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彼はまた眠る g.m.i.ps


「母親は俺を抱えたままテヴェレ川に身投げした。俺が6つの時だ。秋も終わりのころで凍りつくぐらいクソ寒かったのを嫌ってほど覚えてるぜ」
 ギアッチョは空になったワインボトルをぶらぶら揺らせて、ぽいっと床に投げ捨てた。ボトルはやわらかいラグの上に落下音を吸い込ませたが、凍りつくテヴェレ川の水面に叩きつけられた母と子の体は盛大な水しぶきと音をたて跳ね上がったことだろう。
 その様を生々しく想像してメローネはソファのクッションにぼすんと後頭部を預けた。顔が熱くて心地いい浮遊感がある。テヴェレ川の水面はもっと固かったろう、冷たかったろう。
「よく生きてたなァ〜そんなんで」
「岸に釣りしてるオッサンがいてよぉ、そのオッサンが助けを呼んでくれたらしい」
「ペッシみてぇなやつがいるもんだな……」
「えっ俺?俺かい?」
 テーブルに顔をつけて撃沈していたペッシが、イルーゾォの言葉にすばやく反応して体を起こしたが、頭のてっぺんまでまわりきったアルコールに勝てず再びべちゃっとテーブルに逆戻りした。
 その様子を見届けるイルーゾォもほとんど目を閉じかけている。そうとう眠いらしい。
 メローネはソファに寝転がって天井をあおいだまま、足元あたりに座ってるギアッチョに声を投げた。
「それでぇー?あんたは岸辺のオッサンにまんまと釣り上げられたってわけか」
「助けを呼んでくれたっつったろーがよォ〜〜話聞いてやがったのかテメーはよォ」
「あわれギアッチョはお魚さんになってしまいました、と」
「あっははははは!」
「笑ってんじゃねェェーーおらイルーゾォぶち割るぞテメーもッ!!」
 ギアッチョの大声に呼応して周囲の空気が文字通り一瞬凍りつく。だがギアッチョもかなりアルコールに侵されてるらしい、凝固した氷のつぶはすぐに酒臭い空気に溶かされてしまう。
 ギアッチョの氷のスタンドは彼の怒りによって引き起こされる。
 テヴェレ川の凍結した水の中で、彼は恐怖や悲しみより怒りを覚えたんだろうか。思想をアルコールの波に漂わせ、メローネは笑う。
 その酩酊した笑みを嫌そうな顔で一瞥してから、ギアッチョはまた別のワインボトルに手をつけた。もう10本以上の空瓶が床に転がっている。
「ケーサツだかなんだかが駆けつけて、俺だけが助けられた。母親は即死だったんだと」
「水面に叩きつけられたとき、あんたをかばったから?」
「ケッ……中途半端なことしやがるならハナッからガキを巻き込むなっつーんだ」
 口調に反してギアッチョの顔に浮かぶのは苦い表情だ。どういう経緯でギアッチョの母親が幼い我が子を抱え、凍りつく川に身を投げなければならなかったか、そのへんの話はもしかしたらすでに聞いたのかもしれないが、もうすっかり皆がしたたか酔っぱらっていて、思い出すことも難しい。
 テーブルに頬杖ついていたイルーゾォが、いつのまにか顔を突っ伏している。ペッシに続いて一足先に夢の世界へ旅立っていったらしい。
 リビングには酒盛りの終盤特有のけだるさが漂っている。いまリビングに足を踏み入れれば、素面でも匂いだけで酔っぱらえるかもしれない。
 メローネは体を横に向けて腕枕をした。見えちゃいないが、のばした足の先には変わらずギアッチョの体温がある。彼のスタンド能力とはかけ離れた、ぬるくて高い温度。ギアッチョはまだワインボトルを口飲みしている。いま川に身を投げたら、さすがのギアッチョも溺れちまうだろう。
「やさしいひとだったんだな、あんたの母親は」
「ああ?テメーのガキまで道連れに死のうとする奴のどこがやさしいってんだ」
「ひとりにしたくなかったんだろ」
「結局生き残った俺はひとりじゃねーか。6つのガキがひとりで生きてけるほどココはいいトコじゃあねーってオメーも知ってんだろ。都合良く自分だけ死んじまいやがって。俺はひとりだ」
「冷たかっただろうな」
「冷たかったぜ。今でもよく覚えてる」
 そう言って、ギアッチョはまたボトルを呷った。そうやっていないと体温を保っていられないとでもいうように。
「オメーはなんでひとりになったんだ」
 ギアッチョの声を聞きながら、メローネは目を閉じる。酔いが心地よく頭上からおりてきて、やわらかい毛布みたいに、まぶたは幕を下ろす。
「ひとりじゃねぇよ。いまも昔も」
 俺には母親がたくさんいたって話、こいつにしただろうか。彼女たちは俺にベタ甘で、なんでも着せてくれたしなんでも買ってくれたんだ…。
 ゆるやかな波に揺られるような心地よさのなか、メローネはひとり酒を飲み続けるギアッチョの姿を脳裏にえがいた。彼はまだひとりで冷たい川の中に沈んでいるのかもしれなかった。テヴェレ川の底に、何年も放置されて朽ちたガラス瓶みたいに、曇って傷だらけになりながら。ギアッチョの、氷に包まれたやさしい心は、沈んだ川底でそれでも透明なままなのだ。

