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究極の選択その2(御題) all


天国か地獄か

 メローネは生き物が嫌いだ。生ぬるくてぐにゃぐにゃしてて気味が悪い。
「ほーらよッ!」
「うわぁ!やめろ!うわぁあ~~~ああ……ぁあ…」
「キモチわりィ声だしてんじゃあねーよクソがッ」
 ホルマジオはわひゃひゃと笑いながら、抱きかかえた猫をもう一度メローネに向けて放り投げた。メローネは無様な声をあげながらソファの上でのたうち回っている。猫はといえば、メローネの素肌の腹の上に軽く降り立つも、動きまわる地面を嫌がり、テーブルの下に逃げてしまう。
 ホルマジオがそうやって猫をメローネに向けて放り投げるという遊びを始めてから、すでにそこそこの時間がたつ。
 ふだん生意気なメローネをいじめられる絶好の機会ということで、ホルマジオはそうとう楽しそうだが、同じくリビングでテレビを見てるギアッチョとしては、やかましいことこのうえない。
「ったくよォ~~猫ごときでヒャアヒャア叫んでんじゃあねーぜ……ギャングだろうがよォ、ギャングってのはもっとこう、こうじゃなくちゃなァ」
 ギアッチョが見てるのは日本のテレビアニメだ。妙にモニアゲの長い猿顔の男が、金銀財宝をたんまり抱えて、トッツァ~ンとかなんとか言っている。横にはおなじみナイスバディの美女だ。ギャングはこうでなくてはならない。
「ギアッチョそれ、ギャングじゃなくて泥棒だよ」
「泥棒じゃねえッ!怪盗だッ!」
「知ってんじゃあねーかよ…」
 ペッシの親切な横やりをはねのけるギアッチョに、イルーゾォは呆れた顔を見せる。
 猫がイルーゾォの足元にしっぽを絡ませてくる。イルーゾォがかがんで手をのばすと、するりと通り抜けてしまった。
「かわいくないやつ。ギアッチョみたいだな」
「ああー!?なんか言ったか!?」
「お~いミャアちゃんどこいったァ~?」
「あっちですぜ」
 いたいたと嬉しそうにホルマジオが、また猫を抱えて戻ってくる。
 逃げればいいのにソファに転がったままのメローネは、また気味の悪い悲鳴をあげた。
「覚えてろよホルマジオ!今度あんたの枕もとに、今までに関係もった女全員集めて並び立たせてやるからな!」
「ヒュ~♪そりゃ壮観じゃねーか。みんなで仲良くベッドインとしゃれこむぜ。そぉ~ら!」
「ひぃやあああぁぁぁ………」





愛情か友情か

 プロシュートがずいぶん熱烈な目線を向けている。
 相手がレディたちなら皆が花と顔をほころばせ頬をばら色に染めて恥じらいで目をうつむかせただろうが、残念ながらプロシュートの視線の先にある『それ』は、人間的な美醜など感知せず、すまし顔でガラスの容器におさまっている。
「プロシュート」
「ああ。買い物終わったのか」
 リゾットが横に立っても、プロシュートは熱烈な目線を『それ』から外そうとしない。
「……いくら道行く女性にはかたっぱしから声をかけるのがイタリア男の流儀だとしても、それはさすがに」
「冗談を言ってるんだな?リゾット?そうじゃなきゃ殺す。そうであっても殺す」
 ようやくプロシュートがリゾットの方を向いた。だが向かないでほしかったと思うぐらい、その両目は殺気に満ち満ちている。
 その殺気から逃れるためにリゾットはそっ…と視線を外し『それ』を見やった。
「高いな」
「アンティークだからな。だが美人だ」
 プロシュートがさっきから熱心に見つめていたのは、ショーケースにおさまった女の子の人形だった。
 フワフワのプラチナブロンド、青いガラスの瞳。不思議の国のアリスにでも出てきそうな、中世風のドレスを身にまとっている。
「なかなか出回らないレアもんらしくて、けっこう探してたんだが、まさかこんな街中で出会えるとはな。どうしても手に入れたいところだが、あいにく持ち合わせがない」
 なるほど。熱烈な目線の理由はそれか。
 リゾットはプロシュートという人間に敬意をもっていた。大胆不敵な行動力と、何者も説き伏せるカリスマ性、明晰な観察眼と研ぎすまされた直感。そういった人間的魅力に加え、己の主義主張によってつねに整えられた外面が、よりいっそうこのプロシュートという人間を圧倒的な存在として輝かさせていた。
 彼のもつポリシーや哲学というものすべてに、うなずけなくても、自分とはまったくちがった人間という意味で、リゾットはプロシュートを尊敬している。
 だからこそ。
 だからこそ、忠言すべきと思うのだ。プロシュートとはそこそこ長い付き合いだ。同じチームにあり、率いる者同士でもある。
 すべてのことを隠し立てせず開け放って分かり合おうとは思わないが、尊敬できる人間に対してこそ、敬意をもった忠告ができてしかるべきなのだ。
「プロシュート。人の性癖や趣向に口を出すのは本意じゃないが、さすがに人形というのは」
 言い切る前に思い切り胸ぐらを掴みあげられた。次にくるパンチとキックを予想してリゾットは構えをとる。
 そうすると頭突きがきた。避けきれず右頬に喰らう。さすがに痛い。
「目が覚めたか?」
「覚めた。どうやら寝ていたらしい」
「そうだろう。おまえの目、あいてんのか閉まってんのか、わかりにくいからな。今回はしょうがねぇなぁ~ってやつだ」
 プロシュートはフンと鼻を鳴らして胸ぐらを離した。
 リゾットはプロシュートと並んでショーウィンドウのドールを見る。ガラス玉の無垢な目。初めて赤ん坊を抱いたときのことを思い出した。赤ん坊の目は本当に、吸い込まれそうな、なにもない、『無』の瞳なのだ。それからいろんなものと出会ってたくさんの美と悪を知って、光り輝きあるいは暗く沈む。
「プレゼントにしちゃ対象年齢が幼すぎる気がするが」
「そりゃな」
「それに高価だ」
「レディに贈るモンに高いも低いもねえよ。それこそおまえ、年齢と高価さを秤にかけてたら、レディに嫌われるぜ。10歳でも相手は立派な女だからな」
「自分の娘をそんないやらしい目で見てるのか?」
「おめーのその発想のがいやらしいんだよこのマンモーニが」





