忍者ブログ

[PR]


×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

ルーヴルの思い出 r.p.m.g


 国民的な祝日だった。とはいえギャングには祝日もくそもない。
「フランス語が読めるやつはいるか?」
 リゾットの問いかけにまずギアッチョとイルーゾォがいち早くそっぽを向いて、ついでリゾットの掲げたカードをぼんやり見上げていたペッシがそろっと視線を宙に漂わし、最終的にホルマジオがしょおおがねぇなぁ〜とぼやきながら立ち上がった。
「読めるのか?」
「南フランスの女と付き合ってたことがある」
「それで?」
「愛の言葉なら何度だってフランス語でささやいてやったもんだぜ?」
 文面を勝手に覗き込もうとするホルマジオから、「ロマンス小説じゃねぇんだ」とリゾットはカードを取り上げた。
「仕事か?」
「のようだ」
「ソレ、読めねーと困るものなのか?」
 ギアッチョも寄ってきて興味津々にカードを覗き込む。流暢な筆記体に高級そうな箔押し。かろうじて読める単語は、『Louvre』。
「読めた方が助かる」
「プロシュートは?」
「兄貴は聞き取れはするけど読めねぇと思いますぜ」
「こうゆう時こそメローネだろ」
「そういえばいないな。どこだ?」
「さぁ〜上で寝てるんじゃあねーか?」
 思い思いに好きなことを言い放って、もう興味がうせたのか、それぞれ元の位置に戻っていく。ギアッチョだけがリゾットについてきた。各自の個室があてられている上の階に上がっていく。
「パーティーの招待状かよ?」
「そうだといいが、それを知るために読めるやつを探してる」
「あんたほんと語学はからっきしだな」
 ギアッチョは比較的リゾットになついている。彼がこのチームに来た時、当初のお目付役はプロシュートだった。次の日にはその役回りはリゾットへと移った。プロシュートとギアッチョは人格的にもスタンド能力的にも相性が史上最悪だった。かわりにメローネがプロシュートの教育下に移った。
 そんな経緯があったせいか、いまだにプロシュートとギアッチョは言葉を交わせば口喧嘩がデッドヒートする。かといって仲が悪いというわけでもない。気まぐれに二人で行動してることもある。まぁ、仕事に支障がなければ、リゾットとしては介入するほどのことじゃない。
 逆にメローネは、はじめからプロシュートになついていたようだ。メローネは一見ではわかりにくいが、非常にややこしい性格をしている。思わぬところで癇癪を起こしたり、と思ったら異様なローテンションにハマってまったく口をきかなくなったりする。その次の瞬間にはハイテンションで歌ってたりする。
 メローネの、感情の波が読みにくい、そういった不規則な起伏が、神経質なイルーゾォの精神をかき乱し、直情的なギアッチョを苛立たせたが、その点プロシュートは、彼らしい大雑把さとわかりやすい主義主張で、他の誰に対するものとも変わらない対応をメローネに与え、それがおそらくメローネを安心させた。

