忍者ブログ

[PR]


×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

おんなじ心だから g.m(護衛と暗殺)


 復讐はダサいが仕返しは娯楽だ。メローネという男はやられたらやられっぱなしで黙ってるような可愛い性格をしていない。
「べろべろに酔っぱらってたから、タクシーつかまえて帰ろうと思ったんだよ。タイミングよく駅前でタクシーを拾ったんだけど、飲んだあとだったからぜんぜん金もってなくて、家についたら金渡すから乗せてってくれってたのんだのに、現金がないなら話にならないっつって運転手は行っちまって、しかたなく家まで歩いた。何日かあと、また駅でその運転手の乗るタクシーを見かけた。そこで俺は報復行為にでた。そのタクシーの前に2、3台別のタクシーが並んでて、順番に運転手に声をかけて、『フェラしてやるからタダで乗せて?』って言った。みんな『失せろこのホモ野郎!』って言ってきた。で、最後に例の運転手んとこいって、家の住所を告げて俺はそのタクシーに乗り、他のタクシーの連中に笑顔で手を振ってやったのさ」
「…どうゆうことだソレ?」
理解しがたいという顔でペッシが小首をかしげる。その横でプロシュートはエスプレッソを傾けながら、メローネの話に注釈を入れてやった。
「他のタクシー運転手は、その運転手が男に喜んでフェラされるホモ野郎だと勘違いするってこった」
「うわァ~陰険」
「というより薄汚ねーよ。陰湿だ。ずるがしこいし執念深い。性格ワリィなテメー」
ギアッチョからの罵倒にも、メローネは涼しげな顔だ。
「目には目を、だろ。やられたらやり返すのが当然さ…やり返されたくなけりゃもっと利口になることだ」




