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馬鹿とハサミ all


 おまえと同い年だ、仲良くしろよとあらかじめ上司に言われていたので、どんな奴なのだろうとホルマジオはそれなりにワクワクしていた。
「今日からうちのチームに入るリゾット・ネエロだ。挨拶しろ」
「よろしく」
 現れた男の目を見た瞬間、ホルマジオはおもいっきり視線をそらしてしまった。初対面の人に対してあまりにそれは失礼な態度だったし、基本的に人がよくて話し上手聞き上手であるホルマジオ自身にとっても、話す時に相手の目を見ないのは主義に反することではあったが。
 しょうがねーじゃねえか……
 だって、目が、ものすごく黒い。
「…どうもぉ〜」
 かろうじてそう返しはするが、ホルマジオはやはり、リゾットとかいう新入りの男の目を真正面から見返せなかった。


 ドガシャアァンッ!!
 強烈な破壊音とともに建物全体がちょっと揺れた。
「またか」
「今日は誰だ?」
 いつものことと慣れきった様子で、それぞれが顔を見合わす。今一階のフロアにいるのはギアッチョ、イルーゾォ、ペッシ、ホルマジオだ。
「メローネの野郎は?」
「外にバイクはなかったぜ。まだ来てねえんだろ?」
「それか女の品定めにでもいってるか」
「さっき兄貴が次の任務のことでリーダーに話があるっつってたけど…」
「決まりだな」
「ったく、しょおがねぇなぁぁ〜〜〜」
 そうなるとこの場にギアッチョがいてくれてることは、かなりありがたい。グレイトフルデッドを全開にされたら、こんな狭い家の中など一瞬ですべて枯らされる。普段はチームの暴れん坊及び破壊魔として扱われるギアッチョだが、こうゆう時ばかりはたよりになる。というか皆、こうゆう時しかたよりにしない。
 そんな暴れん坊ギアッチョが、さっそくイライラと手近のマガジンラックを蹴りつけた。
「クソッ!ペッシッ!てめー行って様子見てこいよ」
「ええ〜!?それはおいらに死んでこいってゆってんですかい?」
「てめーの兄貴なんだろォ!?ええ?」
 本気で嫌がるペッシだがギアッチョは容赦のかけらもない。イルーゾォは自分に火の粉がふりかかってはかなわないとすでに鏡の世界へ引きこもっている。
 このパターンの場合、いつもならメローネが暴走するギアッチョに茶々を入れてからかい、弱いものイジメの救済を行うのだが、不在なんだから仕方ない。残る人材はホルマジオのみだ。ホルマジオ自身は、スタンド能力的に、ギアッチョにも誰にもかなうわけがなかったので、あまり首を突っ込みたくなかったが、そうはいってもやはり仕方ない。
「チクショ〜しょうがねぇなァ…おいギアッチョ、あんまりペッシの奴をイジメてやるんじゃあねえよ。リーダーとプロシュートなんか相手にしたら、マジで死んじまうぜこのマンモーニはよォ」
「じゃあテメーが行くってゆうのかよ、ホルマジオ。ゆっとくが俺はここから1ミリたりとも動く気はねぇぜ」
「俺があの2人を止められると思うかァ〜?猫がカバ産むより無茶だろォーが」
「自分でいってて恥ずかしくねーのかクソッ」
 無駄な言い合いを展開しているうちに、上のフロアからまた派手な音が聞こえた。この分ならまだ素手でやり合ってるのかもしれないが、スタンド戦になるとこっちにまで甚大な被害がおよぶ。
「ったくよォ、しょおがねえなァ〜…」
 こんな時、なんだかんだ言いながら立ち上がってしまうのがホルマジオという男だった。
 割に合わない仕事だとはわかっている。自分の管轄でもない。しかしホルマジオはチーム内の年長で、リゾットとの付き合いも長く、結局のところ放っておけない性格をしている。損なタイプだとは自分でもおもう。
「頼りにしてんぜェ〜ホルマジオ。リトルフィートの指でヤツらをチョイッと傷つけりゃああんたの勝ちだッ!」
「メタリカの射程距離に入った時点で俺は負けるだろーがよォ」
 適当な声援を投げてくるギアッチョに背を向け、ブツブツ文句をたれながらもホルマジオは階段を上がる。メタリカ以前にすでにグレイトフルデッドの射程距離には十分入っているのだから、本当にスタンド戦が始まればホルマジオは完全にお手上げだ。