 後ろをついてくるギアッチョと他愛もない会話を投げあいながら、廊下を曲がってすぐのドアをノックする。即座に返事があった。
「入るぞ」
 ドアを開けると、ベッドの上でパソコンに向かい合うメローネ、それから窓際のスツールに腰かけるプロシュートの姿があった。手には大きな美術書をもっている。
「やっぱり二人まとめていやがったか」
 リゾットの脇を通って部屋の中に入ったギアッチョは、からかうような声をあげた。メローネが後ろに手をついて体を伸ばしながらギアッチョを見やる。
「プロシュートにたのまれてCD焼いてんだよ。おまえこそ相変わらずリゾットのケツ追いかけ回してやがる」
「テメーはいっぺん死んでみるか?」
「いいけどやるなら外にしよう。せっかく65%までトーストしたデータがパーになる。おまえのスタンドははた迷惑なんだ」
「テメーにだけは言われたくねーぜこの野郎がァーッ!!」
 瞬間ホワイトアルバムをまとってメローネに突進しかけたギアッチョの襟首を、リゾットが猫の子にするように掴んで止めた。身長差の関係でギアッチョは浮いた足をジタバタと暴れさせる。
「邪魔して悪いな。これが読めるか?」
「ほんとに邪魔でしかねぇな」
 憎まれ口をたたきながら、プロシュートが読んでいた美術書を肩にかついで近付いてくる。ギアッチョを掴んだままのリゾットが掲げるカードを一通り眺め、肩をすくめた。
「パーティーへの招待状ってわけじゃあなさそうだな」
「やっぱりか」
「招待状にはちがいないんじゃない。見せて」
 パソコンの前に座ったままのメローネに、カードを手渡す。
「わかるか?」
 聞くと、メローネはカードをリゾットに突き返してきた。
「よかったな、リゾット。フランスで休暇だ」
「なに?」
「なんだって!?」
 思わぬ単語をメローネが発するものだから、プロシュートとギアッチョが同時に反応した。
「オイオイオイどうゆうことだ?おまえだけが休暇か?フランスで?納得できねーぞしっかり説明しろ」
「休み欲しい休み欲しい旅行いきてぇエッフェル塔!」
 まとめて詰め寄ってくるプロシュートとギアッチョを見て、リゾットはなんでコイツらはこんなところで似てるんだとしみじみ思う。結局この二人は、よく似てるから相性が悪いし、仲が悪くない。
 プロシュートはくるりと頭をまわしてメローネを見た。
「カードになんて書いてあったんだ?メローネ」
「あんたのその、手に持ってるソレだよ」
 全員の目が、プロシュートの手の中の美術書に向けられた。分厚い表紙には、金字で『Louvre』と打たれている。
「ルーヴル?」
「今そこで世界的な美術品のオークションが開かれてる。そのカードはリゾット、あんたをオークションに招待するものだ。あくまでも『オークション客』として。そこにパッショーネと敵対するフランスの組織の幹部が顔を出す予定なんだとさ。現れるかもしれないし、現れないかもしれない。現れたら始末しろ。そうゆうこと」
「なんだそりゃ、がっつり仕事じゃねーか!」
「半分休暇みたいなもんだろ?」
 噛みつくギアッチョにメローネは口角を上げた。はかられた。というか、踊らされた。
「まぎらわしい言い方してんじゃねーぞクソが!」
「来るかどーかわからない野郎ども見張りながら美術館見学か、退屈ないい仕事だなリゾット、おめでとう」
 肩をぽんと叩いて形ばかりの慰めを寄越してきたプロシュートの腕を、リゾットはがっちり掴んでみた。
「覚えてるかプロシュート。3年前のルーヴルで」
「なんのことだ?忘れたね」
「なんだなんだ?」
「ふたりだけの秘密の思い出かよ」
 そんなおもしろそうな話題にギアッチョとメローネが食いつかないはずもない。無駄に目を輝かせて迫ってくるふたりに、プロシュートは心底うっとおしそうに眉をひそめる。しかしリゾットが腕をつかんだままなので、身動きもとれない。