夜風になぶられる髪をおさえながら、灯火に浮かび上がる駅舎を見るともなしに見る。この時間帯でも行き交う人の姿は絶えない。
「ああ、仕事は片付いた。予定通りだ。『ベイビィフェイス』の息子を回収して、そっちに戻る。じゃああとで」
携帯電話を切ると、メローネは寄りかかっていた塀から背中を離して、建物の陰に隠したバイクの元へ歩き出した。『ベイビィフェイス』の親機もバイクと一緒に隠してある。仕事は滞りなく完了した。あとは息子を回収してアジトへ戻るだけだ。
バイクを置いてある路地に入ろうとすると、路地の入り口を遮るように一台のタクシーがメローネの目の前に滑り込んできた。
邪魔だな、と避けようとしたとたん、メローネは気づいてしまった。
あたりは暗くて、運転席に乗る奴の顔は見えない。それでもわかった。これは例のタクシーだ。数日前に、仕返しをしてやった、あの。
思わず凝視するうちに、運転席のウインドウが静かに下ろされる。
「乗ってください。家まで送りします」
顔をのぞかせたのは、まちがいない、あの時の運転手だ。まだガキの面構えだが、妙に大人びた表情の少年。
メローネは口元を歪ませて笑った。
自分も執念深いタチだが、この少年もなかなかのモンらしい。
「あいにく、今日は自分の足で帰れるから結構だよ。他の客を探してくれ」
「…………」
少年が無言でただじっと目線を向けてくるのを無視して、メローネはタクシーを避け路地に入りかけた。
が、足はそれ以上進まなかった。
路地裏に立てかけておいたバイクがない。ついでに『ベイビィフェイス』の親機も。
「あんたはこのタクシーに乗らなくちゃあならない…さぁ乗ってください。同じことを二度言うのは嫌いなんだ。これ以上言わせないで」
背後から投げかけられる少年の声。メローネは肩越しに振り向く。その顔にもう笑みはない。冷然とした表情で運転席の少年を見返す。
「どこにやった。…いや、どうやって?」
「タクシーに乗るなら教えます。力ずくは本意じゃないんだ…あんたが自主的に乗ってくれると助かる」
「…………」
メローネが黙ったまま動かずにいるので、少年はさらに言葉を継いだ。苛立ちもせず、冷静に、諭すように。
「あんたは馬鹿な人間じゃない。あんな狡猾なやり方で仕返しをしてくるんだから。きっと頭が回るんだろう。それも、悪質な方向性で。それならあんたには分かるはずだ、僕の言う通りにしないと僕は絶対にあんたに何も教えないし、何も返さないってことが」
メローネはやはり黙ったまま、カツカツと石畳にブーツの音を響かせ、タクシーの後部座席の扉をバカッと開けた。クッションの悪いシートに体を滑り込ませると、同じぐらい勢いよくバンッ!と扉を閉める。
外界と遮断され、街の喧噪も遠くなった車内で、運転席の少年がギアをチェンジしアクセルを踏み込む音だけが聞こえる。エンジンの回転音とともに、タクシーは夜の路地を滑り出す。
運転席に座る少年の顔に対向車線のテールランプが走るのを見ながら、メローネは気だるげに口を開いた。
「それで?これからどうしようってんだ?憂さ晴らしに俺を殺してそのへんのドブ川に捨てるとか?」
「まさか…そこまでの手間をかけるほど、あんたに思い入れはない。僕はあんたを送り届ける。あんたは僕に運賃を支払う。それだけでいいんだ」
「あくまで合法に、金を巻き上げようってことか」
「やっぱりあんたは頭がいい。話が早くて助かります」
「どうも。悪知恵が働くって意味なら、あんたもなかなかのもんだよ…見込みがあるんじゃあねえかなァ」
「見込みとは?」
「ギャングの素質」
運転席の少年が、ルームミラー越しにチラとメローネを見る。
「あんた、ギャング?」
「さぁ…どう思う?」
「質問を質問で返さないでください。聞いてるのは僕だ」
「おまえはここまでの状況を思い通りに操って自分が優位に立ってるつもりかもしれないが、たとえば俺にはいまひとつのアイデアが頭に浮かんでる。このままこの車で送ってもらって、降りる時にあんたを車もろとも始末する。そうすりゃあ金を払うこともない、これ以上付きまとわれることもない……一番合理的かな」
メローネはウィンドウに肘をついて、窓向こうの夜景を眺めている。表情はやさしげでさえあった。まるで夕食のメニューでも考えるような口ぶりだ。
「バイクがどっかいっちまったのは困るけど。『アレ』はけっこう気に入ってたんだ。『仕事』する時にないと不便だから、返してもらえると助かるんだけど」
「その代わりに僕に命乞いをしろと?」
「『バイクを返すから命だけは助けてください』って?あんたがそうゆう素直さをもった人間なら、俺もメンドーなことをせずに済むんだがなァ…どうもそうは思えない」
「あなた、『仕事』はなんです」
「んー簡単に言うとクソみたいな仕事。でも気に入ってる」
信号が赤になって、タクシーは前方の車に後続し交差点でゆるやかに停車した。きっちりとした負担のない走り方から、少年の冷静で論理的な性格が見える。
少年はハンドブレーキをかけて、ハンドルに両腕をかけ前傾にもたれかかった。彼の、色の濃いブロンドの髪に、道路の赤や橙の光が映る。
「僕には、夢があって」
打ち明け話をするような、静かな声で。
「ギャングスターになることです。僕に昔、生きる道を教えてくれたのがギャングの男でした。それまでの僕は親さえ見向きもしないクズにひとしい存在だったけど、ギャングの男は僕をれっきとしたひとりの人間として接してくれた。クズだった僕を人間にしてくれたのは彼です。僕の生きる道はこれしかないと思った」
一度言葉を止め、少年は、車に乗り込んで以来初めて、きちんとメローネの方を振り向いた。
「僕はなんでこんな話を。あんたなんかに」
「知らねーよ…」
頬杖をついたまま返すと、少年は自分で納得するように少しうなずいて、また顔を前方の道路へ向け直した。ハンドブレーキを下ろし、アクセルを踏み込む。ゆっくりと、石畳の路面を走り出す。
「あんたがどういうキッカケで、そのクソみたいな仕事についたか、知らないけど、その仕事は少なくともあんたに生きる道を示してるんじゃあないか、と思ったんです。あんたはどうも、ちょっとばかし変わってて、会社で働いてそうでもないし工事現場にいそうでもない。うまく生きてく場所を見つけるのは、大変なんじゃあないかと感じます」
「変なやつって言うならおまえだって相当だぜ」
「その通りです。僕もずっと居場所がなかった。だからなんとなく分かります。居場所をもちにくいたぐいの人ってのが」
タクシーは大通りを外れてまた路地に入っていった。しばらく走って、昔ながらの建物が並ぶあたりで停まる。前回このタクシーに乗った時に、目的地に指定した場所だ。よく覚えてたな、とメローネは素直に感心する。
エンジンをかけたままハンドブレーキを上げて、少年はこっちを振り向いた。そうして手を差し出してくる。
「約束だからバイクはお返しします。あと妙な機械も」
「なんの冗談だ?」
少年の手に握られていたのは2本の薔薇だ。メローネは眉をひそめて問い返す。少年は大人っぽいしぐさで肩をすくめてみせた。
「うまく説明できないけど、赤い方が妙な機械、白い方がバイクです。あんたがタクシーを下りたら『元に戻す』。大丈夫、僕を信じて」
「おまえを信じられる要素なんて何一つないぜ」
「あんた、バイクの方は本当にどうだっていいんだろうけど、あの機械は必要なんでしょう。『仕事』するのに。あんたの仕返しはムカついたけど、『仕事』を邪魔するつもりはない…僕の『夢』にかけて約束します」
「そうかよ」
赤と白の薔薇を受け取りながら、メローネは馬鹿馬鹿しくなって笑みさえこぼれた。それは微笑みのように見えたかもしれない。メローネは黙ってさえいれば優男だったから誤解されることが度々あった。運転席の少年はぱちぱちと目を瞬かせた。
「あんたやっぱりヘンですね」
「よく言われる。じゃあな」
「待って」
「まだなんかあるのか?」
「代金払ってってください」
もはや言い返すのも面倒になって、メローネは相場より少し低めの金を渡した。少年は今までで一番あからさまに表情を曲げる。
「ケチだな…あんた働いてんでしょう」
「あいにく薄給でね。おまえが俺らのボスになったらぜひ給料をあげてくれ。みんな『仕事』に関しては優秀なのに、不遇なんだ」
「あんたは?『仕事』に関して優秀なのか?」
「それは自分の目で確かめな…」
そんな時がくるならば。メローネは扉をあけてタクシーを下りた。2本の薔薇を手に、タクシーが走り去るのを見届ける。
そのうち手の中の薔薇が震えるように胎動するのが伝わってきて、赤い方は手に持ったまま、白い方を地面に置いた。
もう目に見えてわかるほど、薔薇は震えながら姿を変えようとしている。メローネはいつからか、あの少年も自分と同じように『能力』をもつ者だと理解していた。理論じゃなく感覚で。それはつまり少年の言う「自分と似たたぐいの人間がなんとなくわかる」と同じことだった。たしかに少年とメローネはどこかで似ていて、通じ合ってる部分があるのかもしれない。ならばきっとこの巡り会いも必然なのだ。

