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理性あるひと all


 ギアッチョとイルーゾォが宅配ピッツァのチラシを眺めながらあーだこーだしゃべっていると、ホルマジオが外から戻ってきた。
「よォ。ピッツァ頼むんだけどよォ~おめーも食うか?」
「ついでに奢ってくれたら助かる」
 いつもならオイオイオイおめーらなァと調子を合わせてくるはずが、ホルマジオはふたりを一瞥し重苦しいため息を吐いて、
「いらねぇ。金がたりねーならリゾットに言って前借りしろ」
 そのままシャワールームへと消えていった。
 思わずギアッチョとイルーゾォは顔を合わせる。
「なんか機嫌悪くねェーかアイツ」
「腹でも減ってんじゃねーの」
 チームの良心と称されるホルマジオにだって機嫌の悪い日はある。任務で捕えた女を拷問して殺した日なんかはとくに。拷問という行為自体に嫌悪や罪悪感はなくとも、女を殺すのは気持ちのいいもんじゃない。
 ホルマジオがシャワールームの扉を開けると、脱衣所でメローネが髪を乾かしているところだった。
「Chao。シャワー使うのか?」
「ああ」
 頭をがしがしと拭ったタオルの合間から片目をのぞかせ、メローネはホルマジオを見て、すぐに口元を歪めた。その笑い方は邪悪だ。意地悪で、それに笑っててもどこか冷めてる。
「ひでー顔してやがる。女でも殺したかよ。あんたすぐ顔にでるなぁ」
「余計な口叩いてねーでさっさと出ろや。察しの通り俺ァ気分悪くてなァ~~」
 ホルマジオがメローネのむき出しの肩をぐいと押しのけると、メローネはその手を荒く払って洗面台の上におかれたマスクに腕を伸ばした。全裸のくせにまずマスクから身につけるとはますます変態らしさが増す。
「女のひとりやふたり殺したぐらいで、なにセンチメンタル気取ってる。くだらねーな」
「やかましいぞオメーはやく失せろ」
「拷問の任務が嫌なわけじゃあねーよなぁ?あんたのあのくだらねー能力が役立つ唯一の機会なんだからな」
 ホルマジオは我慢強い男だがキレたら容赦は一切しない。
 シャワールームで盛大な破壊音が響いたので野次馬根性でギアッチョが覗いてみると、ホルマジオが服を脱ぎながら「シャワー入んだから出てけよ」と言ってカーテンをシャッと引いたところだった。脱衣所には脱ぎ捨てられた服と靴と、コップやらドライヤーやらが落下して床に散乱している。
「なァーに荒れてやがんだホルマジオのやつ」
「つーかメローネは?さっきシャワー入ってくるっつってなかったか?」
 洗面台の鏡の中からイルーゾォが顔を出す。そんなことすっかり忘れていたギアッチョだったが、たしかにメローネの姿が見当たらない。しかもメローネの服は脱衣所のカゴに放り置かれたままだ。
「あのヤローまた服着ねぇでそのへんウロウロしてんじゃあねーか?次俺のベッドで全裸で転がってやがったらマジで顔面ブチ割ってやるぜ……」
 結局ギアッチョはイルーゾォと途中で帰ってきたペッシも道連れに宅配ピッツァを注文し、シャワーから出てきたホルマジオがやはり機嫌の悪いまま自室に引っ込んだ頃、寝起きのプロシュートが上のフロアから降りてきた。
「うぇ……なんの匂いだ…」
「チェレスティーナのピッツァ。やらねーぞ、俺らの分しかねぇからな」
「いらねぇよ、匂いだけで吐きそうだ」
 二日酔いらしく乱れた髪をかきあげながら、プロシュートはマルガリータを囲むギアッチョらに適当に手を振って洗面所へ向かう。
 なぜか脱衣所がやけに散らかっている。いつものことだ。顔を洗いたくて洗顔クリームを探したが、日頃は洗面台の上にシェービングクリームといっしょに並んでるのに他の缶や瓶もろとも見当たらない。