「おまえが忘れるはずもないな。その美術書も、あの時に買ったものなんだから」
「なんの話だよリゾット、教えろよ」
「3年前にも任務でルーヴルへ行ったことがある。特殊な任務だった。『ミロのヴィーナス』の『暗殺』だ」
「なんだそりゃ?『ミロのヴィーナス』って、あれだろ、両腕のないオバサンの白い彫刻だろ?」
「上半身裸の。あと後ろから見たら半ケツ」
 ギアッチョの美的感覚とメローネの鑑賞視点はさておき、リゾットは鷹揚にうなずく。
「つまり彫刻を奪ってバラバラに解体しろという指令だった。あまり知られていないが、あの彫刻はいくつかのパーツに分かれて出来上がってる。当時そのつなぎ目に、時価数億の宝石が埋め込まれてるという噂があった。みんなこぞって『ミロのヴィーナス』を手に入れたがった。が、ルーヴルの警備は世界屈指だ。そこでプロシュートが客と警備員の動きを一気に封じ、俺がセキュリティーをぜんぶ破る作戦をとった」
「作戦は滞りなく実行された。俺とリゾットだから当然だ、ヘマなんざしねぇ。だが想定外のことがひとつだけあった。警備員にひとり、若い女がいたんだ」
「『老化』の効きが悪かったんだな」
「立派なヘマじゃねーか」
「けどどうにかして任務は遂行したんだろ?じゃなきゃアンタらが今生きてここにいるはずない。どうしたんだ?」
「プロシュートが女警備員を口説いた」
「はああ?」
 当然のように言い放ったリゾットに、ギアッチョが信じられないとゆうような声をあげる。プロシュートの方はもう言い逃れする気もないのか、リゾットに腕をつかまれたまま煙草を吸いだす始末だ。
「俺は芸術家のはしくれで、イタリアから来た、『ミロのヴィーナス』像を一目見て恋に堕ちちまった、ってな。いけないことだとはわかっている、けして叶わぬ恋だということも、けれど貴方にこうして見つかったのも運命だったんだ、どうかこの愚かな男のはかない恋心を見逃してはくれないか、マドモアゼル」
「マジかよ!それを素面で言えるなんてもはや才能だぜ!」
「なんで女を殺さなかったんだ?『メタリカ』で一撃だろ」
「しようとする前にすでにこいつが口説きにかかってた。実際、女は生かしたままにした方が便利だったしな。なんでも協力してくれた。本物のヴィーナス像を持ち出し、偽者のレプリカを運び入れるところまで」
「だがおかげでそのあと女に尾けまわされてさんざんだったぜ。もうあんなメンドーな事はしねえ」
「その女はまだルーヴルの警備員を?」
「やってるかもしれねぇから俺は行かねぇ」
「馬鹿いってんじゃあねーぜ、そりゃテメエ、ちゃんと迎えにいってやれよ!テメエのこと、まだ待ってるかもしんねーんだろ?『ミロのヴィーナス』みたくよぉ」
「俺もそう思う。責任をとるべきだ、プロシュート」
「おめー普段はそんなこと言わねぇくせに、俺を道連れにしようとするのはやめろ!」
「いいじゃねーの、フランスで休暇、ついでに女と一発ヤって帰ってくれば。うらやましいね、最高のバケーションだ」
 メローネまでリゾット側にまわって、もはやこの場にプロシュートの味方はいない。冗談じゃねえとプロシュートは煙草を吐き捨てた。ルーヴルのことだって、今日このメローネの部屋にきて書棚に並んだ美術書を見るまで、思い出しもしなかったのだ。3年前など時効だろう。女がもし、まだルーヴルにいたとしても、プロシュートのことなんて忘れてるに決まってる。
「いいや、絶対覚えてる」
「少なくとも俺がその女なら忘れないよアンタのこと」
「なんせ彫刻に勃起したヘンタイだもんなぁ、逆に忘れちまいてぇぐらい記憶に刻まれてるだろーぜ」
 やはりこの場にプロシュートの味方はいない。

