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物語はおしまい all


 プロシュートの死体を見下ろしながらメローネは思う。
 すべては書き終えられた物語にすぎないんだと。

 間際に迫った死という名の暗闇を感じながら、メローネが思い出したのは輪切りになったソルベがリビングに並べられた時のことだ。なにか崇高な芸術品か、骨董品のように、額縁に飾られた死体は指のひとかけらまできちんと揃ってそこにあった。世界一美しい死体で、世界一醜い芸術だった。
 すべては完結した物語なのだ。何度読み返しても結末はおなじ。ソルベとジェラートの死は、どう考えたって序章にすぎない。この筋書きはまちがいなくバッドエンドを導く。物語の最後のページはこうだ、こうしてかわいそうな暗殺者たちはひとり残らず死んでしまいました。おしまい。
 ページをめくれば、陰惨な暗殺者にふさわしいみじめなラストシーンが、ひとりひとりに用意されている。そして結末はみんな同じ。
 俺たちはボスに勝てない。メローネはそう思っていた。だが口にはしなかった。本当はメローネだって、ボスから麻薬ルートも金も何もかもを奪い取ってソルベとジェラートの復讐をして、そうして勝ち誇った顔で笑いたかった。でもいつだって物語は、メローネの思い通りになんかなりはしないんだと、わかっていた。

「つづりがわかるか、メローネ」
 リゾットに紙とペンを差し出されて、メローネは磨いていた爪から目を上げた。なんのことだと少し首を傾げる。
「以前にローマで行ったレストランだ。深い緑の看板の」
「カルボナーラとサルティンボッカとティラミスを食べた?」
「そうだ」
 受け取った紙に記憶のままペンを走らせる。書き終えてそれをリゾットに返しながら、わざとやらしく笑う。
「女でも連れていくのか?」
「そうだといいんだがな」
 リゾットはメローネの書いたメモを手にテーブルを離れ、ホルマジオに声をかけた。わかってる、どうせ仕事だ。わかりきったことだ。
「てめーはそうゆうつまんねぇことをよく覚えてんな」
 キーホルダー型の小さなゲーム機に没頭しているギアッチョが、ゲーム画面から目を離さないまま呟く。メローネが半身を乗り出して画面を見ようとすると、ギアッチョはやめろテメーうっとおしいと身をよじって避ける。おもしろくない。
「これでも記憶力はいいぜ。おまえがパリから戻る時チケットをなくして乗りそこねたフライトナンバーも覚えてる」
「ケッ!つまんねえことに脳みそ使ってんじゃねークソッ」
 メローネは磨く途中の自分の爪を見下ろして声をたてず笑った。記憶力がいいということは、忘れたいことも多いということだ。記憶の底に沈めた物語たちは、ふとした拍子にページを開き、メローネに過去という現実を突きつける。過去はいつでも教えてくれる。すべては決まっていたことだ、おまえは物語を変えられない、その力も方法もない。
「運命論か?」
