忍者ブログ

[PR]


×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

珍客乱入 r.p.ps


 ペッシには幼い弟妹が6人いて、家が貧しかったから、10歳になる頃には奉公にだされた。金持ちの屋敷の下働きだ。あとから知ったが、実際には奉公というより奴隷契約だった。両親はペッシを金で売った。
 その家の主人は古くからの貴族の末裔で、作法に厳しく、また身分差にも厳格だった。少しでも仕事を怠ったり、聞いたことにすぐ答えられないと、容赦なく鞭でぶたれた。ペッシは生来どんくさいところがあって、しょっちゅう主人からも使用人頭からもぶたれていたから、いつもびくびくしていた。何年もの間、厨房の薄ぐらいすみっこで、屋敷の者たちが食べ残したシチューをなめる日々がつづいた。


 リゾットにとってそれは非常にめずらしい任務で、なぜならリゾットはその能力上、単独行動がいちばん適していたし、これまで与えられた仕事もほとんどリゾット一人でこなしてきた。
 しかし上司から命令されたのでは逆らいようもない。『何故』と聞いてもいけない。リゾットの属するチームのリーダーである男は、無為な質問をされるのをひどく嫌う。
 ミラノ郊外にあるターゲットの館に着いたのは昼を少しまわったぐらいだった。
「下調べを済ませちまってから昼飯にしようぜ。街道沿いにトラットリアがあった」
 言ってこっちの返事を待つそぶりもなく、プロシュートは車のドアを開けて歩いていってしまった。せっかちな奴だ。チームの在籍年数でいえばリゾットの方が長いが、地位でいえばリゾットとプロシュートは同格だ。万が一の時はリゾットの命令に従うべきだが、プロシュートははちゃめちゃに勘のいいところがあって、万が一の時の判断を誤らない。
 リゾットは林の中に車を停め、そのまま景色と同化した。


 プロシュートがリゾットと初めて会ったのは今から一年前、変なフードをかぶってると思ってたら、変なネックレスをしてると言われた。思わず胸ぐらを掴みあげたら盛大に剃刀を吐き出させられた。
 パッショーネで、こんなに躊躇なくスタンド能力を使ってみせる奴は初めてだったので、むしろそれに驚いた。普通は能力は隠す。同じ組織の者だろうと。リゾットによると、彼の能力の重要な部分は、剃刀やはさみを造りだせるというところじゃないから、ためらいはないらしい。
 実際メタリカがもっとも優れているのは、吸い寄せた鉄分によって景色にとけ込めるところだ。姿を消せるうえ、鉄分から凶器を生み出せるとなると、これほど暗殺に向いた能力もあるまい。偵察としてもじゅうぶんだ。
「3日以内にモレロを殺る」
 湯気のたつパスタをフォークでかき混ぜながらリゾットが言った。
 プロシュートはちぎったパンを口に放り込んだばかりだったので、噛みきる間、しばらく向かいに座るリゾットを観察した。なにが変わったというわけでもなく、いつもどおりのリゾットだ。パスタを具材ともどもグッチャグチャにかき混ぜて食べるリゾットだ。
「上からの命令か?」
「幹部からのな」
「おめーがやんのか」
「補佐をたのむ」
「補佐だと?」
 ハッとプロシュートは鼻で笑う。
「万一の時はおまえにチームをまかせる」
「そりゃあ光栄だ。せいぜい生き残れよ。リーダーならあんたのが向いてる」
 リゾットが手を止めてこちらを見てきたので、プロシュートは片眉をあげた。本心を言ったまでだが。なんでそんな顔をする。
「おまえは面倒見がいいし、人を率いる力もある」
「俺みたいな口うるせぇのがリーダーになったら部下がかわいそうだろ」
「そこは自覚あるのか」
「うるせぇな。万一の事なら他をあたれ。ホルマジオとか」
「たしかにあいつは能力のわりに器がでかいな」
「そーだろそーだろ」
「だがおまえは年のわりに老獪してるからそこが向いてる」
「おめーよぉ、モレロ殺ってリーダーになんのが嫌なのか?嫌じゃねえのか?ハッキリしろ」
 今のプロシュートらのチームのリーダーであるモレロは黒い噂の絶えない男だ。組織の外にも内にも敵が多い。いつか殺す時がくるだろうと思っていたが、リゾットがその命令を受けたのなら、組織は次のリーダーにリゾットを選んだということだ。
 街道のトラットリアを出ると、夜の11持をまわっていた。徒歩でターゲットの屋敷に向かう。
 昼間に下調べは済ましてるので、庭園にはなんなく入り込めた。今回は暗殺の前に裏づけをとらなければならない。めんどうだがそれが仕事だ。


