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ケークウォーク m.g.p


 プロシュートがここ一週間ほどまともに寝ていないことは、放つオーラがいつもの数倍重いことから知れていたが、こんなときに限って、わざと図々しさを装いそれとなく訳を聞きだせるホルマジオも、弟分のくせにわりと遠慮のないペッシも、そしてそれこそ遠慮やためらいなく実力行使可能なリゾットも、そろって不在。なんともタイミングの悪い。
「Bene!このブラウニー最高」
「そう。だからおめーしかいねーって話だ。たのんだぜ」
「なんの話?」
「プロシュートだよ。聞いてなかったのかよ?あぁ?」
 眼鏡を押し上げて睨んでくるギアッチョに、メローネは肩をすくめてみせる。ギアッチョに睨まれたところでメローネはまったくへっちゃらなのだが、こうゆうときはちょっと、おびえて見せたほうがいいにきまってる。手袋をとった指で、少し目元のマスクを直す。
「ブラウニー1個で俺を買収したってゆうのか?安くみられたもんだな」
「店で一番でっかいやつだぜ。2個分ぐらいの価値はある」
「いいことを教えてやろうかギアッチョ。おまえはその店で一番でかい2個分の価値のあるブラウニーを持って、そのままプロシュートの元へ行くべきだった」
「あのヤローが甘いもんひとつでどうにかなるかよ」
「俺はどうにかできると思ったか?」
 今度はギアッチョが肩をすくめる番だった。的確なツッコミには言い訳のしようもない。
「なんにせよおめーは俺が買ってきたブラウニーを食った。それ相応の対価は払ってもらってしかるべきだろ」
「ふん…」
 ギアッチョはメローネを甘くみすぎてるし、プロシュートを恐れすぎている。それがメローネにはわかっていたが、指摘してやる義理もなかったので、聞き分けのいいふりをしてスツールから腰をあげた。むしろどっかの鏡から見てるだろうイルーゾォの方がメローネからすると憎たらしい。


 こうして店一番のブラウニーを食べそこねたがそんなことは知るよしもないプロシュートは、吸い上げたばかりの煙を汽車のように吐き出して、山積みの灰皿にまたひとつ吸い殻を突き刺した。すでに不格好な剣山にちかい様相を呈している。
 イスに脱力ぎみに座って机の上に放り出した片腕、向かい合うは曇り空を映す窓ガラス。そこに悪霊も寄りつかないだろうってぐらい不穏な形相をした自分の姿を見つけ、またひとつ、吸い殻の墓標を増やす。
 コンコン、ノックがあったが無視。しかしノックの主はそんなことおかまいなしだ。
「チャオ」
 肩越しに視線だけ振り向くと、扉のすきまからメローネが半身のぞきこませている。
「夕方5時に、アメリーゴ通りの教会の裏手だ、遅れるなよ」
 一見仕事の指令のようなそれが、しかし公務ではないと瞬時に判断する。根拠のない勘だった。
「なんのことだ」
 だから真意を問うために仕方なく声を放つが、メローネはむしろ心外そうに素手で長い髪をかきあげた。
「知らないのか?パリコレにも出てるヘアアーティストの新店舗。予約とるのに2ヶ月かかった」
「てめーでいけ。てめーの予約だろう」
「あんた鏡見ると変な幻覚みちゃう病気かなんか?そうじゃなかったらいっぺん鏡見てみろよ。ひどい顔だ。それじゃあ街のチンピラどころか田舎のバンビーナも寄りつかないぜ」