 二階に上がると分かりやすくリゾットの部屋の扉が吹っ飛んで廊下でゴミくずと化している。やれやれとため息をつきながら、戦場となっているリゾットの部屋をのぞく。プロシュートの後ろ姿が見えた。
「おいオメーらよォ、なんでモメてんのか知らねーが、家を破壊すんのは…」
「よけろホルマジオッ!!」
 プロシュートが鋭い声をあげたのと同時に、その体がいきなりホルマジオに向かって吹っ飛んできた。よけなければぶつかる、が、ホルマジオは両腕を交差させ防御はとったが結局よけなかった。当然プロシュートの体がぶち当たってきてホルマジオもろとも2人は廊下に転がった。
 ふと視界をかすめたそれに今さら気付いたのだが、破壊された扉のノブの金属部分が変形している。すでにメタリカは発動されていたのだ。
「イッテェェ……ちくしょォー、おいプロシュート、大丈夫か?」
 吹っ飛ばされたあげく廊下の壁に激突したらしいプロシュートは、壁に背をもたせかけるようにして立ち上がりかけていたが、突然、体をくの字に折って床に崩れ落ちた。見えない拳にみぞおちを殴られたように。「おいおいおいおい…」、さすがにホルマジオも冷や汗をかく。
 景色が歪み、プロシュートとホルマジオの間にごく静かに姿を現したのは、黒ずくめの男リゾットだ。
「針を吐かされなかっただけ幸運とおもえ」
「ハッ…!余裕ぶっこいてんじゃあねーぞテメー…」
「おいおいおい、リゾットおめーよォ…」
 そこでようやくリゾットは背中を向けていたホルマジオの方へ振り向いた。肩ごしに見下ろしてくる漆黒の瞳。ぞくりと背筋が粟立つ。この静けさと深淵の闇こそ、リゾットを『最高の暗殺者』と呼ばしめる理由だ。
 だがホルマジオは、もはやその瞳から目をそらすことはなかった。初めて会ったのが22才の時、同い年で互いに『能力者』であるという共通点をもちながら、ホルマジオとリゾットは性格も能力の面でも大きくかけ離れていて、とても仲良くやっていけるとは思えなかった。だが気付けば同じチームに属し、そこそこ長い付き合いになってしまっている。
 ホルマジオは、暗殺の能力においてリゾットに勝ろうなど、もはや思わない。いい意味で開き直っている。同等の力をもつならプロシュートのように真正面から衝突しにいくだろうが、ホルマジオにはホルマジオなりの対処方法があるのだ。
「そのぐらいでやめとけって。これ以上家を破壊したらよォ、また上から経費がどーとかイチャモンつけられんだろォーが。プロシュートなんか列車の切符代がもったいねえっつってペッシと無賃乗車してんだぜ?リーダーのおめーが金の無駄遣いしてどうする」
「ホルマジオてめー無賃乗車のくだりは余計だろうがよォ…」
 リゾットの向こうでプロシュートがグレイトフルデッドを発現させるのが見えた。全身の無数の目がぎょろりとホルマジオをにらむ。
「プロシュート、おめーもよォ、こないだグレイトフルデッドで地下の食糧庫ぜぇーんぶダメにしたの忘れたか?おめーがファーストフード店で働いて食費稼ぐっつーんなら別にかまわねぇけどよ。やってくれんのかよ?え?」
「やるわけねぇだろーが」
「ったく、マジでしょーがねぇ奴らだなおめーらはよォ!」
 ホルマジオが長々とため息をつく。臨戦体勢だったリゾットもプロシュートも、ホルマジオの所帯じみた説教に目に見えて白けた様子だ。ホルマジオの武器はこれだった。世間慣れした飄々さで、殺気も戦闘意欲もけむに巻く。
 このチームの連中はみんなどこか浮き世離れしているというか、ちがう世界に住んでいる。ちがう世界に住む者同士なんだから、そりゃ喧嘩も衝突も絶えない。そんな奴らを、世間一般の現実世界に引き戻すことで、場を白けさせることこそ、このチームでホルマジオが身に付けた処世術だ。
 やおら立ち上がったプロシュートは、グレイトフルデッドを解除してこちらに背を向け階段を降りだした。
「リゾット、今日の話はまた次にだ。必ず決着はつけるぜ」
「ああ。おまえの方こそ老化で忘れるなよ」
 反射的にプロシュートが振り向いて一瞬さっきよりも凶悪な空気が2人の間に生まれたが、ホルマジオがすかさず「マックかケンタか?」と声を上げたので、プロシュートは派手な舌打ちを鳴らして階段を降りていった。踏み板を壊す気かと思うほどの足音をたてながら。
 それを見送っていたリゾットに向けて、ホルマジオはもう一度わざとらしくため息を吐き出した。
「リーダーともあろうモンが、部下のひとりもコントロールできねぇで情けねーぜ、ええ?」
「俺はあいつらを縛る気はない。好きにやればいい。だがクセが強くて困る」
「そりゃあおめーもだろうがよ、リゾット」
 ホルマジオはよっこらしょとジジ臭いかけ声とともに立ち上がって、リゾットの目を見据えた。相変わらず黒々としているが、その瞳は無感情でも無表情でもないことを、ホルマジオは知っていた。
「衝突すんのが悪いこととはいわねーよ、互いの主義主張がちがえばそりゃあ喧嘩にもなるだろう。けどプロシュートはあんたにグレイトフルデッドを使わなかったんだろ?今回はあんたの方が、ちぃっとばかし、おとなげなかったんじゃあねーか?」
「あいつには手加減できんからな。たしかに、俺がやり過ぎた。すまん」
「そりゃあプロシュートに言えっつーの、マジでしょ〜がねぇヤツだなおめーは」
 ホルマジオ本人は知らないことだが、チーム内ではホルマジオは、リゾットとプロシュートの間に入って弁舌でどうにかできる唯一の人材として認識されている。スタンド能力に関わらず、要は頭の使いようなのだ。馬鹿とハサミはなんとやら。