間隙思考 r.p


 メローネとイルーゾォが喧嘩したらしい。
「別にめずらしいことじゃあねーだろ」
「イルーゾォが勝った」
「それは珍事件だ」
 いまだ硝煙を吐く熱い銃身を死体のうえに放り捨て、プロシュートは脱いだ手袋をポケットに突っ込んだ。リゾットは倉庫の壁に背中をもたせかけたまま、その様子を見届けている。さっき殺したので今日の仕事は終わりだ。
 取り出した煙草に火を灯し、プロシュートは倉庫の汚い天井に向け思いっきり紫煙を吐いてから、リゾットを見た。
「どうやって勝ったんだ?マン・イン・ザ・ミラーでベイビィフェイスを閉じ込めでもしたか?」
「逆だ。メローネだけを鏡の中に閉じ込めたらしい」
「それぐらいであの野郎が降参するかよ」
「たしかに食事抜きも風呂トイレなしもメローネなら意地で乗り切っただろうけどな。どうしても見たいテレビドラマがあったらしい」
「くだらねぇー」
 そのへんに転がっていた木材に腰かけて、プロシュートは仕事後の一服を満喫している。ふわりと浮かぶ煙は黄ばんだ天井で溶かされ消える。
「鏡の外に出りゃあイルーゾォのやつを素手でやっちまえたんじゃねーのか」
「俺が見たときは2人で髪の毛を引っ張り合ってたな」
「女子の喧嘩かよ」
 その様子ならプロシュートも見たことがある。イルーゾォの黒髪をメローネが掴みあげ、メローネの金髪をイルーゾォが引っ張り、無言で睨みあっていた。
 あのふたり、確実に仲は良くないが、なんでそこまで気が合わないのかも逆に不思議だ。低血圧だったり好き嫌いが多かったり、どっちかというと共通点は多いのに。
(まぁ、似たモン同士のほうが喧嘩するっていうしな)
 認めたくはないが、プロシュートとギアッチョも同じような関係だ。気質が似てるから一度キレるとどっちもヒートアップして収拾つかなくなる。
「おまえとギアッチョもそうだろう」
「ひとの思ってることを見破んな。新手のスタンド使いか」
「そうゆうわかりやすいところも似てる」
 プロシュートが座ったまま繰り出した蹴りをリゾットは軽く半歩退いて避ける。プロシュートも本気ではなかったらしい。本気だったらリゾットが避けようがメタリカで姿を消そうが、地獄の果てまで追ってくる。
「ギアッチョはメローネともイルーゾォともよく喧嘩してるだろ。俺じゃあなくてギアッチョに問題があるってことだ」
「おまえもメローネとよく喧嘩してるように思うがな」
「俺はイルーゾォとは喧嘩しねぇ」
「それはイルーゾォがおまえとは喧嘩にならんと思ってるからだろ」
 たしかにイルーゾォとプロシュートがしゃべっていて、プロシュートの機嫌が少しでも低下した瞬間のイルーゾォの引き際の良さは尋常じゃない。物理的にも鏡の中へ引っ込んでしまえば、文字通りプロシュートでさえ手も足も出せなくなる。そのかわりプロシュートも一度、アジトにあるすべての鏡の鏡面をダンボールでふさいだことがある。細かいことは気にしないタチだが、やることは徹底した性格だ。
「本人のやる気さえありゃあ、マン・イン・ザ・ミラーもてめぇと並ぶほどの暗殺向きだろ」
「ベイビィフェイスもな」
「いっぺんあいつらが本気でやり合ったらどうなんのか見てみたいぜ」
「フン……不毛な妄想だ」
 リゾットが口角を上げる。そうゆう表情をすると、無表情なときよりよっぽど冷酷に見える。
「先手をどっちが打つかにもよるな…メローネが本体の位置を確実に知られなければ勝算はある、ベイビィフェイスはいくらでも生成可能なうえ、もしイルーゾォが鏡の中に逃げ込んでも鏡を分解しちまえるからな…だがマン・イン・ザ・ミラーはどの鏡でも出入り口にできる。万一メローネ本体の場所が知られれば、イルーゾォに軍配が上がるだろうな」
「メローネが、鏡面の一切ない密室に閉じこもったらどうだ?単純だが有効な戦略だぜ」
「鏡面の許容範囲がどこまでにもよる…たとえば水面も鏡のひとつだ。映り込むものなら、パソコンの表面も、眼球も、鏡になるだろう」
「そこまでの応用が効くのか」
「イルーゾォ本人の成長によるな」
 スタンド能力は本体の精神状態や成長性に大きく左右される。結局のところ、本人しだいということになるのだ。
「いいね……ますますアイツらの本気が見たくなった」
「煽るなよ」
 プロシュートもニヤリと好戦的に笑う。かわりにリゾットは笑いを引っ込めて肩をすくめた。