 好き勝手いいながら勝手に部屋に入ってきたメローネは、煙草くさいと眉をひそめ勝手にプロシュートの目の前の窓ガラスを開け放った。湿った空気が髪にもつれてプロシュートは目を細める。
 窓枠に寄っかかって、メローネはマスクで覆われてる方の目で見下ろしてくる。あきれたような表情だ。
「ギアッチョが動物園のクマみたいにウロウロして見てらんない。昼の食事ぐらい顔だしてくれないか。無理に食えとはいわないから」
「そろそろホワイトアルバムで突撃してくる頃かとはおもってたがな」
「あいつのキレ具合は自分で確認してくれ。はやくあんたが元に戻ってくれないと俺が肥満になっちまう」
 ブラウニーで、という呟きはプロシュートの耳に届いたが意味がわからなかったので黙殺された。プロシュートは適当にまとめた髪を一度ほどいてガシガシかき乱した。メローネが肥満になるのはどうだっていいが、たしかにこの髪が指にからまるのは問題だ。
「5時にアメリーゴ通りだな」
「自腹でたのむぜ」
「グラッツェ、メローネ」
 メローネは口の端をくっと上げて笑った。
「男前を完璧に磨いて帰ってこい。ヴォーグのモデルになって、アメリーゴ通りをショー・ステージがわりに歩くんだ」
「はっ…」
 想像してみたが悪くはない。プロシュートは自分の魅力をよく理解していたし、磨きあげた靴と整った髪で街中を闊歩すれば、どれほどの視線が自分に集まるかも容易に想像できた。
「土産はなにがいい。チョコバナナのブラウニー?」
「勘弁してくれ。それよりギアッチョになにか甘いものを」
「たとえば?」
「そうだな、キャンディをボックスで」
 子供扱いすんなこんなモンで喜ぶかよガキじゃねーんだと文句を垂れながら、色とりどりのキャンディからお気に入りを選びとるギアッチョの姿が思い浮かぶ。

放蕩息子 i.ps.m


 ばっと目を開けるとすべてが止まった冷たい世界で、もしかして俺は死んだのかと思ったが、なんのことはないよく見慣れた反転世界だ。鏡の中にいたのだった。
「イルーゾォ!」
 届いた声に、すばやく反応できるぐらいにはイルーゾォもギャングで暗殺者だった。負傷した額から流れ落ちる血を手でぬぐいながら、声をあげる。
「『ビーチボーイ』を許可する!」
 瞬間、壁にかかった鏡が水面のようにたゆみ、釣り糸と針が飛び込んでくる。それはギュンッと鋭い軌道をえがいて、となりの部屋へと向かっていった。
 割れた額を押さえたまましばらく待っていると、足元に転がった携帯電話が鳴る。鏡の中のものに触れるのはイルーゾォだけ。拾い上げて耳に押し当てた。耳たぶも側頭部も痛い。
「ターゲットの死亡は確認した。俺は『ベイビィフェイス』を回収しにいく。ペッシのやつをたのんだ」
 了解、と返す言葉をぜったい聞き取ってないだろとゆう早さで電話は切れた。
 イルーゾォはズキズキ痛む頭をよそに目を閉じた。こんなややこしい任務をなぜこんなややこしいメンバーでやらせるんだ。適材適所なのはまちがいないが、それでもリゾットへの恨み言をつぶやかずにはいられない。


 しかも帰りの特急列車の切符が買ってあった。きっちり3人分。普段はこんなことしないくせにどうゆう風の吹き回しだ。まさか我らがリーダーは、いまさらメンバー間の親しみ度向上でも目論んでるのだろうか?