うつくしい影 b.p(護衛と暗殺)


 慌ただしく店を出ていったミスタがシーフードピッツァを残していったので、ブチャラティは多少満腹ながらも2枚目のピッツァに手を伸ばしかけたところだった。
 ガシャアアンッ!!!
 店の入り口で派手な騒音、女の悲鳴。目をやると、頭からガラス窓に突っ込んでぶっ倒れる男と、それを囲む3人の男、膝まずく女。
「お願い、やめて!どうしたら許してくれるの!」
「だからよォォ~~~さっきから言ってんだろォ?金だよ金、金さえ払ってくれりゃあ見逃してやるっつってんじゃあねーか。こんな良心的な和解はないぜェ?なにが不満だっつぅーんだ」
「だから、金は明日に渡すって…!」
「オイオイオイ今日つったよなァ、俺は今日持ってこいって確かにゆったよなァ!?ええ?俺は待たされるのが何よりも嫌いなんだ。時間を守れねーやつは約束を守れねーやつだ。そんな馬鹿は死ね」
 ブチャラティはピッツァを皿に置きなおして、ため息を吐いた。こんな場面、このネアポリスじゃ日常茶飯事で、そのへんに掃いて捨てるほど転がってる。警察が腐りきってるこの街じゃ、身を守るには自分でなんとかするしかない。女と、ぶっ倒れてる男にはその力が足りなかっただけの話だ。
 店内の他の客たちは、黙ってその騒ぎを見てるか無関心かのどちらか。この街で生きていくには正しい判断だった。店員さえも息をのんでただオロオロするばかりだ。
 3人の男のひとりが拳銃を手に握ったあたりで、ブチャラティは立ち上がった。さっき立ち寄ったブティックに忘れ物をしたと取りにいったミスタが、もうそろそろ戻ってくる頃だろう。あの単純で直情的な男が事をややこしくする前に、片をつけたほうが良さそうだ。
「おい」
「ああ?」
 拳銃をもった男がブチャラティの方に振り向いた。まだ若いが肌も歯もボロボロだ。あきらかに麻薬常習者と知れる。
「こんなところでそんなもの振り回すな。派手なパフォーマンスで人目を引きたいんなら、大道芸人になって道ばたで玉乗りでもしておけ」
「ああ~~?なんだァオメーはよォ?」
 銃口をふらふら揺らしながら、男がいやらしく唇をゆがめる。笑顔のつもりらしい。
「あいにく俺はギャングでなァ、大道芸人なんて器用な真似はできそうにもねーや…ほら、銃の扱いもこの通り荒くてなァ?」
 銃口が、はっきりとブチャラティの顔面に向けられた。次の瞬間、『スティッキーフィンガーズ』の繰り出した拳が、男の顔面に叩き込まれる、はずだった。
 パンパンパンッ
 あまりに軽い発砲音と同時、男の体は横に吹っ飛んで、カフェのテーブルに突っ込み盛大に騒音を鳴らした。客たちは悲鳴をあげて逃げ出す。吹っ飛んだ男はもう立ち上がることはなく、頭に3つの赤黒い穴をあけてただ血をだくだくと流している。
(なに…!?)
 あたりを素早く見回したブチャラティの目に、一人の男の姿が飛び込んできた。
 男はまるで、芸術家の彫りだした彫像のように、超然としてそこに立っていた。スーツに包まれた体からしなやかに伸びる手に、拳銃が握られている。銃口から立ち上る硝煙が、今ギャングの男に撃ち込まれた銃弾はそこから放たれたものだと語っていた。
 異様な存在感をもつ男だった。ただその場にいるだけで目を奪ってしまう人種というのが、この世には希少ながら存在するのだ。まさにその象徴のような男だった。
 スーツの男は、ブチャラティに目もくれず、硬直している残り2人のギャングに歩み寄った。いや、歩み寄るなんて生易しいものじゃなく、2tトラックで轢き殺すぐらいの勢いだった。
「オメーらもギャングか」
「はぁ?え、ええ?」
「そいつは自分がギャングと言っていただろ。オメーらもギャングなのかと聞いてる」
 その言葉に、固まっていた男たちも自分の矜持を持ち直したようだ。突然勢いづいて叫び返した。
「そうだ!俺らは『パッショーネ』のモンだ!」
「知らねぇはずもねえだろう、『パッショーネ』の名を!テメエ俺たちの仲間にこんなことしやがって、ただじゃおかねえ、ブッ殺してやるッ!!!」
「なおさら虫酸が走るぜ。オイおめーらにひとつ教えてやる。ギャングってのはなぁ…」
 なんの前触れもなく、会話の続きのように自然に、スーツの男が引き金をひく。パンパンッ!威勢良く叫んでいたギャングのひとりが、脳天に穴を2つ開けて後ろ向きにひっくり返った。残りのひとりが声を上げる。
「『ブッ殺す』とかそうゆう言葉は使わねーんだ…ズブの素人が使う言葉なんだよそんなもんはな…俺には完了した行動についての言葉しか存在しない。『ブッ殺した』、だ」
 そして拳銃の銃口はすっと左に5センチずらされ、正確に残りのひとりに向けられた。その動作は優雅でさえあった。なにかの戯曲のようでもあった。それはスーツの男の端正な見た目と、あまりにも現実離れした光景のせいだろう。
 あとはもう、その銃口から銃弾が放たれ幕が引かれるのを待つばかりの筋書き。
「待てッ!」
 だがブチャラティはその演劇に割って入った。とたんにスーツの男が、ちらと視線を投げつけてくる。強く輝くグリーンだ。その瞳の宿す透徹した冷たさはどちらかというとロシアの血を思わせる。
「もう十分だろう。そいつを殺す必要があるか?」
「なにか勘違いしてるみてーだから言っておくが」
 スーツ姿の男は顔だけブチャラティに向けたまま、パンッ!最後の発砲音を響かせた。ギャングの残り一人が、頭に赤黒い穴をのぞかせてぶっ倒れた。
 とたんに止まっていた時間が戻ったように、悲鳴と叫び声が店内に充満した。
 我先にと扉を開け放って逃げ惑う人の群れの中、ブチャラティとスーツ姿の男だけが、向かい合って立っている。
 男は拳銃を背中のベルトに挟み込みながら、ブチャラティの顔を射抜くように見る。おそらく男にとっては、単に視線を投げかけてるだけだが、その瞳に宿る強すぎる光が、まるで暗闇をほと走る雷光のような印象を突きつける。
「俺はおめーを助けたわけでも女を守ったわけでもない。これが『仕事』だからな……『仕事』を『片付けた』だけだ」