お気に召すまま m


 スクールに通うのは嫌じゃなかった。興味のある分野には、メローネはどん欲なほどに知識を求めた。
 ただ早いうちから麻薬に手をだしたのが仇となって、いつしか学校へいっても教室にいることはほとんどなくなった。図書館で分厚い専門書の並ぶ本棚に囲まれてるか、校舎裏で学生相手に麻薬の売買をするか、どちらかだ。
 学生同士といえど、麻薬の取引には必ずギャングが関わってくる。スクールには麻薬の元締めを務める上級生がいて、彼の許可なしには売り買いはできなかった。制約を破れば手酷いリンチが待っている。
 麻薬をしない連中は彼を恐れたし、麻薬をやる連中は彼に媚びへつらった。
 メローネは人のご機嫌とりをするのが不得意だったし、おとなしく従うような素直な性質でもなかったから、一度その上級生の取り巻きどもに囲まれてボコボコにされたが、地面に這いつくばって血を吐きながらも相手の足首に噛みついた根性が認められたらしい。元締めである上級生に目をかけられるようになった。
「おい、授業中だぜ、この不良」
 上級生に頭上から覗き込まれて、ようやくメローネは顔をあげた。メンデルによる遺伝の規則性についての記述に没頭していたから、中断させられて迷惑だと思いきり眉をひそめる。それでも上級生はクッと笑うのみだ。
「俺にそんな顔を向けるのはテメーぐらいだな」
「金魚のフンばっかつけてやがるからだろ。なんか用?」
 本棚にもたれて座り込んだまま、メローネは上級生を見上げた。いつもより室内は薄暗い。雨でも降ってただろうか。麻薬を常習するようになってから、ときどき記憶がかたまりとなってごっそり抜け落ちることがある。今日ここまで、どうやって来たか、雨は降ってたかどうか。思い出すのは億劫だ。埋めておきたい記憶は鮮明なのに。研ぎたてのナイフみたいに、ギラギラしてるのに。
「俺が世話になってる人にこれから会いにいく。おまえも来い」
 上級生はズッと鼻をならしてニヤニヤと笑う。コカインを鼻から吸引しすぎて年中鼻をつまらせている。機嫌のいい時はいいが、なんのきっかけで暴れだすかわからない野郎だ。
 右耳に隙間もないほど開けられたピアスホールを見つめながら、メローネは専門書を脇に放った。そういえばメローネのピアスホールを開けたのもこいつだ。
「雨ふってる?」
「ああ?どうだったかな……」
 メローネは、あついコーヒーが飲みたいとおもった。そう言ったら上級生がこれで我慢しとけと少量のコカインを渡してきた。いま欲しいのはこれじゃない気がしたけど、それしかなかったので、鼻から一気に吸引した。


 その上級生はギャング組織の男から麻薬を渡され、学校でバラまくよう指示を受けていた。
 だが待ち合わせの場所に現れたのは、いつも麻薬を持ってくる男とはちがっていた。仕立てのいいスーツを着た、小柄な老人だった。
「君たちをわが組織『パッショーネ』にスカウトしたい。どうかね?」
 物腰はやわらかだったが、その口調には有無を言わせぬ獰猛さがあった。老人は焦点のあわない左右の目を、立ちつくす上級生とメローネに交互にやりながら、ニタリと笑った。
 『パッショーネ』はイタリア全土に息のかかるギャング組織だ。その風格と落ち着き払った様から、この老人はおそらく組織の幹部か何かだろうとメローネは当たりをつけた。
 メローネの目の前で上級生の男はあからさまに興奮していた。激しく首を縦に振って、ぜひ組織に入りたいと熱弁した。
「よかった。いい返事を聞けて。そこの君はどうだい」
 老人の目が、メローネひとりに向けられた。左右の焦点はあいかわらず合っていないというのに、メローネはなにかに射すくめられるような悪寒がした。
 この老人は、おそらく自分たちが想像するより危険なやつだ。けど、ギャングになるってのは、悪くない。メローネは、自分がまともな職業につけるなんて思いもしなかったし、両親らしき人たちをこの手で解体した時の記憶を、この身に染み付かせたまま生きるには、ギャングぐらいぶっ飛んで刺激的な毎日じゃないと無理だとおもった。だから黙ってうなずいた。16歳のときだった。