 夜になってなぜかメローネとギアッチョがもめていた。
「部屋替われよ!リーダーがメタリカ発動するたびに俺のパソコンがイカれちまうんだよ!」
「知るかッ!てめーのパソコンなんかどうせエロ動画しか入ってねーんだろうがクソッ!俺だってリーダーの隣りの部屋はお断りだぜ!」
「ったくよォォ〜〜しょおがねぇなァ〜ッ!」
 ホルマジオ、別の名を暗殺チームの苦労人。

暗殺者


 ネアポリス警察史上まれに見る怪奇事件をかかえていたアルベッロ警部補は、事件の真相を追う中でひとりの男の存在に行きついた。
 プロシュートと呼ばれるその男は、ネアポリスを中心にイタリア全土を股にかけるギャング組織パッショーネの構成員だった。ギャングの中にも、金やコネ欲しさに警察と結びついて情報を売る輩は存在する。今回の情報をリークしたギャングのひとりは、公衆便所脇でアルベッロにこうささやいた。やつの存在を追えばアンタまちがいなく死ぬぜ、やつらは鎖でつながれた飼い犬だがそこらの野良犬より凶暴で、クソより最低最悪の連中だからな…。
 アルベッロは、騒音をかき混ぜたナイトクラブのカウンターでウイスキーのグラスを傾けながら、渡された情報を頭の中で転がし吟味する。
 『やつら』という言葉から、プロシュートという男は組織の中のなんらかのチームに属しているのが知れた。そこについて詳しくは触れられなかったが、情報を売った男の口ぶりから、かなり特殊な、しかもどちらかというと毛嫌いされてる感じがあった。
 とくに気になったのは、『鎖でつながれた飼い犬』という言い回しだ。飼い犬というならギャングと呼ばれる連中は皆そうだ。組織の鉄の掟に縛られ、それを破ったなら、仲間といえど容赦ない制裁が加えられる。そうして引き裂かれた残虐な死体を、アルベッロはこのネアポリスの街中でいくつも目にしてきた。
 ただのギャング構成員とは、なにか一線を画す、特別な掟で縛られた、『クソより最低最悪の』存在。
 警察に務めて20年になるアルベッロの刑事としての勘が、この一件は深入りすると確実に命の危険があると警告している。わかっている、そんなもの刑事になりたての青臭い新入りのガキでもわかることだ。
 クラブのフロア奥のVIP席ゾーンから、間仕切りの重たいカーテンを押し開いて数人の男が出てきた。ミラーボールの青い照射が閃く暗闇の中、アルベッロはさり気なく視線をやる。
 イタリアンギャングらしく高級なブランドスーツを洒落て着崩した男たちの中で、あきらかにひとり、異彩を放つ者がいる。金髪碧眼の容姿がそうさせてるんじゃない、まとう空気がちがう。それは目の配り方や足の歩幅といった些細な仕草から生み出されるものだ。今、突然機関銃を乱射されたとして、誰が何人死のうと、この男だけは生き残るんだろう、そう思わせるたぐいのものだ。
 アルベッロは己の勘に従った。連中が店を出ていったのを見送り、遅れすぎず早すぎず、絶妙のタイミングでフラリと後を追う。
 うるさいネオンのひしめくネアポリスの夜。男たちはそれぞれ散り散りになって夜の石畳へ消えていくところだった。アルベッロは白髪混じりの短髪をひとかきして、何気なく歩きはじめる。
 狙うはただひとり。その他に用はない。アルベッロの歩く数十メートル先には、スーツに身を包んだ後ろ姿がある。プロシュートだ。根拠のない確信だった。だがアルベッロは、警察で20年鍛えられた己の嗅覚を疑わない。ちらほらと人通りのある街中の石畳を、アルベッロはただひとりの男だけ見つめて歩いた。
 プロシュートが角をまがった。この先は国鉄の駅がある。
 少し歩調をはやめて同じく角をまがったとたん、タクシーがアルベッロの今来た方向へ向けて走っていった。
(しまった!)
 逃げられた。後をつけていることはバレてるだろうと思っていたが、アルベッロは人の多い駅前で声をかけるつもりでいた。
 すぐにアルベッロは、すぐ目の前の道に寄せて停まっている車の窓を叩いた。警察手帳とバッヂを見せ、扉を開けさせる。
「な、なんだよォ、サツに厄介になるようなこたァしてねーぜ」
「あんたをどうこうしようってんじゃない、容疑者の追跡中だ!さっきのタクシーを追いかけてくれ!」
 運転席の男は恵まれた体格のわりに気の弱そうな声で、おびえた顔をみせた。これ以上手間取っていられないと、問答無用でアルベッロが後部座席に乗り込みかけた時、
「勝手に尾けてきたうえ容疑者扱いとは、ひでぇじゃねーか、なぁ?」
 背後から思いきり蹴りつけられ、転がったアルベッロの体を無理矢理車の中に押し込むようにして、ひとりの男が乗り込んできた。バン!と扉をしめ、「出せ」と運転席に一言命令するともう車は走り出している。一連の動作が、まるで完璧に計算されたシナリオのように微塵も無駄がなかった。
 アルベッロは凍りついたように目の前の男を凝視した。プロシュートが、スーツの襟をぞんざいに正しながらそこに座っている。
「兄貴ィ、そいつ知り合いですかい」
「いいや。だが俺に用があるみたいなんでな、話ぐらい聞いてやろうかと思ってよ。なぁオッサン?」
 少し狭そうに足を組んで、プロシュートが視線を投げてくる。初めて目が合った。瞳は冷えたブルーなのに、炎を灯したかのような強さと激しさが燃えていた。
 運転席の男は、最初のおびえた様子など嘘のように平然と車を飛ばしている。仲間だったのか。やられた。これはプロシュートの勘の良さと用意周到さが為せるわざだろう。
