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名前のない息子


 断っておくがこれは罪の告白じゃあない。俺の脳にははじめから罪悪という機能が損なわれているからだ。

ハニーブロンドの痩せっぽっちの女と、真っ黒い髪のガキ。俺と母親はいまどき保安官が幅を利かすような田舎の町に住んでいた。
俺の真っ黒くて真っすぐの髪はマリア・カラスみたいだっていつも母親が言っていたけど、俺は母親のやわらかくカールしたブロンドがうらやましかった。俺の黒くて艶のしみこんだ直毛はすべてを撥ねつける邪悪みたいだ。

せめてマリア・カラスのように歌を歌えればよかった。
歌になれば、どんな悲劇も惨たらしい愛も、美しく着飾ることができたのに。

俺の運命が呪われているのはこの黒髪のせいだと知った。
母親は白に近い黄金の髪。カールしたやわらかい毛先。
俺にこの黒い遺伝子を負わせたのは、ハニーブロンドの母親をレイプした男だ。頭のおかしい野郎で、町の連中はいつかあいつは罪を犯すんじゃないかって思ってたような奴。気の狂った殺人鬼。母をレイプしたあと、4人の女を監禁して殺したらしい。
母親は俺に、おまえの父親はおまえが赤んぼうの頃に病死したんだって教えてたけど、スクールの先生が言ってたんだ。
俺の父親はケイサツに射殺されたんだって。

こんな田舎の小さな町で起きた事件だ。町の大人たちはみんな知ってた。俺が殺人鬼の息子だってことを。
何も知らないまま母親のやさしい嘘につかまっていればよかったのだろうけど、俺はもう知ってしまった。目覚めてしまった。元よりこの体に流れる殺人鬼の血と遺伝子が、この髪みたいに絡みついて俺をあっちの世界へ引っ張っていったんだ。

やがて母親が気持ち悪くて仕方がないという思いに俺は満たされた。
レイプされた上に孕まされて、産まれたのは呪われた息子。母親の胎内にいる時から殺人の罪を負った息子。それを愚かにも産み落とした放埒な女。
彼女に罪悪はないのか?

俺の殺人者の血を目覚めさせたのは彼女だ。臍帯を通じて俺に呪われた血と命を送り込んだ。それが目覚めのシグナル。彼女には負うべき責任があった。

女が俺にもたれかかる。上半身がずるりと落ちて、丸められた手が血を広げながら俺の肌を滑る。
殺人者の息子の最初の殺人は、産んだ母親であるべきだ。
それは儀式に似ている。彼女を殺してようやく息子は「人」になれる。本当の意味での「生」を手にする。
俺は生きたい。

女の、血にまみれた手が宙をさまよう。閉じられたまぶたの中、瞳は明るいターコイズだった。それだけが臍帯から俺に送り込まれた彼女の贈り物。
女の手は俺を探している。細い息にくちびるを震わせながら。
カイン…どこなの…なにも見えないわ…カイン…
見下ろす俺の髪からは薬品の匂いが漂っていた。まっすぐな黒髪は脱色剤で痛んだ金髪に染め上がっている。
「カインは死んだよ。人類最初の肉親殺し。たった今」

聖書に由来するその名は彼女自身の運命を示唆していたのだろうか。
息子は永遠に神に愛されないだろう。姿を偽り、顔を隠して。息子は罪を重ねるだろう。罪を罪と知らず、悪を悪と知っていてもなお。
薬品を使ったところで黒い髪は生きてる限り息子にまとわりつき続ける。ざわざわと身の内にひそむ虫みたいに湧き続ける。
黒い血をまといながら、息子はやがて自分自身を殺すだろう。
それが最後の殺人になると信じているから。