 見えない『何か』によって体を押さえつけられている。背中にレンガ塀の尖った感触を感じながら、メローネは空気を求めて喘いだ。見えない『何か』は、組織に入る試験だと渡されたライターを再点火したとたん、抗えない力でメローネの体を捕え、喉を締め上げてきた。
「はぁっ、はぁ、はぁ…っ」
 押さえつけられ、嘔吐感がせりあがってくるうちに、メローネは、宙空から現れた『矢』が自分の方を向くのをたしかに見た。繊細な細工のほどこされた、古いあしらいの『矢』。
 避ける間もなく、『矢』はメローネの胸を貫いた。衝撃と痛みが、一瞬あった気がした。
 見えない『何か』が、ざあっとかき消えるように『手を離した』。メローネを捕えていたのは、黒い帽子をかぶった人形のような『モノ』だった。その時にはメローネは、はっきりとその姿が見えていた。
 背中を塀につけたまま、ずず、とずり落ちて石畳にうずくまる。体を突き刺したはずの『矢』は、いつのまにか消えてなくなっていた。
 わけのわからない体の疲労感と混乱を抱えたまま、スカウトしてきた老人の元へ戻ると、老人はニタニタと笑って、小さな枯れた手でメローネの顔をとらえ、左右あっちこっち向いた目を嬉しそうに細めた。
「生きて帰ったか。おめでとう。合格だ」
 ペリーコロと名乗ったその老人は、メローネに、体の様子はどうかとか、なにか見えないかとか自分の身の回りで変だとおもうことはないかとか、いろいろ妙なことを聞いてきた。変といえばぜんぶが変だし、理解しがたかった。
 ペリーコロからの質問攻めをかわすために、メローネはいっしょに試験を受けたはずの、あの上級生の男の様子を尋ねた。
「ああ、死んだよ。『矢』に貫かれてな。しかたがない、『能力』がなかったんだ」
 その夜、メローネは一度スクールの学内寮に戻った。必要な荷物を持ち出すためだ。
 ルームメイトの寝静まった暗い部屋で、いつも使っているパソコンのモニタだけが不穏な光を放っていた。電源をつけっぱなしだったか。モニタを覗き込むと、見たことのない画面が表示されていた。
『メローネ』
 パソコンが、呼びかけてきている。メローネに向かって。
『早クボクヲ生ンデクダサイ』

 その三日後、メローネは自分の血液を使い、スクールで知り合った女子学生に『ベイビィ』を生ませた。
 手加減を知らない『ベイビィ』はコントロールが効かず、本体であるメローネを襲った。暴走した『ベイビィ』は組織の能力者が始末したが、攻撃を受け血だらけになりながらもメローネは『ベイビィ』を擁護しつづけた。
 ベネ!えらいぞ、おまえはよくやった、ベイビィ。上手に育てられなくて悪かったな。次はもっとイイ子に育ててやるよ。俺はもっと上手くおまえを育てられる、そうすればおまえはもっとイイ子になれるんだろう。もっと上手にひとを殺すんだろう。おまえが俺を殺せなかったのはおまえのせいじゃない、俺のせいだよ、ベイビィ。
 それから2年間、組織のなかのあらゆるチームを点々とし、ついにどの幹部もメローネを持て余して手放した。
 ペリーコロは、だから言ったろうと左右あちこち向いた目で笑い、メローネを暗殺専門のチームへ異動させた。18歳のときだった。