 食後のエスプレッソを傾けながら、プロシュートは足をぞんざいに投げ出すように組んでいる。任務中ではなくプライベートだったのでメローネは軽装だったが、こんな時でもプロシュートは細身のスーツを適度に着崩して身をつつむ。平凡なカフェテリアが、まるで映画のワンシーンだ。
「運命論?原因が決まってるなら、結果も決まってる、ってやつ?」
「人を撃てば死ぬ。鍵盤をたたけば音が鳴る」
「そりゃあそうだ…決まってることだろ?」
「ミの音の鍵盤をたたいて、ソが出ることだってあるだろ。調律師がマヌケでそれを雇ったピアノの持ち主もマヌケなら」
「それなら最初から、ミの鍵盤をたたいたらソが鳴る、と決まってたのさ」
 あんたはそうゆうの信じないか、と視線を投げると、プロシュートは頬杖をついてメローネを見返し、ニ、三まばたきをした。どこか眠たげだ。
「未来が決まってるかどうかとか、考えたことねえ」
「そうか。だってあんたは、やると思ったことは全部実際にやってきたし、やると思うまえに手足がでてるんだもんな」
「ギアッチョの野郎といっしょにすんなよ」
「してないよ。だってあいつは未来を思い浮かべてから行動するからね。俺といっしょさ」
「それもあいつは嫌がるだろ」
 とうとうプロシュートは大きなあくびをもらした。睫毛を重たげに震わせている。メローネにとってそれは、よく見慣れた彼の仕草だったが、いつかそのまぶたは永遠に開かなくなるし、あくびをもらすこともなくなる。それをメローネは知っていた。
「ふあぁ…」
「おい、だらしねーあくびすんじゃねえ」
「あんたのがうつったんだよ」
 石畳の道路の向こうから、ペッシが走ってくるのが見える。南国系の植物みたいな頭をひょこひょこ揺らして、プロシュートの弟分は買い出しの袋を両手にさげ必死だ。
 メローネの視線に気付いて、プロシュートが振り向く。そうして片手を軽く挙げると、ペッシがうれしそうに笑って、走り寄ってくる。
 決まっていた物事。完結したストーリー。ペッシがプロシュートに導かれていたように、プロシュートもまた、どこかの線路上を走る列車にすぎなかった。出発の予定時刻をすこし過ぎたり、そういったアクシデントはあるけれど、いつだって、到着する駅は同じ。バッドエンドの筋書き。
「おまえ、何をたくらんでる?」
「なに?」
「むずかしいことを言って、俺をだまくらかそうってハラか?」
 イルーゾォがずいぶん的外れなことを言うのがおもしろくて笑うと、やっぱりおまえは許可しない!と怒りだしたので余計に笑ってしまった。メローネはこの何もかもが反転した鏡の世界を気に入っている。追い出されるのはいやだ。
「世界は完結してるって話だよ。簡単だろ?」
「やっぱりむずかしいじゃあないかよ…」
「おまえは頭がいいんだな、イルーゾォ。だからむずかしく思うんだ」
 イルーゾォは、さっぱりわけが分からないという顔で怪訝そうにメローネを見る。まぁ、別に今にはじまったことじゃなく、イルーゾォがメローネを見る時はだいたいそういった表情だ。鏡の世界でも、左右逆でも、変わらない事実。
「なんだかわからねーけど、俺は仕事だから行くぜ」
「仕事?どこへ?」
「ポンペイ」