「ヘイヘイヘ~イ、ブチャラティ~また派手にやってんじゃあねーか」
 吹っ飛んだ男の死体で割れたガラス窓から、ミスタが店内に入り込んで来た。手には革の財布が握られている。どこにでも物を置いて忘れるのはミスタの悪い癖だ。物にあまり執着がないらしい。
 もろもろ破壊された店内で唯一突っ立っていたブチャラティは、くるりとミスタの方を向いて、かぶりを振る。
「俺がやったんじゃあない」
「へえ?じゃあギャング同士の抗争に巻き込まれたか?このくたばってる連中って『パッショーネ』の奴らじゃねーの?顔見たことあるぜ」
 ミスタが靴のつま先で死んだ男の頭を転がす。脳天を3発撃たれて死んだ男。なにひとつ無駄も残虐さも愉悦もなく、ただスーパーのレジ店員が商品のバーコードを読み取る無機質さで成された『仕事』。
「…俺もよくはわからない。こいつらが店内で暴れだして拳銃を手にした瞬間、止めに入ろうとした俺を無視して、別の男がこいつらを撃った。きっちり6発。リボルバーだ。一切の無駄なく殺した。おそらく口ぶりからして、その男もギャングだろう」
「どんな野郎だったんだ?」
「スーツ姿で、身なりはよかった。下っ端とかじゃあない。下っ端ならあんな殺しは無理だ。だが幹部にしては年若いし、俺も見たことのない奴だった。それに、こいつらを撃ったのを『仕事』と」
「ブチャラティ、そいつぁ……組織の『暗殺者』じゃねーか?」
 ブチャラティがミスタに視線をやると、ミスタはズボンのベルトに突っ込んだ愛用のリボルバーを取り出した。見るともなく、その周囲に弾丸に似た形のスタンドが姿を現す。『セックスピストルズ』。
「俺はあんたに導かれて組織に入団した時、暗殺専門のチームにってゆう話もあった。俺の能力はこれ以上なく『暗殺向き』だからな……直接は会わなかったが、『暗殺チーム』には10人弱のメンバーがいて、問答無用で人を殺すことだけを生業にしてるって聞いたぜ。ターゲットは組織の内外を問わずな」
「…こいつらは、組織の『粛清』か」
「確実なターゲットは、この3発撃たれてる男だったんだろうがな…一番最初に撃たれたんだろ?こいつ。あとの2人はオマケで殺されたのかもな…つるんでたんなら恨みやらをもたれるとメンドーだからな。一緒に片付けたんだろう」
 ミスタはスタンドを引っ込め、拳銃もしまった。「さっさとずらかろう、ケーサツが来ちまうぜ」とブチャラティを促す。
 ブチャラティはもう一度、殺された3人の男の死体を見やった。たった6発の銃弾。整えられたダークスーツ。雷光に似たグリーンの瞳。放たれた鋭い言葉。残像にしては、強烈すぎる。
「『暗殺』専門のチームか……そのチームにとっちゃあ、組織の中にも外にも敵しかいないんだろうな」
「因果な存在さ。重宝されるわけじゃあないし、いざとなったら切り捨てられる。ああゆう連中はロクな死に方できないだろうぜ。もちろんロクな生き方もな」
 それはそうだろう。ブチャラティも心底同意する。
 だがあのスーツ姿の男、あの男の、まっすぐ立った姿勢やなにがしかの誇りで仕立てあげられた身なり、それにこれ以上ない意志の強靭さをたたえた言葉と行動が、ブチャラティの目にはしっかりと焼き付けられている。あの男の残影を思い出すたび、少なくとも彼の生き方は彼自身の意志に満ちたものだったのだろうと思うのだ。たとえロクな死に方じゃなくても。ロクな生き方じゃなくても。