殺し屋の生まれる日 all


 スタンドは能力を発現してから使いこなせるまで、それなりの期間と修練が必要となる。リゾットだって最初の頃は、力の加減が効かず自分でよくカミソリを吐いてたらしい。
「なぁおめー…プロシュートって野郎のスタンド見たことあるか?ありゃ気味が悪ぃーぜ、なんで足がねーんだ?」
「じゃあなんでおまえのスタンドは猫耳がついてんだ?」
 猫耳じゃねー避雷針だ!と訳の分からない抗議をしてくるギアッチョを無視して、メローネはパソコンの電源を切った。これで生まれたてのベイビィフェイスは消滅する。簡単だ。
 使いこなせなくても『やり方』はわかっている。みんなそうだったらしい。ギアッチョは理不尽な理由で連れを殴り殺した警官のパトカーを追いかけて全力疾走してるうちに、ホワイトアルバムをまとっていたのだという。
 ギアッチョの体にぴったり合った、ボディスーツのようなスタンド。体という確たるものに根ざし、あくまで己の意志ひとつというあたりが、単純かつ頑ななギアッチョらしい。
 いつだってギアッチョは自分の腕で相手を殴り、自分の指で相手の心臓をつかみ取る。すべて自分の感覚とする。そうしてなにひとつ揺るがない。俺は俺。ここにいる。そういった存在であることを示す確固たるスタンドの姿。
 メローネのスタンドは遠隔操作型だ。うまく育ったベイビィなら、メローネはアジトのソファでチーズをかじりながら、十数人を殺すことができる。自分ではなにもしない。報告を聞くだけ。『ターゲットヲ始末シマシタ』。ベネ。よくやった。それで終わり。
「ポルポの試験を受けさせられて、矢に貫かれて、次の日、鏡をのぞいたら俺じゃなくてマン・イン・ザ・ミラーが映ってた。最初あれかとおもったぜ、自分のベッドで寝て起きたら、でっかいクモ?になってたとかゆうやつ」
「Die Verwandlung(変身)」
「それ。…あんたドイツ語うまいな」
「昔、東ドイツの女とよろしくやってた時期があってよォ~」
 聞く?というかんじでホルマジオがニヤニヤ笑うので、イルーゾォはおもいっきり顔をひそませて、どうぞと続きを促した。
「ベルリンの壁が崩壊してから3年がたってたが、まだ東西の見えねぇ壁ってやつがあってよォ、東は社会主義で自由のきかねー暮らしを強いられてたから、俺は西で賃金稼いで東ドイツの女の家に転がりこんでた。ある日、女がいねぇ時に、まぁ、西で働いてる時に知り合いになった女とよォ、ちょっと親交深めてたわけだ。そこに女が帰ってきた。あわてた俺は、リトルフィートで俺自身をちょいっとちっちゃくして……」
「まて、あんたその時はもうスタンド使いだったのか?すでにパッショーネに?」
「ああ~?まぁ、細けぇこと気にすんな」
「壁崩壊から3年って、あんたまだ20前後だろう。西ドイツで働いてたっつーのはパッショーネの任務か?いつスタンド能力を身につけたんだ」
「オメーなかなかしつけぇーなァ~」
 スタンドとの出会いは唐突だ。出会い頭の事故みたいに、いきなりその能力は身に降りかかってきて、圧倒的な力で、平穏な日常から不穏な非日常の世界へと引っ張っていってしまう。
 鏡の中、生命のない、すべてが反転した景色に立った時、イルーゾォは考えた。
 この能力になんの意味が?
「完全なる暗殺者向きだろう。姿を隠せる、体内から凶器を生める…もとからナイフが好きだったか?」
「いや。使うことはあったが、コレクションなどはしていなかった。能力を身につけてからだな、ナイフを意識的に扱うようになったのは」
 リゾットの手元で、食事用のナイフがくるりと回る。芋ややわらかい牛肉を切るぐらいしか能のないそのナイフも、リゾットが扱えば骨さえ断つ凶器となる。
 ナプキンの上に丁寧に置き直されたナイフを見下ろしながら、プロシュートは煙草を食む。
「スタンド能力は無意識の欲動や願望。おまえのその能力は『人を殺す』ことだけを考えられて設計されてるみてーなもんだ。暗殺者になることを自ら望んだのか?」
「もっと単純な話だ。ただただ殺したい野郎がいた。それだけだ」
 『人を殺す』ことだけを願った。呪うように祈るように。願いは叶った。復讐を果たした。それからのちリゾットは修羅の道に入る。神と会えば神を殺し、悪魔と会えば悪魔を殺した。
 使いこなせなくても『やり方』はわかっている。リゾットはごく自然に慎重にシンプルに、人を殺すことを続けてきた。それを神に懺悔する殊勝さはもちあわせてなくとも、たとえば冬の星空を美しいとおもったり本を読んで涙したり好きなものを最後までとっておいて最後にゆっくり味わって食べるだとか、そういった感覚は変わらずリゾットの中にあり続けていて、だから当たり前のように人を殺す一方で、当たり前のように生活し暮らしているのだとおもう。
 フン…と鼻を鳴らしてプロシュートは短くなった煙草を灰皿でつぶした。プロシュートの皿はすでに下げられていて、食後のエスプレッソが置かれている。
 今日は先日の仕事で偶然出会ったスタンド使いの少年を、正式にチームに迎え入れる日だった。この街にまたひとり、暗殺者が生まれる日。外は馬鹿みたいに晴れている。
「能力の残虐さのわりにスタンドのビジョンがやけに可愛らしいのは、おめーの趣味か?小人の出てくる絵本でも読んだかよ」
「見た目のおぞましさならおまえに勝てる気はしないな」
「ハ…おまえでもおぞましいとか思うことがあるのか。初耳だ」
 リゾットはプロシュートが初めてスタンドを発現させた場面に居合わせた。仲間にリンチに遭ってるとき、プロシュートを守るようにかばうように、それは姿を現した。
 プロシュート本人の見た目の華やかさを裏切って、そのスタンドの容姿は禍々しいほどだ。なのに妙なおだやかさや安らぎを感じるのは、その能力ゆえだろうか。老いて死ぬことを『偉大なる死』と呼べるほど、プロシュートの周りには、まともに年をとって死ぬ人たちがわんさかいたか全くいなかったか、もしそれほどに多くの若い死を見送ってきたというなら、彼自身もまた同じ運命をたどるのではないかと、そういった不吉ささえまとうおぞましさを、リゾットは感じるのだ。