 物語はここでおしまい。猛烈な痛みを覚えながらも、メローネはたくさんの記憶を思い出せた。ホルマジオが拾ってきた野良猫、プロシュートがペッシを弟分と認めた日、罰ゲームで赤く染められたイルーゾォの髪、一生で一度あるかないかのリゾットの爆笑顔、ギアッチョが俺が第一発見者だと言い張った冬空の星。
 すべては完結した物語。何度読み返しても、結末は同じ。みじめで不幸な死。これでメローネの物語はおしまい。

教育上問題あり p.ps.m.g.h


 阿鼻叫喚、というのか、戦々恐々、というのか。
 プロシュートが、泥酔している。
「ああ兄貴ィ〜!やっぱりおいらはチームのみんなのお荷物なんだよォォ〜ッ!」
「はっはっは、バッカだなァペッシィ!おまえのビーチボーイは最強だ、無敵のスタンドだッ!そうだろォー!?ええ!?おめーのビーチボーイならメタリカも越えられる!いいかペッシペッシィ〜ペッシィ!すべてはおめーの精神力しだいだッ!必要なのは『成長』と『覚悟』だ、わかるな!?」
「あ、あ、兄貴ィィィイ〜ッ!!!!!」
 ちなみにペッシは素面である。
 プロシュートの方は何杯飲んだのか知らないが、ほっぺたから耳から真っ赤にして、見たことない笑顔で笑っている。笑いながら、カウンター席のとなりに座るペッシの肩をバッシバシ叩き、髪の毛をつかんでグリグリと撫でまわし、そのうち畑の大根みたいにペッシの首が引っこ抜けるんじゃないかとおもうが、とにかく上機嫌の様子だ。
 メローネからおもしろいもんが見れるぜと連絡を受け、組織の息がかかった酒屋にやってきたホルマジオは、その光景を見た瞬間おもしろいというより恐ろしいという印象を受けた。
 プロシュートは普段から無愛想というわけでも強面というわけでもない。だが性格はとにかく強烈かつ苛烈だ。兄貴と呼んで慕ってくるペッシに対しても、飴と鞭というか、鞭、鞭、鞭、鞭、飴、鞭。チーム内でプロシュートに殴られたことがない奴はいない。ひとりたりとも。リーダーでさえ。
 そんな男が、まるで生まれたての赤ん坊のような全開の笑顔をみせている。怖い。正直いって、怖い。
「やぁホルマジオ。座れよ」
「ペッシおめーはよォ、男なんだッ!!わかるか!?ギャングとしての心得ってのも大事だ、だがなァペッシよォ、おめーはまず男になんなきゃならねえ!ペッシッ!一人前のギャングになりてぇなら、男になれッ!!」
「兄貴ィイイ〜!!!」
「うるせェエエエてめえら外でやってろクソがァァ〜〜!!!」
「おいおいおいおい、なんだこの惨状はよォ」
 ギアッチョがキレてカウンターテーブルを派手に蹴り付けてるのを横目に、ホルマジオは手招きしてるメローネのテーブルへ落ち着いた。メローネも酒の入ったグラス片手だが、いつもと変わらない様子で薄く笑っている。マスターに駆け付け一杯注文してから、ホルマジオは頬杖ついて騒ぎの元凶たちを見やった。
「プロシュートの奴、笑い上戸なんだぜ。おもしろいだろ」
「おもしろいより怖ぇーよ俺は」
 一体どんだけ飲んだんだと呆れてつぶやくと、メローネが指を2本立ててみせた。
「ワイン2本か?」
「スコッチ。45度の」
「そりゃあ酔うぜ」
「あの通りさ」
 もう一度酔っ払いの方へ目をやれば、いつのまにかギアッチョとプロシュートが掴み合いになっている。まったく予想通りの展開だ。