 アルベッロは、ゆっくりと、固まっていた手足をほぐすように後部座席に座り直して、そうしてハラをくくった。プロシュートと目を合わせたまま、慎重に口を開く。
「……ああ、そのとおりだ。俺はあんたに用があって、尾行していた」
 青い眼差しはアルベッロから外されない。静かな表情に、窓の外を走る車のテールランプの光が幾筋も流れる。本当にこの男は、アルベッロの話を聞くつもりらしい。ギャングの気まぐれか、わからないが、アルベッロは直感的にこの男は言葉の通じない馬鹿な輩じゃないとわかった。
「三週間前、中央駅近くで観光バスが信号機に突っ込む事故があった。知ってるか?」
「ああ」
「バスは大破、乗客含め信号待ちしていた通行人を巻き込んで十数人の死傷者がでた。事故の原因は単純なものだった、単純かつ複雑だった。運転手は『すでに死んでいた』。信号機に突っ込む前に、運転席でアクセルを踏んだまま。死因はなにか?これが最も厄介な問題だ。運転手は『老衰』で死んでいたんだ」
 プロシュートが片眉をあげた。「それがどうした?」とでも言うように。
「…あれはたしかに事故だった。運転手は他殺でも自殺でもない、老衰で死んだんだからな。運転手の過失致死、ということになる。だが運転手は28才の若者だった。28才だ。それが『老衰で死んだ』だと?馬鹿げてる」
「たしかに。真っ当な意見だ。それで?」
「あくまで死因は老衰だ、外傷もない、内臓に病気をかかえていたわけでもない、他殺ではありえない。単なる『奇妙な』事故として、捜査は打ち切られた。だが俺は調べつづけた。…そこで、あんたの名前が浮上した。パッショーネの構成員、プロシュート、だな?」
「それに俺が『ハイ』と言えば、あんたは死ぬしかなくなるぜ」
 プロシュートがまぶたを伏せスーツの懐に手を突っ込んだので、さすがにアルベッロも一瞬背筋が凍った。が、取り出されたのはシガレットケースだった。そこから一本くわえジッポを擦る様を眺めながら、アルベッロは無意識に息を吐いた。知らない間にかなり緊張していたらしく、肩や背骨がガチガチだ。
「じゃあ、勝手に呼ばさせてもらうが…プロシュート、俺が知りたいのはたったひとつだ。『どうやって運転手を老衰させたか?』それだけだ。なにか特別な薬を使ったのか、ガスか、…あるいは、精神的な強いショックを与えた、とか…」
「なぜあんたはそれを知りたがる?アルベッロ警部補?」
 プロシュートは煙草を挟んだ指で、いつのまにか落としていたらしいアルベッロ警察手帳を掲げてみせた。
 アルベッロはもう一度大きく息を吐いた。うかつにもほどがある。そして目の前の男の抜け目なさも、もはやさすがとしか言いようがない。
「ああ、リカルド・アルベッロだ。家族はいない。女房は死んじまった。だから俺は俺の身ひとつだ、殺る時も俺ひとりで済む、他の誰も殺る必要はない」
「あいにく人数は関係ねーよ。けどあんた、ずいぶんハラ決めてやがるじゃねぇか。自分が死ぬとしても、知りたいことなのか?自分の命と天秤にかけて?それほどまでして知りたいことが、『どうやって老衰したか』?」
「ああ…そうだ」
 アルベッロは直感した。おそらくあの事故を起こさせたのはプロシュートだ。人数は関係ない、その言葉から受ける印象が、事故の全容から見える大雑把さと重なった。あの事故は、運転手をのぞけば誰が死ぬとか何人死ぬとか、計算されたものではなかった。緻密な計画ではない、なにか突発的に、運転手を殺さなくてはならなくなり、偶発的にあの事故が起こった。そんな流れが、アルベッロには見えるのだ。
 プロシュートは煙草をくわえ、しばらく考えるように窓の外を流れる景色を見やっていたが、やがて紫煙を吐き出して運転席の方へ声を投げた。
「おい、車を止めろ」
「ええ?兄貴、ここ高速ですぜ?」
「見りゃあわかる。いいから止めろ。二度言わせんじゃねえ」
「へいィッ!!」
 弟分らしき運転席の男は、プロシュートの声が1オクターブ下がったのと同時に機嫌も急降下したのを悟って、返事とともに急ブレーキをかけた。何がなんだかわからないうちに、車を降りた弟分の男がアルベッロ側のドアを開けて、同時にプロシュートにシートから蹴り落とされた。
 高速道路のど真ん中、コンクリートに尻餅ついて顔を上げると、プロシュートが悠々とシートに座り直しているところだった。そしてまたあの強い眼差しが、アルベッロをとらえた。
「結論から言うと、あんたの知りたいことを俺が教えることはねぇし、仮に教えたところで無意味だ、どうしたってあんたにゃ理解不能だからな……だがあんた、ずいぶん勘が鋭いみたいだな。あんたの推理は、案外イイ線いってるかもしれないぜ。刑事にしとくには惜しいな。以上だ。質問は受け付けねえ。あんたは家に帰るために中央駅で個人タクシーに乗って、ボラれたあげく、ハイウェイで置き去りにされちまった。そうゆうことだ。じゃあな」
 バン!
 アルベッロの目の前でドアがしめられた。それっきり、もう車中のプロシュートと目が合うこともなかった。
 車が猛烈なスピードでハイウェイの光の嵐にまぎれこんでいくのを、呆然と見送っていたアルベッロだったが、周囲からのクラクションの音で現実に引き戻された。自分は高速道路のど真ん中に座り込んでいたのだ。世界一荒いと評判のネアポリスの車たちが、けたたましいクラクションを鳴らしながらアルベッロの横を通り過ぎていく。赤、黄、白のテールランプをなびかせて、夜のハイウェイは輝く。夢のような光景だった。