西風の見たもの all パロ


※全員が貴族の兄弟パロディ




メローネがプロシュートと落ち合うのはいつも城館の最上階にあるテラスの庭園。館の前所有者だった侯爵の、本妻の趣味で、多くの薔薇が咲き乱れるそこは、緑と色彩に囲まれたさながら空中庭園だ。
イタリア貴族の贅沢な暮らしを象徴する庭園は、夕方前の少しの時間だけ、館に住むすべての者に開放される。それ以外の時間帯は、侯爵の『正当な血筋』の者しか立ち入ることは許されない。
つまり、侯爵と本妻との子であるメローネと、どこぞの女が産んだ子であるプロシュートが顔を合わすには、夕方前の空中庭園かファミリーのそろう夕食時しかありえない。ついでに、夕食時には他の『兄弟』も全員いるわけだから、気兼ねなく話をするなら結局ここしかないのだ。
「煙草は?」
「禁煙中」
メローネが差し出した煙草ケースを、ベンチに座るプロシュートは見たくもないというように手で払った。ふてくされてる横顔をみて、メローネは笑う。
「禁煙中?謹慎中じゃなくて?」
「あの野郎の命令でなんてムカつくから自発的に禁煙してることにしてる」
愛人の子とはいえ、侯爵の子供たちの中では3番目に年嵩のプロシュートを罰せられるのは、本妻の子であり長兄のリゾットだけだ。もうひとり、リゾットとプロシュートの間にはやはり私生児のホルマジオがいるが、数年前に成人して館を出てしまっている。それにホルマジオは、自分の兄弟みんなを愛していたから、とくに一緒にいる時間が長かったプロシュートに手を上げるなんてこと絶対にない。
数日前、プロシュートが歩き煙草していて落ちた煙草の火種が原因で、ボヤ騒ぎがあった。火はすぐさま消されたが、城館の地下にあるワイン倉庫の一部が燃えた。ワイン倉庫は侯爵のお気に入りのボトルを集めた特別な場所だった。
侯爵はすでに死に、すべての財産は現在リゾットが相続し管理しているから、いわば焼けたワインの樽もリゾットのものなわけだが、そんな理由でプロシュートは罰せられたわけじゃない。
侯爵の『正当なる血筋の者』にとっては侯爵の残したものすべてが、なにものにも代え難い価値をもつのだ。その理屈でいくと、プロシュートたち私生児だって侯爵の残したもののひとつじゃないのかと、メローネは思うのだが。
リゾットがとりわけプロシュートを厳しく処分するのには理由がある。プロシュートは『正当なる血筋の者』じゃないにもかかわらず、侯爵の特別な場所だったワイン倉庫に、侯爵がまだ生きてた頃から自由に出入りできた。
プロシュートは侯爵に可愛がられていた。だから館の中でいつだってどこでも歩き回ったし、他の私生児たちのように、息を潜めて暮らすということをまったくしなかった。その態度のでかさは、侯爵に可愛がられてることで調子にのってるというよりも、プロシュートの生まれもった気質らしかったが。
そのうえプロシュートは金髪だ。それは『正当なる血筋の者』の証のはずだった。私生児でありながら金髪であることでプロシュートの存在は余計に目立っていた。逆に『正当なる血筋』でありながら黒髪のイルーゾォは、よりいっそう立つ瀬がなくなる。
なんにしろ城館の中でもプロシュートは存在感と発言権をもっていて、愛人の子である他の兄弟からも羨望を集め希望を与えていた。だからこそ侯爵亡き後、館のあるじとなったリゾットは、プロシュートを厳しく取り扱うようになった。私生児である兄弟たちの力を断ち、弱めるために。それが、長兄であり『正当なる血筋の者』であるリゾットの使命だった。
プロシュートはボヤ騒ぎの罰として一週間懲罰房に軟禁され、昨日ようやく解放されたところだった。解放されても城館内を歩き回ることは禁じられ、出歩ける部屋を制限されている。
軟禁中はメローネさえ会うことがかなわなかった。メローネはとくに、本妻の子供の中でも規格外で異端児、愛人の子たちともつながりが深い。言動についてはかなり目をつけられている。
それでも好き勝手に振る舞うメローネを、リゾットは咎めもしないが、もはや見捨てているに近い。だから余計にメローネは好き勝手をする。悪循環だ。侯爵の子供たちはみんな、成人を過ぎれば館にいるのも出るのも好きにしていいという掟だが、メローネは成人するまえにファミリーから追放されるだろうと自分で予想している。
プロシュートは今年成人する。成人したらプロシュートはまちがいなく館を出て行くだろう。
さてどうしようかとメローネは考える。プロシュートがいなくなれば館は平穏に包まれるだろう。火種が消えてしまう。それはおもしろくない。
庭園のすみの手すりから身を乗り出して外を眺めていると、傾きかけた西日をメタリックボディに反射させた一台の車が、館の正門前に停止した。メローネは口の端を上げて笑った。メローネの望む火種を起こしてくれるかもしれない期待を乗せた車だ。
「あれかな。新しく見つかった侯爵様の愛人の子供ってのは」
「どこまで増えんだよ俺らの兄弟は」
「あれはあんたら誰かの『兄弟』?それともまた別の女?」
「俺ともホルマジオともペッシとも別の母親だ。前の夕食の時リゾットが言ってただろ」
「そうだっけ?まぁいいや、おもしろい奴ならなんでも」
死んだ侯爵はかなりのプレイボーイだったらしい。爵位をもつなら女遊びはやりたい放題だが、結婚してる身でこれほど別の女たちとの間に子供をもうけてるのは珍しい。しかも母親が誰であろうと、自分の子供である限りは館で保護せよという遺言を残している。嫌でもリゾットは増えつづける兄弟たちを集め館に住まわせなければならない。
「今日の夕食はひさびさに全員が集まるぜ、プロシュート」
「ホルマジオもか?」
「新しい子を迎えに行って、ここまで連れてくる約束だ。あの車、またホルマジオのやつ新車買ったんだな。ただの料理人のくせに金回りいいみたいじゃねーか」
「ミラノじゃ売れっ子だ。おめーは知らねーだろうけどな」
横に並んで、停車した車から降りてくる人影を眺めるプロシュートの横顔に向け、メローネはいやがらせに煙草の煙を吹きかける。
退屈はごめんだ。