 プロシュートは舌打ちひとつ、寝てる間にむちゃくちゃになった髪を乱暴にほどいて、蛇口をおもいきりひねった。勢いよく流れる水に頭から突っ込み、そのまま顔をばしゃばしゃと洗う。
 うつむいて目をつむったまま、タオルを取ろうと手を伸ばしたが、いつもの場所にあのやわらかい感触はない。床に落ちたか?仕方なく目を開けて、額からしたたる水滴をぬぐいながら屈みこむと、洗面台の下に洗顔クリームが転がっていた。
 遅ぇよ…。もうひとつ舌打ちをくりだして、でもせっかく見つかったんだからと缶を拾いあげ、平たいフタをくるくる回すと、白いクリームの中からなぜかミニサイズのメローネが頭を出した。
「ブハッ!助かった、もうちょっとで窒息するとこだった!」
「何してやがるんだオメーはよォ」
 指の関節ひとつ分ぐらいしかないメローネは、頭から先っちょまでクリームまみれで、そのうえ服を着ていない。全裸だ。なのにマスクはつけている。変態かこいつは。
「ホルマジオの野郎だよ。あいつ至近距離でリトルフィート出してきやがって、おまけにこの中に閉じ込められた。マジに死んじまうかとおもったぜ…」
「何言ってあいつを怒らせたのかしらねーが、自業自得だ」
 それよりもこのクリームはもう使えない。全裸のメローネが浸かっていたと思うとゾッとする。すでにクリームの成分がなにか妙なものに化学変化してそうだ。
 俺のせいじゃないアイツが勝手に機嫌悪かったんだとメローネは文句を垂れているが、どっちにしろメローネを元のサイズに戻せるのはホルマジオだけだ。いいから謝ってこいと洗面所からつまみだすが、服を着てないと騒ぎだした。
「いつも裸でウロウロしてるくせに今更なんだっつーんだよ」
「馬鹿かアンタ、こんなちっこい体で裸のままいてみろよ、菌やウイルスに侵されやすいし、そうでなくてもホコリが体にまとわりついて気持ち悪い」
「もういっぺん言ってやろうか?自業自得だ。くだらねーこと言ってねぇでさっさとホルマジオんとこ行ってこい」
 結局洗面台に置いてあったギアッチョのメガネふきをマントのように羽織り、メローネは上階へと向かっていった。あの格好見られたら今度はホワイトアルバムに殺されるんじゃないだろうか。
 それにしてもホルマジオがスタンドまで出すとはたしかに珍しい。お得意の頭突きを繰り出してくることはよくあるが、基本スタンドをチームの連中には向けない奴だ。ちなみにスタンドをチーム内の喧嘩で使うのはプロシュート、リゾット、ギアッチョである。
 妙な好奇心を刺激されて、プロシュートも上階へ向かった。階段の途中でえらく苦労しながら段差をのぼろうとしているミニメローネを一応回収してやる。
「あんたは俺を見捨てないとおもってた!」
「俺はホルマジオに加勢するぜ」
 プロシュートの手の中でミニメローネが中指を立てる。握り潰してやろうかと思ったが、手のひらに体液やなんやかやが付くのはごめんだ。グレイトフルデッドを出せばこんな小さい体など、0.3秒で道端の枯れ枝より無惨な姿になる。そんなことを分かっていてなお自分の気に入らないものには中指を立てるのがメローネだ。そうとう賢い馬鹿だ。
 ホルマジオの部屋の扉の前でリゾットと鉢合わせた。
 リゾットの目線はすぐプロシュートの手の中へ向けられる。
「なんだそれは」
「ひどい言いぐさだなァ…話すと長いワケがあるんだよ」
「この馬鹿がホルマジオを怒らせたらしい」
「なるほど。話すと長いワケだな」
 リゾットからの嫌味を食らってメローネはさすがに黙ってしまう。
 多少は反省したのかとおもったが甘かった。リゾットがノックして、扉を開けたホルマジオに、プロシュートの手の中にいるメローネはファックサインを突きつけた。やっぱり馬鹿だ。