理屈は不要 r.m


 両手で握り込んだ銃身の重みを感じながら、パンッ!パンッ! 1発、2発。続けて3発目。イタリア製の拳銃ベレッタの9mmオートマチック。銃弾を撃つたびに銃上部のスライドが勢いよく後退する。その衝撃を腕に感じながら、メローネは続けて引き金を絞った。4発、5発、6発。
 弾倉を撃ち尽くし、防音用のイアーマフを外してから、手元のスイッチを押す。15m先にぶら下がっていた可動式の的が、機械音とともに目の前に近づいてくる。
「…………」
 メローネは半眼でその紙を眺めた。紙の的には黒い人影と、上半身の真ん中を中心に同心円が描かれている。
 銃弾は見事に、肩やら耳やらを撃ち抜き、絶妙に致命傷を外していた。いっそわざとかというほどに。
(まぁ……的に当たっただけ上々)
 プロシュートがいたら確実に馬鹿にされただろうが、今日は一緒に来ていない。ラッキーだ。
 しかしこの『パッショーネ』が管轄する、街中のバーの地下に作られた射撃場に入るには、メローネ一人では不可能である。表向きメローネは『パッショーネ』の人間と認められていないからだが、『パッショーネ』に属していなくても会員になれば、ゲストを連れて入ることができる。
 会員になるほどここに出入りしてるのは、プロシュートと、もうひとり。
「わざとか?」
「…なにが」
 メローネのとなりのボックスで同じく射撃訓練をしていたリゾットが、手元をのぞきこんでくる。指で、メローネが撃ち抜いた的の穴を指す。
「左半身ばかり命中している。こめかみの横、耳、頬、首の横、肩。こいつが右利きで右手に銃をもち、人質を左腕でホールドして人質のこめかみに銃口を当ててる場合、全弾人質の急所に直撃している。確実に人質は死んでるな」
「俺を過大評価してるのか?それとも遠回しに馬鹿にしてる?それか根っからのノー天気野郎?」
 リゾットは顔を引っ込めてとなりのブースで銃を構えなおした。リゾットが使うのはS&W357マグナム。リボルバー式の強烈な破壊力を誇る拳銃だ。シリンダに装填されたマグナム弾は6発。
 ドンッ!
 1発目。その反動の衝撃はベレッタの比じゃない。手首と肘に重い負担がかかる。それをリゾットは淡々と連射する。2発、3発。ターゲットの人型をぶち抜く黒い穴。4発、5発、6発。
 撃ち終わった拳銃を置いて、リゾットはイヤーマフを外す。となりから覗き込んだメローネは、目の前まで釣られて来た人型の的に、ほぼひとつの穴しか開いていないのを見る。
「すっごい」
 額ど真ん中に幾重にも重なって開いた穴。1発目がそこをブチ抜き、あとの5発すべてがその穴を通過したというわけだ。
 目を保護するためのプロテクターをポケットに突っ込み、リゾットは通路端の階段をあがりはじめる。
「もうやめんの、リゾット」
「ラウンジにいる。おまえはもうちょっと撃ってろ」
「りょ〜かぁ〜〜〜い」
 やる気のない間延びした返事を背に、リゾットは鉄階段をのぼりきってドアを開ける。
 射撃の受付兼バーのバックルームになっているラウンジには、男が2人。どちらもパッショーネの者だ。相手はリゾットがパッショーネだとは知らないが。
 壁に貼られたライブイベントやファッションショーの告知広告をなんとなく眺めながら、新しい煙草ケースのシールをくるくる剥がしていると、唐突にバーの裏通りにつながる扉が開いた、というよりは蹴り開けられた。かなり勢いよく。
 踏み込んできたのは目を血走らせた中年の男だ。酒が入ってるようだが顔は怒りに燃えている。
 蹴り開けられた扉のすぐそばに立っていたリゾットは、男と思いきり目があった。次の瞬間、男が震える右手に握っていた銃口をこめかみに突きつけられる。
「てめえパッショーネのモンか!!」
「……いや」
 そういうことになっているのでリゾットは極めて冷静に首を振った。他に部屋にいた店員の男2人も、椅子を蹴り立ち上がって乱入男に向け銃をかまえる。
「何してやがんだオメー銃を捨てろッ!」
「俺の女はパッショーネの連中に殺されたッ!むちゃくちゃに殴られて犯されてゴミみてぇに捨てられてなァ!オメーらの仕業なんだろうッ!ここがパッショーネの息のかかった店ってのは知ってるんだよ!全員、同じようにしてブッ殺してやるッ!!」
「…………」
 テンションの高いやりとりを続ける男と店員たちを横目に、銃口を突きつけられたままリゾットは、スタンドを使おうと意識を集中しかけていた。その時。
 気づいてしまった。さっきリゾットが上がってきた階段、地下の射撃場から続く扉。銃を突きつけ店員たちと叫び合う男からは死角になるそこで、片膝立ちのメローネが、拳銃をかまえている。
 銃口はこちらに向けられていた。つまり、リゾットに銃を突きつける男を狙って。
 瞬間、リゾットの脳裏に、さっきのメローネが撃った人型のターゲットが浮かぶ。
 ことごとく中心を外れ、でも『横に人質がいたのなら確実に人質を仕留めている』銃痕。
(撃つな、メローネ!)
 本来、乱入男に対して発動させるつもりだった『メタリカ』が思わずメローネに向くほどに、メローネの銃の腕前は致命的だった。
 けれどリゾットの祈りむなしくメローネはベレッタの引き金を引いた。
 バンッ!
 こっちに向けて飛来する銃弾を、リゾットは空中分解できないかと本気で考えた。できたところで散弾になって余計逃げられないのだが、すでにそんな判断能力はない。
「あがッ!?」
 しかしリゾットの予想に反して、銃弾はリゾットの真横の男の頬を貫いた。
 バンッ!バンッ!
 続けて発射された銃弾もすべてリゾットを外し、男の脳天、顔面を、ブチ抜く。
 男は衝撃のまま横倒しに崩れ落ちた。口と顔面から血を流し、絶命している。
 店員のギャングたちが駆け寄って来て、男の握っていた銃を取り上げ死んだかどうかを確かめているのを避けながら、リゾットはメローネの方を見やった。
「よく撃てたな」
「フン、見直した?」
 メローネは立ち上がって、片手に銃をぶらぶらさせながらニヤリと笑う。
「どうやって狙ったんだ?」
「簡単さ。リゾットを狙って撃った。そしたらそいつに当たった」
「…………」
 リゾットは思わず天を仰いだ。そこには薄汚れたバーの天井しかなかったが。
 メローネがスタンド使いで本当によかった。銃はもう握らせないでおくべきだ。