帰り道はもうない p.m


「いってぇ……」
「なんだ?老化か?」
 からかうプロシュートに向けてメローネは中指を立てた。言葉に出さないというだけでメローネの短気さはギアッチョといい勝負だ。
「ソファで寝ちまって、背中がディモールト痛い」
「みろ、やっぱり老化じゃあねーか。1つ、ソファで寝ると痛みがあるほど体が硬くなっちまってる、2つ、ベッドまで這っていく体力がなくなっちまってる、3つ、老化を認めない。立派なオッサンだな」
「あんたのが年は上だろって言いたいけどそう言い返したらそれもオッサンの条件に入れられそうだからやめとく」
「賢明だ」
 とはいっても彼らは互いに正確な年齢を知らない。なんとなくの感じだけ。それに彼らの世界じゃ、年齢よりも経験や実力が物を言う。
 冬の日の朝。イタリアの町並みはすっかり白い。雪はまだ降っていないが、道路には霜がおりて、街路樹も路駐の車も薄い白に包まれている。
 黒いコートの襟を立てて、プロシュートとメローネは並んで歩いていた。ブーツが石畳を叩く硬質な音の行き交う目抜き通り。両側にはバールや露店が並び、あたたかいエスプレッソを求める人たちであふれている。白い湯気が冬の透き通った空に立ちのぼる。
「年食ったっつーか、もう若くねえんだなって思ったのは認めるよ。プロシュートにもあるだろ、そうゆう瞬間」
「狭いベッドでのファックはもう考えられない時」
「うわぁすっごいわかる」
 しゃべるたびに吐く息が白くて、メローネはマフラーを口元まで引き上げた。こう寒いと本気で炎を使う能力者がチームにいればいいのになぁと思う。『ベイビィ・フェイス』の息子は人工物にしか擬態できない。暖炉にはなれても暖かみはない。
「ぜひ火を扱える能力者をチームに入れるべきだ。そう思わない?プロシュート。ギアッチョのやつはクビにして」
「で、また夏になったら火の能力者をクビにしてギアッチョをスカウトするか?」
「名案だろ?」
「名案だ。いますぐ火の能力者を探してこい」
「今この場にいる一般人全員順番に『矢』をブッ刺してまわってみるかァ〜」
「『矢』……?…ああ、ポルポのスタンドが持ってるとかゆうやつ」
 メローネはプロシュートの方を振り向いた。
「『矢』で発現したんじゃあないのか」
「気づいたらいた」
「なるほど…自然発生型ってやつか。ギアッチョといっしょだ」
 プロシュートは歩きながら煙草ケースを叩いて新しいのを一本くわえた。差し出すがメローネはいらないと手を振る。
「怒りとかの強烈な情動反応だったり、あるいは命の危険が迫ってる危機的状況で、防衛本能として能力が引っ張りだされるってのはたびたびあるらしいね。興味深いなぁ」
「おまえはポルポの『矢』にやられたのか」
「ああ。おもしろいことに能力のない奴だと、あの『矢』で死ぬんだぜ。ポルポの試験をいっしょに受けた奴がいたんだけど、そいつは死んじまって、俺は生き残った」
「なんで試験を受けたんだ?」
「なりゆきかな?ヤクの売人やってた奴が組織に入りたがってて、ついでにってかんじ。プロシュートは?」
「俺はもともとこの世界にいたからな。能力者になったのは半分リゾットのせいだ。…寒いな。どっか寄ろう」
「2ブロック行った先にたまに入るバールあるけど、空いてるかな」
「この時間帯はどうせどこもいっぱいだろ」
 人混みにまぎれて歩いていると、道路脇のウィンドウをコンコンと叩く音があった。メローネが目を向けると、ウィンドウの向こうでイルーゾォが手を挙げている。そういえばこの店はこいつの行きつけだったか。
「プロシュート」
「ん?」
 指し示すと、プロシュートもイルーゾォに気がついた。メローネはイルーゾォの方に向き直って、「店内空きある?」と声をかけるが、イルーゾォの方はハ?と眉をしかめるばかりだ。ウィンドウに阻まれて声が届かないらしい。
 メローネは霜の降りたウィンドウに文字を書きだした。てっきり『avete un tavolo libero?』(空いてる席ある?)とでも書くのかと思いきや、正解は『Fanculo!』まったく意味不明に罵られたイルーゾォは、思いっきり嫌悪をこめた顔をして、勢いよくそっぽを向くことで抵抗の意を示した。
「なんだよ。使えないやつだな」
「どっちかというとおまえがな」
 店はあきらめて2人はまた歩き出した。時間がたつにつれ人通りは多くなる。
「半分リゾットのせいってのは?」
「あーそのへんは話すと長くなるうえにややこしい。リゾットに聞け」
「えー?リゾットから聞き出すのって面倒なんだよなぁー誘導尋問にも引っかかんねえし」
 角を曲がると広場に出た。中央の噴水のまわりにハトが群がっている。年寄りがパンクズを撒いていた。
 広場を斜めに突っ切り、細い通りに入っていく。
「どうゆうこと聞き出してんだ?あいつから」
「んー貝類が嫌いだとか、パズルゲームが得意だとか、10代のころギャング狩りやってたとか」
「ギャング狩り?」
「恨みがあったらしいぜ。『メタリカ』で無差別に殺してたんだって。能力を身につけたばっかの頃って、みんなそんなだろ?どんなことができるか試したい。『メタリカ』みたいな強力なヤツならなおさら」
「それがなんでギャングやってんだ。そんな派手に殺してたんなら、パッショーネにも目をつけられただろ」
「そ、目をつけられたさ。だから今は組織にいる」
「なるほどな……手に負えないなら味方にしちまえってことか」
「組織が俺たちみたいな能力者をチームにまとめてるのも同じことだ。いざという時まとめて始末できるように…スタンド使いってのは殺すのも面倒だからなぁ〜」
 通りを進んで次の四つ辻を曲がれば、彼らのチームの溜まり場がある。帰り道はもうない。恨みでギャングを殺していた少年は今もギャングを殺している。帰り道はもうないのだ。