秘密 r.p


 こんな状況はきっと金輪際ないんだろう。プロシュートは思う。金輪際ないし、あってはならない。こんな状況にはならせない。反省とは悔い改めるもので、悔いるだけではダメなのだ。改めなければ。
 簡潔にいうと絶体絶命である。
 任務中に不測の事態が起こった。よくあることだ。ターゲットは予定通り殺したが、軍隊かと思うほどの応援部隊がやって来て退路を断たれ、銃弾の雨嵐。これもよくあることだ。
 リゾットが負傷した。これは今までにないことだ。
 廊下のあっちとこっちから銃撃される中、プロシュートは柱の影に身を潜め、真横にかばうリゾットに目をやった。暗くてよく見えないが、肩のあたりからの出血が床にゾッとするほどの血だまりをつくっている。動脈をやられたのかもしれない。
「血を操るスタンドのくせに情けねぇぜ」
「『メタリカ』は血を操ってるんじゃない、鉄分と磁力だ」
「そんな余計なクチ叩けるんならまだしばらく大丈夫だな」
 意識飛ばすなよ、と言いつけて再び前を向く。プロシュートは任務中、武器とあらば銃でもナイフでも灰皿でも散弾銃でも使うが、今日はベレッタの拳銃しか持ち合わせてない。
「俺が先に走る。30秒たったら『グレイトフルデッド』を使うから、それまでには射程範囲外にいろよ。失血死も老衰死もイヤだろ」
 振り向きもせず走り出すカウントダウンをはじめたプロシュートの腕を、リゾットがつかんだ。肩ごしに顔だけ振り返ると、感情のよめない黒い瞳が揺るぎなく向けられていた。
「なんだ?」
「秘密を」
「なに?」
「おまえの秘密をひとつくれ」
 銃弾が壁を削り取る音が耳もとで響く。敵の包囲が狭まっている。
「実はガキがいる」
「なに?」
 今度はリゾットが聞き返す番だった。まったく予想していなかった返答にちがいない。
「ガキ、というのは、アレか?おまえの子供?」
「それ以外になにがあんだよ。15の時にしくじって死にかけてたとこを拾ってくれたお人好しがいてな、そいつは30過ぎのしけたギャングだったが、他にもうひとり若い女もいっしょに住んでた。その女も俺みたいにどっかで拾ってきたらしい。面倒見のいい野郎だった。ある日、女がふらりと姿を消して、しばらくいなかったかと思うと、ふらりと戻ってきて、腕にかかえた赤ん坊を俺らに突きつけた。『あんたたちどっちかの子供だから、よろしく』つって、またどっかに消えちまった。もうすぐ10才になる。女の子だ」
「…それじゃあ、おまえの子供じゃないかもしれないだろう」
「俺の子だよ。すっごい美人だからな。自分の子供かどうかぐらいわかるさ」
 リゾットの手を離させて、プロシュートはベレッタをかまえた。
「ついでだ。あんたの秘密も聞いといてやる。懺悔室だとおもって正直に言えよ」
「ずいぶん物騒な神父だ」
 リゾットは少し笑ったらしい。背中越しにも伝わってくる。
「結婚を決めた相手がいた」
「そりゃ初耳だ。けど秘密にしとくほどのことか?」
「相手に秘密なんだ。まだ言ってない」
「ここから生きて帰ったら言えよ」
「いや。無理だ。相手は死んでるからな」
 視線を前にやったままプロシュートは、そうか、と小さくうなずいた。それじゃあ仕方ない。リゾットの秘密は永遠に秘密のままだ。誰に話そうとも。
「生きて帰ったら、おまえの娘に会わせろ」
「嫌だ。ぜったい会わせねーからな」
「なぜだ?」
「あんたに惚れられちゃあ困る」
 たいした親バカだ、とリゾットが笑う。