祝福のアリア f.p.i


 ホルマジオは女にモテることは一通りこなす。つまり料理がうまいし歌もうまい。エスコートも上手だしサプライズの演出も得意だ。元から器用なのと、あとは努力のたまものだとか。
「誕生日なんか忘れたフリして、なにくわぬ顔で女を迎えるんだ。女はとうぜん機嫌が悪くなる。そこでサプライズ。電気をつけたらテーブルには手作りのディナーを並べておいて、驚く彼女へ愛の歌を歌いながら、ちょっとした手品でドルチェからプレゼントを取り出す。女は言う。ああ、最高だわ!あなた以上の男なんて知らない、ってなァ〜〜」
「ずいぶん安上がりな女じゃねえか」
 プロシュートの言葉にホルマジオはその通りと笑う。
「安くあげんのも重要なことだ。祝ってやんのはその一人だけじゃあねーんだからな」
「あんたの一番尊敬できるとこは器用さよりそのマメさだな」
 プロシュートのとなりで両肘を立てて頬杖つくイルーゾォは、まぶたを半分落として呟く。ホルマジオの主義主張は基本イルーゾォとだいぶ遠いところにある。
「あ〜あ〜あ〜辛気くせえなぁオメーら!歌ぐらい歌うだろォ〜?ふつうよォ」
「女にか?」
「女に」
「歌わねえ」
「わかったオメーは歌ってもんを知らねえんだなイルーゾォ…同情するぜ……プロシュート、オメーはわかるだろ?」
「アリアとかオペラとかしか知らねーからな。歌いはしねえよ」
「歌えばいいじゃねーか。アリアにオペラ!最高だね」
 言いながら誰作曲のどの歌とかひとつも挙げないということは、ホルマジオはそっちの分野には疎いらしい。どうせ知りもしねーんだろうと思いながらもプロシュートは何も言わず紅茶を傾けた。先日の、煙草とティータイムを楽しむ会の残りの茶葉だ。
 イルーゾォはすでに紅茶を飲み終わっている。だから少し眠たげだった。2人に食後のティーを提供したのはホルマジオだ。というか、昼と夕方の間というこの中途半端な時間帯に、わざわざ彼ら2人のために食事を作ってやったのもホルマジオだ。ちょうどいい、新しいレシピ試してぇからオメーら食って査定しろ、とのことだった。
 手間かけてまで男に飯を食わせてやるのは馬鹿らしいが、女に食わせてやる前に試食を行うのもまた、ホルマジオのマメさを表している。
 だから、なんだかんだ言いながら、プロシュートもイルーゾォもおとなしくテーブルについたまま、ホルマジオの『モテる男の談義』に付き合っている。世の中ギブアンドテイク。飯を与えられ、時間を奪われる。
「それで?オメーら、飯のほうはどうだった?」
「うまかった」
「そんなこたァわかってんだよォ〜俺がつくったんだからな。もっとここはこうしたら的なコメントはねぇーのか。はい次イルーゾォ」
「しょっぱい」
「オイオイオイオイなんなんだオメーら。字数制限でもされてんのか?5文字以内で答えろとか?もっと言葉を駆使して伝えてくれ!たのむから!」
「そもそもこの偏食のかたまりに飯の評価させんのがまちがっちゃいねーか」
「うるせーあんただって酒と煙草かっ食らってばっかだろ」
「こうゆうのは好き嫌いが激しい奴のがいいんだよ。食いしん坊のほうが料理は上手ってな。オメーらはとくに味覚がバカってゆうか信用できねぇから、極論として意見を聞きてえんだ」
「喧嘩売られてるとしか思えねぇ」
 紅茶のカップをソーサーに叩きつけるように下ろしたプロシュートの横で、イルーゾォは思わず鏡の中に逃げ込む体勢をとった。プロシュートのスタンドが発現したら0.2秒でこの場を脱出しなければならない。
 一気に緊張感の高まった空気を払うようにホルマジオがパンッ!と両手を叩く。それから場違いなほど陽気に笑えば、もうペースはホルマジオのものだ。
「まーそうツンケンすんなって。甘いモンがたりてねぇみてーだな?」
 一度キッチンに姿を消し、ふたたび戻ってきたホルマジオは、お盆のうえにちょっとしたドルチェをのせてきた。ひとくち大のクッキーは粉糖をふりかけた簡単なものだが、ミラノ伝統のリキュールで風味付けされていて、十分に香り高い。
「まさか中から指輪が出てきたりしねーだろうな」
「んなもったいねぇことするかよ」
 イルーゾォの言葉を笑い飛ばしてから、ホルマジオは甘いものが足りてないらしいプロシュートに向けてクッキーののった皿を差し出した。
 そして不意に、歌いだす。
「…タンティ・アウグリー・アー・テ〜〜♪」
 ハッピーバースデーソング。
 女にほめられるという低い声で、ホルマジオは歌う。突然のことにプロシュートもイルーゾォも目を丸くした。
「タンティ・アウグリー・アー・プロシュート〜〜〜〜♪」
 メロディーにのせ、クッキーの皿をプロシュートの目の前に置く。
 プロシュートは目を細めてそれを見つめた。口元には微笑が浮かんでいる。
「…Grazie」
「誕生日なのか?今日?」
「いや別に」
 イルーゾォはついてた頬杖をガクッと崩してテーブルに突っ伏した。ホルマジオはひゃひゃひゃと笑っている。こうやってチームの年長組の連中は、ときどき彼らだけのよくわからないノリを発揮する。
「わかったか?これが女に対する作法だぜ、イルーゾォ」
「わかるわけがねェー…」
「うまいなコレ」
「オメーはほんとそれしか言わねーな!それでなんで黙ってても女が寄ってきやがるんだァ〜?見た目か?そんなに見た目がだいじか?俺も髪伸ばして後ろで3つ4つにくくってみるか?」