 その後アルベッロがプロシュートと会うことは二度となかった。だがアルベッロは知らないだろうが、アルベッロを殺したのはプロシュートだ。背後から頭と心臓に一発ずつ。銃殺されたアルベッロの死体は朝焼けの路地裏で発見された。
 ここからは蛇足になるが、アルベッロには血のつながらない娘がいた。彼は妻との間に子供を授からなかったが、孤児院で出会ったある少女とまるで本物の親子のように仲良くなり、仕事が非番の時には必ず施設に足を運ぶほどだった。
 少女は、生まれつきの難病におかされていた。人の10倍のスピードで老化する『早老症』。彼女は10才にしてすでに内臓のあちこちが傷んでいたし、杖なしでは立てないほど手足が細く、難聴にも悩まされていた。歯もぼろぼろで、見た目は小さなおばあさんだった。この病気のせいで、親にも捨てられたのだという。
 アルベッロは彼女を救いたかった。妻を亡くし、親類との縁もないアルベッロにとって、家族はすでに彼女ひとりだった。
 だからあのバス事故の捜査で、運転手が28才にして突如『老衰で』死んだという事実を知った時、アルベッロはどうしてもその謎を解き明かさなければならなかった。突然の老衰、それが薬やガスによるものかわからないが、原因がわかれば、もし人間をわずか数秒にして老人にする方法があるならば、逆に老化を止めたり、若返らせたりする方法も、あるのかもしれない。アルベッロにとって、最後の賭けだったのだ。
 ここまでが、組織の調べで判明した。そしてそういった事実に関わりなく、プロシュートは、「近ごろ我が組織と『能力者』についてしつこくかぎ回ってる男がいる、厄介なことになる前に始末しろ」と指令を受け、暗殺を遂行した。それだけのことだった。
 仮にあのハイウェイで、プロシュートがアルベッロから少女の話を聞いていたとしても、やはり結末は変わらなかっただろう。プロシュートは医者ではなく、組織の飼い犬であり、ただの暗殺者だからだ。

物語はおしまい all


 プロシュートの死体を見下ろしながらメローネは思う。
 すべては書き終えられた物語にすぎないんだと。

 間際に迫った死という名の暗闇を感じながら、メローネが思い出したのは輪切りになったソルベがリビングに並べられた時のことだ。なにか崇高な芸術品か、骨董品のように、額縁に飾られた死体は指のひとかけらまできちんと揃ってそこにあった。世界一美しい死体で、世界一醜い芸術だった。
 すべては完結した物語なのだ。何度読み返しても結末はおなじ。ソルベとジェラートの死は、どう考えたって序章にすぎない。この筋書きはまちがいなくバッドエンドを導く。物語の最後のページはこうだ、こうしてかわいそうな暗殺者たちはひとり残らず死んでしまいました。おしまい。
 ページをめくれば、陰惨な暗殺者にふさわしいみじめなラストシーンが、ひとりひとりに用意されている。そして結末はみんな同じ。
 俺たちはボスに勝てない。メローネはそう思っていた。だが口にはしなかった。本当はメローネだって、ボスから麻薬ルートも金も何もかもを奪い取ってソルベとジェラートの復讐をして、そうして勝ち誇った顔で笑いたかった。でもいつだって物語は、メローネの思い通りになんかなりはしないんだと、わかっていた。