幸せになったあと r.p.h.m


 キッチンの換気扇の下でお茶と紫煙をたのしむ会を催していたら、リゾットが階段を降りてきた。
「コーヒーか」
「いや。スコティッシュブレンドのティー」
「あんたもいるかァ?」
「いや、いい」
「おめーカフェインばっかとってねぇでたまには他のモンも飲めよ」
 煙を吐きながら視線を寄越してくるプロシュートに、リゾットも皮肉をこめて見返す。
「おまえこそ少しニコチンとアルコール摂取を慎んだらどうだ」
「ああ?我慢したとこでなんかいいことあんのか」
「ない。だから俺も我慢せずコーヒーを飲む」
 コーヒーメーカーに手を伸ばすと、床にしゃがんでいたメローネが少し体を避けてくれる。その横でシンクにもたれかかって立つプロシュートと、壁に寄りかかっているホルマジオ。全員が片手に湯気のたつマグカップと煙草をたずさえている。
「…なんかの集まりか?」
 インスタントコーヒーの缶のフタを回しながら聞くと、足下のメローネが見上げてくる。
「煙草とティータイムを楽しもうの会」
「英国紳士っぽいだろ?」
 イヒヒと笑うホルマジオに、プロシュートが「どこがだ」と冷めた目を向ける。
「会費は?」
「ない。煙草は実費。茶葉はその時々で誰かが見繕ってくるんだ」
「良心的な会合だな」
「ホルマジオはよく茶葉を買ってきてくれるけど当たり外れがある。プロシュートは味にうるさい」
「こいつは買ってこねぇくせにもっとうるさい」
「そーだぜェ、苦いだの臭いだの文句多すぎだオメーは。ひとがせっかく選び抜いて買ってきたっつーのによォ」
「しょうがねぇだろ、この中じゃあ俺が一番薄給なんだ」
 メローネは煙を吐いて口をとがらしている。紅茶の湯気と煙草とで、キッチンの景色が白く靄がかって見えた。古いフランス映画みたいだ。それよりリゾットとしてはメローネの発言にツッコミを入れないわけにはいかない。
「経験年数で給料の差はないぞ。純然たる歩合制だ」
「歩合制ってよォ~まさかヤッた人数とかじゃあねーよなァ?」
「だとしたらプロシュートに勝てるわけない。不公平ー」
「スタンド使うたびに毎回関係ねー女犠牲にしてるやつが何言ってる」
 コーヒーメーカーに水をそそぐと、コポコポ音が鳴る。抽出されたコーヒーが雫となって落ち、ガラス容器に溜まっていくさまを見るのが、リゾットは好きだ。ほっとかれたらすべてドリップしきるまで見てていられる気がする。
「毎回殺すわけじゃあないぜ。双子の姉妹を母親に選んだ時、『ベイビィフェイス』はどっちが自分の母親か見分けられなかった。一卵性で遺伝子情報がまったく同一だったんだ」
「殺さなかったのかァ?」
「片方殺して片方生かした。いい『ベイビィ』だったからな、同じ遺伝子なら同じ『ベイビィ』が生まれるはずだと思ったんだ」
「結果は」
「ブー。それが全然ダメ。変だと思わねーか?遺伝子上は同じはずなのに、同じ『ベイビィ』には育たなかった」
「育て方が悪かったんじゃあねーの。おめーは教育者には向いてねぇ」
「そうだぜェ〜やっぱ教育論ならプロシュート先生に聞けってな。こいつのアメとムチの使い分け、マジ神がかってるからなァ」
「ふゥーン。俺は育てられるならリゾットがいいな。放し飼いしてくれそうだ」
 いきなり話の矛先を向けられて、リゾットはドリップするコーヒーの雫から目を上げた。白く濁ったキッチンに座り込むメローネ、シンクにもたれかかるプロシュート、換気扇の下のホルマジオが、それぞれリゾットを見ている。
「リーダーが『親』ねェ〜〜…まぁ、『父親』には向いてそーだな」
「放し飼いっつーかこいつ自身が犬属性だろ」
「強いし頼りになるし、プロシュートほどうるさくないし、ホルマジオほどオッサン臭くないし。…イテェッ!!」
 一言多いメローネは、プロシュートに頭をスパンとはたかれて、ついでに蹴りも一発食らう。これ以上ない自業自得だ。
「蹴らなくてもいいだろ!頭はたいたんだから!」
「そっちは俺の分。で、蹴りはホルマジオの分」
「ヒュ〜♪さっすがプロ兄ィ」
「リゾット、この暴君をなんとかしてくれ」
「俺がおまえの『父親』なら、」
 見上げてくるメローネを見下ろして、リゾットは肩をすくめる。
「こうゆう場面じゃあ手助けしない。そのかわり本当にヤバイ場面になったら、全力で助けてやる。世界中を敵に回してもな。そうゆうもんだろ、『父親』ってのは」