 厨房の勝手口を出たところに納屋がある。ペッシはその壁にもたれかかってチーズのかけらを噛んでいた。石みたいに堅いが、うまい。それに食べ物は堅い方が腹もちがいいってことを、ペッシは幼い頃からの経験で知っていた。
 必死に味わおうとおもって何度も何度も噛んでるうちに、チーズは口の中でなくなってしまった。さびしくなって、空を仰いだ。今日は夜空が曇っていて肌寒い。無性に家や母親が恋しくなった。
 使用人が寝泊まりしている屋敷の離れに戻ると、廊下に人が倒れているのが見えた。暗くてよくわからないが、ペッシと同じ年頃の掃除夫の少年らしい。
「おい、どうしたんだよ…こんなところで寝てちゃあ、親方にしかられるぜ…」
 近寄って小さく声をかけても、ぴくりともしない。でもこのまま放っておいたら、こいつはまちがいなく罰を受けるし、見逃したペッシも鞭で叩かれる。
 ペッシは仕方なく少年の肩をつかんだ。
「おいってば…」
 強引に仰向かせたとたん、ペッシは悲鳴をあげかけた。シワだらけの老人だった。歯が抜け落ちて床に転がっている。
(誰だコイツ…!?)
 見覚えのない奴だった。でもよく見たら、見覚えのある掃除夫だ。でもそんなはずはない、掃除夫はペッシと同じ年頃なのだ。目の前にいるのは死にかけのジジイにしか見えない。
 その頃になってようやくペッシは、まわりの雰囲気が異様なことに気付いた。ふだんから自覚していることだがペッシは勘がにぶく、物事の察しが悪い。だが人の感情には敏感だから、余計にびくびくしてしまって、相手を苛つかせる。
 ペッシがもっと物事に注意深ければ、屋敷に入る前に玄関の花壇がすべて枯れきっているのにも気付いただろうし、庭で放し飼いされている番犬たちが一吠えもせず干からびてるのにも気付いただろう。
 だがペッシは目の前のことで頭がいっぱいだった。何事かわからないが、とにかくペッシの前で老人は死にかけている。
「助けを呼ばなくちゃ…」
 老人から手を離して立ち上がろうとしたとたん、膝がかくんと崩れた。ハッとして足元を見下ろす。二十歳に満たないペッシの両足が、しおれて骨と皮だけになっている。
「なっ…なんだよこれェッ!?」
 駆け出そうとして力が入らず思いきり転がった。恐怖感がものすごい勢いでペッシに覆いかぶさってきた。床についた手も、もう見慣れた自分の手じゃない、死に際のジジイの手だ。全身が震える。
「イヤだ…死にたくないッ!!」
 ペッシは右手を宙に突き出した。


 屋敷の中庭で栽培されていたのはまぎれもなく大麻だった。すべて枯らして始末した。貴族の末裔といえどこんな時代になると暮らしていくのに金はいるらしい。チンケな大麻を村人に売りさばいて小銭稼いでたせいでギャングに殺されるんだから、なんともつまらない人生だ。
 屋敷の主人の部屋に入ると、ベッドが一面真っ赤だった。血の海に沈むようにして、男の死体が倒れている。メタリカのせいで金具を飛ばされたらしく、重いカーテンがすべて垂れ落ちて、大きな窓から暗い夜空が見えた。
「こっちは片付いた」
 部屋の中央にいたリゾットに声をかけると、黒ずくめの男は少しプロシュートの方を振り向いてうなずいた。すべては滞りなく完了した。
 発動しっぱなしだったグレイトフルデッドを解除しかけた時、ふとプロシュートの頭の隅で苦いなにかが横切った。スタンドを引っ込めないプロシュートに、リゾットが勘付く。
「どうした?」
「悪い予感だ」
 理由も理屈もへったくれもないそれを、リゾットは無条件に鵜呑みした。とたんにリゾットの体が背景と同化し始める。メタリカを発動させたのだ。しかし同化しきるかしきらないかのところで、リゾットの体が突然グンッと持ち上がった。
「リゾット!!」
 プロシュートの声が響くと同時、リゾットの体はカーテンのない窓に直撃し、ガラスを叩き割って外に放り出された。プロシュートはグレイトフルデッドをすぐ間近に出現させ、窓に駆け寄る。下を見下ろすが、地面には砕け散ったガラスが芝生に刺さってるのみだ。
 ちがう、思い出せ。さっきリゾットの体は、たしかに宙に『持ち上がった』。落ちたんじゃない。まるで何かに『釣り上げられた』かのような動きだった。
 プロシュートは真正面を見た。
 中庭をはさんで、離れの建物がある。