「つづりがわかるか、メローネ」
 リゾットに紙とペンを差し出されて、メローネは磨いていた爪から目を上げた。なんのことだと少し首を傾げる。
「以前にローマで行ったレストランだ。深い緑の看板の」
「カルボナーラとサルティンボッカとティラミスを食べた?」
「そうだ」
 受け取った紙に記憶のままペンを走らせる。書き終えてそれをリゾットに返しながら、わざとやらしく笑う。
「女でも連れていくのか?」
「そうだといいんだがな」
 リゾットはメローネの書いたメモを手にテーブルを離れ、ホルマジオに声をかけた。わかってる、どうせ仕事だ。わかりきったことだ。
「てめーはそうゆうつまんねぇことをよく覚えてんな」
 キーホルダー型の小さなゲーム機に没頭しているギアッチョが、ゲーム画面から目を離さないまま呟く。メローネが半身を乗り出して画面を見ようとすると、ギアッチョはやめろテメーうっとおしいと身をよじって避ける。おもしろくない。
「これでも記憶力はいいぜ。おまえがパリから戻る時チケットをなくして乗りそこねたフライトナンバーも覚えてる」
「ケッ!つまんねえことに脳みそ使ってんじゃねークソッ」
 メローネは磨く途中の自分の爪を見下ろして声をたてず笑った。記憶力がいいということは、忘れたいことも多いということだ。記憶の底に沈めた物語たちは、ふとした拍子にページを開き、メローネに過去という現実を突きつける。過去はいつでも教えてくれる。すべては決まっていたことだ、おまえは物語を変えられない、その力も方法もない。
「運命論か?」
 食後のエスプレッソを傾けながら、プロシュートは足をぞんざいに投げ出すように組んでいる。任務中ではなくプライベートだったのでメローネは軽装だったが、こんな時でもプロシュートは細身のスーツを適度に着崩して身をつつむ。平凡なカフェテリアが、まるで映画のワンシーンだ。
「運命論?原因が決まってるなら、結果も決まってる、ってやつ?」
「人を撃てば死ぬ。鍵盤をたたけば音が鳴る」
「そりゃあそうだ…決まってることだろ?」
「ミの音の鍵盤をたたいて、ソが出ることだってあるだろ。調律師がマヌケでそれを雇ったピアノの持ち主もマヌケなら」
「それなら最初から、ミの鍵盤をたたいたらソが鳴る、と決まってたのさ」
 あんたはそうゆうの信じないか、と視線を投げると、プロシュートは頬杖をついてメローネを見返し、ニ、三まばたきをした。どこか眠たげだ。
「未来が決まってるかどうかとか、考えたことねえ」
「そうか。だってあんたは、やると思ったことは全部実際にやってきたし、やると思うまえに手足がでてるんだもんな」
「ギアッチョの野郎といっしょにすんなよ」
「してないよ。だってあいつは未来を思い浮かべてから行動するからね。俺といっしょさ」
「それもあいつは嫌がるだろ」
 とうとうプロシュートは大きなあくびをもらした。睫毛を重たげに震わせている。メローネにとってそれは、よく見慣れた彼の仕草だったが、いつかそのまぶたは永遠に開かなくなるし、あくびをもらすこともなくなる。それをメローネは知っていた。
「ふあぁ…」
「おい、だらしねーあくびすんじゃねえ」
「あんたのがうつったんだよ」
 石畳の道路の向こうから、ペッシが走ってくるのが見える。南国系の植物みたいな頭をひょこひょこ揺らして、プロシュートの弟分は買い出しの袋を両手にさげ必死だ。
 メローネの視線に気付いて、プロシュートが振り向く。そうして片手を軽く挙げると、ペッシがうれしそうに笑って、走り寄ってくる。
 決まっていた物事。完結したストーリー。ペッシがプロシュートに導かれていたように、プロシュートもまた、どこかの線路上を走る列車にすぎなかった。出発の予定時刻をすこし過ぎたり、そういったアクシデントはあるけれど、いつだって、到着する駅は同じ。バッドエンドの筋書き。
「おまえ、何をたくらんでる?」
「なに?」
「むずかしいことを言って、俺をだまくらかそうってハラか?」
 イルーゾォがずいぶん的外れなことを言うのがおもしろくて笑うと、やっぱりおまえは許可しない!と怒りだしたので余計に笑ってしまった。メローネはこの何もかもが反転した鏡の世界を気に入っている。追い出されるのはいやだ。
「世界は完結してるって話だよ。簡単だろ?」
「やっぱりむずかしいじゃあないかよ…」
「おまえは頭がいいんだな、イルーゾォ。だからむずかしく思うんだ」
 イルーゾォは、さっぱりわけが分からないという顔で怪訝そうにメローネを見る。まぁ、別に今にはじまったことじゃなく、イルーゾォがメローネを見る時はだいたいそういった表情だ。鏡の世界でも、左右逆でも、変わらない事実。
「なんだかわからねーけど、俺は仕事だから行くぜ」
「仕事?どこへ?」
「ポンペイ」

 物語はここでおしまい。猛烈な痛みを覚えながらも、メローネはたくさんの記憶を思い出せた。ホルマジオが拾ってきた野良猫、プロシュートがペッシを弟分と認めた日、罰ゲームで赤く染められたイルーゾォの髪、一生で一度あるかないかのリゾットの爆笑顔、ギアッチョが俺が第一発見者だと言い張った冬空の星。
 すべては完結した物語。何度読み返しても、結末は同じ。みじめで不幸な死。これでメローネの物語はおしまい。