サタンの婚礼 r.p.i


 リゾットは黒が好きだ。とくにグランドピアノや高級車なんかの光沢のある黒。硬質で、それでいて絹のようななめらかさ。セクシーだと思う。
 それはそうとして、リゾットは今、とてつもなく眠かった。あまり普段から睡眠時間は多くないが、それにしたってここ何日かの徹夜続きは効いた。これが仕事のせいならまだ言い訳のしようも愚痴の吐きようもあるが、趣味にいそしんだ結果なので誰にも聞いてもらえそうにない。
「それで結局ホルマジオの奴のデートの護衛をさせられちまったってわけだ。とんだ残業だったぜ。ペッシの買ってきたフレッシュバーガーがなけりゃグレイトフルデッドが暴走してたな」
「ペッシがいてくれてなによりだ」
「どうした?」
「なにがだ?」
「まるで眠そうだが」
 リゾットは半分落ちかけていたまぶたを強引にこじ開けて、斜め前でローテーブルに腰かけているプロシュートを見上げた。それからソファに沈ませた体をもっと沈ませる勢いで、息を吐く。
「ああ、お察しのとおり眠い。眠くて死にそうだ」
「のんきな死因だな」
 リゾットが眠気と戦ってることを察知しながら、こんな夜中におしゃべりを続けるプロシュートも悪人だが、ひととの会話中に眠気を一切隠さないリゾットもなかなか悪人だ。
「あんたがそんな眠そうにしてるのもめずらしいから思わず観察したくなった。悪かったな。ホットワインでも飲んで寝ろよ」
 ポケットに手を突っ込んだまま腰をあげたプロシュートがそのまま颯爽と去っていこうとするものだから、リゾットは思わず引き止めた。己の眠気も忘れて。
「まて。仕事の話じゃなかったのか?」
「なんかまずかったか?」
「いや…いや、それならいい」
「なんだ?何が言いてえ?言いたいことがあるなら今言え。次はねーかもしんねえぞ」
「……」
 プロシュートのきつい物言いはいつものことだが、リゾットにはややシリアスに響いた。しばし間をおいて、もう一度プロシュートの顔を見上げる。
「聞いてくれるか」
「ああ、いいぜ」


 その時イルーゾォは鏡の世界で新作ホラームービーのDVDを鑑賞していたので、しばらくはその異音に気づかなかった。
 映画DVDを鏡の中で見るようになったのは、外の世界で見てると次から次へと邪魔が入るせいだ。とくにスプラッタ系の場合、ギアッチョは気色悪いだのゲロ以下だだのギャーギャーうるさいし、メローネはここの特殊効果はこうなってるとかこの女優の二の腕サイコウとかやっぱりうるさい。
 今はみんな寝てるか出かけてるかで不在だから、鏡の中に引きこもる必要もないが、もはや習慣化している。悲しい習慣ではあるが、イルーゾォ自身は気にしちゃいない。
 ヒロインの女優がベッドに入って寝ようとする静かなシーンで、イルーゾォはその音にようやく気づいた。
 最初は映画のBGMかとおもった。が、それにしては妙に尖った音色だ。いや、音色と呼んでいいものか。なにか悪魔を呼ぶ儀式とか始まってそうな、頭を割る音の羅列だ。
「………」
 音を追い、鏡の中を移動して、イルーゾォはその光景を見つけた。
「…なにをやってるか聞いてもいいか」
「いたのか、イルーゾォ」
 顔をあげたプロシュートはごくいつもの調子で、鏡の中のイルーゾォを見た。なぜそんな平然とした顔をしてられるのかイルーゾォには心底謎だ。
「起こしてしまったか。悪かったな。そんな大きな音はだしてないつもりだったが」
「いや……それはいいんだけどよ、あんた、それ」
 イルーゾォが指さすと、リゾットは両手にもった二本のバチを掲げてみせた。
「作った」
「メタリカでか!?」
「さすがにバチは作れなかったがな。こっちはお手製だ」
 そう言ってバチで指し示すその手元には、長さのちがう平たい鉄の板が鍵盤状に並んでいる。イルーゾォはそれをスクールの音楽祭で見たことがあった。つまり、鉄琴だ。
「楽器づくりにハマっていてな」
「あんた時々興味の向きどころがわけわかんねぇな…」
「この鉄琴は上手につくれた方だろ。処女作はこれらしいぜ」
 プロシュートがかたわらに転がっていたものを手に持つ。妙にねじれた鉄の棒だ。
「トライアングルか?」
「よくわかったな。俺は最初なんか新しい武器かとおもったぜ」
 プロシュートが万年筆でそのトライアングルらしきものを打つと、耳をつんざく不快音が鳴った。イルーゾォは思わす両耳をおさえてのけぞった。
「じゅうぶん武器としての効力あるぜ、それ」
「楽器というのは繊細だな。ちょっとでも曲がったり鉄の分量がちがうと、いい音が鳴ってくれない。鉄琴も、なかなか音階がそろわないんだ。鉄板の長さの調整がむずかしくてな」
 リゾットの振りかざしたバチが鉄琴に叩き込まれ、再び悪魔を召喚する呪いの演奏がはじまった。
 長く聞かされたら黒魔術でも使えるようになりそうな演奏会だったが、酔っぱらって帰宅したホルマジオによって終演を余儀なくされた。ホルマジオが不快音に泡ふいて倒れたからだ。

