」
 カジノの副支配人のレオは中年太りした巨体を揺らしながらミスタの方に足を向けてくる。
 顔面を蒼白にしたレオは、バーテンダーに「水を」と声をかけてから、ミスタに低い声で話しかける。
「ロベルトが誘拐された」
「なんだって?」
 ロベルトはこのカジノの支配人だ。オーナーには表社会に顔のきく金融業の男がついているが、ロベルトは元々ギャングで実質カジノを仕切っている。ミスタの属する『パッショーネ』はこのロベルトという男から収入の一部を上納させている。
「今夜は定例の幹部会議だったんだが、ロベルトだけが姿を見せなかった。警備員に様子を見に行かせたら、部屋はもぬけのからだと」
「誘拐されたって根拠は?」
「執務机の床に血がついてた。少量だが…それに、暴れたみたいで机の上の書類が散乱していた。ペンのインクも床に落ちていたし…」
「確かに妙だな。わかった、ブチャラティに連絡してみよう」
「たのむ」
 レオは渡された水を一気に飲み干して、部下たちを引き連れカジノの人混みにまぎれていった。
 ミスタはすぐさま携帯でブチャラティに電話をかけたが、何度コールしても出ない。仕方なく一度電話を切った。いつものチームの溜まり場に行ってみるしかない。
「仕事か?」
 マウロは、さっきと変わらない様子でグラスを傾け、笑っている。
「ああ…ここのカジノ、俺の上司のシマだからな。トラブルがあれば世話してやんなくちゃあなんねーんだ」
「へえ……ブチャラティっていやぁこのへん仕切ってるギャングだな。あんたもその一味か」
「まーな」
 しゃべりながら携帯でブチャラティへのメールを打っていたミスタは、ふと顔をあげた。横にいるマウロは、やはり笑みを浮かべたままグラッパを飲み干している。
「あんた、さっきのコイン…」
「ん?なんだ?」
「……いや、なんでもねえ」
 悪いが俺はこれで、とミスタが立ち上がると、マウロはグラスを軽くあげて返した。
「おごってくれて助かった」
「ああ、こっちこそ。じゃあまたな」
「Chao」
 ミスタがカジノを出て道路でタクシーを捕まえようとしていた時に、ちょうどブチャラティから電話が返ってきた。レオの話を一通り伝えると、ブチャラティに、今からそっちに向かうからお前はそこにいろと指示される。




 ホルマジオが鏡をコンコンと叩くと、便所の光景を映していた鏡面に、ひとりの男の姿が現れる。
「よぉ。どんな様子だ?」
「ロベルトは予定通りこれから会議に向かうところらしい。警備がミーティングルームに集中するから今はザルになってる。行くか?」
「おう。たのむぜぇ~」
 イルーゾォが「ホルマジオを許可する」と呟くと、ホルマジオの体はするりと鏡の中に入り込む。それからイルーゾォに先導され、左右反転した便所から出てカジノの広間を通り抜け、VIPルームへ向かう。
 ロベルトの執務室につくと、イルーゾォは部屋のすみを指差した。
「鏡台がある。あそこから出たらいい」
「了解ーっと。じゃあまたあとでな」
 手を軽くあげ、ホルマジオは鏡台の鏡から『外の世界』へ出た。誰かに電話しているロベルトの後ろ姿が目の前にある。
 そこからの行動は手慣れたものだった。
「リトルフィートッ!」
 ホルマジオのスタンドがロベルトに飛びかかると同時、ロベルトの肩から鮮血が散った。リトルフィートに切り裂かれたロベルトは、狼狽しながら、どんどん小さくなっていく。暴れるロベルトの腕が机上のインクつぼを倒す。
 すっかり小さくなってしまったロベルトを指先でつまんで、瓶の中に閉じ込める。フタを閉じた時、カランと音がした。見ると、床に一枚のコインが落ちている。
「…こいつが落としたのか?」
 拾い上げてみるがごく普通のコインだ。なぜこんなものをロベルトがわざわざ持っていたのか。 
 ホルマジオが鏡台の前に立つと、鏡面に再びイルーゾォが現れる。瓶詰めにしたロベルトを渡したあと、なぜか妙な顔をされた。
「あんたカジノでギャンブルやってたのか?」
「あ?なんで?」
 イルーゾォが無言で指差す先には、ホルマジオの手におさまったコインがある。
「ああ、落ちてたから拾っただけだ。これでも仕事はマジメにこなすって評判なんだぜェ~ホルマジオさんはよォ~〜」
「そうかよ」
 適当な返事を寄越すとともにイルーゾォは瓶を持って鏡の向こうへ引っ込んだ。
 これでホルマジオの任務は完了した。下調べはイルーゾォがしてくれていたし、思った以上にラクな仕事だった。せっかくカジノに来てるんだし、久々に打っていきたいところだが、あいにく手持ちの資金がない。
「コレ使って一発当てるかァ〜?」