 だとしたらすでに作戦は失敗している。6人席のコンパートメントに男3人。すでにこの光景が異常だ。
(いや、別にふつうのことか?俺と同い年ぐらいの奴らが、どうゆうコミュニケーションとってんのか知らないけど…)
「あの、イルーゾォ」
「ああ?」
 車窓に向けていた視線を戻すと、向かいのシートの逆すみっこに座るペッシが、ちらと視線を寄越してきた。メローネはさっき個室を出ていったからいない。喫煙車両で一服しているのかもしれない。
「頭、だいじょうぶかい」
「なんだって?」
「あ、いやほら、俺がしくじったから、ぶっ飛ばされただろう、ごめんよ」
「…ああ」
 びっくりした。頭おかしいヤツってゆわれてるのかとおもった。まぎらわしい。
 ペッシはチームに入ってまだ1年たたない新人だ。リゾットとプロシュートが任務先で出会ったスタンド能力者。最初は相手の顔色をうかがうような態度で苛立たしかったが、実はけっこうはっきり物を言うやつで、最近では教育係のプロシュートにもずばずば言ってのけたりする。そうゆう部分はわりと尊敬する。すごい。
「べつにおまえのせいじゃない。俺が避けきれなかったんだし、『ベイビィフェイス』の教育が遅かったせいもある」
 額に貼られたガーゼに手をやって、イルーゾォは息を吐いた。このケガが誰のせいとかより、この今現在の見た目のかっこ悪さのほうが、よっぽど問題だ。こんな姿でチームの元へ戻れば、なんて言って馬鹿にされるかわからない。
「『ベイビィフェイス』は、うん、たしかに……ちょっと恐い」
「恐い?」
 ペッシがこっちを見ないままうなずく。手には列車に乗る前に買った小さい青リンゴを転がしてる。
「だって、自分のスタンドなのに制御しきれないだろう。俺は、まだ『ビーチボーイ』の力を全部使いこなせてねぇって兄貴に言われるけど、そうゆうんじゃなくて……」
「たしかに、『ベイビィフェイス』がメローネの命令を聞かないことはあるけど、よほどの事態じゃない限りありえないぜ。相手がそうとう強いとか、それにそうゆう時はメローネ自身が動揺してる時だ。精神が動揺すればスタンドも動揺する。だからやっぱり完璧にスタンド本体の制御下から離れるとはいえない。結局、本人の意志しだいだ」
 イルーゾォから見るに、メローネは自分のスタンドを完全に操る気があるとは思えない。遊ばせてるようにみえる。『母体』の血と遺伝、自分の教育によって、『息子』がどんな成長をとげるか、その可変性を楽しんでる。
「イルーゾォも似てるよね」
「は?」
「『マン・イン・ザ・ミラー』を見るまで、『鏡の中の世界』があるなんて思わなかった。創りだすってゆう意味では、似てる」
「俺が?メローネと?」
「うん、そう」
 着眼点がどっかおかしくないか、と思いつつ、ペッシの言葉はなかなかイルーゾォにとって衝撃だった。今まであいつと似てるなんて言われたことは一度たりともない。そう思ってる奴だっていないはずだ。
 イルーゾォはよく、他人に興味がないタイプと思われるが、実のところよく人を見ている。観察して分析する。だから人の癖や言葉遣いをよく知ってる。同じく観察癖のあるリゾットとしゃべってると、チームのメンバーの物まね合戦みたいになる。
「俺がメローネと。似てねーと思うけど」
「自分じゃわかんねぇもんねそうゆうのって。俺もリーダーに、髪の毛が観葉植物みてぇってゆわれるまで自分で気付かなかった。兄貴はむしろ柏の葉だっつってたけど」
「そこの論議には興味ないけど」
 ペッシとの会話が完全に平行線をたどってるうちに、コンパートメントの扉をあけてメローネが戻ってきた。なぜか唇が切れている。
「メローネ、顔!どうしたんだい!」
「まるで顔がとんでもなくブサイクみたいな言い方だなそれ」
「………」
 そうゆうひねくれた解釈の仕方はたしかに似てる、と思ったとたんイルーゾォは考えるのをやめた。自分で墓穴掘ってどうする。
 メローネは入ってすぐ、イルーゾォと同じシートの逆側に腰をおとして頬杖をついた。