世界最後の日 all


「あれ?」
 パチ、パチと何度スイッチを押してみても廊下の電気がつかない。イルーゾォは舌打ちひとつ、暗いままの廊下を突き進んだ。
 広いリビングフロアに続く扉を開けると、中も暗いままだ。冬の日の朝。暖房のためにカーテンを引いてるから余計に暗い。
 朝といっても11時過ぎだから、もう昼前といってもいい時間帯だ。たいがいこの時間には誰かいるものだが、めずらしく誰も来ていないらしい。ほとんど住み込んでる状態のリゾットとメローネも、まだ寝ているか、外出してるのだろうか。
 イルーゾォはリビングを突っ切って、物置にしている部屋をのぞいた。替えの電球電灯類の買い置きがあるはずだが、ちょうど廊下用のやつを切らしている。
「…………」
 タイミングが良いのか悪いのか、イルーゾォの今日の仕事は夜中からだ。夕方に出るつもりだが、それまでは暇であることは認めざるえない。備品補充は気づいた奴がやること。この掟を破るとプロシュートに蹴り倒される。
 しばらく腕を組んで、受け入れたくない現状に思いを馳せていると、背後でリビングの光がつく気配がした。
「なにしてんだァ~?」
 振り向くと、いかにも起きたてといった感じのギアッチョが、頭をかきながら立っている。
「いたのか。気づかなかった。寝てた?」
「あーソファでな。明け方ぐらいに仕事が終わってよォ~戻ってきてそのまま寝ちまった。おめーは?いつ来てたんだ?」
「ついさっき。ギアッチョ、悪ィが……車出せるか?」
「あぁ~?なんでだぁ?」
 寝起き特有のかすれた声で、ギアッチョが悪態をつくが、別に彼は機嫌が悪いというわけじゃない。だいたいがこんな調子だ。イルーゾォはこのチームに来て以来の付き合いだから、そんなことぐらいよく知っている。
「廊下の電灯が切れてんだよ。買い置きもねぇし、電気屋まで乗せてってくれると助かるんだが」
「ふゥ~~ン…いいぜ別に。そのかわりバールに寄るの付き合えよ。腹が減ってしょうがねえ」
「おー」
 顔を洗ってくると言ってギアッチョは洗面所へ向かった。イルーゾォは財布の中を確認してから、もう一度廊下のスイッチを押してみる。やはり電灯はつかない。玄関先だけがやたらに暗い。



 電話はたしかにメローネからかかってきたはずだ。けれど電話口の声は酩酊状態で聞き取れたもんじゃない。
「ああ?なんだって?」
『だからぁ~~いるんだけど、もうそこなんだけどさぁ、どこだっけぇ~?家、まえに鍵、あれだったろ、あれいいよなぁ……もう無理かもーー無理無理ぜったい通り過ぎた!』
「俺んちか?近くに来てるって?この酔っぱらいが」
 奇跡的に聞き取れた部分だけで状況を把握する。プロシュートは道路側のカーテンを開けて窓辺から外をうかがった。こっちに背中を向けてぶらぶら歩いてる、アシンメトリーの金髪が見える。
「そっちじゃねーだろ、回れ右しろ。モスグレーの壁の建物だ。いや、もういいからそこにいろ」
 電話で指示するのをあきらめ、プロシュートは一旦携帯をサイドテーブルに置いてクローゼットにコートを取りに向かった。一瞬とはいえ、シャツ一枚で外に出るのはさすがに寒い。
 しかし予想を裏切ってその間に、酔っぱらいは目的の玄関に到達したらしかった。
 ブー!と呼び鈴が鳴る。
 玄関の覗き穴をのぞくと、すぐ間近に金髪の丸っこい頭が見える。扉にもたれかかってるらしい。
「おい」
 扉を開けるとメローネがべったりもたれかかってくる。手足もぐにゃぐにゃで、支えてやらないと立ってられない程らしい。
「おい、重いぞ。立て」
「…………」
「メローネ?」
「………かあさんが汚いって、『気持ち悪い』って…ぼくのこと……」
「なに?」
 うなだれるメローネの顔をのぞきこんで、プロシュートは息を吐いた。酒じゃない。ドラッグだ。
「何やったんだ。コークか」
「………」
 会話をするのはあきらめて、プロシュートはメローネを引きずって部屋の中に入れ、そのままベッドに転がした。服を着たままだが寝苦しければ自分で脱ぐだろう。プロシュート自身はソファーに毛布を持ってきてそこで寝た。元から仮眠ぐらいのつもりだったから別に支障はない。