愉快犯かサディストか

 人を抱きしめたときの心地よさをしっている。
 その肉体のもろさも。
「おかえりィ~」
 と言ってなぜかメローネが両手を広げ玄関で待ち構えていた。
 リゾットは、本気でなぜかわからなかったので、それにメローネが何かを企んでる気がしてしかたなくて、踏み出しかけた足を一歩引かせて、じっくりとメローネを観察した。
「なんだよ?」
 メローネは変わらず両手を広げ、廊下に立ちふさがっている。顔には気持ち悪いぐらいおだやかな微笑み。
 これは何かある。
「そこをどけ」
「おいおい、ヒドイんじゃねえか?せっかく仕事帰りをねぎらってるってのに」
「メタリ」
「おいおいおい!リゾット!」
 リゾットの声をかき消すように喚いてから、メローネはため息をついて腕組みした。これでいいんだろとばかりに、体を横によける。
 リゾットは相変わらずメローネに不審な目を向けながら、メローネの横を通り過ぎた。
 背後から、声がかかる。
「ボジョレーのワイン、買っといてくれたの、あんただろ?」
「…ああ、」
 ようやく合点がいった。フランスのボジョレーで造られる新酒・ヌヴォーは、この時期だけ楽しめる軽快な赤ワインだ。去年は忙しくて期を逃し、メローネがずいぶん残念がっていた。街中で偶然『ボジョレー・ヌヴォー入荷』の文字を見かけたとき、リゾットはふとそのことを思い出したのだ。
「安物だがな」
「ああ、なんだっていいんだよ。その年に収穫したブドウから造ったその年の新酒、てのが重要なんだ。覚えててくれてうれしいぜ」
 そう言って笑ってメローネが両腕を広げると、今度はリゾットも避けなかったので、メローネは機嫌良くリゾットをハグした。
「グラッツェ」
 メローネの手がリゾットの肩を抱き寄せ、布地に鼻先を触れさせる。これはメローネが本心からの感謝を表す仕草なのだと、以前プロシュートが言っていた。
 リゾットはハグを返さなかった。
 かわりに、片手でメローネの背中をぽんぽんと叩く。
 メローネは満足したようにリゾットから離れて、さぁはやくヌヴォーを開けようと笑う。
 リゾットは、人を抱きしめたときの心地よさをしっている。その肉体のもろさも。幼い頃、母に、父に、抱きしめられた記憶、弟妹たちからの親しげなハグ、それから、あの子へのハグ。酒酔い運転の車に轢かれ、無惨に切り裂かれたあの子の体。抱きしめた記憶。指の間から流れ落ちる血と肉片。
「ギアッチョのやつ、ずいぶん好き勝手に改造してやがるな。シートが倒しにくいったらねぇぜ」
 プロシュートがクラッチを強く踏み込んでブレーキをかけると、車は停車線ぎりぎりですべらかに停止した。ギアをローに入れ、赤信号に目をやりながら、プロシュートの手はすでに吸いかけの煙草に伸ばされている。
「給料の大部分をつぎ込んでるようだな」
「あいつが金使う対象なんて、車、服、漫画だろ」
「それだけ聞けば妙に男らしいが」
「最後のいっこさえなけりゃな」
 リゾットは助手席から窓に流れる夜の光を眺めていた。街明かり、尾を引く赤や黄色のテールランプ。ローマへの道は今日も大渋滞だ。
「このへんが混んでるのはいつものことだが、今日は異常じゃねーか?」
「事故でもあったのかもな」
「ああ、みてぇだな。あそこ」
 プロシュートの指し示す方を見やると、歩道に乗り上げフロントが大破した車が一台見えた。相手は車かバイクか、あるいは歩行者か。
 思い出そうとしなくったって、リゾットの腕には、記憶の淵からするすると、あの感触がよみがえる。抱きしめた両手からこぼれ落ちるなまあたたかい体。
「あーあ、こんなちんたら走ってたら眠くなっちまうな。高速でおもいっきりぶっ飛ばしてぇ」
「やめとけ。俺に抱きしめられたくなければな」
「ハ?」
 リゾットの腕はもう大事なものを抱きしめない。
 心地よさはじゅうぶんに知っていても。


special thanks. MasQueRade. title from

虚言の食卓 m.i


 リゾットに呼び出された時点でイルーゾォは嫌な予感がしていた。普段は特に勘がいいというわけでもないのに、こうゆう時に限って当たるのだ。不幸だ。
「メローネを監視してくれ」
「なんだよそれ」
 放たれた言葉の意味にゾッとした。
 リゾットは表情を変えず、机に座って腕を組んでいる。
「今から、俺がいいと言うまでだ。メローネが起きてるときも寝てるときも食事中も任務中もずっと張りついていろ。そして逐一俺に報告をいれてくれ。以上だ」
「待てよ、リーダー」
 本気で話を打ち切るつもりだったらしいリゾットが、まだ何か?という顔を向けてくる。イルーゾォの意図するところがわからない筈もないというのに。
「どうゆうことだよ。メローネの奴、なんかしでかしたのか?」
「組織を裏切っている可能性がある」
 自分で問いただしたとはいえ、真意をはっきり聞いてしまうと、それはそれで衝撃だった。
 けれど2、3秒考えたら、思う。
(…あいつならありうる)
 メローネの考えてることはよくわからないのだ。思考回路が複雑すぎる。と思ったら本当に脊髄反射で生きてるんだなと思うこともある。さっきと今ではまるで別人みたいなテンションになってる時もある。なりふりかまわず道ばたで機嫌良く大声で歌ってるかとおもったら、引きこもり10年目みたいな陰気な顔でソファに転がってたりする。
(正直、俺たちのことをちゃんと『チーム』の『仲間』とおもってるかどうかも、怪しい。とくに、俺のことは)
 イルーゾォはこのチームに入ってからこの方、メローネと気が合った瞬間が一度もない。れっきとした性格の不一致だ。
 他のみんなはわかりやすい。ペッシはマンモーニだしギアッチョはうるさいしプロシュートは怖いしホルマジオは適当だしリゾットは変だ。わかりやすい。メローネだけがわからない。
 強いて言うなら、意味不明、だ。
「一週間前、メローネに仕事をまかせた。男一人を殺す仕事だ。もちろんその仕事はなんなく完遂された。だが男の家には偶然、男の母親が来ていたらしい。メローネはその母親を匿ってる」
「それは……たしかなことなんだろうな」
「組織の上層部からのリークだ。なんにしろ、おまえがメローネを追跡すればわかる」
「組織裏切りの意志は、どう判断するんだ」
「それは俺が決める。とにかくイルーゾォ、おまえが見たままを報告してくれ」
 