 床に落ちていたコインを指でピンと跳ね上げ掴む。執務室を抜け、廊下を歩きながら、コインを指の間に通したりして手遊ぶ。ホルマジオの特技のひとつはコインマジックだ。プロとは言わないが飲み屋で女の子に喜ばれるレベルには十分達している。メローネにコイン消失マジックを教えたのもホルマジオだ。
「でもなんとなく縁起悪ィよなぁ〜…やっぱギャンブルは自分の金でやらねえとよォ」
 コインを握りしめた拳をポケットに突っ込み、カジノのホールに出る。あちこちのテーブルで老若男女が笑い合い騙し合っている。




 カウンターに座る赤い坊主頭にデジャビュを覚える。だがミスタはそこにマウロがいることを知っていた。もし姿を見せたら俺に連絡をくれと、バーテンダーに頼んでいたからだ。
「マウロ」
 肩越しに振り向いた男は、ミスタを見て少し目を見開いた。
「グイード」
「よォ〜〜横いいか?」
 もちろんとうなずくマウロの隣の席に腰を下ろす。バーテンダーに酒を注文してからマウロの方に向くと、煙草を揺らしながらマウロは人好きのする笑みを口元に刻んでいた。
「奇遇じゃあねーか、またスロット打ちに来たのか?」
「それがよォ、あんまりギャンブルで金を擦るなって注意されててよ…残念ながら今日は遊べそうにねぇーんだよ」
「注意って例の上司にか?」
「ああ。俺はガキの使いじゃねーんだぜ?金の使い方ぐらい自分で決めるっつぅーのォ〜」
「わかるぜェー俺んとこも金遣いに口うるせー奴がいやがるんだ。ま、薄給だからしょおがねぇけどよ」
「で、打たずに酒だけ飲んでるのか?」
「ここにいるだけで空気は味わえるからな。たしかに熱中してる連中見てるとよォ、ギャンブルって恐ろしいなーって思うしな」
 ミスタは笑いながらグラスを傾ける。バーから見渡せるカジノホールには、今日も多くの客であふれ返っている。
「客足は減ってねえみてえだな。支配人が替わったから経営に響かねーかと気になってたんだが」
「ロベルトは見つかんねぇままか」
「ああ。今は副支配人だったレオが代理してる。ロベルトは売上金を誤摩化してたみたいでよ、裏金作ってウチの組織に渡す金を少なくしてたんだ。だから組織としては、むしろロベルトがいなくなって利益になってる。…上からそう言われたらしいんだがな、ブチャラティは」
「へえ〜」
 マウロは変わらず笑みのままだ。唇から長く太く紫煙を吐く。
「ロベルトは、コインを偽造してたんだ。特殊な加工がしてあって、それを使えば必ずスロットで当たり目が出る仕組みになってる。それを顧客に使わせて、儲けた金のいくらかを横流しさせてた。結局はその結託していた客のひとりから、組織に情報のリークがあったってわけだ」
「なるほどね……それで、なんでそんな話を俺にするんだ?」
「この前あんたに渡されたあのコイン。あれはロベルトの偽造コインじゃあねーかと思ってる」
「そうなのか?」
 ミスタが体ごとマウロの方を向くと、マウロはおどけて肩をすくめて見せる。ミスタは、じっくりとマウロの目を見据えた。
「こっからは俺の推測だけどよォ……推測だから怒んないでくれよ?」
 見据えたまま、ニッと笑う。
「あんたはあの日、どうやってかわからねーがロベルトを誘拐して、そのとき偶然あのコインを手に入れた。でもあんたはあのコインの正体を知らなかった。だから俺に渡した。適当に、そのへんで拾ったとか言ってな。あんたは多分、ロベルトを誘拐することだけが仕事だったんだ。あんたは、あの野郎が何をやらかしたのかも知らない、コインのことも知らない。たぶんロベルトが誘拐されてその後どうなったのかも、知らない」
「おもしれぇ意見だなァ〜」
 マウロは喉で低く笑う。
「それで、おめーは俺を捕まえて『組織』にでも引き渡すとか?」
「いや、今言ったことは本当に推測でしかねぇ。証拠がなんにもねえからな。コインだって、俺が使っちまったから、もう確かめようがねぇ。…それに、結果的にロベルトは組織の裏切りモンだった。あんたは組織の敵じゃあねーし、むしろ組織に雇われたかなんかして、ロベルトを誘拐したと考えた方が筋が通る気がする」
「なかなか的を得た意見だなァ、感心したぜ」 
「ま、結局のところ俺がどうこうできる話じゃねえ…俺はケーサツじゃあねえし。それに、あんたのおかげでツキが回ってきたのは事実だからな」
 ミスタはカウンターに酒代を置いて、立ち上がった。最後にもう一度、マウロの顔を見る。
「妙な出会い方しちまったが、あんたはいけ好かねえ野郎じゃあねーし、また一緒に飲みながら、上司の愚痴の言い合いでもしてえと思ってるぜ。また会えるか?」
「そうだなァ〜〜おめーとは悪くねぇ縁みてえだからな。ツキが回ってんなら、また会うこともあるだろうよ」