教育上問題あり p.ps.m.g.h


 阿鼻叫喚、というのか、戦々恐々、というのか。
 プロシュートが、泥酔している。
「ああ兄貴ィ〜!やっぱりおいらはチームのみんなのお荷物なんだよォォ〜ッ!」
「はっはっは、バッカだなァペッシィ!おまえのビーチボーイは最強だ、無敵のスタンドだッ!そうだろォー!?ええ!?おめーのビーチボーイならメタリカも越えられる!いいかペッシペッシィ〜ペッシィ!すべてはおめーの精神力しだいだッ!必要なのは『成長』と『覚悟』だ、わかるな!?」
「あ、あ、兄貴ィィィイ〜ッ!!!!!」
 ちなみにペッシは素面である。
 プロシュートの方は何杯飲んだのか知らないが、ほっぺたから耳から真っ赤にして、見たことない笑顔で笑っている。笑いながら、カウンター席のとなりに座るペッシの肩をバッシバシ叩き、髪の毛をつかんでグリグリと撫でまわし、そのうち畑の大根みたいにペッシの首が引っこ抜けるんじゃないかとおもうが、とにかく上機嫌の様子だ。
 メローネからおもしろいもんが見れるぜと連絡を受け、組織の息がかかった酒屋にやってきたホルマジオは、その光景を見た瞬間おもしろいというより恐ろしいという印象を受けた。
 プロシュートは普段から無愛想というわけでも強面というわけでもない。だが性格はとにかく強烈かつ苛烈だ。兄貴と呼んで慕ってくるペッシに対しても、飴と鞭というか、鞭、鞭、鞭、鞭、飴、鞭。チーム内でプロシュートに殴られたことがない奴はいない。ひとりたりとも。リーダーでさえ。
 そんな男が、まるで生まれたての赤ん坊のような全開の笑顔をみせている。怖い。正直いって、怖い。
「やぁホルマジオ。座れよ」
「ペッシおめーはよォ、男なんだッ!!わかるか!?ギャングとしての心得ってのも大事だ、だがなァペッシよォ、おめーはまず男になんなきゃならねえ!ペッシッ!一人前のギャングになりてぇなら、男になれッ!!」
「兄貴ィイイ〜!!!」
「うるせェエエエてめえら外でやってろクソがァァ〜〜!!!」
「おいおいおいおい、なんだこの惨状はよォ」
 ギアッチョがキレてカウンターテーブルを派手に蹴り付けてるのを横目に、ホルマジオは手招きしてるメローネのテーブルへ落ち着いた。メローネも酒の入ったグラス片手だが、いつもと変わらない様子で薄く笑っている。マスターに駆け付け一杯注文してから、ホルマジオは頬杖ついて騒ぎの元凶たちを見やった。
「プロシュートの奴、笑い上戸なんだぜ。おもしろいだろ」
「おもしろいより怖ぇーよ俺は」
 一体どんだけ飲んだんだと呆れてつぶやくと、メローネが指を2本立ててみせた。
「ワイン2本か?」
「スコッチ。45度の」
「そりゃあ酔うぜ」
「あの通りさ」
 もう一度酔っ払いの方へ目をやれば、いつのまにかギアッチョとプロシュートが掴み合いになっている。まったく予想通りの展開だ。
「ペッシの野郎が男だろーが女だろーがオカマだろーがどうだっていいんだよッ!!つぅーかペッシはすでに男だろーが!生まれてこの方ちゃぁんとブツを股間にぶら下げてんだろーがよォ!てめえはンなとこまで面倒みてんのかァァ〜!?」
「ああァ〜!?なんだおめーその髪は!?どっかで爆発でもあったのかよォ?あはははは」
「てめえブッ殺す!!ブッ殺したうえでもう一度ブッ殺しつくすッ!!」
「ナメた口きいてんじゃねぇぞギアッチョてめェーッ!!」
「いっけえ兄貴ィイ〜!やっちまえッ!!」
「…アイツら全員酔っ払いか?」
「ペッシは飲んでないよ。ギアッチョは軽いカクテル飲んでたぐらいかな」
「泥酔者と同じテンションでやりとりできんだからスゲーなアイツらも」
 さすがに酔ってスタンド発動などということはないだろうが、プロシュートとギアッチョなら素手でやりあっても店が半壊する。チームきっての暴君2人だ。
「つーか、メローネおまえ、俺を呼んだのってまさか」
「たよりにしてるぜ、リトルフィート」
「やっぱりかよォ〜ったく、しょうがねぇなぁ〜」
 しかしホルマジオも命は惜しい。暴君2人の間に入って半殺しにされるのはごめんだ。よってリトルフィートを使うのは最終手段として、とりあえずはメローネとともに観覧を決め込むのだった。
「ギアッチョてめぇよぉ、てめえはあれか、宗教画のなんかモデルとかか?てめぇみたいな赤ん坊の絵が教会の壁に飾ってあんの、見たことあるぜ、はははは!」
「ヤロォォ〜俺は髪の毛のことで馬鹿にされんのが一番イラつくんだよォーッ!!!」
「バッカヤローマヌケかおまえ?かわいい天使ヘアーじゃねえか、よしよししてやりたくなるぜ」
「てめぇ触んなクソッ!クソがッ!」
「ギアッチョギアッチョギアッチョよォ〜〜〜あはははは」
 プロシュートは嫌がるギアッチョの頭を両手でおさえこんで、無造作に髪をかきまぜてから、ギアッチョと自分の額をごつんと突き合わせた。いつもペッシにするように。それは甘い仕草というよりは頭突きに近い勢いではあったが。
「ギアッチョてめぇは男か?ああ?」
 鼻先すれすれの至近距離でプロシュートに迫られたギアッチョはホワイトアルバムなみに固まった。固まってから、プロシュートの胸ぐらを掴んで引き寄せ、顎におもいっきり頭突きを食らわせた。ゴッ!と鈍い音が鳴った。
「ああッ!兄貴ィイッ!?大丈夫ですかい!?」
 後ろに倒れかかったプロシュートをペッシが素早く背後から支える。これで本格的にスタンドバトル開始かと思われたが、ペッシに支えられたままプロシュートは呑気に寝てしまっていた。本当に大物である。頭突きを食らわせたギアッチョの方がなぜかうずくまってダメージを受けている。
「クソックソッ、イラつくぜプロシュートのヤロー顔だけはいいからイラつくぜッ!」
「プロシュートのアレは教育にいいのか悪いのかビミョーなとこだなァ〜」
「あんな教育受けてたら俺もスクールちゃんと通ったのに」
 とりあえずリトルフィートを使わずに済んでホルマジオとしては安泰だったが、今度はメローネが楽しげな足どりでギアッチョの方へ向かっていったから、どっちにしろこの店は半壊する運命なのかもしれない。