 イルーゾォの父親は軍人だった。詳しくは知らないが陸軍の少尉だったらしい。
 短気で攻撃的な人だったから、よく何かにつけては母親をぶっていた。イルーゾォも子供の頃からしょっちゅうぶたれた。
 特に父親にとっては、一人息子のイルーゾォが、父親のように屈強な戦士としての振る舞いをまったく受け付けないことが腹立たしいようだった。
 この腑抜けが、それでも俺の息子か。もっと軍人らしく振る舞え。
 そう言われては殴られ蹴られ、時には家の地下室に閉じ込められた。
 父親はイルーゾォに軍人、しかも階級のある士官兵になってほしがったが、イルーゾォは軍人になんか死んでもなるもんかと思っていた。軍人なんか、人を殺して、家では女を殴って、平気でのさばる、最低な人間じゃないか。イルーゾォは軍にも国家にも階級にも興味はもてなかった。それよりもゲームや漫画や本が好きだった。
 母親は非力な人で、夫に殴られても泣くだけだったし、夫が苛立ちまかせに割った皿や花瓶の破片を黙って拾うだけの人だった。
 イルーゾォは彼女のことをかわいそうな人だと思っていて、自分が殴られてる時に助けてくれないことは恨んでたけど、いつからか俺が彼女を守ってあげなければならないなと思っていた。
「ジョルジョ?そこにいるの?」
「ああ、ここだよ。スープをあたためてる。食べるだろ?」
「ええ。ありがとう、ジョルジョ」
 鏡面の向こう、現実の世界で、老いた女がイスに、テーブルに、手を付きながら、台所の方に話しかけている。イルーゾォは鏡の中から、その様子を定点観測のように見ていた。
 ジョルジョは、メローネがよく使う偽名だ。ジョルジョ・アルマーニと思いきや、ジョルジョーネというルネサンス期の画家にあやかってるらしい。
 イルーゾォは絵画に詳しくないが、ジョルジョーネの描いた『ユディト』という絵のことはよく知っている。メローネがしょっちゅう話していたからだ。
「ユディトはとびっきり美しい未亡人で、敵軍が街を囲ったとき、敵軍の陣地に入り込んで、軍を率いていたホルフェルネス将軍に近づくんだ。ユディトの美しさに気を許した将軍は、彼女を酒宴に招く。ユディトは将軍が酔っぱらって寝てしまうのを待って、将軍の首を斬り落とした」
 絵では、薄紅の衣をまとった女が、右手に剣をさげ、さらした生足で男の首を踏みつけている。女の顔には、聖母のような静かな微笑がえがかれている。美と性、そして慈愛。
「さぁ、できたよ。クリームスープだ」
「とてもいい匂いだわ、ジョルジョ。スープのお皿はそこに…」
「いいから、座ってなよ。動きまわると危ないだろ」
「ふふ…長年暮らした私の家よ、見えなくったって何がどこにあるかぐらいわかってるわ」
 老女は全盲だった。
 皿の支度を手伝おうとする彼女を、メローネがやさしくなだめ、その手をとってテーブルへと導く。
 老女は微笑んだまま、素直にテーブルについた。そうしてメローネがスープを運んできてくれるのを、うれしそうに待っていた。
(あんな手つきも、できるんだな。やさしい…まるで息子が母親にしてやろうような)
 イルーゾォが知っているメローネは、ベイビィフェイスを生成したりドラッグをキメてる時の最高にハイな状態か、誰かと話してる時やひとりでテレビを見てる時にみせる恐ろしく冷めた顔のどちらかだ。どちらも暗殺者にはふさわしいが、母親を愛するひとりの息子にはほど遠い。
(全盲で、無謀なばあさんに、ほだされたとか?いくらなんでもそれはないだろ。自分の、母親と重ねてるとか…)
 イルーゾォは、メローネの母親なんて、知らない。今のチームに来るまでの話をすることもほとんどない。聞かなかったし、聞かれなかった。互いに互いへ興味なんかないだろうと、思っている。
 メローネが皿に盛ったスープを運んでくる。ひとつを老女の前に置いて、もうひとつを向かいの席に置き、自分も座る。
「本当にいい匂いだわ。あなた、料理が上手なのね」
「いつもはしないんだけどね。あんたには特別だ」
「まぁ…じゃあ、ゆっくり味わっていただかないと」
「いくらでも作ってあげるよ。地下室にバターも牛乳もじゅうぶんに保管してあったからね」
「ええ、そうでしょう。息子がシェフだったのよ。いまは別々に暮らしていたけれど、よくうちに来ては食糧を置いていってくれたわ。かあさん一人だと、買い物にいくにも大変だろうってね」
「やさしい息子さんだ。料理を作ってくれることもあった?」
「そうね、時々は作ってくれたわ。勤め先のリストランテで使ってる、とくべつな小麦粉を持って帰ってくれることもあったの」
「とくべつな?」
「そう、とくべつな。市販されてないものだって言ってたわ。だから大事にしまってあるのよ。まちがって使ってしまわないようにね」
 老女は食卓のうえで静かに手を組んだ。
 メローネも、それに習って手を組む。
「主よ、あなたの慈しみに感謝して、この食事をいただきます。ここに用意された食物を祝福し、私たちの心と身体を支える糧としてください」
 老女の声が、静かに鼓膜を打つ。
 小さなダイニングテーブルで、スープ一皿を前に、向かい合って座る老女と青年。メローネは両手を組んで目を閉じている。その姿は絵画のように神聖なものに思えた。
「父と子と、精霊の御名によって。アーメン」
 老女が十字を切る。メローネは手を組んだまま動かなかった。深くまぶたを閉ざしている。
 そのとき老女がふと、顔をあげた。
 イルーゾォは息を呑んだ。メローネは目を伏せている。見てるのは鏡越しのイルーゾォだけだ。
 老女の、ふだんは閉じられた両目が開いて、全盲者特有の、ガラス玉みたいな透明な瞳が、メローネを見ている。
 いや、見えてはいないはずだ。それでも、その瞳は確実に、自分の目の前に座って祈りを捧げるメローネの姿を、映しとっていた。鏡のように。
「そして主よ、この食事をともにできる私たちが、私と、このジョルジョが、いつもあなたの愛のうちに歩むことができますように。私たちの罪をゆるし、私たちを悪よりお救いだしください」
「…………」
 メローネが、ゆっくり顔を上げる。
 老女は透明の瞳で、メローネを映し出している。ユディトのような微笑をたたえながら。
 メローネは、さっきまでのやわらかい表情をなくし、冷たい皮をかぶっていた。
 まちがいなく暗殺者の顔だった。イルーゾォは、それを見たとき、メローネに組織を裏切る意志はないと、わかった。