「ワゴンでお菓子売ってる女に声かけたら紳士きどったオッサンに殴られたんだ。オッサンの顔面、窓ガラスに突っ込ませてきた」
「うわぁ、割れたガラス代請求されねーといいけど」
「やっぱりこんな奴と似てるなんて納得いかない」
「イイ女だったんだけどなぁ、受胎させちゃえばよかったかな」
「ワゴンでなんのお菓子売ってた?」
「おかしい、誰とも会話が成立しないぞ」
 しかも会話できてないことに気付いているのがイルーゾォだけらしい。おかしい。

ルーヴルの思い出 r.p.m.g


 国民的な祝日だった。とはいえギャングには祝日もくそもない。
「フランス語が読めるやつはいるか?」
 リゾットの問いかけにまずギアッチョとイルーゾォがいち早くそっぽを向いて、ついでリゾットの掲げたカードをぼんやり見上げていたペッシがそろっと視線を宙に漂わし、最終的にホルマジオがしょおおがねぇなぁ〜とぼやきながら立ち上がった。
「読めるのか?」
「南フランスの女と付き合ってたことがある」
「それで?」
「愛の言葉なら何度だってフランス語でささやいてやったもんだぜ?」
 文面を勝手に覗き込もうとするホルマジオから、「ロマンス小説じゃねぇんだ」とリゾットはカードを取り上げた。
「仕事か?」
「のようだ」
「ソレ、読めねーと困るものなのか?」
 ギアッチョも寄ってきて興味津々にカードを覗き込む。流暢な筆記体に高級そうな箔押し。かろうじて読める単語は、『Louvre』。
「読めた方が助かる」
「プロシュートは?」
「兄貴は聞き取れはするけど読めねぇと思いますぜ」
「こうゆう時こそメローネだろ」
「そういえばいないな。どこだ?」
「さぁ〜上で寝てるんじゃあねーか?」
 思い思いに好きなことを言い放って、もう興味がうせたのか、それぞれ元の位置に戻っていく。ギアッチョだけがリゾットについてきた。各自の個室があてられている上の階に上がっていく。
「パーティーの招待状かよ?」
「そうだといいが、それを知るために読めるやつを探してる」
「あんたほんと語学はからっきしだな」
 ギアッチョは比較的リゾットになついている。彼がこのチームに来た時、当初のお目付役はプロシュートだった。次の日にはその役回りはリゾットへと移った。プロシュートとギアッチョは人格的にもスタンド能力的にも相性が史上最悪だった。かわりにメローネがプロシュートの教育下に移った。
 そんな経緯があったせいか、いまだにプロシュートとギアッチョは言葉を交わせば口喧嘩がデッドヒートする。かといって仲が悪いというわけでもない。気まぐれに二人で行動してることもある。まぁ、仕事に支障がなければ、リゾットとしては介入するほどのことじゃない。
 逆にメローネは、はじめからプロシュートになついていたようだ。メローネは一見ではわかりにくいが、非常にややこしい性格をしている。思わぬところで癇癪を起こしたり、と思ったら異様なローテンションにハマってまったく口をきかなくなったりする。その次の瞬間にはハイテンションで歌ってたりする。
 メローネの、感情の波が読みにくい、そういった不規則な起伏が、神経質なイルーゾォの精神をかき乱し、直情的なギアッチョを苛立たせたが、その点プロシュートは、彼らしい大雑把さとわかりやすい主義主張で、他の誰に対するものとも変わらない対応をメローネに与え、それがおそらくメローネを安心させた。

 後ろをついてくるギアッチョと他愛もない会話を投げあいながら、廊下を曲がってすぐのドアをノックする。即座に返事があった。
「入るぞ」
 ドアを開けると、ベッドの上でパソコンに向かい合うメローネ、それから窓際のスツールに腰かけるプロシュートの姿があった。手には大きな美術書をもっている。
「やっぱり二人まとめていやがったか」
 リゾットの脇を通って部屋の中に入ったギアッチョは、からかうような声をあげた。メローネが後ろに手をついて体を伸ばしながらギアッチョを見やる。