「どこだかわからねえ薄暗い中を、何かに追いかけられて、必死で走るんだが、どこまで行っても終わりがなくてよォォ〜〜けっきょくフッとあきらめた時に、いつも目が覚める……終わりが怖いというより、終わりがねえのが怖ぇんだな。終わりがねえんじゃねえかって思ってる。いつも」
「…なんに対してだ?」
 リゾットが向かいの席に座るホルマジオに目を向けると、ホルマジオは体を伸ばして窓際の灰皿に煙草の吸い殻を落とすところだった。ボロボロと黒いカスが積もる。
「なんにっつうか、生活全般じゃねーかな?暮らしてくこととか、日々とか、仕事とか、いろいろ?」
「意外だな」
「そうか?まぁ俺は悩みなんかなさそーってよくゆわれるしなぁ〜」
「そうゆうんじゃねぇが。日常について後ろ向きに感じることがあるのが意外だ」
「普段は考えねぇんだがな、そんなこと。悪い夢見だったときは、どうしてもよォ」
 6人席のコンパートメントは2人分の紫煙でやや曇っている。透明ガラスで仕切られてるから余計だ。時折通路を車内販売の店員がカートを引いて通るぐらいで、列車内に人の気配は薄い。
 あと数時間で今年が終わり、新年が明ける。車窓から見渡す街は華やかなイルミネーションに彩られ、新年へのカウントダウンとともに花火も打ち上げられるだろう。
「人間ってのは擦り切れちまうからな…気づかねえうちに、ギリギリのラインに立ってる。酒や煙草やドラッグで一時的に逃げれたとしても、終わりのねえことへの恐怖は消せるもんじゃあない」
 ホルマジオは煙草ケースを叩いて新しい煙草をくわえる。ライターを擦るが、なかなか火がつかない。
 リゾットが自分のライターを差し出して火を灯した。ホルマジオはくわえた煙草の先を寄せる。火種がうつって、体を離し一息吸ってから、グラッツェ、と笑う。
「俺はよぉ、わりと平凡な夢をみてえんだ」
「たとえば?」
「笑うなよ?」
 うん、とうなずいたのにホルマジオは「ほんとだな?ほんとにだな?」と繰り返し確認してくる。あんまりにも念を押してくるから、おもしろくなってきてしまって、リゾットは煙草をもった手で口元を隠した。笑ってしまってる自覚があったからだ。
「おめー笑ってんじゃねーかよスデに」
「いや……悪い」
「あ、あと他の連中にも言うなよ?ギアッチョとかプロシュートとかよォ…メローネも確実に鼻で笑いそうだからな」
 言えば言うほど妙に期待値が上がってしまって笑えてくるのだが。ようやくホルマジオは気を取り直して話す気になったらしく、咳払いをひとつ。
「家に帰ったら…いやその前からだな。車をガレージに入れたら、家から光が漏れててよォ、俺が玄関を開けたら、キッチンから声が聞こえて、たっぷりといい匂いのする廊下を歩いていけば、キッチンから出てきた女からキスとハグでお出迎えだ……おい。リゾット」
「続けてくれ。俺にかまうな」
「おいッ!顔上げていえよせめてッ!肩震えてんだよこの野郎ッ!」
 ホルマジオが足でリゾットの座る座席をゲシゲシと蹴りつけてくる。
「悪い。馬鹿にしてるんじゃねえんだ。ただちょっと…笑えて」
「それが馬鹿にしてるっつぅーんだろォーがよォ、ええ?」
 口を尖らせてホルマジオはそっぽを向きながら紫煙を吐く。片手で顔を覆ってうつむいていたリゾットが復活する頃にようやく、ホルマジオは灰を落として言葉を継いだ。
「やっぱりよォ、経験ないと余計に憧れるっつぅか。俺んちはいつも真っ暗だったからな。光がついてると、安心するだろ?単純に…ただ、そうゆうことだ」
 列車の、ガタンガタンと揺れる音。時々行き交う人の気配。車窓の向こうに広がる、夜の景色。ハッピーの詰まった光の世界。
 バタバタと聞き覚えのある足音が近づいてきて、コンパートメントの扉が開いた。顔をのぞかせたのはペッシだ。
「予定通り、あと10分で着きやすぜ。ターゲットが動き出したみてえだ」
「おっし、じゃあ行くかぁ」
「『ビーチボーイ』は仕掛けたか?」
「うん、緊急停止ボタンに」
 ホルマジオとリゾットが立ち上がると、ペッシは不思議そうな表情で2人の顔を眺めた。
「なんかあったのかい?」
「うん?いいや、なんでもねェーよ」
「仕事が終わったら話してやる」
「おいリゾット」
 見ればリゾットの肩はまだ震えている。思い出し笑いか。おめーは幸せな奴だな仕事前だっつぅーのによォ!とホルマジオがリゾットの背中を叩くと、喧嘩はしねぇでくだせえよとペッシがとんちんかんなことを言う。
 コイツにぐらいは教えてやってもいいかもしれない。なんせもうすぐ21世紀が始まるのだ。あと数時間で西暦2000年は終わる。新しい年には新しい夢を見たい。