ギアッチョには生まれつき父親がいなかったから、半年前に母親が死んだあと、黒服の連中がボロアパートにやってきて、あなたの父親である侯爵様の遺言であなたをファミリーにお迎えすると告げられた時も、何言ってんだ俺に父親はいねえと当然のように言い放った。
父親?しかも侯爵様だァ?ふざけんな、昔々のおとぎ話じゃあねーんだ。そんな都合のいい話あるわけねーだろ。誘拐か?誘拐して人身売買でもしようってのか?ゆっとくが俺の家はここだ、家賃は半年先までかーちゃんが払ってくれてる、かーちゃんが俺に残してくれた唯一のモンなんだ、何人たりとも俺をこの家から連れ出せはしねーぞ。
大声でわめき散らすと、ならば半年後に再びお迎えにあがると黒服たちはあっさり去っていった。侯爵家の家紋が彫られた時計を置いて。
なんのこっちゃと夢でも見た気分だったギアッチョだったが、まさかなと思いつつ、その時計をもって母親の兄の元を尋ねると、あっけなく言うのだった。おめーの父親はまさしく、その家紋の侯爵様だ、と。
そして半年後、本当に迎えは来た。ちょうどアパートの契約が切れる日だった。
「よォ~~兄弟!会えて嬉しいぜェ!」
「うおっ!?」
扉を開けたとたん、見知らぬ男に抱きつかれて、ギアッチョは反射的に全力で抵抗した。引きはがすと、男は短い髪にラインを刈り込み、耳には三連ピアス、ヘソを出したパンクなファッションだった。
ほら、やっぱりだまされた!この男はギャングかなんかで、俺の命をいただきにきたに決まってる!
「馬鹿言ってんじゃねーぜ、俺はただのパティシエだっつーの」
「パティシエだと!?その顔で!?余計に信用ならねぇ!!」
「オイオイオイオイオイ、こりゃとんだ活きのいい弟ができちまったもんだなァ?」
プロシュートみてぇだと笑う男は、ひどく人好きのする雰囲気があって、たしかに悪い人間じゃなさそうだった。
「荷物はどれだ?車に乗せな。長旅になるぜ」
アパートの前に停まっていたのはアルファロメオのスポーツワゴンだ。ギアッチョは思わず目を輝かせた。小さい頃から車が大好きで、とくに国産車はギアッチョの憧れだ。
アルファロメオのシートに揺られながら、運転席に座る男は道中、いろんなことをギアッチョに教えた。男の名はホルマジオという。ギアッチョと同じく、侯爵の子供だそうだ。つまりギアッチョの兄ということになる。ただし、母親はちがう。本妻の子でもない。
「そうゆう奴が、オメー以外に俺を含めて3人いる。プロシュートとペッシと俺。みんな母親はちがう。おもしろいぐらい全員似てねーから、俺らみんな母親似なんだなァきっと」
たしかにギアッチョも母親似だ。天使みたいなくるくるパーマなんかはまさに。
「兄弟の中じゃあ、俺は2番目、プロシュートが3番目だ。プロシュートは過激なヤツだが面倒見はいい、後から来たペッシのこともなんだかんだ言いながら結局面倒見てやってたからな。オメーもかわいがられるだろうよ。ペッシは6番目で、オメーみたいに侯爵の子供ってことがわかって引き取られてきた。来たばっかの頃はビクビクして情けねー野郎だったが、プロシュートに鍛えられてだいぶしっかりとはしてきたな。この二人はオメーの味方になってくれる。安心していいぜ」
「味方?俺の敵もいるっつーのか?」
「まあなァ~~~そのへんは複雑でよォ~」
ホルマジオがニヤリとした笑みを運転席から寄越してくる。
「さっき言った連中はみんな私生児で、俺ら兄弟にはもちろん本妻の子供たちもいる。リゾットとメローネとイルーゾォ。リゾットは長兄だ。侯爵の正式な後継者。つまり今の館のあるじってわけだな。基本的に館の中じゃあリゾットが『法律』だ、長兄の決定に逆らえば兄弟といえど処罰される」
「はァ~?兄貴から処罰を受けるってなんだよ。変じゃねーか」
「そう、変なんだよ、貴族ってのはな。俺は貴族体質には合わなかったからよォ、館を出て菓子職人やってんだ。基本的に未成年は館に住んでスクールに通わなきゃなんねーが、成人したら自由にしていいってことになってる。オメーいくつだ?」
「15」
「そうか、じゃあペッシより上だな。オメーが兄弟の6番目になる。上からいくと、リゾットは24、俺は23、プロシュートが19、メローネとイルーゾォが17、でオメーがいて、ペッシが12だ」
「ん?メローネとイルーゾォってやつは、どっちも本妻の子なんだろ?」
「ああ、奴らは双子。まぁ驚くほど似てねーけど。金髪がメローネで、黒髪がイルーゾォだ。イルーゾォは他人に興味ねーから無害だが、メローネはなァ~~クセの強い奴だから、気をつけたほうがいいかもしんねぇな。ま、本妻の子供のくせに俺ら私生児ともつるむから、敵ってわけでもねーんだが」
いっぺんにいろんな情報が入ってきて、ギアッチョは頭をかかえた。いきなり自分に兄弟が6人も増えるってだけで、じゅうぶん混乱する。
今まで一人っ子で、母親と二人っきりでやってきた。そんな自分が、本妻の子やら愛人の子やら、おおぜい入り交じった中で暮らしていけるだろうか?侯爵の息子として?つーか俺が貴族?まずそこがぜんぜんしっくりこない。まぁ、こいつみたいな例もあるか…と、鼻歌まじりのホルマジオを見る。
「とにかくよォ、俺以外に兄弟が6人いて、3人が本妻の子、3人が愛人の子ってこったな?いちばん上がリゾットってやつで、こいつの言うことには逆らっちゃいけなくて、えーっとォ!?プロシュートとペッシって野郎は味方で?メローネってやつは敵でも味方でもねえ?」
「よくできました」
「あ~~~ややこしいッ!クソッ!もうこれ以上兄弟は増えねーんだろうなァァ~!?」
「混乱させて悪ぃが、じつはもう二人いた」
「あと二人!?もう覚える気にもなんねーが、一応聞いといてやるぜ!」
「素直だなぁおまえ。その調子ならリゾットとも仲良くやれるぜ。さっきリゾットが長兄っつったが、その上にソルベとジェラートってのがいたんだ。面倒なことに二人とも私生児だ。どう面倒かはなんとなく察しろよ。とにかく面倒なふたりは面倒なことを起こして消えた。あいつらのことがあったから、リゾットも俺ら私生児には厳しく対処するけど、奴らはもういないし、侯爵家の名前も継いでない、だからいまはリゾットが長兄」
「じゃあさっきの俺の理解で合ってるってことだな!?」
「そうだな。思考はシンプルなほうがいい。おめーは館でもうまくやってけそうだなァ~~正直ほっとしたぜ」
ギアッチョの大好きなアルファロメオは広大な平野を抜け森の中を突っ切る。風を飛ばし、ようやく緑が切れた先に、だだっ広い庭園と噴水、複雑な文様をえがく鉄の扉、そしてもっともっと先に鎮座する、白亜の城館。
正門とおぼしき門扉のまえで、車を降りたホルマジオは、あらためてギアッチョに向かい合った。
「ここが俺らの館だ。ようこそ!歓迎するぜ、兄弟」