 床に激突した感覚があって、全身を打つ痛みに意識が遠のくどころかより鋭敏になるのを感じた。その次の瞬間には、反射的にメタリカを発動している。リゾットの体のまわりに、無数の針が浮かんだ。それを手当たりしだいに飛ばす。
「うわぁぁぁッ!!??」
 すぐ近くで子供が悲鳴をあげるのを聞く。起き上がってすばやく周囲に目を配ると、薄暗い廊下には、幼い声のわりに体つきはすでに立派な、少年がひとり腰を抜かして座り込んでいた。
(こいつが?)
 リゾットは数歩さがって距離をとった。かまえたまま少年を鋭く見下ろす。
「す、す、すいません、俺、誰かひとを呼ぼうと、おもって、あの、俺、体がなんかおかしくって、いきなり、手足がジーサンみたいになったから、それで……」
 少年の瞳は恐怖に見開かれ、リゾットを映していた。体の異変というのはグレイトフルデッドのせいだろうが、すでに少年の体は元通りに戻っている。それさえ気付かないぐらい、動転しているらしい。演技ではない。
「おまえが…やったのか。何をした?どうやって俺をここに引きずり寄せた」
「わかんないよ!」
 とたんに、少年の頬を突き破って鉄の刃が飛び出した。少年が絶叫をあげる。
「質問に答えろ。おまえが、俺をここに連れてきたんだな」
「はい、はい、そうです、い、いたい…」
「どうやってだ。おまえは何をした?」
「俺にもわかんないよ!わからないけど、時々、釣り竿みたいなのが現れるんだ…それはなぜか他の人には見えなくて、先っちょについた釣り針で、なんだって釣れるんだ…俺はよく、厨房の冷蔵庫からチーズを盗んでたんだけど…壁でもなんでも、通り抜けるんだ…」
 『ビーチボーイ』って呼んでる、と少年はつぶやいた。刃の突き出した頬を両手でおさえながら、小刻みに体を震わしている。
「『能力者』か」
 廊下の反対側からプロシュートが現れた。その後ろを這う人型のものが無数の目をぎょろりと動かすのを見て、少年は再び悲鳴をあげた。
「これが見えてんのか。まちがいねぇな。おい、スタンドを出してみろ」
 少年がなおも狂ったように叫びつづけるので、プロシュートは舌打ちひとつ、拳で少年の頬を張り倒した。蹴りじゃないだけまだマシだが、ぶっ飛んだ少年はさっきメタリカで食らった傷から再び血を垂れ流した。
 歩み寄ったプロシュートが、少年の襟をつかんで有無をいわさず顔を上げさせる。そうして鼻先が触れあうほどに顔を近付け、鋭く澄んだ両の目をまっすぐ少年にそそいだ。
「オイ、俺を見ろ。目をそらすな。…そうだ。俺の言ってることがわかるな?」
 視線をプロシュートに縫いつかせ、少年は無心にうなずく。こういうところが面倒見がいいとリゾットは思うが、ホルマジオなんかは面倒見いいっつーか得意のガンタレじゃねーかと笑う。
「おめーは俺の横にいるモンが見えてるな?これは俺の『スタンド』だ。そっちの男も、同じようなモンをもってる。見てくれは全然ちがうがな…おまえのはどんなだ?『ビーチボーイ』つったか?出して見せてくれねえか」
 うん…と小さくうなずいて、少年は自分の両手を見下ろした。まだ細かく震えつづける両の指に、それは現れた。髑髏の形をしたリールに、釣り竿に似た『スタンド』。
「…リゾット」
「………」
 プロシュートの視線を受け、リゾットは腕を組んで思案した。思案するもなにも、選択肢は二つしかない。殺すか、『仲間』にするか。そのどちらかだ。

ファミリア r.p


 『仕事』と『生活』。一般的な社会生活を送る者なら誰しもがこの両方を成り立たせなければならない。大企業の社長だって家に帰れば飯を食って歯を磨かなればならないし、家と呼べるものを持たない浮浪者だって、昼間には外に出て空き缶や鉄クズでも拾い金を作らなければならない。人間社会に生きるなら、誰もがこの『仕事』と『生活』を両立しなければならない。ギャングだろうと、暗殺者だろうと。