幸運のめぐる星 m.f(護衛と暗殺)


「クソッ!今日はツイてねぇ…」
 スロットに拳をガンッ!と叩きつけてミスタは立ち上がった。調子がよかったのは最初だけで、コインはすでに手元に一枚たりとも残ってない。
 毒づきながら台を離れかけたところで、すぐ横に男が立っているのに気づいた。
「これ、あんたのじゃねえの?」
「おおッ!?」
 男が差し出してきたのは一枚のコインだ。ミスタは思わず飛びついていた。
「そこに転がってたぜ」
「おおッ、俺のだ!ありがとな!助かったぜェ~~さっき最後の一枚終わっちまったとこだったんだ。これで勝てば今日の飲み代が稼げる!」
「おーよかったな。幸運を」
 男に笑顔で手を振って、ミスタは渡されたコインを意気揚々とスロットに投入した。正直本当に自分のコインかどうかは知らないが、せっかく舞い降りたチャンスを逃すわけにはいかない。
 スタートレバーを押すと絵柄が回転を始める。3列のリールが回るのを睨みつけながら、ミスタは祈りに似た切実な思いを込めて、そっと一番左側の停止ボタンに指をそえた。
(今日は本当ならさっきので終わってたはずだ…それが知らねえやつに知らねえコインを渡された時点で、俺にツキが回ってきた…このコインと一緒にツキがやってきたんだ。勝つ、必ず勝つ。絶対に勝つッ!!)




 カジノの一画にあるバールで男の姿を見つけて、ミスタは大声をあげ手を振りながら近づいた。
「おーい!あんた!さっきの!」
「ん?」
 赤い坊主頭の男が振り向いて、ああ、という顔をする。
「スロットどうだった?」
「あの一枚で大勝ち!あんたのおかげだ!まじで助かったぜ、一杯奢らせてくれよ」
「ヒュー〜そいつぁ景気いいね」
 上機嫌で口笛を吹き、男はカウンターのとなりの席をミスタにあけてくれる。ミスタは遠慮なく腰かけながら、バーテンダーに声をかける。
「グラッパをたのむ。あんたは?」
「ああ、じゃあ俺も同じのを」
 バーテンダーがうなずくのを横目に、ミスタは改めて男のほうに体を向け、手を差し出した。
「グイードだ」
「おう。マウロだ」
「よろしくゥ〜」
 握手を交わすうちに、バーテンダーがグラッパのグラスを2つ差し出してきた。受け取って、1つをマウロに手渡す。
「ありがたくいただくぜ」
「もちろん。あんたのおかげで飲める酒だからな」
 互いにニヤリと笑って一気にあおる。度数の高いアルコールがのどに心地よく滑っていく。
「くぅーッ!勝って飲む酒はうめェな!」
「おごってもらう酒もうまいぜェ~まさしくさっきの一杯で引き上げるとこだったんだ。手持ちがないもんでなァ〜」
「お互いに救世主になったってわけだな」
「まったくだ」
 もう一度乾杯して、グラスをあおる。それからすぐさま、ミスタは自分の分とマウロの分をもう一杯注文した。
「悪ぃな」
「遠慮すんなって。なんせあの一枚で赤7揃いのビッグボーナス突入だぜ。やっぱりツキが回ってきてたんだ。あんたは?勝ったのか?」
「勝ってたらもっと景気よく飲んでるんだがなァ~今日はダメだ。あんたに譲っちまったなァ」
 言ってることは皮肉だが、マウロの顔に暗いものはまったくない。どうにも気持ちのいい男だ。見た目はいかついのに、表情の明るさは近所の兄ちゃんみたいな親しさがある。
 しばらく会話と酒を楽しんでいると、カジノのVIPルームに続く扉が開いて慌ただしく数人のスーツ姿の男が出てきた。その中に見知った顔を見つけ、ミスタは腰を浮かす。
「おい、レオ!何かあったか?」
「ああ、あんたブチャラティんとこの」
 カジノの副支配人のレオは中年太りした巨体を揺らしながらミスタの方に足を向けてくる。
 顔面を蒼白にしたレオは、バーテンダーに「水を」と声をかけてから、ミスタに低い声で話しかける。
「ロベルトが誘拐された」
「なんだって?」
 ロベルトはこのカジノの支配人だ。オーナーには表社会に顔のきく金融業の男がついているが、ロベルトは元々ギャングで実質カジノを仕切っている。ミスタの属する『パッショーネ』はこのロベルトという男から収入の一部を上納させている。
「今夜は定例の幹部会議だったんだが、ロベルトだけが姿を見せなかった。警備員に様子を見に行かせたら、部屋はもぬけのからだと」
「誘拐されたって根拠は?」
「執務机の床に血がついてた。少量だが…それに、暴れたみたいで机の上の書類が散乱していた。ペンのインクも床に落ちていたし…」
「確かに妙だな。わかった、ブチャラティに連絡してみよう」
「たのむ」
 レオは渡された水を一気に飲み干して、部下たちを引き連れカジノの人混みにまぎれていった。
 ミスタはすぐさま携帯でブチャラティに電話をかけたが、何度コールしても出ない。仕方なく一度電話を切った。いつものチームの溜まり場に行ってみるしかない。
「仕事か?」
 マウロは、さっきと変わらない様子でグラスを傾け、笑っている。
「ああ…ここのカジノ、俺の上司のシマだからな。トラブルがあれば世話してやんなくちゃあなんねーんだ」
「へえ……ブチャラティっていやぁこのへん仕切ってるギャングだな。あんたもその一味か」
「まーな」
 しゃべりながら携帯でブチャラティへのメールを打っていたミスタは、ふと顔をあげた。横にいるマウロは、やはり笑みを浮かべたままグラッパを飲み干している。
「あんた、さっきのコイン…」
「ん?なんだ?」
「……いや、なんでもねえ」
 悪いが俺はこれで、とミスタが立ち上がると、マウロはグラスを軽くあげて返した。
「おごってくれて助かった」
「ああ、こっちこそ。じゃあまたな」
「Chao」
 ミスタがカジノを出て道路でタクシーを捕まえようとしていた時に、ちょうどブチャラティから電話が返ってきた。レオの話を一通り伝えると、ブチャラティに、今からそっちに向かうからお前はそこにいろと指示される。