「プロシュートにたのまれてCD焼いてんだよ。おまえこそ相変わらずリゾットのケツ追いかけ回してやがる」
「テメーはいっぺん死んでみるか?」
「いいけどやるなら外にしよう。せっかく65%までトーストしたデータがパーになる。おまえのスタンドははた迷惑なんだ」
「テメーにだけは言われたくねーぜこの野郎がァーッ!!」
 瞬間ホワイトアルバムをまとってメローネに突進しかけたギアッチョの襟首を、リゾットが猫の子にするように掴んで止めた。身長差の関係でギアッチョは浮いた足をジタバタと暴れさせる。
「邪魔して悪いな。これが読めるか?」
「ほんとに邪魔でしかねぇな」
 憎まれ口をたたきながら、プロシュートが読んでいた美術書を肩にかついで近付いてくる。ギアッチョを掴んだままのリゾットが掲げるカードを一通り眺め、肩をすくめた。
「パーティーへの招待状ってわけじゃあなさそうだな」
「やっぱりか」
「招待状にはちがいないんじゃない。見せて」
 パソコンの前に座ったままのメローネに、カードを手渡す。
「わかるか?」
 聞くと、メローネはカードをリゾットに突き返してきた。
「よかったな、リゾット。フランスで休暇だ」
「なに?」
「なんだって!?」
 思わぬ単語をメローネが発するものだから、プロシュートとギアッチョが同時に反応した。
「オイオイオイどうゆうことだ?おまえだけが休暇か?フランスで?納得できねーぞしっかり説明しろ」
「休み欲しい休み欲しい旅行いきてぇエッフェル塔!」
 まとめて詰め寄ってくるプロシュートとギアッチョを見て、リゾットはなんでコイツらはこんなところで似てるんだとしみじみ思う。結局この二人は、よく似てるから相性が悪いし、仲が悪くない。
 プロシュートはくるりと頭をまわしてメローネを見た。
「カードになんて書いてあったんだ?メローネ」
「あんたのその、手に持ってるソレだよ」
 全員の目が、プロシュートの手の中の美術書に向けられた。分厚い表紙には、金字で『Louvre』と打たれている。
「ルーヴル?」
「今そこで世界的な美術品のオークションが開かれてる。そのカードはリゾット、あんたをオークションに招待するものだ。あくまでも『オークション客』として。そこにパッショーネと敵対するフランスの組織の幹部が顔を出す予定なんだとさ。現れるかもしれないし、現れないかもしれない。現れたら始末しろ。そうゆうこと」
「なんだそりゃ、がっつり仕事じゃねーか!」
「半分休暇みたいなもんだろ?」
 噛みつくギアッチョにメローネは口角を上げた。はかられた。というか、踊らされた。
「まぎらわしい言い方してんじゃねーぞクソが!」
「来るかどーかわからない野郎ども見張りながら美術館見学か、退屈ないい仕事だなリゾット、おめでとう」
 肩をぽんと叩いて形ばかりの慰めを寄越してきたプロシュートの腕を、リゾットはがっちり掴んでみた。
「覚えてるかプロシュート。3年前のルーヴルで」
「なんのことだ?忘れたね」
「なんだなんだ?」
「ふたりだけの秘密の思い出かよ」
 そんなおもしろそうな話題にギアッチョとメローネが食いつかないはずもない。無駄に目を輝かせて迫ってくるふたりに、プロシュートは心底うっとおしそうに眉をひそめる。しかしリゾットが腕をつかんだままなので、身動きもとれない。
「おまえが忘れるはずもないな。その美術書も、あの時に買ったものなんだから」
「なんの話だよリゾット、教えろよ」
「3年前にも任務でルーヴルへ行ったことがある。特殊な任務だった。『ミロのヴィーナス』の『暗殺』だ」
「なんだそりゃ?『ミロのヴィーナス』って、あれだろ、両腕のないオバサンの白い彫刻だろ?」
「上半身裸の。あと後ろから見たら半ケツ」
 ギアッチョの美的感覚とメローネの鑑賞視点はさておき、リゾットは鷹揚にうなずく。
「つまり彫刻を奪ってバラバラに解体しろという指令だった。あまり知られていないが、あの彫刻はいくつかのパーツに分かれて出来上がってる。当時そのつなぎ目に、時価数億の宝石が埋め込まれてるという噂があった。みんなこぞって『ミロのヴィーナス』を手に入れたがった。が、ルーヴルの警備は世界屈指だ。そこでプロシュートが客と警備員の動きを一気に封じ、俺がセキュリティーをぜんぶ破る作戦をとった」