 マウロが拳を突き出してきたので、ミスタも拳をゴツッと突き合わせた。それからミスタはもう振り返らなかった。あまりカジノに長居するとまたブチャラティに注意されそうだ。
 その後、ミスタがマウロと出会うことはなかった。カジノの付近に来ればあの赤い頭を探したが、そういう男が来たという話も聞かなかった。
 ロベルトの死体は、ミスタがマウロと会った最後の日に、ロベルトの執務室だった部屋で発見された。鏡台の下に無造作に転がされた手足のそばには、割れたガラス瓶が転がっていた。

おんなじ心だから g.m(護衛と暗殺)


 復讐はダサいが仕返しは娯楽だ。メローネという男はやられたらやられっぱなしで黙ってるような可愛い性格をしていない。
「べろべろに酔っぱらってたから、タクシーつかまえて帰ろうと思ったんだよ。タイミングよく駅前でタクシーを拾ったんだけど、飲んだあとだったからぜんぜん金もってなくて、家についたら金渡すから乗せてってくれってたのんだのに、現金がないなら話にならないっつって運転手は行っちまって、しかたなく家まで歩いた。何日かあと、また駅でその運転手の乗るタクシーを見かけた。そこで俺は報復行為にでた。そのタクシーの前に2、3台別のタクシーが並んでて、順番に運転手に声をかけて、『フェラしてやるからタダで乗せて?』って言った。みんな『失せろこのホモ野郎!』って言ってきた。で、最後に例の運転手んとこいって、家の住所を告げて俺はそのタクシーに乗り、他のタクシーの連中に笑顔で手を振ってやったのさ」
「…どうゆうことだソレ?」
理解しがたいという顔でペッシが小首をかしげる。その横でプロシュートはエスプレッソを傾けながら、メローネの話に注釈を入れてやった。
「他のタクシー運転手は、その運転手が男に喜んでフェラされるホモ野郎だと勘違いするってこった」
「うわァ~陰険」
「というより薄汚ねーよ。陰湿だ。ずるがしこいし執念深い。性格ワリィなテメー」
ギアッチョからの罵倒にも、メローネは涼しげな顔だ。
「目には目を、だろ。やられたらやり返すのが当然さ…やり返されたくなけりゃもっと利口になることだ」




夜風になぶられる髪をおさえながら、灯火に浮かび上がる駅舎を見るともなしに見る。この時間帯でも行き交う人の姿は絶えない。
「ああ、仕事は片付いた。予定通りだ。『ベイビィフェイス』の息子を回収して、そっちに戻る。じゃああとで」
携帯電話を切ると、メローネは寄りかかっていた塀から背中を離して、建物の陰に隠したバイクの元へ歩き出した。『ベイビィフェイス』の親機もバイクと一緒に隠してある。仕事は滞りなく完了した。あとは息子を回収してアジトへ戻るだけだ。
バイクを置いてある路地に入ろうとすると、路地の入り口を遮るように一台のタクシーがメローネの目の前に滑り込んできた。
邪魔だな、と避けようとしたとたん、メローネは気づいてしまった。
あたりは暗くて、運転席に乗る奴の顔は見えない。それでもわかった。これは例のタクシーだ。数日前に、仕返しをしてやった、あの。
思わず凝視するうちに、運転席のウインドウが静かに下ろされる。
「乗ってください。家まで送りします」
顔をのぞかせたのは、まちがいない、あの時の運転手だ。まだガキの面構えだが、妙に大人びた表情の少年。
メローネは口元を歪ませて笑った。
自分も執念深いタチだが、この少年もなかなかのモンらしい。
「あいにく、今日は自分の足で帰れるから結構だよ。他の客を探してくれ」
「…………」
少年が無言でただじっと目線を向けてくるのを無視して、メローネはタクシーを避け路地に入りかけた。
が、足はそれ以上進まなかった。
路地裏に立てかけておいたバイクがない。ついでに『ベイビィフェイス』の親機も。
「あんたはこのタクシーに乗らなくちゃあならない…さぁ乗ってください。同じことを二度言うのは嫌いなんだ。これ以上言わせないで」
背後から投げかけられる少年の声。メローネは肩越しに振り向く。その顔にもう笑みはない。冷然とした表情で運転席の少年を見返す。
「どこにやった。…いや、どうやって?」
「タクシーに乗るなら教えます。力ずくは本意じゃないんだ…あんたが自主的に乗ってくれると助かる」
「…………」
メローネが黙ったまま動かずにいるので、少年はさらに言葉を継いだ。苛立ちもせず、冷静に、諭すように。
「あんたは馬鹿な人間じゃない。あんな狡猾なやり方で仕返しをしてくるんだから。きっと頭が回るんだろう。それも、悪質な方向性で。それならあんたには分かるはずだ、僕の言う通りにしないと僕は絶対にあんたに何も教えないし、何も返さないってことが」