 料理に使う分厚い包丁から、赤い血が幾筋も滴っている。
 そういえばイルーゾォは、メローネが人を殺すのを初めて見た。メローネ自身の手で、握ったナイフで、腹部をちょうど三回。
 血を噴き出して倒れた老女をまたいで、メローネは老女の寝室へ入っていった。
 壁にはささやかな絵画が飾ってある。ルネサンス期の聖書をテーマにえがかれたものだ。それを壁から外すと、小さな隠し扉があった。
 ネジを回し、扉を開ける。壁に穴を掘っただけの、簡素な隠し収納庫だ。片手を突っ込んで探ると、すぐに目的のものが見つかった。何個かの袋に詰められた、白い粉。
「麻薬か?」
「そう。ごく高純度の。老人なんか一発であの世行きだ」
 ベッドの脇におかれた小さな鏡台から姿を現したイルーゾォに、メローネは平然と応えてみせた。最初からイルーゾォの存在を知っていたかのように。いくらメローネでも鏡の中の様子が見れるわけじゃないし、そんなことありえないのだが。
「どうゆうことなんだ。これは組織の命令か?」
「最初っから俺の仕事の目的はコレさ。隠し場所はシェフの男しか知らなかった。まさか母親の家に隠してるなんてな。サイテーの息子だぜ」
「じゃあ、なんで俺はおまえの見張りなんかやらされたんだよ」
「そりゃあ、そのまんまの意味だろ。組織は俺の裏切りを疑ってた。それだけのことだ」
「リゾットは…」
「さあね、それは知らない。でも俺の監視におまえを付けたってことは、おまえへの信頼だろ。よかったな」
「…なんにもよくねーよ」
 組織はメローネの仕事の目的を知っていた。それを命じたのはパッショーネ自身だから。それなのに同時に、メローネが裏切る可能性も疑っていた。それほどにパッショーネは、自分たちのチームのことを信頼していないということだ。
 ダイニングに目をやると、倒れた老女の足が見えた。血の海がじくじくと広がっている。
 さっきまでそこで、老女とメローネは、スープを作り、神に感謝し、あたたかい食卓を囲っていたというのに。
 メローネが老女に向けていた表情が、ぜんぶ嘘だとは思えない。
「俺は、ずっと母親似だと思ってたんだけど」
「ん?」
 粉の入った袋を手に、メローネがイルーゾォの方を見る。イルーゾォは、光のもれるダイニングに目をやったままだった。
「最近は、じつは父親似だとおもうようになった。軍人だったんだ。俺は軍人なんか人殺ししか能のないやつらだとおもってた。それって、今の俺とたいして変わらない。俺も、おまえと同じように、人を殺す。そんな酷いことできる人間が、母親に似てるはずなんてない。ひどい男に似たんだ。そのシェフの男だってきっとそうだ。あのばあさんになんか、ちっとも似ていないんだろう。きっとそうだ」
「…………」
 メローネは黙ったまま、玄関に向かった。廊下には姿見があった。暗い廊下に立って、メローネはイルーゾォの方を振り向いた。
「俺も鏡に入るの許可してくれよ。はやく帰って寝たい。麻薬も、さっさと組織に届けねぇと、俺は裏切り者扱いで殺されちまう」
 イルーゾォはメローネのそばまで歩み寄った。姿見に入りながら、メローネを許可する、と呟く。鏡面が波のように揺れる。
 一度だけイルーゾォは振り向いた。
 粉の入った袋を手に、メローネが突っ立っている。
「おまえは、どっちに似てた?メローネ」
「おかあさん」
 嘘をついた。メローネは嘘をついた。ちっとも母親には似てなかった。それでもよかった。嘘でもよかった。