「作戦は滞りなく実行された。俺とリゾットだから当然だ、ヘマなんざしねぇ。だが想定外のことがひとつだけあった。警備員にひとり、若い女がいたんだ」
「『老化』の効きが悪かったんだな」
「立派なヘマじゃねーか」
「けどどうにかして任務は遂行したんだろ?じゃなきゃアンタらが今生きてここにいるはずない。どうしたんだ?」
「プロシュートが女警備員を口説いた」
「はああ?」
 当然のように言い放ったリゾットに、ギアッチョが信じられないとゆうような声をあげる。プロシュートの方はもう言い逃れする気もないのか、リゾットに腕をつかまれたまま煙草を吸いだす始末だ。
「俺は芸術家のはしくれで、イタリアから来た、『ミロのヴィーナス』像を一目見て恋に堕ちちまった、ってな。いけないことだとはわかっている、けして叶わぬ恋だということも、けれど貴方にこうして見つかったのも運命だったんだ、どうかこの愚かな男のはかない恋心を見逃してはくれないか、マドモアゼル」
「マジかよ!それを素面で言えるなんてもはや才能だぜ!」
「なんで女を殺さなかったんだ?『メタリカ』で一撃だろ」
「しようとする前にすでにこいつが口説きにかかってた。実際、女は生かしたままにした方が便利だったしな。なんでも協力してくれた。本物のヴィーナス像を持ち出し、偽者のレプリカを運び入れるところまで」
「だがおかげでそのあと女に尾けまわされてさんざんだったぜ。もうあんなメンドーな事はしねえ」
「その女はまだルーヴルの警備員を?」
「やってるかもしれねぇから俺は行かねぇ」
「馬鹿いってんじゃあねーぜ、そりゃテメエ、ちゃんと迎えにいってやれよ!テメエのこと、まだ待ってるかもしんねーんだろ?『ミロのヴィーナス』みたくよぉ」
「俺もそう思う。責任をとるべきだ、プロシュート」
「おめー普段はそんなこと言わねぇくせに、俺を道連れにしようとするのはやめろ!」
「いいじゃねーの、フランスで休暇、ついでに女と一発ヤって帰ってくれば。うらやましいね、最高のバケーションだ」
 メローネまでリゾット側にまわって、もはやこの場にプロシュートの味方はいない。冗談じゃねえとプロシュートは煙草を吐き捨てた。ルーヴルのことだって、今日このメローネの部屋にきて書棚に並んだ美術書を見るまで、思い出しもしなかったのだ。3年前など時効だろう。女がもし、まだルーヴルにいたとしても、プロシュートのことなんて忘れてるに決まってる。
「いいや、絶対覚えてる」
「少なくとも俺がその女なら忘れないよアンタのこと」
「なんせ彫刻に勃起したヘンタイだもんなぁ、逆に忘れちまいてぇぐらい記憶に刻まれてるだろーぜ」
 やはりこの場にプロシュートの味方はいない。

秘密 r.p


 こんな状況はきっと金輪際ないんだろう。プロシュートは思う。金輪際ないし、あってはならない。こんな状況にはならせない。反省とは悔い改めるもので、悔いるだけではダメなのだ。改めなければ。
 簡潔にいうと絶体絶命である。
 任務中に不測の事態が起こった。よくあることだ。ターゲットは予定通り殺したが、軍隊かと思うほどの応援部隊がやって来て退路を断たれ、銃弾の雨嵐。これもよくあることだ。
 リゾットが負傷した。これは今までにないことだ。
 廊下のあっちとこっちから銃撃される中、プロシュートは柱の影に身を潜め、真横にかばうリゾットに目をやった。暗くてよく見えないが、肩のあたりからの出血が床にゾッとするほどの血だまりをつくっている。動脈をやられたのかもしれない。
「血を操るスタンドのくせに情けねぇぜ」
「『メタリカ』は血を操ってるんじゃない、鉄分と磁力だ」
「そんな余計なクチ叩けるんならまだしばらく大丈夫だな」
 意識飛ばすなよ、と言いつけて再び前を向く。プロシュートは任務中、武器とあらば銃でもナイフでも灰皿でも散弾銃でも使うが、今日はベレッタの拳銃しか持ち合わせてない。