メローネはやはり黙ったまま、カツカツと石畳にブーツの音を響かせ、タクシーの後部座席の扉をバカッと開けた。クッションの悪いシートに体を滑り込ませると、同じぐらい勢いよくバンッ!と扉を閉める。
外界と遮断され、街の喧噪も遠くなった車内で、運転席の少年がギアをチェンジしアクセルを踏み込む音だけが聞こえる。エンジンの回転音とともに、タクシーは夜の路地を滑り出す。
運転席に座る少年の顔に対向車線のテールランプが走るのを見ながら、メローネは気だるげに口を開いた。
「それで?これからどうしようってんだ?憂さ晴らしに俺を殺してそのへんのドブ川に捨てるとか?」
「まさか…そこまでの手間をかけるほど、あんたに思い入れはない。僕はあんたを送り届ける。あんたは僕に運賃を支払う。それだけでいいんだ」
「あくまで合法に、金を巻き上げようってことか」
「やっぱりあんたは頭がいい。話が早くて助かります」
「どうも。悪知恵が働くって意味なら、あんたもなかなかのもんだよ…見込みがあるんじゃあねえかなァ」
「見込みとは?」
「ギャングの素質」
運転席の少年が、ルームミラー越しにチラとメローネを見る。
「あんた、ギャング?」
「さぁ…どう思う?」
「質問を質問で返さないでください。聞いてるのは僕だ」
「おまえはここまでの状況を思い通りに操って自分が優位に立ってるつもりかもしれないが、たとえば俺にはいまひとつのアイデアが頭に浮かんでる。このままこの車で送ってもらって、降りる時にあんたを車もろとも始末する。そうすりゃあ金を払うこともない、これ以上付きまとわれることもない……一番合理的かな」
メローネはウィンドウに肘をついて、窓向こうの夜景を眺めている。表情はやさしげでさえあった。まるで夕食のメニューでも考えるような口ぶりだ。
「バイクがどっかいっちまったのは困るけど。『アレ』はけっこう気に入ってたんだ。『仕事』する時にないと不便だから、返してもらえると助かるんだけど」
「その代わりに僕に命乞いをしろと?」
「『バイクを返すから命だけは助けてください』って?あんたがそうゆう素直さをもった人間なら、俺もメンドーなことをせずに済むんだがなァ…どうもそうは思えない」
「あなた、『仕事』はなんです」
「んー簡単に言うとクソみたいな仕事。でも気に入ってる」
信号が赤になって、タクシーは前方の車に後続し交差点でゆるやかに停車した。きっちりとした負担のない走り方から、少年の冷静で論理的な性格が見える。
少年はハンドブレーキをかけて、ハンドルに両腕をかけ前傾にもたれかかった。彼の、色の濃いブロンドの髪に、道路の赤や橙の光が映る。
「僕には、夢があって」
打ち明け話をするような、静かな声で。
「ギャングスターになることです。僕に昔、生きる道を教えてくれたのがギャングの男でした。それまでの僕は親さえ見向きもしないクズにひとしい存在だったけど、ギャングの男は僕をれっきとしたひとりの人間として接してくれた。クズだった僕を人間にしてくれたのは彼です。僕の生きる道はこれしかないと思った」
一度言葉を止め、少年は、車に乗り込んで以来初めて、きちんとメローネの方を振り向いた。
「僕はなんでこんな話を。あんたなんかに」
「知らねーよ…」
頬杖をついたまま返すと、少年は自分で納得するように少しうなずいて、また顔を前方の道路へ向け直した。ハンドブレーキを下ろし、アクセルを踏み込む。ゆっくりと、石畳の路面を走り出す。
「あんたがどういうキッカケで、そのクソみたいな仕事についたか、知らないけど、その仕事は少なくともあんたに生きる道を示してるんじゃあないか、と思ったんです。あんたはどうも、ちょっとばかし変わってて、会社で働いてそうでもないし工事現場にいそうでもない。うまく生きてく場所を見つけるのは、大変なんじゃあないかと感じます」
「変なやつって言うならおまえだって相当だぜ」
「その通りです。僕もずっと居場所がなかった。だからなんとなく分かります。居場所をもちにくいたぐいの人ってのが」
タクシーは大通りを外れてまた路地に入っていった。しばらく走って、昔ながらの建物が並ぶあたりで停まる。前回このタクシーに乗った時に、目的地に指定した場所だ。よく覚えてたな、とメローネは素直に感心する。
エンジンをかけたままハンドブレーキを上げて、少年はこっちを振り向いた。そうして手を差し出してくる。
「約束だからバイクはお返しします。あと妙な機械も」
「なんの冗談だ?」
少年の手に握られていたのは2本の薔薇だ。メローネは眉をひそめて問い返す。少年は大人っぽいしぐさで肩をすくめてみせた。
「うまく説明できないけど、赤い方が妙な機械、白い方がバイクです。あんたがタクシーを下りたら『元に戻す』。大丈夫、僕を信じて」