ケークウォーク m.g.p


 プロシュートがここ一週間ほどまともに寝ていないことは、放つオーラがいつもの数倍重いことから知れていたが、こんなときに限って、わざと図々しさを装いそれとなく訳を聞きだせるホルマジオも、弟分のくせにわりと遠慮のないペッシも、そしてそれこそ遠慮やためらいなく実力行使可能なリゾットも、そろって不在。なんともタイミングの悪い。
「Bene!このブラウニー最高」
「そう。だからおめーしかいねーって話だ。たのんだぜ」
「なんの話?」
「プロシュートだよ。聞いてなかったのかよ?あぁ?」
 眼鏡を押し上げて睨んでくるギアッチョに、メローネは肩をすくめてみせる。ギアッチョに睨まれたところでメローネはまったくへっちゃらなのだが、こうゆうときはちょっと、おびえて見せたほうがいいにきまってる。手袋をとった指で、少し目元のマスクを直す。
「ブラウニー1個で俺を買収したってゆうのか?安くみられたもんだな」
「店で一番でっかいやつだぜ。2個分ぐらいの価値はある」
「いいことを教えてやろうかギアッチョ。おまえはその店で一番でかい2個分の価値のあるブラウニーを持って、そのままプロシュートの元へ行くべきだった」
「あのヤローが甘いもんひとつでどうにかなるかよ」
「俺はどうにかできると思ったか?」
 今度はギアッチョが肩をすくめる番だった。的確なツッコミには言い訳のしようもない。
「なんにせよおめーは俺が買ってきたブラウニーを食った。それ相応の対価は払ってもらってしかるべきだろ」
「ふん…」
 ギアッチョはメローネを甘くみすぎてるし、プロシュートを恐れすぎている。それがメローネにはわかっていたが、指摘してやる義理もなかったので、聞き分けのいいふりをしてスツールから腰をあげた。むしろどっかの鏡から見てるだろうイルーゾォの方がメローネからすると憎たらしい。