「俺が先に走る。30秒たったら『グレイトフルデッド』を使うから、それまでには射程範囲外にいろよ。失血死も老衰死もイヤだろ」
 振り向きもせず走り出すカウントダウンをはじめたプロシュートの腕を、リゾットがつかんだ。肩ごしに顔だけ振り返ると、感情のよめない黒い瞳が揺るぎなく向けられていた。
「なんだ?」
「秘密を」
「なに?」
「おまえの秘密をひとつくれ」
 銃弾が壁を削り取る音が耳もとで響く。敵の包囲が狭まっている。
「実はガキがいる」
「なに?」
 今度はリゾットが聞き返す番だった。まったく予想していなかった返答にちがいない。
「ガキ、というのは、アレか?おまえの子供?」
「それ以外になにがあんだよ。15の時にしくじって死にかけてたとこを拾ってくれたお人好しがいてな、そいつは30過ぎのしけたギャングだったが、他にもうひとり若い女もいっしょに住んでた。その女も俺みたいにどっかで拾ってきたらしい。面倒見のいい野郎だった。ある日、女がふらりと姿を消して、しばらくいなかったかと思うと、ふらりと戻ってきて、腕にかかえた赤ん坊を俺らに突きつけた。『あんたたちどっちかの子供だから、よろしく』つって、またどっかに消えちまった。もうすぐ10才になる。女の子だ」
「…それじゃあ、おまえの子供じゃないかもしれないだろう」
「俺の子だよ。すっごい美人だからな。自分の子供かどうかぐらいわかるさ」
 リゾットの手を離させて、プロシュートはベレッタをかまえた。
「ついでだ。あんたの秘密も聞いといてやる。懺悔室だとおもって正直に言えよ」
「ずいぶん物騒な神父だ」
 リゾットは少し笑ったらしい。背中越しにも伝わってくる。
「結婚を決めた相手がいた」
「そりゃ初耳だ。けど秘密にしとくほどのことか?」
「相手に秘密なんだ。まだ言ってない」
「ここから生きて帰ったら言えよ」
「いや。無理だ。相手は死んでるからな」
 視線を前にやったままプロシュートは、そうか、と小さくうなずいた。それじゃあ仕方ない。リゾットの秘密は永遠に秘密のままだ。誰に話そうとも。
「生きて帰ったら、おまえの娘に会わせろ」
「嫌だ。ぜったい会わせねーからな」
「なぜだ?」
「あんたに惚れられちゃあ困る」
 たいした親バカだ、とリゾットが笑う。

白と黒 r.m.g.p


 一番最初の『殺し』はなんだったか?
 という話をしていたのだった。そこでリゾットが答えた。
「牛だ」
「牛ィ?」
 意外な答えにギアッチョが声をあげる。ソファに座るメローネも顔を上げた。
「さばいたってこと?アンタ、料理人だったのか?」
「いや。病気にかかった牛がいて、人を襲ったんだ。銃で牛を撃った。それが最初の『殺し』だった」
「へェ〜意外だったぜ。アンタのことだからきっと、どっかの国の大臣とか石油王とかそうゆうのだと思ってた」
 ギアッチョの中でリゾットのイメージがどうゆうことになってるのか疑問だが、リゾットは組織で随一の暗殺者と呼ばれている。その最初の相手がまさか牛とは誰も思わないだろう。妙に牧歌的だ。
「リゾットと牛…ってよォ〜なんか合うよーな合わねぇよーなだな」
「『ファラリスの雄牛』ってんならわかるけど」
「なんだそりゃ?」
 メローネは読んでいた雑誌をとじ、ギアッチョの方を向いて「知らないのか?」と小首をかしげた。
「古代ギリシャ、シチリアの君主ファラリスが、ある芸術家に考案させた拷問道具さ。金属製のおおきな牛の外見をしていて、胴体の中に人を入れて閉じ込め、牛全体を火であぶる」
「ゲェ〜」
「聞いたことはあるな」
 コーヒー片手に立ったまま、リゾットが軽くうなずく。
「なんで牛の形してるんだよ。別にハコでもなんでもいいじゃねーか。不条理だぜ」
「中に入れられた人間の悲鳴が反響して、牛が吠えてるように聞こえるからだ。普通、火事なら、空気がなくて意識を失うから焼け死ぬ苦しみは少ないらしいが、この拷問の場合、牛の口から空気が入り呼吸ができてしまうから、意識を失うことなく焼け死んでいくのを味わうらしい」