「おまえを信じられる要素なんて何一つないぜ」
「あんた、バイクの方は本当にどうだっていいんだろうけど、あの機械は必要なんでしょう。『仕事』するのに。あんたの仕返しはムカついたけど、『仕事』を邪魔するつもりはない…僕の『夢』にかけて約束します」
「そうかよ」
赤と白の薔薇を受け取りながら、メローネは馬鹿馬鹿しくなって笑みさえこぼれた。それは微笑みのように見えたかもしれない。メローネは黙ってさえいれば優男だったから誤解されることが度々あった。運転席の少年はぱちぱちと目を瞬かせた。
「あんたやっぱりヘンですね」
「よく言われる。じゃあな」
「待って」
「まだなんかあるのか?」
「代金払ってってください」
もはや言い返すのも面倒になって、メローネは相場より少し低めの金を渡した。少年は今までで一番あからさまに表情を曲げる。
「ケチだな…あんた働いてんでしょう」
「あいにく薄給でね。おまえが俺らのボスになったらぜひ給料をあげてくれ。みんな『仕事』に関しては優秀なのに、不遇なんだ」
「あんたは?『仕事』に関して優秀なのか?」
「それは自分の目で確かめな…」
そんな時がくるならば。メローネは扉をあけてタクシーを下りた。2本の薔薇を手に、タクシーが走り去るのを見届ける。
そのうち手の中の薔薇が震えるように胎動するのが伝わってきて、赤い方は手に持ったまま、白い方を地面に置いた。
もう目に見えてわかるほど、薔薇は震えながら姿を変えようとしている。メローネはいつからか、あの少年も自分と同じように『能力』をもつ者だと理解していた。理論じゃなく感覚で。それはつまり少年の言う「自分と似たたぐいの人間がなんとなくわかる」と同じことだった。たしかに少年とメローネはどこかで似ていて、通じ合ってる部分があるのかもしれない。ならばきっとこの巡り会いも必然なのだ。

うつくしい影 b.p(護衛と暗殺)


 慌ただしく店を出ていったミスタがシーフードピッツァを残していったので、ブチャラティは多少満腹ながらも2枚目のピッツァに手を伸ばしかけたところだった。
 ガシャアアンッ!!!
 店の入り口で派手な騒音、女の悲鳴。目をやると、頭からガラス窓に突っ込んでぶっ倒れる男と、それを囲む3人の男、膝まずく女。
「お願い、やめて!どうしたら許してくれるの!」
「だからよォォ~~~さっきから言ってんだろォ?金だよ金、金さえ払ってくれりゃあ見逃してやるっつってんじゃあねーか。こんな良心的な和解はないぜェ?なにが不満だっつぅーんだ」
「だから、金は明日に渡すって…!」
「オイオイオイ今日つったよなァ、俺は今日持ってこいって確かにゆったよなァ!?ええ?俺は待たされるのが何よりも嫌いなんだ。時間を守れねーやつは約束を守れねーやつだ。そんな馬鹿は死ね」
 ブチャラティはピッツァを皿に置きなおして、ため息を吐いた。こんな場面、このネアポリスじゃ日常茶飯事で、そのへんに掃いて捨てるほど転がってる。警察が腐りきってるこの街じゃ、身を守るには自分でなんとかするしかない。女と、ぶっ倒れてる男にはその力が足りなかっただけの話だ。
 店内の他の客たちは、黙ってその騒ぎを見てるか無関心かのどちらか。この街で生きていくには正しい判断だった。店員さえも息をのんでただオロオロするばかりだ。
 3人の男のひとりが拳銃を手に握ったあたりで、ブチャラティは立ち上がった。さっき立ち寄ったブティックに忘れ物をしたと取りにいったミスタが、もうそろそろ戻ってくる頃だろう。あの単純で直情的な男が事をややこしくする前に、片をつけたほうが良さそうだ。
「おい」
「ああ?」
 拳銃をもった男がブチャラティの方に振り向いた。まだ若いが肌も歯もボロボロだ。あきらかに麻薬常習者と知れる。
「こんなところでそんなもの振り回すな。派手なパフォーマンスで人目を引きたいんなら、大道芸人になって道ばたで玉乗りでもしておけ」
「ああ~~?なんだァオメーはよォ?」
 銃口をふらふら揺らしながら、男がいやらしく唇をゆがめる。笑顔のつもりらしい。
「あいにく俺はギャングでなァ、大道芸人なんて器用な真似はできそうにもねーや…ほら、銃の扱いもこの通り荒くてなァ?」
 銃口が、はっきりとブチャラティの顔面に向けられた。次の瞬間、『スティッキーフィンガーズ』の繰り出した拳が、男の顔面に叩き込まれる、はずだった。
 パンパンパンッ
 あまりに軽い発砲音と同時、男の体は横に吹っ飛んで、カフェのテーブルに突っ込み盛大に騒音を鳴らした。客たちは悲鳴をあげて逃げ出す。吹っ飛んだ男はもう立ち上がることはなく、頭に3つの赤黒い穴をあけてただ血をだくだくと流している。
(なに…!?)