パリの悪魔 r.p.m.g


 ナタリーにとってパリコレ取材の仕事は幼い頃からの悲願だった。フランスの片田舎で雑誌記者になってから、この日をどれほど待ちわびたか。週末のファッション関係者のパーティーには必ず顔を出し、カメラマンや編集アシスタントと少しづつコネをつくり、やっとパリコレ行きの切符を手に入れた。
 とはいえ、ただの雑誌記者であるナタリーが、パリコレ参加者たちのパーティーなんていう華やかな場へ招かれるわけがない。ナタリーはパーティーが行われてるパリ7区の高級ホテルの厨房の下男に金を渡して、裏口からどうにかこうにか潜り込んだ。
(うわぁ……別世界!)
 パーティー会場はあふれんばかりの人だ。その誰もが、ヨーロッパの生んだ珠玉のトップブランドを身にまとっている。シャネル、ディオール、ヴェルサーチ、カルバン・クライン、ジミー・チュウ、ナルシソ・ロドリゲス…。
(まぶしすぎてぶっ倒れそう!)
 目立たないように壁際でシャンパングラスを傾けながら、ナタリーは目の前を行き交うきらびやかな男女たちの姿をうっとり眺めていた。ナタリーが憧れつづけてきた世界が、すぐそこにある。
(…あら)
 そうやって目を巡らしていると、向かい側の壁でナタリーと同じようにひっそり佇む二人組に気づいた。
 ひとりはドルチェ&ガッバーナのダークスーツをまとい、きっちり整えられたブロンドがきれいな頭のラインを映し出している。もうひとりはフェラガモのロングニットで露出の多いトップスを覆い、ややくすんだ長いブロンドを肩に流している。どちらも身につけているのはイタリアのブランドだ。
(コレクションモデルかしら…)
 権威ある雑誌編集者や有名カメラマン相手なら、ナタリーごときが声をかける隙もないが、モデルなら取材できるかもしれない。ナタリーは覚悟を決めて、ドレスを軽く正し、人の群れを避けながらゆっくり向かい側の壁へ向かった。
 イタリアンブランドを身にまとった二人は、ときどき互いに耳打ちして言葉を交わしてるらしかった。
 ナタリーには、彼らの周りに誰も群がっていないのが不思議だった。けれどそこにはまるで透明のバリケードがあって、それが彼らを他人の目に触れないよう魔法をかけてしまっているかのように、行き交う誰もが彼らの前を通り過ぎていく。
 それがナタリーにとっては余計に特別なことに思えた。
(どうしようかしら…イタリア語で話しかけるべき?でもイタリア人って決まったわけじゃあないし、私もあまりイタリア語には自信がないわ。英語か、おもいきってフランス語で…)
 胸を高鳴らせながらナタリーが、あと数歩で二人に声をかけられる距離に辿り着く直前、突如ナタリーの目の前に人影が飛び出してきた。
「どけッ!!!」
「きゃあっ!」
 衝撃でナタリーは後ろに転びそうになったが、尻餅をつく前に腕をぐんっと引っ張られた。
「悪い。大丈夫か」
 イタリア語だった。フェンディの革靴をはじめ、こちらもイタリアのブランドをまとった長身の男だ。銀髪のようにみえるプラチナブロンド。ナタリーは慌てて立ち上がった。
「あ、ありがとう!大丈夫!ええっと…」
「そうか。じゃあな」
 Chao、というのは聞き取れた。ナタリーは「待って!」と思わずフランス語で叫んだが、男は一切耳を貸す様子もなく人混みにまぎれていってしまった。男の向かった先には、さっきナタリーの目の前を駆け抜けていった、巻き毛の若い青年の姿。彼の通ったあとは、なぜか妙に冷たい気がした。
「なんなの…」
 しばらく呆然としていたナタリーだが、ハッと我に返って壁際を振り向いた。目当ての二人組は姿を消していた。




 話は2週間前にさかのぼる。
「よぉリゾット、ニューヨークでの仕事はない?」
「ない」
 パソコンに向き合うリゾットの横から、メローネがしつこく画面を覗き込んでいる。リゾットは気にせずあしらっているが、見ているほうがうっとおしく思うぐらいだ。
「7番街のファッションアベニューに行きたいんだけどなぁ~もうすぐパリコレだろ?」
「それがオメーになんの関係があるっつーんだよ、ええ?」
 ソファに転がってアメリカンコミックを読んでいたギアッチョが、苛々と声をあげる。一人掛けのソファに座るプロシュートは「また始まったぜ」とさりげなくテーブルの上の灰皿を避難させた。
 メローネは肩越しにギアッチョに目をやって、フンと鼻を鳴らす。
「古着好きのぼっちゃんは黙ってろ。おまえには一生縁のない話だろうからな」
「ああー?テメーみてえな変態に着られるブランド品の身にもなれってんだ、マリオ・プラダがあの世で泣いてるぜ!」
「本当にいいファッションてのは着る人間を選ばない。俺やおまえみたいな薄汚ぇギャングだって、イタリア王室さながらに仕立てるのがプラダの魔力さ」
「テメーがファッション語るんじゃねーよ気色悪ぃ!」
 実際のところギアッチョもファッションにはこだわりのある方で、ブランド物よりもアメカジ風の古着で上手くコーディネートする。メローネとは単に趣味が合わないだけだ。
「オメーよぉ、俺に説教とはいい度胸じゃねえか…オメーのその穴だらけの服よりもっと涼しくしてやるぜ、凍え死んじまうぐらいによォ…」
「その前に鏡を見てきたらどうだ?頭にでっかいカタツムリが住み着いてるぜ」
「こうゆう髪型なんだよクソがァァーーッ!!!」
「やかましいぞおまえら。やるなら外でやれ。プロシュート」
 リゾットの声に仕事の話が始まるのを感じ取って、メローネはあっさり身を引いた。かわりにプロシュートが席を立ってリゾットの前に歩み寄る。
「国外だがかまわないか」
「ああ。どこだ?」
「パリ」
「同行するぜ!」
 去りかけていたメローネがすごい勢いで戻ってきた。その動きを予想していたプロシュートはメローネの脇腹にニーキックを入れる。
「おめーはお呼びじゃねえ」
「いいや、なんといわれようと一緒に行く、飛行機の車輪につかまってでもな」
「いい考えじゃねーか、パリに着く頃にはそいつも挽き肉になっちまって、これで世界は平和ってこったな」
「ギアッチョ、おまえもだ」
「はぁぁ~!?」
 自分は関係ないとばかりに揶揄を投げてきたギアッチョだったが、リゾットの言葉に心の底から嫌そうな声をあげる。
「2週間後のパリコレの裏で、ヨーロッパの主立ったギャング組織の会合があるのは知ってるな。パッショーネのボスは当然参加しないが、幹部どもがパリに集結する」
「その護衛ってことか?」
「護衛なら親衛隊の仕事だろ。俺らの本業は『暗殺』だぜ」
「もちろん。連中の動きに俺たちは関係ない。やることは『殺し』だ」
「誰をやるんだ」
「フランス人ファッションデザイナー、アルゴ。スタンド能力者だ」
 リゾットが差し出した写真には、坊主頭に縁の太い眼鏡の男が写っている。ファッション業界にはありがちな、少しゲイっぽい雰囲気のある顔だ。40代ぐらいだろうか。
 プロシュートが受け取ってしばらく眺めたあと、写真を渡されたメローネは一瞬見ただけでもうそれ以上見たくないとばかりに即座にギアッチョに回した。逆にギアッチョは穴のあくほど写真を凝視する。
「こいつ知ってんぜ」
「だろうな」
「どうゆうことだ?」
「元パッショーネの暗殺者だ」
「暗殺者だと?それがなんでパリコレのファッションデザイナーなんかやってる」
 プロシュートの疑問は当然だ。組織を抜けるというのはイコール死を意味する。とくに暗殺専門のチームにいたならなおさら。ボスが組織の犬に付けた首輪を簡単に外すはずがない。
「時期的にはモレロと同期の男だ。モレロってのは俺の前任のチームリーダーだった男だが、モレロがリーダーになる前にアルゴはフランスの組織に引き抜かれた。能力を『買われて』な。文字通り金の取引があったらしい」
「なんでそんな、昔のチームの人間をギアッチョが知ってんだよ」
「関係ねーだろうが、今回の仕事にはよォ」
 メローネの視線をあからさまに避けて、ギアッチョはそっぽを向く。わかりやすく話したくないらしい。
「アルゴがファッションデザイナーをやっているのはスタンド能力の特性を活かしてのことだ。ギャング御用達のデザイナーってわけだな」
「いやな予感がしてきたぜ」
 言葉ほど嫌な顔もせずプロシュートは肩をすくめる。
「さすが勘がいいな。パリコレのレセプションパーティーに着ていく服を、アルゴに仕立ててもらう」
「そこで殺すのか?」
「いや、能力を見極めてからだ。実際にやるのはパーティーの時になる」
「めんどくせェ…」
「だからギアッチョのかわりに俺が行ってやるよ」
「なんでそこまでして行きてぇーんだよテメーはよォ」
 ギアッチョが睨みやってもメローネは鼻で笑うだけだ。おまえだって秘密にしてることがあるだろうと。
 プロシュートとメローネが部屋を出て行ってから、ギアッチョはリゾットの前に立ち、二人の出ていった扉を見た。
「なんでアイツ、あんなにパリに行きたがるんだ?ファッション好きとはいえ異常じゃあねーか?」
「さあな、フランスが故郷なんじゃないのか」
「そうなのか?」
「フランス語に詳しいからそうかと思ってたが」
 リゾットは手元の煙草ケースから一本抜き取って銜える。その様子を眺めながら、ギアッチョはアルゴの写真をリゾットの目の前に放った。
「あんた知ってんのか。コイツと俺のこと」
「モレロから聞いてな」
「プロシュートのやつは」
「モレロがしゃべってなければ知らないだろう。あいつはモレロがチームリーダーになった後でうちに配属されてる。だからアルゴとは面識がない」
「アルゴは俺がやるぜ」
「私怨ならばやめておけ」
「ちがうね。俺は『仕事』でしか殺しはやらねぇ…メンドーだからなァ~」
 ギアッチョが机の上の写真を指ではじくと、一瞬で氷漬けになって粉々に砕け散った。