 ホルマジオが鏡をコンコンと叩くと、便所の光景を映していた鏡面に、ひとりの男の姿が現れる。
「よぉ。どんな様子だ?」
「ロベルトは予定通りこれから会議に向かうところらしい。警備がミーティングルームに集中するから今はザルになってる。行くか?」
「おう。たのむぜぇ~」
 イルーゾォが「ホルマジオを許可する」と呟くと、ホルマジオの体はするりと鏡の中に入り込む。それからイルーゾォに先導され、左右反転した便所から出てカジノの広間を通り抜け、VIPルームへ向かう。
 ロベルトの執務室につくと、イルーゾォは部屋のすみを指差した。
「鏡台がある。あそこから出たらいい」
「了解ーっと。じゃあまたあとでな」
 手を軽くあげ、ホルマジオは鏡台の鏡から『外の世界』へ出た。誰かに電話しているロベルトの後ろ姿が目の前にある。
 そこからの行動は手慣れたものだった。
「リトルフィートッ!」
 ホルマジオのスタンドがロベルトに飛びかかると同時、ロベルトの肩から鮮血が散った。リトルフィートに切り裂かれたロベルトは、狼狽しながら、どんどん小さくなっていく。暴れるロベルトの腕が机上のインクつぼを倒す。
 すっかり小さくなってしまったロベルトを指先でつまんで、瓶の中に閉じ込める。フタを閉じた時、カランと音がした。見ると、床に一枚のコインが落ちている。
「…こいつが落としたのか?」
 拾い上げてみるがごく普通のコインだ。なぜこんなものをロベルトがわざわざ持っていたのか。 
 ホルマジオが鏡台の前に立つと、鏡面に再びイルーゾォが現れる。瓶詰めにしたロベルトを渡したあと、なぜか妙な顔をされた。
「あんたカジノでギャンブルやってたのか?」
「あ?なんで?」
 イルーゾォが無言で指差す先には、ホルマジオの手におさまったコインがある。
「ああ、落ちてたから拾っただけだ。これでも仕事はマジメにこなすって評判なんだぜェ~ホルマジオさんはよォ~〜」
「そうかよ」
 適当な返事を寄越すとともにイルーゾォは瓶を持って鏡の向こうへ引っ込んだ。
 これでホルマジオの任務は完了した。下調べはイルーゾォがしてくれていたし、思った以上にラクな仕事だった。せっかくカジノに来てるんだし、久々に打っていきたいところだが、あいにく手持ちの資金がない。
「コレ使って一発当てるかァ〜?」
 床に落ちていたコインを指でピンと跳ね上げ掴む。執務室を抜け、廊下を歩きながら、コインを指の間に通したりして手遊ぶ。ホルマジオの特技のひとつはコインマジックだ。プロとは言わないが飲み屋で女の子に喜ばれるレベルには十分達している。メローネにコイン消失マジックを教えたのもホルマジオだ。
「でもなんとなく縁起悪ィよなぁ〜…やっぱギャンブルは自分の金でやらねえとよォ」
 コインを握りしめた拳をポケットに突っ込み、カジノのホールに出る。あちこちのテーブルで老若男女が笑い合い騙し合っている。