 あたりを素早く見回したブチャラティの目に、一人の男の姿が飛び込んできた。
 男はまるで、芸術家の彫りだした彫像のように、超然としてそこに立っていた。スーツに包まれた体からしなやかに伸びる手に、拳銃が握られている。銃口から立ち上る硝煙が、今ギャングの男に撃ち込まれた銃弾はそこから放たれたものだと語っていた。
 異様な存在感をもつ男だった。ただその場にいるだけで目を奪ってしまう人種というのが、この世には希少ながら存在するのだ。まさにその象徴のような男だった。
 スーツの男は、ブチャラティに目もくれず、硬直している残り2人のギャングに歩み寄った。いや、歩み寄るなんて生易しいものじゃなく、2tトラックで轢き殺すぐらいの勢いだった。
「オメーらもギャングか」
「はぁ?え、ええ?」
「そいつは自分がギャングと言っていただろ。オメーらもギャングなのかと聞いてる」
 その言葉に、固まっていた男たちも自分の矜持を持ち直したようだ。突然勢いづいて叫び返した。
「そうだ!俺らは『パッショーネ』のモンだ!」
「知らねぇはずもねえだろう、『パッショーネ』の名を!テメエ俺たちの仲間にこんなことしやがって、ただじゃおかねえ、ブッ殺してやるッ!!!」
「なおさら虫酸が走るぜ。オイおめーらにひとつ教えてやる。ギャングってのはなぁ…」
 なんの前触れもなく、会話の続きのように自然に、スーツの男が引き金をひく。パンパンッ!威勢良く叫んでいたギャングのひとりが、脳天に穴を2つ開けて後ろ向きにひっくり返った。残りのひとりが声を上げる。
「『ブッ殺す』とかそうゆう言葉は使わねーんだ…ズブの素人が使う言葉なんだよそんなもんはな…俺には完了した行動についての言葉しか存在しない。『ブッ殺した』、だ」
 そして拳銃の銃口はすっと左に5センチずらされ、正確に残りのひとりに向けられた。その動作は優雅でさえあった。なにかの戯曲のようでもあった。それはスーツの男の端正な見た目と、あまりにも現実離れした光景のせいだろう。
 あとはもう、その銃口から銃弾が放たれ幕が引かれるのを待つばかりの筋書き。
「待てッ!」
 だがブチャラティはその演劇に割って入った。とたんにスーツの男が、ちらと視線を投げつけてくる。強く輝くグリーンだ。その瞳の宿す透徹した冷たさはどちらかというとロシアの血を思わせる。
「もう十分だろう。そいつを殺す必要があるか?」
「なにか勘違いしてるみてーだから言っておくが」
 スーツ姿の男は顔だけブチャラティに向けたまま、パンッ!最後の発砲音を響かせた。ギャングの残り一人が、頭に赤黒い穴をのぞかせてぶっ倒れた。
 とたんに止まっていた時間が戻ったように、悲鳴と叫び声が店内に充満した。
 我先にと扉を開け放って逃げ惑う人の群れの中、ブチャラティとスーツ姿の男だけが、向かい合って立っている。
 男は拳銃を背中のベルトに挟み込みながら、ブチャラティの顔を射抜くように見る。おそらく男にとっては、単に視線を投げかけてるだけだが、その瞳に宿る強すぎる光が、まるで暗闇をほと走る雷光のような印象を突きつける。
「俺はおめーを助けたわけでも女を守ったわけでもない。これが『仕事』だからな……『仕事』を『片付けた』だけだ」




「ヘイヘイヘ~イ、ブチャラティ~また派手にやってんじゃあねーか」
 吹っ飛んだ男の死体で割れたガラス窓から、ミスタが店内に入り込んで来た。手には革の財布が握られている。どこにでも物を置いて忘れるのはミスタの悪い癖だ。物にあまり執着がないらしい。
 もろもろ破壊された店内で唯一突っ立っていたブチャラティは、くるりとミスタの方を向いて、かぶりを振る。
「俺がやったんじゃあない」
「へえ?じゃあギャング同士の抗争に巻き込まれたか?このくたばってる連中って『パッショーネ』の奴らじゃねーの?顔見たことあるぜ」
 ミスタが靴のつま先で死んだ男の頭を転がす。脳天を3発撃たれて死んだ男。なにひとつ無駄も残虐さも愉悦もなく、ただスーパーのレジ店員が商品のバーコードを読み取る無機質さで成された『仕事』。