「ペッシの野郎が男だろーが女だろーがオカマだろーがどうだっていいんだよッ!!つぅーかペッシはすでに男だろーが!生まれてこの方ちゃぁんとブツを股間にぶら下げてんだろーがよォ!てめえはンなとこまで面倒みてんのかァァ〜!?」
「ああァ〜!?なんだおめーその髪は!?どっかで爆発でもあったのかよォ?あはははは」
「てめえブッ殺す!!ブッ殺したうえでもう一度ブッ殺しつくすッ!!」
「ナメた口きいてんじゃねぇぞギアッチョてめェーッ!!」
「いっけえ兄貴ィイ〜!やっちまえッ!!」
「…アイツら全員酔っ払いか?」
「ペッシは飲んでないよ。ギアッチョは軽いカクテル飲んでたぐらいかな」
「泥酔者と同じテンションでやりとりできんだからスゲーなアイツらも」
 さすがに酔ってスタンド発動などということはないだろうが、プロシュートとギアッチョなら素手でやりあっても店が半壊する。チームきっての暴君2人だ。
「つーか、メローネおまえ、俺を呼んだのってまさか」
「たよりにしてるぜ、リトルフィート」
「やっぱりかよォ〜ったく、しょうがねぇなぁ〜」
 しかしホルマジオも命は惜しい。暴君2人の間に入って半殺しにされるのはごめんだ。よってリトルフィートを使うのは最終手段として、とりあえずはメローネとともに観覧を決め込むのだった。
「ギアッチョてめぇよぉ、てめえはあれか、宗教画のなんかモデルとかか?てめぇみたいな赤ん坊の絵が教会の壁に飾ってあんの、見たことあるぜ、はははは!」
「ヤロォォ〜俺は髪の毛のことで馬鹿にされんのが一番イラつくんだよォーッ!!!」
「バッカヤローマヌケかおまえ?かわいい天使ヘアーじゃねえか、よしよししてやりたくなるぜ」
「てめぇ触んなクソッ!クソがッ!」
「ギアッチョギアッチョギアッチョよォ〜〜〜あはははは」
 プロシュートは嫌がるギアッチョの頭を両手でおさえこんで、無造作に髪をかきまぜてから、ギアッチョと自分の額をごつんと突き合わせた。いつもペッシにするように。それは甘い仕草というよりは頭突きに近い勢いではあったが。
「ギアッチョてめぇは男か?ああ?」
 鼻先すれすれの至近距離でプロシュートに迫られたギアッチョはホワイトアルバムなみに固まった。固まってから、プロシュートの胸ぐらを掴んで引き寄せ、顎におもいっきり頭突きを食らわせた。ゴッ!と鈍い音が鳴った。
「ああッ!兄貴ィイッ!?大丈夫ですかい!?」
 後ろに倒れかかったプロシュートをペッシが素早く背後から支える。これで本格的にスタンドバトル開始かと思われたが、ペッシに支えられたままプロシュートは呑気に寝てしまっていた。本当に大物である。頭突きを食らわせたギアッチョの方がなぜかうずくまってダメージを受けている。
「クソックソッ、イラつくぜプロシュートのヤロー顔だけはいいからイラつくぜッ!」
「プロシュートのアレは教育にいいのか悪いのかビミョーなとこだなァ〜」
「あんな教育受けてたら俺もスクールちゃんと通ったのに」
 とりあえずリトルフィートを使わずに済んでホルマジオとしては安泰だったが、今度はメローネが楽しげな足どりでギアッチョの方へ向かっていったから、どっちにしろこの店は半壊する運命なのかもしれない。