白と黒 r.m.g.p


 一番最初の『殺し』はなんだったか?
 という話をしていたのだった。そこでリゾットが答えた。
「牛だ」
「牛ィ?」
 意外な答えにギアッチョが声をあげる。ソファに座るメローネも顔を上げた。
「さばいたってこと?アンタ、料理人だったのか?」
「いや。病気にかかった牛がいて、人を襲ったんだ。銃で牛を撃った。それが最初の『殺し』だった」
「へェ〜意外だったぜ。アンタのことだからきっと、どっかの国の大臣とか石油王とかそうゆうのだと思ってた」
 ギアッチョの中でリゾットのイメージがどうゆうことになってるのか疑問だが、リゾットは組織で随一の暗殺者と呼ばれている。その最初の相手がまさか牛とは誰も思わないだろう。妙に牧歌的だ。
「リゾットと牛…ってよォ〜なんか合うよーな合わねぇよーなだな」
「『ファラリスの雄牛』ってんならわかるけど」
「なんだそりゃ?」
 メローネは読んでいた雑誌をとじ、ギアッチョの方を向いて「知らないのか?」と小首をかしげた。
「古代ギリシャ、シチリアの君主ファラリスが、ある芸術家に考案させた拷問道具さ。金属製のおおきな牛の外見をしていて、胴体の中に人を入れて閉じ込め、牛全体を火であぶる」
「ゲェ〜」
「聞いたことはあるな」
 コーヒー片手に立ったまま、リゾットが軽くうなずく。
「なんで牛の形してるんだよ。別にハコでもなんでもいいじゃねーか。不条理だぜ」
「中に入れられた人間の悲鳴が反響して、牛が吠えてるように聞こえるからだ。普通、火事なら、空気がなくて意識を失うから焼け死ぬ苦しみは少ないらしいが、この拷問の場合、牛の口から空気が入り呼吸ができてしまうから、意識を失うことなく焼け死んでいくのを味わうらしい」
「ゲエエ〜趣味悪ィーぜ」
 ごく真っ当な反応を示すギアッチョに、リゾットは肩をすくめてみせる。
「古代中世の拷問道具は見せしめ目的だからな。残虐であればあるほど、民衆は震え上がるし盛り上がる」
「考案するヤツも考案させるヤツもイカれてんだよ。結局『ファラリスの雄牛』の最初の犠牲者は、考案者の芸術家ベリロスだった。考えさせたファラリス自身も、のちにこの拷問方法で殺されてるって話」
「馬鹿みてーな話だな」
 床に敷いたラグにあぐらをかいてソファに頬杖をつくギアッチョは、手元のアメリカンコミックを適当にめくっては放り投げる。コミックにも拷問にも興味がないのだろう。どっちも話半分の様子だ。
「じゃあギアッチョ、もしおまえが誰かを拷問しろってゆわれたら、どうゆう方法をとる?」
「ああー?めんどくせーな拷問なんて。指の先っちょから徐々に凍らしてやるとかか?」
「それはおすすめできない。凍傷は麻痺るとたいして精神的ダメージを与えられないからね。拷問のキホンは、身体的ダメージは低く、精神的ダメージは高く、だ。火責め水責めより言葉責めの方がよっぽど効果があるのさ」
 なぜかメローネ講師による拷問講座が始まりそうになって、ギアッチョは助けを求めるようにリゾットを見上げた。リゾットは何気なくコーヒーを一口すする。
「そもそもなんの話をしていたんだ、ふたりで」
「ああ、そうそう、最初の『殺し』の話。知ってるかリゾット、ギアッチョの最初の相手は警官らしいぜ。いかにもギャングってかんじ」
 笑い声をあげるメローネを見て、ギアッチョはリゾットのおかげで話をそらすことには成功したものの、おもいきり馬鹿にされてる気がして(実際されている)、脳の血管を1、2本ブチ切った。
「テメェー馬鹿にしてんじゃねぇぞクソが!!!凍らせるのが拷問に不向きかどーか、今すぐテメーで試してやるぜ!!!」
「は、おまえにできるのか?ギアッチョぼうや」
「ほどほどにしとけよ」
 臨戦体勢のギアッチョとソファで悠々と足を組むメローネを眺めつつ、リゾットはとくに止めるそぶりもなくまたコーヒーをすすった。もう一杯欲しいところだ。
 その時、ドアの向こうで、革靴がタイルを蹴る特有の足音。怖い人のお出ましだ。
「オイそこのヒマそーなガキども、どっちでもいいからエスプレッソ」
 扉を開けたと同時に命令をくだしたプロシュートに、ギアッチョはゲッと顔を歪め、メローネは素知らぬふりで閉じていた雑誌を開いた。リゾットは元からプロシュートのターゲット範囲外。結局ギアッチョが相手をするはめになる。
「なんだァーテメー帰って早々王様気取りかよ、ええ?エスプレッソぐらいテメーでいれろテメーで!」
「ああ?俺ぁ見てのとおり忙しーんだ。昼間っから働きもしねーでコミック本散らかしてる野郎が?仕事こなしてチームのために賃金稼いできた俺に?反論するつもりか?馬鹿?」
「いっちいちムカつく言い方してんじゃねー!ならテメーの弟分にいれさせりゃいいだろーが!」
「おめーも俺のかわいい弟分じゃねーか」
「なんだって!?なんか今ものすごく恐ろしい言葉が聞こえたぜ!?俺の幻聴か!?」
 思わず頭を抱え込むギアッチョをよそに、メローネは読んでもいない雑誌から顔を上げ、一服ふかすプロシュートを見た。
「なぁプロ兄ィ、あんたの最初の『殺し』はなんだった?」
 眉をひそめながら、プロシュートは、口元の煙草を指にはさんで煙を吐く。
「ピアニストだ」
「ピアニスト?」
 反応したのはリゾットだった。リゾットも知らない話らしい。
「仲間を殺された。その報復だ」
「…なるほど」
「ヒュウ、かっこいー」
 メローネが口笛をふく。プロシュートは興味なさげに一瞥して、「はやくキッチンいけよ」とまだ頭を抱えるギアッチョを蹴りつけた。