「…俺もよくはわからない。こいつらが店内で暴れだして拳銃を手にした瞬間、止めに入ろうとした俺を無視して、別の男がこいつらを撃った。きっちり6発。リボルバーだ。一切の無駄なく殺した。おそらく口ぶりからして、その男もギャングだろう」
「どんな野郎だったんだ?」
「スーツ姿で、身なりはよかった。下っ端とかじゃあない。下っ端ならあんな殺しは無理だ。だが幹部にしては年若いし、俺も見たことのない奴だった。それに、こいつらを撃ったのを『仕事』と」
「ブチャラティ、そいつぁ……組織の『暗殺者』じゃねーか?」
 ブチャラティがミスタに視線をやると、ミスタはズボンのベルトに突っ込んだ愛用のリボルバーを取り出した。見るともなく、その周囲に弾丸に似た形のスタンドが姿を現す。『セックスピストルズ』。
「俺はあんたに導かれて組織に入団した時、暗殺専門のチームにってゆう話もあった。俺の能力はこれ以上なく『暗殺向き』だからな……直接は会わなかったが、『暗殺チーム』には10人弱のメンバーがいて、問答無用で人を殺すことだけを生業にしてるって聞いたぜ。ターゲットは組織の内外を問わずな」
「…こいつらは、組織の『粛清』か」
「確実なターゲットは、この3発撃たれてる男だったんだろうがな…一番最初に撃たれたんだろ?こいつ。あとの2人はオマケで殺されたのかもな…つるんでたんなら恨みやらをもたれるとメンドーだからな。一緒に片付けたんだろう」
 ミスタはスタンドを引っ込め、拳銃もしまった。「さっさとずらかろう、ケーサツが来ちまうぜ」とブチャラティを促す。
 ブチャラティはもう一度、殺された3人の男の死体を見やった。たった6発の銃弾。整えられたダークスーツ。雷光に似たグリーンの瞳。放たれた鋭い言葉。残像にしては、強烈すぎる。
「『暗殺』専門のチームか……そのチームにとっちゃあ、組織の中にも外にも敵しかいないんだろうな」
「因果な存在さ。重宝されるわけじゃあないし、いざとなったら切り捨てられる。ああゆう連中はロクな死に方できないだろうぜ。もちろんロクな生き方もな」
 それはそうだろう。ブチャラティも心底同意する。
 だがあのスーツ姿の男、あの男の、まっすぐ立った姿勢やなにがしかの誇りで仕立てあげられた身なり、それにこれ以上ない意志の強靭さをたたえた言葉と行動が、ブチャラティの目にはしっかりと焼き付けられている。あの男の残影を思い出すたび、少なくとも彼の生き方は彼自身の意志に満ちたものだったのだろうと思うのだ。たとえロクな死に方じゃなくても。ロクな生き方じゃなくても。

帰り道はもうない p.m


「いってぇ……」
「なんだ?老化か?」
 からかうプロシュートに向けてメローネは中指を立てた。言葉に出さないというだけでメローネの短気さはギアッチョといい勝負だ。
「ソファで寝ちまって、背中がディモールト痛い」
「みろ、やっぱり老化じゃあねーか。1つ、ソファで寝ると痛みがあるほど体が硬くなっちまってる、2つ、ベッドまで這っていく体力がなくなっちまってる、3つ、老化を認めない。立派なオッサンだな」
「あんたのが年は上だろって言いたいけどそう言い返したらそれもオッサンの条件に入れられそうだからやめとく」
「賢明だ」
 とはいっても彼らは互いに正確な年齢を知らない。なんとなくの感じだけ。それに彼らの世界じゃ、年齢よりも経験や実力が物を言う。
 冬の日の朝。イタリアの町並みはすっかり白い。雪はまだ降っていないが、道路には霜がおりて、街路樹も路駐の車も薄い白に包まれている。
 黒いコートの襟を立てて、プロシュートとメローネは並んで歩いていた。ブーツが石畳を叩く硬質な音の行き交う目抜き通り。両側にはバールや露店が並び、あたたかいエスプレッソを求める人たちであふれている。白い湯気が冬の透き通った空に立ちのぼる。
「年食ったっつーか、もう若くねえんだなって思ったのは認めるよ。プロシュートにもあるだろ、そうゆう瞬間」
「狭いベッドでのファックはもう考えられない時」
「うわぁすっごいわかる」
 しゃべるたびに吐く息が白くて、メローネはマフラーを口元まで引き上げた。こう寒いと本気で炎を使う能力者がチームにいればいいのになぁと思う。『ベイビィ・フェイス』の息子は人工物にしか擬態できない。暖炉にはなれても暖かみはない。