目隠しするひと r.p.m


 メローネが眼鏡をかけている。
 じっと見ていると奴は視線に気付いて、緑とオレンジの混ざりあった物体を突き出してきた。
「いる?マンゴーオレンジとメロンソーダのミックス」
「……」
 あいにくイタリアンジェラートに興味のないリゾットは黙ったまま首を横に振った。それよりも眼鏡だ。
 メローネはいつものマスクをつけていない。かわりに眼鏡をかけている。赤いフレームの眼鏡。残念ながらリゾットにはそれに見覚えがありすぎた。
「ブハッ!メローネおめーよぉ、なにギアッチョの眼鏡かけてんだ?」
 リゾットの背後を通りすがったプロシュートも、やはりメローネのそれを見過ごすわけがなかった。
(やっぱりか)リゾットは胸の内でうなずいたが、これ以上突っ込むと事を荒立てる気がして仕方なかった。ので、スルーしておくことにした。
 だがやはりというかさすがというか、こうゆうことをスルーするはずないのがプロシュートという男だった。
「どうしたんだよ?ギアッチョの野郎から奪ってきたのか?」
「ひみつぅ〜」
「ふーん?しかしおまえ、似合わねぇな!」
 プロシュートはリゾットの座るソファの背にもたれかかって、遠慮ない笑い声をあげている。向かいに座るメローネは緑とオレンジの混ざり合ったものをべろりとなめて、今度はかけていた眼鏡を外してこっちに突き出してきた。
「かけてみろよ」
 話の流れからいえば当然プロシュートがその眼鏡をかけてみるものだと思った。だがリゾットの背後から伸ばされた両手は、赤いフレームをつまんでそのまま、眼鏡はなぜかリゾットの顔面におさまった。なぜだ。
「ブッ!ちょ、リーダーそれやばいリーダーやばいあはははは」
「おいちょっとこっち向けよ…ブッハ!!ぶははははッ!リゾットよぉ、おまえ、ぶふっ、ぶははははは」
 別に自分でも似合うとは思ってなかったが、ここまで爆笑されるとさすがに腹が立つ。が、それよりもリゾットには気になることがあった。
「度が入ってないな」
「あはははは、はは、そうだよ、ひひひ」
「はあ?そうなのか?」
 リゾットの背後から眼鏡のフレームをつかんで取り上げたプロシュートは、眼鏡を掲げてレンズ越しに天井や部屋の中を見回してみる。
「ほんとだ、入ってねえ。伊達メガネかよ」
「たしかに本当に目が悪ければ、ホワイトアルバムをまとってあんなスピードでは滑走できないな」
「いつも思ってたんだけどよ、コレかけたままホワイトアルバムまとって、顔面窮屈じゃねえのかな。すっげえ眼鏡の跡がつきそうじゃねえ?顔に」
「それ本人にゆってみろよ、プロシュート。地中海がカチ割れてモーゼが現れんじゃあねえかなと思うぐらいブチギレるぜ、あいつ」
 メローネは長い髪をざらりとかき上げて楽しげに笑んでいる。目元を覆っていない姿をリゾットは久しぶりに見た気がした。いつも着けているあのマスクは、別になにを隠すというわけでもないらしい。本人いわく、オシャレ。ということはギアッチョの眼鏡も、同じことなんだろう。
「それで、当のギアッチョはどこに?」
「さぁ…昨日つかまえた女に産ませたベイビィフェイスがあいつを分解したとこまでは見てたけど、その先は知らない。眼鏡だけ拾って帰ってきちゃった」
「あいつが死んだらあいつの分の仕事おめーがやれよ」
 ギアッチョの眼鏡もメローネのマスクも、意味するところは同じだとリゾットは解釈している。
 自分を飾ることは自分を守ることでもある。