神に感謝を all


 神様に謝らなきゃならないことが3つある。
 1つ。なんで神様ってやつは、いちいち人間を死なせてまた新しい人間を作りだすんだ、同じ人をキープしたほうがラクじゃないかってずっと不思議だったけど、死んじまったほうがいいぐらい最悪の人間がいつまでたっても死なないのはメンドーだから、神様、あんたのやり方は正解だ。そのかわり、死ななくってもよかった人間も、死んじゃうんだけど。
 2つ。すべての人間を愛せるんだから神様ってすごい。俺は自分のチームの連中でさえかなり大変だ。
 3つ。紫とオレンジは合わないと思っていたけれど、考えが変わった。去年シチリアで見た夕日。あれはすばらしかった。



 あまりに寒かったのでイルーゾォはもこもこのマフラーを巻いてニット帽をかぶってロングコートに身を包んでいた。ついでに少しでもあったかいようにと髪をおろしてたのが悪かった。
 ねえカノジョ、と後ろから声をかけてきた男が、追いかけてきて正面に回り込み、イルーゾォの顔を見た瞬間、あからさまに「なんだ男かよ…」と舌打ちして去っていった。
「…………」
 イルーゾォは思わず立ち止まって、しばらく行き場のない怒りやら脱力感やらを持て余し、空を仰いだ。冬の晴れた空、遠く青く、空気は澄んでいる。世の中はバカバカしいことがあまりに多い。


 住処にしてるフラットと、チームの溜まり場になってる場所とのちょうど中間あたりに、行きつけのバールがある。
 イルーゾォはとくに用事がなければ、毎朝そこで食事をとり、デニッシュかなにかを買って、溜まり場に向かうのが日課だ。今日も朝からカプチーノやブリオッシュを楽しむ客たちでいっぱいの店内を横切り、通りが見渡せる窓際のカウンター席に座る。
 ミルクティーを傾けながら、通りを行き交う人たちの姿を眺めてるのが、イルーゾォは好きだ。変な人間を見つけると楽しくなる。頭に花を咲かせた奇抜なファッションだったり、所構わずハイタッチしながら過ぎてく人だったり。
 寒さでイルーゾォの目の前のウィンドウガラスには霜が降り、白く曇っている。
 通りを眺める視界に、見覚えのあるものが映り込んだ。真っ黒の格好に金髪の頭が2つ。プロシュートとメローネだ。方向からして、2人もこれから溜まり場へ向かうところらしい。
 ちょうど2人が目の前を通り過ぎるあたりで、コンコンとウィンドウガラスを指で叩く。店側を歩いていたメローネが振り向く。あ、という顔をして、横のプロシュートに話しかけ、2人ともこっちを見る。
 メローネが何か口をぱくぱく動かして、話しかけてくるが、ガラス越しだから当然聞こえるわけもない。イルーゾォが、は?と手をあげて何言ってるかわからないとジェスチャーすると、メローネは手袋をした指で、霜のおりた窓に文字を書きだした。
 メローネ側から書いてるからイルーゾォにしたら鏡文字だ。それでも読めたのはイルーゾォが鏡面に親しいからというより、その言葉があまりに下品だったから。『Fanculo!』仮にもご飯を食べてる人間に「クソッタレ」なんて書いて見せるか?
 世の中はバカバカしいことが多すぎる。



 チームの溜まり場で、ホルマジオがなぜか左顔面にでっかいガーゼを貼った派手な風体してソファに転がっていた。
「朝起きて何事かと思ったぜ。なんせ口ん中も顔面も血だらけだったからなァ~~」
 酔っぱらってコケて顔面から地面に激突したらしいが、本人は覚えてないんだとか。だいたい、いい年した野郎が記憶すっ飛ぶまで飲むか?そのへんの感覚はイルーゾォには理解不能だ。ホルマジオにとっては、ベロベロに酔っぱらうのは一種の娯楽らしい。
 プロシュートが煙草片手に鼻を鳴らす。
「それ本当に転んだ傷か?女にしつこく迫って反撃されたんじゃあなくて?」
「そうだったらどんなにいいか。俺がキスした相手はまちがいなく固くてゴツゴツした地面だったぜ、残念ながらなァ」
「そうゆう感触の女のケツにキスしたって思えよ」
「おめー無茶ゆうんじゃねえぞ?男でもあんな固ぇケツの皮はなかなかねぇーよ」
「おまえでもか?」
「ああ?言ったな?しょおがねぇなぁぁ~~~俺のツルッツルのケツが拝みてぇならハナからそう言えよ!」
 バカ脱ぐなバカ、とプロシュートはケツを向けてくるホルマジオに足蹴を放つ。
 どっちもバカだ。