目隠しするひと r.p.m


 メローネが眼鏡をかけている。
 じっと見ていると奴は視線に気付いて、緑とオレンジの混ざりあった物体を突き出してきた。
「いる?マンゴーオレンジとメロンソーダのミックス」
「……」
 あいにくイタリアンジェラートに興味のないリゾットは黙ったまま首を横に振った。それよりも眼鏡だ。
 メローネはいつものマスクをつけていない。かわりに眼鏡をかけている。赤いフレームの眼鏡。残念ながらリゾットにはそれに見覚えがありすぎた。
「ブハッ!メローネおめーよぉ、なにギアッチョの眼鏡かけてんだ?」
 リゾットの背後を通りすがったプロシュートも、やはりメローネのそれを見過ごすわけがなかった。
(やっぱりか)リゾットは胸の内でうなずいたが、これ以上突っ込むと事を荒立てる気がして仕方なかった。ので、スルーしておくことにした。
 だがやはりというかさすがというか、こうゆうことをスルーするはずないのがプロシュートという男だった。
「どうしたんだよ?ギアッチョの野郎から奪ってきたのか?」
「ひみつぅ〜」
「ふーん?しかしおまえ、似合わねぇな!」
 プロシュートはリゾットの座るソファの背にもたれかかって、遠慮ない笑い声をあげている。向かいに座るメローネは緑とオレンジの混ざり合ったものをべろりとなめて、今度はかけていた眼鏡を外してこっちに突き出してきた。
「かけてみろよ」
 話の流れからいえば当然プロシュートがその眼鏡をかけてみるものだと思った。だがリゾットの背後から伸ばされた両手は、赤いフレームをつまんでそのまま、眼鏡はなぜかリゾットの顔面におさまった。なぜだ。
「ブッ!ちょ、リーダーそれやばいリーダーやばいあはははは」
「おいちょっとこっち向けよ…ブッハ!!ぶははははッ!リゾットよぉ、おまえ、ぶふっ、ぶははははは」
 別に自分でも似合うとは思ってなかったが、ここまで爆笑されるとさすがに腹が立つ。が、それよりもリゾットには気になることがあった。
「度が入ってないな」
「あはははは、はは、そうだよ、ひひひ」
「はあ?そうなのか?」
 リゾットの背後から眼鏡のフレームをつかんで取り上げたプロシュートは、眼鏡を掲げてレンズ越しに天井や部屋の中を見回してみる。
「ほんとだ、入ってねえ。伊達メガネかよ」
「たしかに本当に目が悪ければ、ホワイトアルバムをまとってあんなスピードでは滑走できないな」
「いつも思ってたんだけどよ、コレかけたままホワイトアルバムまとって、顔面窮屈じゃねえのかな。すっげえ眼鏡の跡がつきそうじゃねえ?顔に」
「それ本人にゆってみろよ、プロシュート。地中海がカチ割れてモーゼが現れんじゃあねえかなと思うぐらいブチギレるぜ、あいつ」
 メローネは長い髪をざらりとかき上げて楽しげに笑んでいる。目元を覆っていない姿をリゾットは久しぶりに見た気がした。いつも着けているあのマスクは、別になにを隠すというわけでもないらしい。本人いわく、オシャレ。ということはギアッチョの眼鏡も、同じことなんだろう。
「それで、当のギアッチョはどこに?」
「さぁ…昨日つかまえた女に産ませたベイビィフェイスがあいつを分解したとこまでは見てたけど、その先は知らない。眼鏡だけ拾って帰ってきちゃった」
「あいつが死んだらあいつの分の仕事おめーがやれよ」
 ギアッチョの眼鏡もメローネのマスクも、意味するところは同じだとリゾットは解釈している。
 自分を飾ることは自分を守ることでもある。

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