彼によると r.p.m


 ひとからの評価ってのは重要だ。相手が職場の同僚なら、なおさら。だってそれは仕事を組むうえでの信頼に関わるし、もっと単純にいえば給料に響く。
 評価は当然、高ければ高いほどいい。だが時として、評価がまっぷたつに割れることもある。

 たとえばプロシュートは俺のことをわりとさんざんに酷評する。
「気分屋のうえに集中力がねぇ。全体的にムラが多すぎるんだよ。ノリノリの時はそこらの女も『母親』にして殺しまくるし、ぜんっぜん乗り気じゃない時は『ベイビィフェイス』までもがまったく使いモンにならねぇ、どころか暴走してこっちに危害を及ぼすしまつだ。そのくせ深く考え込みすぎるからいつも行動が一歩遅れる。遅刻も多い。カフェに入ってもなかなか注文を決めやがらねぇ。決断力の鈍さは行動力の鈍さだ。それは致命的な判断ミスにつながる。趣味趣向の偏りが異常だから誰かと組ませて仕事させられない。組んだ相手が耐えきれずに精神崩壊を起こすぜ」

 残念ながらかなり的を得ている。俺が反論すべき点はなにひとつない。プロシュートからの評価はスクールでもらう通信簿みたいに的確だ。
 それが、リゾットに言わせればこうなる。

「機転がきいて思考の柔軟性が高い。頑固に貫き通すより、その場その場の判断で動けたほうがこうゆう仕事には向いてる。物覚えも早いし、そのうえ記憶力が抜群だ。一度入ったきりの店でも、店名やメニューをよく覚えている。乗った飛行機のパイロットの名前もな。マイペースに行動しながら従うべきところにはちゃんと従えるし、『ベイビィフェイス』への教育を見ていれば忍耐強くもある。意外と教育者や講師に向いてるかもしれない。物事を深慮するから先走った行動をしない、機が熟すのを待てる。それは我慢強さだ。我慢強い人間は信頼できる」

 どうだ、このちがいは。まるで別の人を評価しているみたいじゃないか。
 正直リゾットから良い評価をもらえてるってのはありがたい。自分のチームのリーダーに信頼されないまま仕事ができるほど、俺の神経はいかれちゃいない。

 重要なのは、どちらの評価が正しいわけでも間違ってるわけでもないってことだ。まるで正反対の評価のようでいて、それらはコインの表と裏のようにぴったりと重なりあっている。
 どんな人間だって、良いふうにばかり言われていれば、つけあがって成長しなくなるし、悪いふうにばかり言われてちゃあ、卑屈になってやっぱり伸びなくなる。
 俺は俺を悪く言う人は信頼できるし、良く言う人は安心できる。
 だから二人とも必要だ。