 別の方向でもうちょっとバカな奴がやって来た。
「ギアッチョ!どうしたんだ!派手なリフォームしやがって」
「うるせぇッ!バンソーコーもってこいッ!!」
 登場するなりメローネに叫び返したギアッチョは、両手両膝すりむいて服が破れ、おまけに右耳の耳たぶが半分ちぎれかけて大出血だ。
「先週買ったマウンテンバイクをよォ~~鼻歌歌いながら両手離しでこいでたら、ガキが飛び出してきやがってよォ、思わずよけた先にバス乗り場のベンチがあってバイクごと突っ込んだんだよ」
「ブルース・ウィリスみてぇなだな」
「ベンチが心配だ」
 ギアッチョの足下になぜかゴルフボールが転がってきて、ゴルフのパタークラブを担いだリゾットが拾いに来た。
「なんだァ?何やってる?」
「ウチにグリーンあったか?」
「ピタゴラ装置だ」
「は?」
 そこに上のフロアに続く階段からペッシが顔を出した。
「やっぱ空き缶の角度が問題みたいですぜ、リゾット。コップの置く場所は動かさないんでしょ。空き缶の部分を伸ばした方がいいのかも」
「コップはボールがはまったときに安定感が悪いのかもしれねぇな。靴かなんかで固定するか……」
「何してんだおめーら?」
「それより救急箱はどこだっつーんだよ。耳の血が止まらねぇ」
「悪いなギアッチョ、救急箱も装置の一部なんだ」
 リゾットがパターで示した先、階段の途中に設えられた謎の装置のようななにかの土台に、たしかに救急箱が使われている。
 なにがなんだか分からなかったので、全員で階段をのぼった。階段の各所には、なにかのコースらしい装置が作られている。
 階段の一番上にあがったリゾットが、パターでゴルフボールを軽く打った。
 ボールは跳ねながら階段を落ちていき、曲がり角に置かれたステンレス製のボウルでカーブし、ゲーム機の空き箱に入って、サランラップの箱をつないだコースをすべり、底を抜いた空き缶を連ねた管の中を通って(その台座に、角度をつけるために救急箱が使われていた)、さらに置いた階段の先、一番下のフロアに、靴で挟まれ固定させられたコップの中に、見事ホールインワンした。
「おお、すげえ!」
「よっしゃあッ!リゾットッ!やりましたぜッ!!」
「この2時間が無駄にならずにすんだな」
「2時間もこんなことやってたのかよおめーら」
 なんだかんだ言いながらも歓声にわき祝い酒だと騒ぐ連中を見て、イルーゾォは思う。世の中は実にバカバカしいことが多い。でもきっとこの連中は、バカバカしいことがないと生きていけないだろうから、世の中で起きるバカバカしいことのほとんどは、神様からのプレゼントなんだろう。

悪人 r.p


※残酷・流血表現を含みます。ご注意。


 可能なかぎり時間をかけて残酷に殺せ。
 それが今回の仕事内容だった。だからわざわざ2人でいった。相手はスタンド使いじゃない。仕事するにはひとりで十分だった。ただ恐怖心をあおるための演出。ただそれだけ。
「あぁぁ…うぅうううう……」
 不自然にしわがれ、老いた皮膚を垂らす男は、猿ぐつわを噛まされダイニングチェアに体を縛り付けられている。
 ひん剥いた目玉から止めどなく血の混じった涙がこぼれているが、まぶたを閉じることはできない。ホッチキスの芯の形をした鉄片で上下に縫い止められているからだ。
「おいおい、そんなに泣いちゃあよく見えねえんじゃねえか?泣くなよ。男前が台無しだ。まぁ、その男前なツラも半分しか残っちゃいねえが…」
 プロシュートは男の服の襟ぐりを引っ張り上げて、男の目からこぼれおちる涙を拭ってやった。布にはべったりと赤黒い血が張りつく。
 男の顔の右目から下は、数十本の釘が飛び出している。皮膚を突き破って、ぼこぼこした脂肪が見える。何本かは内側から唇も貫いてるから、猿ぐつわだって鮮やかな赤だ。
 シワだらけの顔にはまだらな斑が浮かび、まるで殴られた痕のようにみえる。白髪は半分近くが抜け落ちてしまった。
 人生を倍速したかのような、自分の体が一瞬にして老化していく恐怖に男は悲鳴をあげたが、今や男の目に映るのは自分だけじゃない、妻と子供たちさえ老人のように枯れ果てた体となって、床に倒れている。
「ママ、ママァ……」
「ママ、パパ、たすけてぇぇ…」
 母親の女性はすでに死んでいる。喉を鋭いナイフでかっ切られ、頸動脈から飛び散ったおびただしい量の血は、壁と天井一面にぶちまけられ滴った。おかげで滑らないよう足下に気を払わなければならない。
 リゾットは血溜まりを踏まないようにしながら、母親の両脇に手を差し込んで上半身を持ち上げた。真っ赤なエプロンをしているみたいな女の服が、べちゃべちゃと鳴る。
 下半身を引きずったまま、リゾットは女の体を男の横に並べたイスに座らせた。そのままだと人形のようにだらりと落ちてしまうから、仰向かせて背もたれに上半身を寄りかからせたが、仰向くと首の切断面がぱっくりと口を開けて、重みでぶちぶちと皮膚が裂け、頭が首からちぎれ落ちてしまいそうだった。
 男の眼球は恐怖に見開かれ、自分のとなりに並ばされた妻を見つめている。口からは不明瞭なうめき声が漏れる。
「おいリゾット…それじゃああんまりだろ。ちゃんと頭ぐらい繋いどいてやれ」
「面倒なことを言うな。破壊が専門だから修理は苦手なんだ」
 それでもリゾットはメタリカを使って女の首から太いボルトを生み出し、肉に食い込ませて裂けた首を補強した。フランケンシュタインのような様相になってきた。床に転がっている2人の子供たちがさらに声を上げる。