 こうして店一番のブラウニーを食べそこねたがそんなことは知るよしもないプロシュートは、吸い上げたばかりの煙を汽車のように吐き出して、山積みの灰皿にまたひとつ吸い殻を突き刺した。すでに不格好な剣山にちかい様相を呈している。
 イスに脱力ぎみに座って机の上に放り出した片腕、向かい合うは曇り空を映す窓ガラス。そこに悪霊も寄りつかないだろうってぐらい不穏な形相をした自分の姿を見つけ、またひとつ、吸い殻の墓標を増やす。
 コンコン、ノックがあったが無視。しかしノックの主はそんなことおかまいなしだ。
「チャオ」
 肩越しに視線だけ振り向くと、扉のすきまからメローネが半身のぞきこませている。
「夕方5時に、アメリーゴ通りの教会の裏手だ、遅れるなよ」
 一見仕事の指令のようなそれが、しかし公務ではないと瞬時に判断する。根拠のない勘だった。
「なんのことだ」
 だから真意を問うために仕方なく声を放つが、メローネはむしろ心外そうに素手で長い髪をかきあげた。
「知らないのか?パリコレにも出てるヘアアーティストの新店舗。予約とるのに2ヶ月かかった」
「てめーでいけ。てめーの予約だろう」
「あんた鏡見ると変な幻覚みちゃう病気かなんか?そうじゃなかったらいっぺん鏡見てみろよ。ひどい顔だ。それじゃあ街のチンピラどころか田舎のバンビーナも寄りつかないぜ」
 好き勝手いいながら勝手に部屋に入ってきたメローネは、煙草くさいと眉をひそめ勝手にプロシュートの目の前の窓ガラスを開け放った。湿った空気が髪にもつれてプロシュートは目を細める。
 窓枠に寄っかかって、メローネはマスクで覆われてる方の目で見下ろしてくる。あきれたような表情だ。
「ギアッチョが動物園のクマみたいにウロウロして見てらんない。昼の食事ぐらい顔だしてくれないか。無理に食えとはいわないから」
「そろそろホワイトアルバムで突撃してくる頃かとはおもってたがな」
「あいつのキレ具合は自分で確認してくれ。はやくあんたが元に戻ってくれないと俺が肥満になっちまう」
 ブラウニーで、という呟きはプロシュートの耳に届いたが意味がわからなかったので黙殺された。プロシュートは適当にまとめた髪を一度ほどいてガシガシかき乱した。メローネが肥満になるのはどうだっていいが、たしかにこの髪が指にからまるのは問題だ。
「5時にアメリーゴ通りだな」
「自腹でたのむぜ」
「グラッツェ、メローネ」
 メローネは口の端をくっと上げて笑った。
「男前を完璧に磨いて帰ってこい。ヴォーグのモデルになって、アメリーゴ通りをショー・ステージがわりに歩くんだ」
「はっ…」
 想像してみたが悪くはない。プロシュートは自分の魅力をよく理解していたし、磨きあげた靴と整った髪で街中を闊歩すれば、どれほどの視線が自分に集まるかも容易に想像できた。
「土産はなにがいい。チョコバナナのブラウニー?」
「勘弁してくれ。それよりギアッチョになにか甘いものを」
「たとえば?」
「そうだな、キャンディをボックスで」
 子供扱いすんなこんなモンで喜ぶかよガキじゃねーんだと文句を垂れながら、色とりどりのキャンディからお気に入りを選びとるギアッチョの姿が思い浮かぶ。

放蕩息子 i.ps.m


 ばっと目を開けるとすべてが止まった冷たい世界で、もしかして俺は死んだのかと思ったが、なんのことはないよく見慣れた反転世界だ。鏡の中にいたのだった。
「イルーゾォ!」
 届いた声に、すばやく反応できるぐらいにはイルーゾォもギャングで暗殺者だった。負傷した額から流れ落ちる血を手でぬぐいながら、声をあげる。
「『ビーチボーイ』を許可する!」
 瞬間、壁にかかった鏡が水面のようにたゆみ、釣り糸と針が飛び込んでくる。それはギュンッと鋭い軌道をえがいて、となりの部屋へと向かっていった。
 割れた額を押さえたまましばらく待っていると、足元に転がった携帯電話が鳴る。鏡の中のものに触れるのはイルーゾォだけ。拾い上げて耳に押し当てた。耳たぶも側頭部も痛い。
「ターゲットの死亡は確認した。俺は『ベイビィフェイス』を回収しにいく。ペッシのやつをたのんだ」
 了解、と返す言葉をぜったい聞き取ってないだろとゆう早さで電話は切れた。
 イルーゾォはズキズキ痛む頭をよそに目を閉じた。こんなややこしい任務をなぜこんなややこしいメンバーでやらせるんだ。適材適所なのはまちがいないが、それでもリゾットへの恨み言をつぶやかずにはいられない。