ひどくおだやかな死 p.g


 家の中の何もかもが氷の彫刻のようだ。テーブル、床、花瓶、クッション、電話、食器、ピアノ、人間、なにもかもが、凍りついている。

「終わったか」
 裏口を出ると、プロシュートが両手をコートのポケットに突っ込んで立っていた。唇にはさんだ煙草をひょこひょこ動かしながらしゃべる。なんとも気の抜けた様だ。
「チッ!俺ばっかり働かせやがって、クソッ!」
「てめえよぉ、ギアッチョ、わかってねぇな?この近年まれにみる大豪雪という状況を鑑みた結果、論理的な判断による展開だ。おまえの文句が正論になる確率はゴミカスほどもねえ。あきらめな」
「てめえのそうゆう言い草が心底ムカつくんだよクソがッ!」
 ギアッチョは足元にあったワインケースを蹴り飛ばしたが、ほとんど氷の塊と化しているそれはかすかに地面を滑っただけだった。降雪はやんでいるが、家の周りも道路もどっさりと雪が積もっている。気温は数日前に氷点下を軽く下回って見たくもない数値をたたきだした。ここはロシアかと思うほど、とにかく一面の銀世界だ。
「帰るぜ。はやくホットブランデーでも飲まねぇと体が凍りついちまう」
「クソッ、俺の分も作れよ」
 ぶつぶつ文句を言いながら、プロシュートの一歩後ろをついて歩く。この雪じゃ車を出すのもままならない。街中の交通手段はほとんど封じられている。
 空はもうすぐ夜明けだ。少しずつ薄い水色に橙がまじっていく。プロシュートの捨てた煙草が、ひとあし早い朝日を灯して消えた。人通りのない歩道を2人きり、踏みしめる雪は青白く輝いている。
「よぉ、あんたのスタンド、これ以上寒くなっちまえば使いモンにならねーんじゃねえか?」
「ああ?」
 眉間に不快感を刻んで、プロシュートが肩ごしに振り向く。立てたコートの襟で口元は見えないが、その唇が吐き出す悪態は予想できた。
「てめえよぉ、なめたこと言ってんじゃねーぞ。体温が低けりゃ老化が遅くなるだけで、老化自体を止める手段にはなりえねえ。てめえ自身で試してみるか?」
「あー?やんのかァ?てめえこそナメてんじゃねえぞプロシュート」
 ギアッチョとプロシュートが互いの胸ぐらを掴むのは同時だった。が、上背の関係でギアッチョはプロシュートに掴み上げられる形になる。それがより一層ギアッチョの血管をブチ切れさせた。
「チクショォォーーイラつくんだよてめぇー!!!」
 一瞬にしてプロシュートの腕が氷に覆われ、ギアッチョの手が枯れ葉のようにしおれ、もはや胸ぐらを掴む力も失う。とっさにギアッチョは、自身の腕を凍らせるが、なるほどたしかに老化は止まることなくスピードを落としたままじわりじわりと進行していく。
 プロシュートは指先まで凍り付かせたまま、それでもギアッチョから手を離さない。至近で睨む顔は青白く色を失ってるというのに、両の瞳はまるで燃えるような強さだ。なんて強情な奴。
 ギアッチョは己の腕を見下ろす。凍り付かせただけでは老化は止まらず、腕から這い上がって肩までが枯れはじめていた。何度目にしてもぞっとする光景だ。
「チッ!たしかにこれぐらいじゃ無効化できねぇらしいな」
「生体である限り『老い』からは逃げられねえよ」
「俺が全身を凍りつかせたらどうなるんだ?」
「同じことだ。じわじわと、老衰して、やがて死ぬ。砂時計の砂が落ちるみてーに、ゆっくりとな…」
 ゆっくりと、それは死を呼び寄せる呪文。皮膚は枯れ、筋肉はしおれ、やがて立つ力をなくし、骨は削がれ、歯が抜け、内臓が腐り、記憶や思考さえ壊れ、そして心臓が止まる。それが、プロシュートの呼び寄せる死。
「……ケッ、そんなつまんねー死に方はごめんだぜ」
 つかんでいた胸ぐらを突き放すようにして、ホワイトアルバムを解く。同時に腕の老化も止まり、皮膚も骨もじょじょに元通りに戻っていく。
 プロシュートは、何事もなかったかのように煙草を一本くわえて、ジッポをこすった。いつもより、ジッポの火を灯す時間が長かった気がする。かざした手をあっためたのかもしれない。
 それから、目線だけあげて、ギアッチョをみる。
「心配しなくても、そんななまぬるい死に方、この道の先にはねぇよ」
 呪われたように悲惨な死に方をするだろう。自分も、この男も。

ベイビードントクライ p.m


 キッチンのカウンターチェアで、エスプレッソと煙草を味わいながら新聞を広げるプロシュートの両肩に、だらりと腕がのる。
「よぉプロシュート、今晩デートに付き合わない?」
「誰を殺るんだ?」
 色気も愛想もない返事に、後ろから抱き着いたメローネが笑う。
「つまらない大金持ちの悪党さ」
「丁重にお断りするぜ」
「そう。残念だな」
 無邪気なようで案外冷めてるところのあるメローネは、あっさりと腕をほどいて離れていった。
 そこでようやくプロシュートが振り向く。羽根のように軽い足どりでリビングを横切ったメローネは、次のターゲットをテレビの前に陣取るギアッチョに定めたらしかった。
 こりねえ奴だととくに興味もなく新聞に向き直ったプロシュートの背後で、破壊音と急速な冷気が立ちのぼった。