「ゲエエ〜趣味悪ィーぜ」
 ごく真っ当な反応を示すギアッチョに、リゾットは肩をすくめてみせる。
「古代中世の拷問道具は見せしめ目的だからな。残虐であればあるほど、民衆は震え上がるし盛り上がる」
「考案するヤツも考案させるヤツもイカれてんだよ。結局『ファラリスの雄牛』の最初の犠牲者は、考案者の芸術家ベリロスだった。考えさせたファラリス自身も、のちにこの拷問方法で殺されてるって話」
「馬鹿みてーな話だな」
 床に敷いたラグにあぐらをかいてソファに頬杖をつくギアッチョは、手元のアメリカンコミックを適当にめくっては放り投げる。コミックにも拷問にも興味がないのだろう。どっちも話半分の様子だ。
「じゃあギアッチョ、もしおまえが誰かを拷問しろってゆわれたら、どうゆう方法をとる?」
「ああー?めんどくせーな拷問なんて。指の先っちょから徐々に凍らしてやるとかか?」
「それはおすすめできない。凍傷は麻痺るとたいして精神的ダメージを与えられないからね。拷問のキホンは、身体的ダメージは低く、精神的ダメージは高く、だ。火責め水責めより言葉責めの方がよっぽど効果があるのさ」
 なぜかメローネ講師による拷問講座が始まりそうになって、ギアッチョは助けを求めるようにリゾットを見上げた。リゾットは何気なくコーヒーを一口すする。
「そもそもなんの話をしていたんだ、ふたりで」
「ああ、そうそう、最初の『殺し』の話。知ってるかリゾット、ギアッチョの最初の相手は警官らしいぜ。いかにもギャングってかんじ」
 笑い声をあげるメローネを見て、ギアッチョはリゾットのおかげで話をそらすことには成功したものの、おもいきり馬鹿にされてる気がして(実際されている)、脳の血管を1、2本ブチ切った。
「テメェー馬鹿にしてんじゃねぇぞクソが!!!凍らせるのが拷問に不向きかどーか、今すぐテメーで試してやるぜ!!!」
「は、おまえにできるのか?ギアッチョぼうや」
「ほどほどにしとけよ」
 臨戦体勢のギアッチョとソファで悠々と足を組むメローネを眺めつつ、リゾットはとくに止めるそぶりもなくまたコーヒーをすすった。もう一杯欲しいところだ。
 その時、ドアの向こうで、革靴がタイルを蹴る特有の足音。怖い人のお出ましだ。
「オイそこのヒマそーなガキども、どっちでもいいからエスプレッソ」
 扉を開けたと同時に命令をくだしたプロシュートに、ギアッチョはゲッと顔を歪め、メローネは素知らぬふりで閉じていた雑誌を開いた。リゾットは元からプロシュートのターゲット範囲外。結局ギアッチョが相手をするはめになる。
「なんだァーテメー帰って早々王様気取りかよ、ええ?エスプレッソぐらいテメーでいれろテメーで!」
「ああ?俺ぁ見てのとおり忙しーんだ。昼間っから働きもしねーでコミック本散らかしてる野郎が?仕事こなしてチームのために賃金稼いできた俺に?反論するつもりか?馬鹿?」
「いっちいちムカつく言い方してんじゃねー!ならテメーの弟分にいれさせりゃいいだろーが!」
「おめーも俺のかわいい弟分じゃねーか」
「なんだって!?なんか今ものすごく恐ろしい言葉が聞こえたぜ!?俺の幻聴か!?」
 思わず頭を抱え込むギアッチョをよそに、メローネは読んでもいない雑誌から顔を上げ、一服ふかすプロシュートを見た。
「なぁプロ兄ィ、あんたの最初の『殺し』はなんだった?」
 眉をひそめながら、プロシュートは、口元の煙草を指にはさんで煙を吐く。
「ピアニストだ」
「ピアニスト?」
 反応したのはリゾットだった。リゾットも知らない話らしい。
「仲間を殺された。その報復だ」
「…なるほど」
「ヒュウ、かっこいー」
 メローネが口笛をふく。プロシュートは興味なさげに一瞥して、「はやくキッチンいけよ」とまだ頭を抱えるギアッチョを蹴りつけた。

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