 カウンターに座る赤い坊主頭にデジャビュを覚える。だがミスタはそこにマウロがいることを知っていた。もし姿を見せたら俺に連絡をくれと、バーテンダーに頼んでいたからだ。
「マウロ」
 肩越しに振り向いた男は、ミスタを見て少し目を見開いた。
「グイード」
「よォ〜〜横いいか?」
 もちろんとうなずくマウロの隣の席に腰を下ろす。バーテンダーに酒を注文してからマウロの方に向くと、煙草を揺らしながらマウロは人好きのする笑みを口元に刻んでいた。
「奇遇じゃあねーか、またスロット打ちに来たのか?」
「それがよォ、あんまりギャンブルで金を擦るなって注意されててよ…残念ながら今日は遊べそうにねぇーんだよ」
「注意って例の上司にか?」
「ああ。俺はガキの使いじゃねーんだぜ?金の使い方ぐらい自分で決めるっつぅーのォ〜」
「わかるぜェー俺んとこも金遣いに口うるせー奴がいやがるんだ。ま、薄給だからしょおがねぇけどよ」
「で、打たずに酒だけ飲んでるのか?」
「ここにいるだけで空気は味わえるからな。たしかに熱中してる連中見てるとよォ、ギャンブルって恐ろしいなーって思うしな」
 ミスタは笑いながらグラスを傾ける。バーから見渡せるカジノホールには、今日も多くの客であふれ返っている。
「客足は減ってねえみてえだな。支配人が替わったから経営に響かねーかと気になってたんだが」
「ロベルトは見つかんねぇままか」
「ああ。今は副支配人だったレオが代理してる。ロベルトは売上金を誤摩化してたみたいでよ、裏金作ってウチの組織に渡す金を少なくしてたんだ。だから組織としては、むしろロベルトがいなくなって利益になってる。…上からそう言われたらしいんだがな、ブチャラティは」
「へえ〜」
 マウロは変わらず笑みのままだ。唇から長く太く紫煙を吐く。
「ロベルトは、コインを偽造してたんだ。特殊な加工がしてあって、それを使えば必ずスロットで当たり目が出る仕組みになってる。それを顧客に使わせて、儲けた金のいくらかを横流しさせてた。結局はその結託していた客のひとりから、組織に情報のリークがあったってわけだ」
「なるほどね……それで、なんでそんな話を俺にするんだ?」
「この前あんたに渡されたあのコイン。あれはロベルトの偽造コインじゃあねーかと思ってる」
「そうなのか?」
 ミスタが体ごとマウロの方を向くと、マウロはおどけて肩をすくめて見せる。ミスタは、じっくりとマウロの目を見据えた。
「こっからは俺の推測だけどよォ……推測だから怒んないでくれよ?」
 見据えたまま、ニッと笑う。
「あんたはあの日、どうやってかわからねーがロベルトを誘拐して、そのとき偶然あのコインを手に入れた。でもあんたはあのコインの正体を知らなかった。だから俺に渡した。適当に、そのへんで拾ったとか言ってな。あんたは多分、ロベルトを誘拐することだけが仕事だったんだ。あんたは、あの野郎が何をやらかしたのかも知らない、コインのことも知らない。たぶんロベルトが誘拐されてその後どうなったのかも、知らない」
「おもしれぇ意見だなァ〜」
 マウロは喉で低く笑う。
「それで、おめーは俺を捕まえて『組織』にでも引き渡すとか?」
「いや、今言ったことは本当に推測でしかねぇ。証拠がなんにもねえからな。コインだって、俺が使っちまったから、もう確かめようがねぇ。…それに、結果的にロベルトは組織の裏切りモンだった。あんたは組織の敵じゃあねーし、むしろ組織に雇われたかなんかして、ロベルトを誘拐したと考えた方が筋が通る気がする」
「なかなか的を得た意見だなァ、感心したぜ」 
「ま、結局のところ俺がどうこうできる話じゃねえ…俺はケーサツじゃあねえし。それに、あんたのおかげでツキが回ってきたのは事実だからな」
 ミスタはカウンターに酒代を置いて、立ち上がった。最後にもう一度、マウロの顔を見る。
「妙な出会い方しちまったが、あんたはいけ好かねえ野郎じゃあねーし、また一緒に飲みながら、上司の愚痴の言い合いでもしてえと思ってるぜ。また会えるか?」
「そうだなァ〜〜おめーとは悪くねぇ縁みてえだからな。ツキが回ってんなら、また会うこともあるだろうよ」
 マウロが拳を突き出してきたので、ミスタも拳をゴツッと突き合わせた。それからミスタはもう振り返らなかった。あまりカジノに長居するとまたブチャラティに注意されそうだ。
 その後、ミスタがマウロと出会うことはなかった。カジノの付近に来ればあの赤い頭を探したが、そういう男が来たという話も聞かなかった。
 ロベルトの死体は、ミスタがマウロと会った最後の日に、ロベルトの執務室だった部屋で発見された。鏡台の下に無造作に転がされた手足のそばには、割れたガラス瓶が転がっていた。

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