「ぜひ火を扱える能力者をチームに入れるべきだ。そう思わない?プロシュート。ギアッチョのやつはクビにして」
「で、また夏になったら火の能力者をクビにしてギアッチョをスカウトするか?」
「名案だろ?」
「名案だ。いますぐ火の能力者を探してこい」
「今この場にいる一般人全員順番に『矢』をブッ刺してまわってみるかァ〜」
「『矢』……?…ああ、ポルポのスタンドが持ってるとかゆうやつ」
 メローネはプロシュートの方を振り向いた。
「『矢』で発現したんじゃあないのか」
「気づいたらいた」
「なるほど…自然発生型ってやつか。ギアッチョといっしょだ」
 プロシュートは歩きながら煙草ケースを叩いて新しいのを一本くわえた。差し出すがメローネはいらないと手を振る。
「怒りとかの強烈な情動反応だったり、あるいは命の危険が迫ってる危機的状況で、防衛本能として能力が引っ張りだされるってのはたびたびあるらしいね。興味深いなぁ」
「おまえはポルポの『矢』にやられたのか」
「ああ。おもしろいことに能力のない奴だと、あの『矢』で死ぬんだぜ。ポルポの試験をいっしょに受けた奴がいたんだけど、そいつは死んじまって、俺は生き残った」
「なんで試験を受けたんだ?」
「なりゆきかな?ヤクの売人やってた奴が組織に入りたがってて、ついでにってかんじ。プロシュートは?」
「俺はもともとこの世界にいたからな。能力者になったのは半分リゾットのせいだ。…寒いな。どっか寄ろう」
「2ブロック行った先にたまに入るバールあるけど、空いてるかな」
「この時間帯はどうせどこもいっぱいだろ」
 人混みにまぎれて歩いていると、道路脇のウィンドウをコンコンと叩く音があった。メローネが目を向けると、ウィンドウの向こうでイルーゾォが手を挙げている。そういえばこの店はこいつの行きつけだったか。
「プロシュート」
「ん?」
 指し示すと、プロシュートもイルーゾォに気がついた。メローネはイルーゾォの方に向き直って、「店内空きある?」と声をかけるが、イルーゾォの方はハ?と眉をしかめるばかりだ。ウィンドウに阻まれて声が届かないらしい。
 メローネは霜の降りたウィンドウに文字を書きだした。てっきり『avete un tavolo libero?』(空いてる席ある?)とでも書くのかと思いきや、正解は『Fanculo!』まったく意味不明に罵られたイルーゾォは、思いっきり嫌悪をこめた顔をして、勢いよくそっぽを向くことで抵抗の意を示した。
「なんだよ。使えないやつだな」
「どっちかというとおまえがな」
 店はあきらめて2人はまた歩き出した。時間がたつにつれ人通りは多くなる。
「半分リゾットのせいってのは?」
「あーそのへんは話すと長くなるうえにややこしい。リゾットに聞け」
「えー?リゾットから聞き出すのって面倒なんだよなぁー誘導尋問にも引っかかんねえし」
 角を曲がると広場に出た。中央の噴水のまわりにハトが群がっている。年寄りがパンクズを撒いていた。
 広場を斜めに突っ切り、細い通りに入っていく。
「どうゆうこと聞き出してんだ?あいつから」
「んー貝類が嫌いだとか、パズルゲームが得意だとか、10代のころギャング狩りやってたとか」
「ギャング狩り?」
「恨みがあったらしいぜ。『メタリカ』で無差別に殺してたんだって。能力を身につけたばっかの頃って、みんなそんなだろ?どんなことができるか試したい。『メタリカ』みたいな強力なヤツならなおさら」
「それがなんでギャングやってんだ。そんな派手に殺してたんなら、パッショーネにも目をつけられただろ」
「そ、目をつけられたさ。だから今は組織にいる」
「なるほどな……手に負えないなら味方にしちまえってことか」
「組織が俺たちみたいな能力者をチームにまとめてるのも同じことだ。いざという時まとめて始末できるように…スタンド使いってのは殺すのも面倒だからなぁ〜」
 通りを進んで次の四つ辻を曲がれば、彼らのチームの溜まり場がある。帰り道はもうない。恨みでギャングを殺していた少年は今もギャングを殺している。帰り道はもうないのだ。

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