 一家の惨状を発見したのは、子供の世話をたのまれているベビーシッターの老婆だった。週に二度、火曜日と金曜日だけ家を訪問する。
 発見されたのは週末を過ぎた火曜日。近所の人たちは、家族が週末旅行に出かけると聞いていたから、家族の姿をまったく見なくても疑問に思わなかった。

 金融業をいとなむ父親と裕福な家庭出の母親、それから10歳の女の子と4歳の男の子の4人家族だった。
 玄関に入った時点ですでに異臭がした。肉の腐敗した臭いと空気をムッとさせるほどの血の臭い。
 4人の死体はすべてリビングで見つかった。子供2人は耳から細長い先の尖った凶器を突き刺され、脳みそを貫かれて死亡。顔の皮が一部剥がされている。検死の結果、生きてる間に皮膚を剥がされたとわかった。
 母親は頸動脈を切り裂かれて即死。その血はダイニングからリビング一帯に広がっていて、床に引きずった跡が残されていたから、キッチンで殺されたあとリビングに運ばれたらしかった。死亡時刻は一番早い。
 父親はイスに体を縛り付けられたまま死んでいた。顔面と、両腕両足股関節から多量の出血をしている。しかし致命傷となったのは『体の腐敗』だった。どういった方法でかは不明だが、父親は生きながらに老化し腐って死んでいた。
 歯も抜け爪もボロボロで、髪の毛は半分以上が床に散らばっている。当初それは拷問によるものと思われたが、皮膚に引っこ抜いた痕跡はなく、すべて『自然に』抜け落ちたらしかった。
 検死の結果、一番最初に殺された母親は金曜の夜にすでに死亡していて、一番最後だった父親の死亡日時は月曜の夜とわかった。子供たちはその間の日曜日に殺されている。つまり父親は、妻と子供たちが殺されるのをずっと見せつけられ、殺人鬼と4日間を共にしたのだ。
 現場にはひとつも凶器らしきものが残されていなかった。
 ただ狂気に満ちた4つの死体だけが事件の証言者として残されていた。


『恐ろしい猟奇殺人です。現場には警察の特殊捜査チームが駆けつけ、一家4人を惨殺した冷血な殺人鬼の追跡捜査を行っています。一刻も早く、事件が解決するのを祈るばかりです』
 女性レポーターは惨劇を目撃した被害者気取りで顔と声に悲痛さをこめ、テレビの向こうからホルマジオに訴えかけてきた。
 ホルマジオはソファの背に片腕を置き、空いた方の手で炭酸水の瓶をあおった。
(リゾットとプロシュートの仕事だな…)
 起きたばかりの喉を通る炭酸が心地よい。内側から刺激されて、体と脳が起きる感じがする。
 片手で頭をぼりぼりかきながら眺めていると、テレビ画面はやけにバカ明るい天気予報に変わった。
 なんだ?と思って顔だけ振り向くと、ソファの後ろに立つギアッチョが、リモコンをテレビに向けて勝手にチャンネルを回している。
「なんかおもしろい番組はやってねえのかァ〜?つまんねーニュースじゃなくてよォ」
「ギアッチョおめー…メガネ変えた?」
 人を殺すことは生活の一部だから今さら確認すべきことじゃない。水を飲む、テレビを見る、それと同じレベルのこと。スタンド使いであることは、そうゆうことだった。呼吸の次ぐらい簡単に人を殺す。悪意のない、無邪気な所作で。その意味で彼らはたしかに悪人なのだ。

× CLOSE

カレンダー

02 2024/03 04
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

リンク

カテゴリー

フリーエリア

最新CM

[01/02 クニミツ]
[02/16 べいた]
[02/14 イソフラボン]
[01/11 B]
[12/08 B]

最新記事

最新TB

プロフィール

HN:
べいた
性別:
非公開

バーコード

RSS

ブログ内検索

アーカイブ

最古記事

P R

アクセス解析

アクセス解析

× CLOSE

Copyright © スーパーポジション : All rights reserved

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]


PR