賽は投げられた r.p.h


『ポルポが死んだ』
「つまり?」
『つまりとは?』
 電話口のリゾットに、質問を質問で返すなと毒づきながら、プロシュートは脱ぎかけたジャケットを羽織りなおした。
「誰が殺したんだ」
『自殺』
「馬鹿いえ。あいつがそんな殊勝な野郎かよ」
『同感だ。だがポルポは例の独房の中で死んだ。拳銃を口にくわえて自分で撃ったらしい。…ポルポは“矢”の管理者だった男だ、能力者が関わってるのかもしれん』
「能力者なら、なんらかの方法であの野郎を自殺に見せかけて殺せるだろうな」
 ああ、と電話口の向こうでリゾットがうなずく。
『ポルポは、新入りの試験の真っ最中だった。その新入りは試験に合格してチームに配属されている』
「どこのチームに?」
『ブチャラティだ。ネアポリスの一画をまかされてる』
「フン…」
 名前は聞いたことがある。たしかブチャラティのチームも全員“能力者”だ。
「ポルポが死んだってことは、幹部連中が動くな」
『ああ。もしかしたらボスもな』
「その新入り、追うか」
『まだだ。その前に明日の11時からポルポの葬儀がある。ブチャラティも参加するはずだ。今誰か手のあいてる者はいるか?』
 プロシュートはデスクの電話の受話器を耳にあてたまま、ぐるりと部屋を見渡した。ソファの背にのっかる赤い坊主頭が見える。
「ホルマジオがいる」
『ちょうどいい。ホルマジオを葬儀に行かせてくれ。顔を出す必要はないからリトルフィートをあらかじめ使っておけと伝えておいてくれ』
「わかった。おまえはどうする」
『ボスと親衛隊連中の動きを見張ってる。しばらく姿を隠す。イルーゾォたちが帰ってきたら連絡をくれ』
「了解」
 受話器を置くと、ホルマジオがソファ越しに顔だけこっちに振り向いていた。
「いい話じゃなさそうだなァ〜仕事か?」
「ラクな仕事だ。誰も殺す必要はねえ」
「逆にメンドーじゃねえかよ」
 よっこいせとジジくさい掛け声つきでソファから立ち上がって、ホルマジオは新しい煙草をくわえ、ゆったりと火をつける。それで一服してから、ようやくプロシュートの方に歩み寄ってくる。プロシュートも煙草を吸うから喫煙者のこの独特のテンポが理解できるが、吸わない者からすると苛立つ間だ。おもにギアッチョあたりの話だが。
「ポルポが死んだ」
「ほぉ」
「拳銃自殺だと」
「へえ〜?」
「犯人はおそらく能力者だ。試験を受けたばっかりの新入りが怪しい。ブチャラティのチームに配属されたみたいだ。ポルポの葬儀に行って、リトルフィートでブチャラティたちを偵察してくれ」
「そりゃあラクな仕事だな」
 プロシュートは腕時計を見た。22時17分。
「メローネは今日は仕事か」
「朝から見てねぇなァ〜バイクはあったから上で寝てんのかもしんねーぜ」
「ブチャラティのチーム全員の情報を集めさせよう。新入りの情報もな。明日の葬儀までには全員の顔を頭にたたきこんどけ」
「了〜解っと」
 プロシュートはここにいないメンバーに連絡をとるためデスクの上の受話器を再び手に取ったが、目の前でニヤニヤ笑ったまま立ってるホルマジオに気を取られた。
「なんだ?」
「いや、なんつーかよォ、なんかいよいよって気がしてきてよ、今」
「突然だな」
「まぁな。俺はべつに、おめーみてぇに勘が冴えてるわけじゃあねーが、なんか久々じゃねえか?こうゆうのって。俺らのチームが、全員で動くのってよ」
「そうだな…2年前以来だ」
 チーム宛に、大きな包みの宅配便が送りつけられてきたあの日。2年前。あの時からプロシュートたちははっきりとボスに首輪をつけられ、じわじわと首を絞められてきた。チームの、尊厳と誇りを奪われたあの日。それから今日まで、首輪をつけられたのと同時に、プロシュートたちは、ずっと組織のボスの首を狙ってきたのだ。
「興奮するじゃねーか、なぁ?」
「ハッ…ガキじゃあるまいし」
 賽は投げられた。
 ゲームはもう、始まっている。