 しかも帰りの特急列車の切符が買ってあった。きっちり3人分。普段はこんなことしないくせにどうゆう風の吹き回しだ。まさか我らがリーダーは、いまさらメンバー間の親しみ度向上でも目論んでるのだろうか?
 だとしたらすでに作戦は失敗している。6人席のコンパートメントに男3人。すでにこの光景が異常だ。
(いや、別にふつうのことか?俺と同い年ぐらいの奴らが、どうゆうコミュニケーションとってんのか知らないけど…)
「あの、イルーゾォ」
「ああ?」
 車窓に向けていた視線を戻すと、向かいのシートの逆すみっこに座るペッシが、ちらと視線を寄越してきた。メローネはさっき個室を出ていったからいない。喫煙車両で一服しているのかもしれない。
「頭、だいじょうぶかい」
「なんだって?」
「あ、いやほら、俺がしくじったから、ぶっ飛ばされただろう、ごめんよ」
「…ああ」
 びっくりした。頭おかしいヤツってゆわれてるのかとおもった。まぎらわしい。
 ペッシはチームに入ってまだ1年たたない新人だ。リゾットとプロシュートが任務先で出会ったスタンド能力者。最初は相手の顔色をうかがうような態度で苛立たしかったが、実はけっこうはっきり物を言うやつで、最近では教育係のプロシュートにもずばずば言ってのけたりする。そうゆう部分はわりと尊敬する。すごい。
「べつにおまえのせいじゃない。俺が避けきれなかったんだし、『ベイビィフェイス』の教育が遅かったせいもある」
 額に貼られたガーゼに手をやって、イルーゾォは息を吐いた。このケガが誰のせいとかより、この今現在の見た目のかっこ悪さのほうが、よっぽど問題だ。こんな姿でチームの元へ戻れば、なんて言って馬鹿にされるかわからない。
「『ベイビィフェイス』は、うん、たしかに……ちょっと恐い」
「恐い?」
 ペッシがこっちを見ないままうなずく。手には列車に乗る前に買った小さい青リンゴを転がしてる。
「だって、自分のスタンドなのに制御しきれないだろう。俺は、まだ『ビーチボーイ』の力を全部使いこなせてねぇって兄貴に言われるけど、そうゆうんじゃなくて……」
「たしかに、『ベイビィフェイス』がメローネの命令を聞かないことはあるけど、よほどの事態じゃない限りありえないぜ。相手がそうとう強いとか、それにそうゆう時はメローネ自身が動揺してる時だ。精神が動揺すればスタンドも動揺する。だからやっぱり完璧にスタンド本体の制御下から離れるとはいえない。結局、本人の意志しだいだ」
 イルーゾォから見るに、メローネは自分のスタンドを完全に操る気があるとは思えない。遊ばせてるようにみえる。『母体』の血と遺伝、自分の教育によって、『息子』がどんな成長をとげるか、その可変性を楽しんでる。
「イルーゾォも似てるよね」
「は?」
「『マン・イン・ザ・ミラー』を見るまで、『鏡の中の世界』があるなんて思わなかった。創りだすってゆう意味では、似てる」
「俺が?メローネと?」
「うん、そう」
 着眼点がどっかおかしくないか、と思いつつ、ペッシの言葉はなかなかイルーゾォにとって衝撃だった。今まであいつと似てるなんて言われたことは一度たりともない。そう思ってる奴だっていないはずだ。
 イルーゾォはよく、他人に興味がないタイプと思われるが、実のところよく人を見ている。観察して分析する。だから人の癖や言葉遣いをよく知ってる。同じく観察癖のあるリゾットとしゃべってると、チームのメンバーの物まね合戦みたいになる。
「俺がメローネと。似てねーと思うけど」
「自分じゃわかんねぇもんねそうゆうのって。俺もリーダーに、髪の毛が観葉植物みてぇってゆわれるまで自分で気付かなかった。兄貴はむしろ柏の葉だっつってたけど」
「そこの論議には興味ないけど」
 ペッシとの会話が完全に平行線をたどってるうちに、コンパートメントの扉をあけてメローネが戻ってきた。なぜか唇が切れている。
「メローネ、顔!どうしたんだい!」
「まるで顔がとんでもなくブサイクみたいな言い方だなそれ」
「………」
 そうゆうひねくれた解釈の仕方はたしかに似てる、と思ったとたんイルーゾォは考えるのをやめた。自分で墓穴掘ってどうする。
 メローネは入ってすぐ、イルーゾォと同じシートの逆側に腰をおとして頬杖をついた。
「ワゴンでお菓子売ってる女に声かけたら紳士きどったオッサンに殴られたんだ。オッサンの顔面、窓ガラスに突っ込ませてきた」
「うわぁ、割れたガラス代請求されねーといいけど」
「やっぱりこんな奴と似てるなんて納得いかない」
「イイ女だったんだけどなぁ、受胎させちゃえばよかったかな」
「ワゴンでなんのお菓子売ってた?」
「おかしい、誰とも会話が成立しないぞ」
 しかも会話できてないことに気付いているのがイルーゾォだけらしい。おかしい。

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