伝言 all


 学生が使うような鈍くさいノートが置いてある。
「なんだこれ」
 プロシュートはそれをリビングのローテーブルの上で発見した。くわえ煙草でポケットに両手を突っ込んだまま、しげしげと見下ろす。
「日誌らしい」
「日誌?」
 L字型のソファでノートパソコンを膝にのせるリゾットが、画面から目を離さず「ああ」と答えてくる。
「イルーゾォが買ってきたノートにメローネとギアッチョが落書きしたのが始まりのようだが」
「阿呆じゃねーのか」
 チームの年少組(プロシュートはガキ組と呼んでいる)は時々とんでもなく幼稚なことをやらかす。女にいわせれば、男の人っていつまでたっても子供みたいなんだから!ということらしいが、奴らの場合、そんなかわいらしいモンじゃなく、ただただ無邪気にして凶悪。水をかけられたグレムリンのようなものだ。
 煙草を灰皿でつぶし、プロシュートはそのノートを手に取ってみる。パラパラめくると、まだほとんど真っ白だが、2ページ目あたりから文字が書いてあった。


○月○日 晴れ
表紙のデザインがかっこいいので思わず買ってしまった。こんなノートなにに使えばいいんだ?とりあえず日記のようなものでも書こうか。将来一冊の本にまとめて出版して金もうけできればいいが。仮題:鏡の国のイルーゾォ日記

○月○日 気温12度 湿度22% 風向き南 メローネ
思うに俺たちチームは連携がうまくとれてないんじゃあないか?
いいことを思いついた。連絡ノートをつくろう!
みんなが諸連絡を書き込んで閲覧すれば情報を有益に共有できる
おっと、いいところにダサいノートが
ちょうどいい。試しにこのノートを使ってやってみよう

○/○
なんだこのくだらねーノートは。れんらくノートだと?
バ〜カ、小学生じゃねーんだからよぉ〜
G ←うんこハゲ
   ↑だれだこれ書いたヤツ!!!!てめーかメローネ!!!!!
    ハゲてねーよクソ!!!!


「予想をはるかに上回るくだらなさだな」
 時間を無駄にしたとばかりにプロシュートはノートを放る。膝からノートパソコンを下ろしたリゾットが、それを拾い上げた。
「そうでもないぞ。連絡ノートというのは意外にいいアイデアかもしれない。たしかに俺たちは単独行動が多くて互いの動向をつかみずらいからな。それに、書いてある文章や文字を見てると、それぞれのクセや思考がわかってなかなかおもしろい」
 たとえば、という風にリゾットが指でノートに書かれた文字を示す。
「ギアッチョは話し言葉をそのまま書いてあるな。それに漢字が少ない。直情かつ直観的だ」
「馬鹿ってことだろうが」
「メローネは数値情報を気にしている。文章も流れが組み立ててある。導入部の簡潔さといい、小説書きに向いてるかもしれない」
「クソみてーなエログロ小説家になるだろうぜ」
「とりあえずイルーゾォには出版をあきらめさせなければ。組織から粛正される」
「そこの問題か?」
 至極まじめな顔でくだらない分析をしてみせるリゾットに、プロシュートは新しい煙草のシールをくるくると剥がしながら呆れてみた。一番馬鹿なのは実はこのリーダーかもしれない。
 何気なさを装って、リゾットが手にした連絡ノートを突き出してくる。なんだと目線で問うと、リゾットは口の端を上げて笑った。
「書いてみたらどうだ?」



○/○
なんだかよくわかんねーが、シャンプー買いたしにいったついでに育毛剤かってきた。洗面台においてある。好きにつかえハゲ。PROSCIUTTO

↑てめーがつかえオッサン
↑字きたねー読めねーなんてかいてあんだ?
↑ローガンじゃねーのかオッサン
↑メガネにいわれたくねーぜメガネハゲ
↑ハゲハゲいってんじゃねーハゲ!!!!