「ペッシ」
声をかけた背中は、おおげさなほどビクッと震えた。それから素早くこっちに体ごと振り向いて、軍隊の敬礼でもしそうな勢いで姿勢を正した。まるで教師に見つかった生徒だ。
「あ、リゾット!いや、別に変なことしようってんじゃあなくて…」
「誰もそんなこと言ってねぇ。イルーゾォに用だったんだろ?」
「そ、そう!そう!本を借りてて、イルーゾォに…返そうと、おもって、それで…」
ペッシの両手には本が何冊か抱えられている。それでイルーゾォの部屋の前に立っていたのか。リゾットがペッシの姿を見つけたとき、ペッシが背をかがめてドアノブの鍵穴をのぞき込むというやたら怪しい行動をとっていたから、声をかけただけだが、ペッシはペッシで、リゾットに咎められると思ったらしい。顔にはおもいきり殴らないでくださいお願いしますと書いてある。
実際リゾットがペッシに手を上げたことは一度しかない。ペッシがこの館にやって来たばかりの時に、一度だけだ。それに比べ、プロシュートの方がよっぽどペッシを殴る蹴るのボッコボコにしているというのに、ペッシはプロシュートになついている。やはり同じ私生児同士のほうが、境遇が近いからなつきやすいんだろうか。
なんにせよペッシはリゾットを恐れている。ペッシ自身はそれほどリゾットから罰を受けたことがあるわけじゃないが、おそらくプロシュートの姿を見ているからだ。兄貴と慕うプロシュートがしょっちゅう懲罰房に放り込まれていたら、そりゃあ怖くもなるだろう。たとえそれがプロシュート自身の素行に問題があるからだとしても。
リゾットは姿勢を正したままのペッシをよけて、扉を二度ノックした。中から返事はない。
「イルーゾォはいないのか?」
「いると、思うんだけど…気配はあるんだ。でも、出てきれくれないみたい…」
「そうか。俺はいまから新しい弟を迎えにいく。イルーゾォに夕食の席には出ろと言っておいてくれ」
「あ、そうか!今日だったっけ!」
とたんにペッシは明るい顔をする。そう、今日やってくる『新しい弟』はまたもや私生児だ。どこぞの愛人との間にできた子。これで今いる兄弟じゃあ本妻の子より愛人との子の方が多くなる。
(いったい何人兄弟を作ってくれたんだ、親父…)
新しい弟はやはりプロシュートになつくだろうか。そうなるとなかなか厄介かもしれない。私生児同士が結託するとロクなことがないことを、リゾットは知っている。ソルベとジェラートの一件で嫌というほど思い知らされた。
だから私生児たちがつながりを深めるのを、つねに警戒している。これでもリゾットは兄弟たちを守ろうとしているのだった。リゾットなりのやり方で。兄弟の誰もが、そんなこと、微塵も感じちゃいないだろうが。
玄関に向かうため、庭に面した長い廊下を歩いていると、すぐそばの大きな窓の外、空から何かが降っているのが見えた。細かな粒子のようなそれは、一見汚れた雪のようだ。
バン!
勢いよく窓を開け放って、見上げると、屋上の手すりから身を乗り出すメローネと目が合った。その手に握られたガラスの器から降り注ぐのは、煙草の灰。メローネはリゾットを見下ろしマスク越しに目を細めた。そのとなりには、プロシュートの金髪が見える。それはとても不穏で、美しい光景だった。

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