究極の選択(御題) all


正々堂々と挑むか奇襲か

 ペッシは気づいていた。実は一時間前から気づいていた。ダイニングテーブルに座るメローネがクッションだと思ってケツに敷いてるのはペッシが買ってきたばかりのおニューのファーコートだ。
「プロシュート、今日は仕事?」
「一件入ってる」
「夜には終わる?」
「ペッシがさっさと片付ければな」
「ふうん……見たい映画があるんだけどさ、今日までなんだよな」
「内容は?」
「悪霊にとりつかれた女が恋人の男とその家族を惨殺して脳みそ食ったり焼いたり並べて鑑賞してみたりする系の」
「そりゃあいい映画だな。アカデミー賞もんだ」
 メローネの向かいに座っているプロシュートが、読んでた新聞をテーブルに放って目にも鮮やかに立ち上がった。あれは「仕事に行く」時の立ち上がり方だ。
「ペッシ!」
「はいッ!」
「出かけるぜ」
「へ、へいッ!」
 プロシュートが出かけると言ったら本当に5秒以内に出発する。ペッシはだからそれまでに準備をしておかなければならない。
 携帯は持った。仕事の場所の地図も頭に叩き込んでる。
 だけどあいにく、着ていこうと思っていたコートが、メローネのケツの下にある。いまだに。
「……なぁ、メローネ…」
「ペッシ、何してる!ちんたらやってんじゃねえッ!」
「兄貴が呼んでるぜ、はやく行けよ」
「ええッ!えーとえーと…!」
 ペッシの目の前にはメローネの下敷きになってるファーのコートがある。と同時に玄関から容赦なく浴びせかけられるお怒りの声。
 ペッシは一瞬にして決断を迫られた。
 コートか兄貴か。兄貴かコートか。
「…今行くよッ!兄貴ィ!」
 悩むほどの選択でもなかった。一目散に玄関に向かうペッシの背後から、いってらっしゃ〜いとメローネの呑気な声が聞こえてくる。
 ペッシは走りながら『ビーチ・ボーイ』を手に持った。後ろも振り向かず、竿を思いっきり振るう。
 次の瞬間、ガターン!と盛大に何かが床に倒れる音と「痛ェッ!!」という声が聞こえた。その頃にはすでに、釣り針に引っかかって手元に戻ってきたファーのコートを羽織って、ペッシはプロシュートに追いついた。
「何やってたんだオメー」
「なんでもねえですよ!じゃあ、いきましょうか!」
「ああ…いいコートじゃねえか、それ」
「へへっ」




勝利の女神か死神か

 目を開けたとたん、視界に入ったのは赤い坊主頭だ。
「……ああ、ここは地獄かよ、赤鬼ってやつが見えるぜ…」
「ご挨拶じゃねーか、ええ?」
 ホルマジオは笑いながらベッドサイドの灰皿で煙草を潰した。一応ケガ人を気遣ってくれてるらしい。
 ベッドに寝転がったまま、ギアッチョは天井を睨んだ。眼鏡をしてないせいでほとんど見えないが、まちがいなくアジトの天井だ。ちゃんと帰ってこれたらしい。
 起き上がろうとすると胸にとんでもない痛みが走った。
「イッ!……テェェえええ…」
「当たりめーだ、アバラ何本かイッてんぞ。まぁた無鉄砲な戦い方したんだろーがよォ」
「うるせぇ………めがね………」
「はいはい、おらよ」
 ギアッチョは腕を上げて受け取ろうとしたが、わざわざホルマジオが眼鏡をかけさせてくれた。俺はガキじゃあねーっつうの…。
 近距離的かつ直線的な戦闘を好むギアッチョは、時々仕事で骨折することがある。『ホワイトアルバム』は銃弾を防げても、衝撃までは防げない。ダンプカーに撥ねられたことだってあった。皮膚は傷つかずとも内蔵を傷めることが多い。
 痛い痛い思いをして、目をさます時はいつだって、死ぬも生きるも変わらねぇという虚しさと、死じまうのは嫌だという臆病さがある。
 目の前の景色は天国かそれとも地獄か。自分はどっちを望んでいるのか。
 ギアッチョにはまだわからない。
「こんな時間までおねんねとは、いい身分じゃねーか、ギアッチョ」
 次に目を覚ましたときには、一見女神のように微笑んだ、だがその両目にも笑う口元にもゾッとするほどの冷たさしかないメローネが、そばに立っていた。地面にぶっ倒れたギアッチョの、頭の側に立ち、反対向きから覗き込んできている。メローネの髪が、カーテンみたいに垂れ下がってる。
 ギアッチョはすぐさま何か言い返そうとしたが、口の中は血がいっぱい溜まっていて、むせた。また内蔵を傷めたらしい。折れた骨が肺にでも刺さったか。
「ダセェなぁ…かっこ悪いぜ、はやく立てよ」
「うるせえ黙れテメーさっさとひとりで行けッ!!」
 一気に言い放って、またむせる。口から血がこぼれた。
 眼鏡のレンズが無事だったおかげで、覗き込んでくるメローネの顔がよく見える。因果だ。こんな時に限って。よく見えたところで奴の顔に一発くれてやる拳も上げられないようじゃあ意味ねーじゃねえか。
 メローネは鼻で笑って、背筋を伸ばした。そうして視線をどこか遠くへやる。
「ひとを死神みてぇに追い払おうとしやがって。助けにきてやったってのになぁ。さながら勝利の女神ってやつ?もっと感謝してくれたっていいはずだろう」
 ギアッチョは地面にくたばったままメローネを見上げる。笑ってる口元は見えるが長い髪がなびいて表情までは見えない。この男は口で笑っていても目が死んでることがあるから、油断ならない。
 逆に口以上に目で語る奴もいる。
「あー…ダメだ…完全に死神が見えやがる……」
「『メタリカ』で止血してる。黙ってろ」
 起きたとたん黒ずくめの目まで真っ黒な男に小脇に抱えられて運搬されていた。男はまるで魂を刈る死神のごとき風体だ。なによりも血の臭い。ものすごく濃い血の臭い。
「それはおまえの臭いだ。ギアッチョ」
「ああ…?そうなのか…?」
「相変わらず無茶をしてるな」
「そんなこたねぇよ、俺はいつだってわきまえてんぜ…知らねーだろうけどな…どいつもこいつも俺のことを無鉄砲だの無茶くちゃだの、言いやがるが、俺はちゃあんとわかってやってるし、俺なんかよりもなァ、プロシュートの野郎とか、リゾット、テメーとか、おまえらの方が、危なっかしいんだよォ、俺なんかより…」
「わかったから黙れ。…いや、しゃべってろ。意識を失うなよ。ずっとしゃべってろ」
「なんだテメー、黙れっつったり、しゃべれっつったり、勝手なモンだな、死神ってのはよォ…」