 その晩は雨が降った。
 たいした雨足じゃないが、行きつけのバーに寄るのもめんどうで、プロシュートは偽名で借りているフラットへまっすぐ帰るつもりだった。通りすがりに路地裏の店の外灯がついているのに気付き、足を向けたのは本当に気まぐれでたまたまだ。その店の手巻きロールのシーフードピッツァはプロシュートのお気に入りだった。それを買って家でワインでもあけようと思ったのだ。
 路地裏に踏み込んで、プロシュートは足を止めた。妙な気配を感じとってしまったのは職業柄か元来の性質か。あるいは“スタンド使い”だからだろうか。
 入り組んだ石畳の路地。目指していた店とは別の方向にのびた細い道を進む。両側には赤い煉瓦造りの家が並び、差した傘がぎりぎり通るぐらいしかない。
 雨の匂いにまじって、かすかに血の臭いがした。それに、気配。歩くスピードを変えないままプロシュートはグレイトフルデッドを発現させた。老化を促す瘴気はまだ出させない。プロシュートは直感的に、この路地裏の向こうにいるのはスタンド使いだと知っていた。そうゆう気配なのだ。
 結論からいえばその直感は正解だ。路地に座り込んでいる人影に、寄り添うように立つそれは、まちがいなくスタンドの姿だった。ベイビィフェイス。
「生きてるか」
 人影からじゅうぶんに距離をとったまま、プロシュートは雨にまぎれるように声を投げた。メローネは雨に濡れた髪をずっしりと垂らし、うつむいたまま顔をあげようとしない。血の臭いはたしかにメローネからしている。近くに敵が潜んでいるのかもしれない。グレイトフルデッドを出したまま、ジャケットの下、背中側のベルトにはさんだ拳銃を引き抜いてかまえ、周囲に鋭く目をすべらせた。
「………ふ、」
 かすかな声はメローネのものだ。意識はあるらしい。笑っている。
「ベイビィフェイスを出してりゃ誰かが気付いてくれるんじゃないかとおもってた」
「賢い判断とはいえねぇな。敵のスタンド使いが寄って来てたかもしれねぇだろ」
「敵も味方も、どうだっていいね……俺にとっては、殺すか殺さないかってだけの話さ」
 グレイトフルデッドを引っ込めて、座り込んだままのメローネに近付く。メローネは、壁に背をもたせかけて膝に顔を埋めるように丸まっている。濡れた石畳に淡い髪色がにぶく反射する。
「失敗したのか」
「まさか…きっちり天国へ送ってやったぜ。いや、地獄へかな」
「その怪我はどうした?」
「撃たれちまってさ、つまんねぇ下っ端どもに…クソ、皆殺しにしてやればよかったな…」
「メローネ」
 プロシュートは、うわ言のように呟くメローネの目の前に腰を落として目線をあわせた。
「おまえ、本当は今日の仕事、俺も連れてけってゆわれてたんじゃねぇのか」
 メローネのスタンドは一人のターゲットを確実に殺すのに適し、プロシュートは広範囲に無差別に死に至らしめるスタンドをもつ。今夜のターゲットは一人だった、ただし敵側に援護が入る可能性があった。メローネからのデートのお誘いは、本当はリゾットやボスからの命令だった。そういうことじゃないのか。
 メローネがようやく顔をあげた。子供のようなあどけなさだった。雨に降られているせいだろうか。メローネはじいっとプロシュートを見て、それから口の端を笑みに歪ませた。
「子供がほしい、プロシュート」
「バァーカ」
 メローネの腕をつかんで起き上がらせる。あとから聞いたが、メローネを撃ったのは7歳のガキだったらしい。ターゲットの男は、慈善事業で貧しい子供たちの施設を訪れたり自宅に招いたりしていた。そこで幼い少年たちに性的ないたずらをすることもあった。その中の一人が、メローネを撃った。男に性的虐待を受けていたにも関わらず、少年は男を殺したメローネを憎んだ。
「子供ってのは純粋だよ、彼らは誰が自分を庇護してくれてるのかよくわかってる。あんたならあの子たちも殺したかい、プロシュート」
 殺しただろう。プロシュートは戸惑いなくそう思う。メローネを撃ったガキは、その時いっしょにいた他の何人かの子供たちといっしょに、しばらくして死体となって川に打ち捨てられた。メローネは特別子供に甘いわけじゃない。子供が大人から虐待を受けるのもごく日常のことだ。メローネは虐待を受けている子供たちの目に、幼い自分を見たのだろうか。それは意味のない想像だった。

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