○月○日
しらねーうちにノート勝手に使われてるし勝手にケンカはじめてるし、どうなってんだこのチームの連中は?頭おかしーんじゃねーか?
今、鏡の中に入ってようやくこのノートかいてる。連絡することなんかあったかな。あ、オレがさっきトイレはいって紙なくなったから次入るヤツは気をつけたほうがいい イル

○月○日
犯人はおまえかよ まんまと紙ねーのにトイレはいっちまったぜ
なぁ〜んかしらねーがおもしろそうなノートじゃねーか
連絡ならなにかいてもいいのか?
つっても今べつになにもねーな
あ、今月エミリアがこども出産するぜ〜
ホルマジオ

てめーがはらませたのか? G
バァ〜カ、猫のはなしだ、猫 ホルマジオ

○月○日 満潮時間3:57 14:57 明日は新月 メローネ
今日でようやく任務終了。今からオフ
ひさしぶりに戻ったらノートがちゃんと使われててびっくりした
プロシュートとかに捨てられてそうだなと思ってた ←いいカンしてるな ←これ書いたのリゾット? ←あたり ←筆跡でわかった

○月○日 くもり
どうも、ペッシです。
大通りに新しい店ができてました。
オフが合えば飯食いにいきませんか。
予定日時:明後日 夜9時〜
予算:2千前後
行く人:(名前かいといてください。)
ホルマジオ メローネ
イル
G

○/○
リゾットへ
遅刻か?先いってるぜ PROSCIUTTO

○/○
すっげーうまかった ペッシのやつやるな!
オレんなかでペッシ株があがった G

○月○日
信じられるか?いまここに来るまでに雪がふった。もう春だってのに。この国はどうなってる。イル

○月○日 最高気温12度 メローネ
明日からミラノへ出張
あたらしいハードディスクは注文しといた
るす中に届いたら部屋においといてくれると助かる
ラジオの占いによると今日の最下位は乙女座

○/○
エミリアがこども産んだ!5匹も! ホルマジオ
  おめでとう
 おめでとー
    いい家庭をきずけよ
 メローネがいたらおもしろかったのにまさかの不在かよ
  あいつ前にイヌの出産みて卒倒してたぜ

○/○ きょう天気いい
いまから出なきゃなんねーんだが
だれか18じから27chのテレビとっといてくれ
G

○月○日
どうも、ペッシです。
こないだの写真、共有フォルダに入れときました。
ギアッチョへ。
DVDに焼いときました。 ←grazie

○/○ オレのプリンくったやつ誰だ イル

○月○日
予測外の事態がおこり任務予定日延長
しばらく姿くらますから何かあれば下記の番号へ
×××-××-××××
リゾット

○/○ そーゆーことは直接言え PROSCIUTTO








○月○日 16時31分 メローネ
ノートを書くのはひさしぶりだ。今戻った
みんなどうしてた?
帰ってきたばっかだけどこれからまた仕事
でも、これが終われば長いオフがまってるだろう
ひさびさに旅行にいきたい
2年前、みんなでいったシリチアの風景を、このごろよく思いだす
シチリアーノの女はイイのがいっぱいいた
海が青かったな
ホルマジオはオレとギアッチョとリゾットで埋葬した
イルーゾォと連絡がとれない
オレは今からギアッチョと出る
PCのアップデートは戻ってからやるから
勝手にさわって壊すなよ、リーダー
待っててくれるとうれしい
じゃあな

× CLOSE

カレンダー

03 2024/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

リンク

カテゴリー

フリーエリア

最新CM

[01/02 クニミツ]
[02/16 べいた]
[02/14 イソフラボン]
[01/11 B]
[12/08 B]

最新記事

最新TB

プロフィール

HN:
べいた
性別:
非公開

バーコード

RSS

ブログ内検索

アーカイブ

最古記事

P R

アクセス解析

アクセス解析

× CLOSE

Copyright © スーパーポジション : All rights reserved

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]


PR