実像か虚像か

 アジトに幽霊が出るという噂が立った。
「オメーだろイルーゾォ」
「なんでそうなる!」
 プロシュートの有無をいわせぬ決めつけに、イルーゾォは机に拳を叩きつけ果敢にも反旗をひるがえした。リビングのラグに寝転ぶメローネが嫌な笑いを浮かべながら目線を寄越してくる。
「こないだもそうだったしなァ、なんだっけ、ホルマジオが『鏡に髪の長い幽霊が!』とかゆって」
「マジで夜中に見るとビビるんだって。わかっててもよォ〜」
「確かにあの時は俺だったけど、今回は」
「オメーだろ」
「まちがいねぇな」
「おまえなのか。イルーゾォ」
「話を聞けこのギャングども!」
 リゾットにさえ疑惑の目を向けられて、イルーゾォはもはやここに俺の味方はいないと天を仰いだ。
「オメーじゃねぇとしたらよォ、誰だっつーんだ?」
「知らねーよ。なんで俺がうちのチームのオカルト担当みたいなことになってるんだ」
「そりゃあおまえの見た目がさぁ…」
「アレだろ、アレ、アダムスファミリーの」
「ウェンズデー!!」
 こんな時ばかり気の合うメローネとギアッチョが指を差して爆笑している。イルーゾォは向けられた二人の指を逆方向に折ってやりたくなった。
「どっちにしろ幽霊の正体がわかんねーと、おちおち寝てらんねーぜ」
「今回の目撃者は?」
 ホルマジオのやや情けない言葉を受けて、プロシュートが全員の顔を見回す。こうゆう時の進行役はたいていプロシュートで、リゾットは議長だ。あとは互いの罪を暴き合う裁判員たち。
「言い出しっぺはペッシだ」
「オメーかペッシ」
「はい、俺です」
 素直に手を挙げるペッシに、全員の視線が集中する。
「何を見たんだ?ペッシ」
「俺が見たのは、髪のながーい…」
「イルーゾォ」
「だからちがうって!」
「逆に聞くけど、おまえじゃないって証拠はあるか?」
「なんで俺を犯人に仕立てたがるんだよ」
「さっさと解決してぇからに決まってんだろーがッ!さぁ吐けッ、吐いちまえ!」
 ギアッチョに迫られイルーゾォは藁にもすがる思いでリゾットを見た。リゾットは少し宙を見上げ(考え事をしている)、視線をギアッチョに向けた。
「おまえが見たのはどんな感じだ?ギアッチョ」
「あー?俺?俺はよぉ、こう、朝方にここ戻ってきたら、まだ薄暗かったんだけど、廊下をフーッと人影が横切って……」
「みろ!みんな聞いたか!ぜんぜんペッシの証言とはちがってるぜ!」
「たしかに人影ってだけじゃあ断定できねぇな」
「目撃者がギアッチョとペッシってのが引っかかる。ギアッチョは見ての通りメガネ小僧だし、ペッシはペッシだし」
「ひ、ひでーや!」
「おいおいおいてめーメローネ、どうゆう意味だそりゃあぁ〜?ああ?俺が見間違いでもしたって言うのか?」
「ホルマジオ知ってるか?ギアッチョってメガネ外したら、ピアノに座ったとき譜面台にのっけた譜面が見えねーんだぜ?」
「つぅーか俺はなんでそんな状況になったかの方が気になるがなァ〜」
「メローネとイルーゾォ、おめーら黙ってろ。話が進まねえ」
 横暴だ!権利を主張する!と声をあげる二人を無視して、プロシュートはペッシとギアッチョにまとめて目をやった。
「要するにおめーらだけだと証言が少なすぎる。物的証拠も状況証拠も不十分だ。そんなんじゃいつまでたっても事件の真相を手にすることはできねぇぜ」
「兄貴、俺の話最後まで聞いてねぇですよね…」
「じゃあどうするっつーんだよ、このままみすみす真犯人逃していいってのかぁ?地の果てまで犯人追っていってこそ、真実が掴めるんじゃあねーのか!?」
「そもそもよぉ、そうゆう話だったか?俺ら追いかけるもん間違えてねーかなんか」


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