「なにしてる、行くぜリゾット」
 名前を呼ばれて初めて、自分が声をかけられてることに気付いたリゾットは、ようやくパソコン画面から顔を上げた。デスクトップに腕をのせ、プロシュートがこっちを見下ろしている。
「どこにだ?」
「買い出しだよ。今チームのサイフもらったろうが。あんたに」
「俺が当番だったか?」
「他の手があいてない」
「ギアッチョは?」
「イルーゾォと任務」
「メローネは?」
「今日の朝帰ってきたばっかで寝てる」
「ホルマジオは」
「掃除当番」
「…ペッシ」
「ダメだ。今日はリゾットおめーだ。来い」
 この男が、こうすると決めたことに、それ以上何を言っても無駄だと改めて思い知らされた。リゾットは抵抗を試みるのも馬鹿らしくなったが、なんとかして買い出し係を回避できないものかと、思案しつつ時間稼ぎにパソコン横のサプリメントのケースに手を伸ばした。リゾットはサプリメントが好きだ。好きというか重宝している。とくに鉄分サプリは暇があればクセのように飲む。
 が、リゾットの手が届くまえにサプリのケースはすばやく取り上げられた。
「こんな薬みてーなもんばっか飲んでねぇで、たまには生のフルーツでも食え。そのための買い出しだ。ほら、大好きなお薬も減ってきてんじゃねーか」
 プロシュートの手の中で、サプリのケースがカラカラと音をたてる。実際にはサプリメントは薬ではない。栄養補助食品だ。と、何度言ってもプロシュートは理解を示さない。
「それは薬じゃない」
「薬みてーなもんだろうがよ」
「栄養補助食品だ」
「『補助』だろ?補助ってこたぁつまり、栄養自体はちゃんととって、そのうえで栄養を補うモンだっつぅーことだな?栄養をとるためにはどうしたらいいか知ってるか?まずはちゃんとした食事を食うことだ。肉と魚と野菜とフルーツでつくった食事だ。そうじゃねえか?リゾット」
 リゾットは立ち上がって上着を引っかけた。プロシュートに屈したというより、長くなりそうな説教を遮るためにだ。だが自ら立ち上がったということは買い出しに行くのを了承したということだから、結局降参したのと同じことだ。


 ギャングといえど、日々を暮らすために薬局にも行くし大型スーパーにも行く。もちろんショッピングカートだって引く。
「お、これ前にペッシがうまいっつってたやつだな」
 子供向けのキャラクターがでかでかと描かれたシリアルの箱を手にとって、考える間もなくプロシュートが買い物カゴに投げ入れる。プロシュートは浪費家というわけじゃないが、節約家とも呼べない。スーパーに来ても、あれとこれ、どっちが安いかどっちがうまいかとかで迷わない。迷う前にどっちもカゴにインだ。それはつまり浪費家と呼べるかもしれない。
「こんなヒマワリの種みたいなもんがうまいか?」
「錠剤食って生きてるやつに言われたかねーだろうぜ」
 リゾットからすれば、リスかネズミのエサのように見えるが、最近はこうゆうヘルシーシリアルが人気らしい。背の高い商品棚にいろんな種類のものが並んでいる。
「何がいるんだっけか、ホルマジオはとにかく『肉』っつってたしな、鳥肉でも与えとくか…ちっ、ギアッチョの野郎またスナック菓子だ。こうゆうモンばっか食う奴の気がしれねえ…ああでもこのチーズの入ったチップスはうまかったな…」
「メローネの書いてるのが読めん」
「どれだ?…あー?これなんかフランスの有名なパティシエのなんかだろ?」
「あいつどこでこんなもの買って食ってるんだ。ブランド菓子店にでも行けというのか?」
「かまわねえよ、そのへんのプリンかなんかで」
 メローネにしたらかまわねえことないだろうが、このへんは買い出しに行った者の特権だ。メンバーは皆それぞれ欲しいものをリストアップしてメモを渡すが、細かい裁量は買い出し係に基本一任されている。ル・ノートルのマカロンと書いていても、実際にはスーパーで安売りされているプリンとかになるわけだ。
「イルーゾォのメモが真っ黒だな」
「あいつぁ偏食すぎんだよ。かまうな、食いたくねぇもんは自分で避けんだろ」
「『俺の意見を無視するのは許可しないィ〜』とも書いてるが」
「ああ?あいつジジイになって流動食しか食えねー体にしてほしいのか?」
「またグレイトフルデッドだけ鏡の中に閉じ込められるぞ」
「素手でだって負ける気しねぇよ」
 ぐるぐると陳列棚を周回するうちに、ショッピングカートには物があふれんばかりになっている。
「タマネギが安いな」
「おー買っとけ買っとけ。ミネストローネにでもするか。……」
 丸々と肥えたタマネギを手にとって、プロシュートがしばし黙った。
「タマネギってあんま買ったことねぇよな。誰かアレルギーなんじゃなかったっけ」
「ああ。ソルベがな」
 再びの沈黙があって、プロシュートが「そうか」と呟いた。
「ソルベか。てっきりジェラートの野郎がダメなのかと思ってたぜ。あいつら食いモンの好き嫌いまでいっしょだっただろ。双児かっつーの。ややこしいったらないぜ」
「微妙にちがってはいたがな。ジェラートはイカが嫌いでソルベはタコがダメだった」
「そうゆうのが余計ややこしいんだよ。椎茸は嫌いでタケノコは好きとかよォ」
 食卓を何度も共にすれば好き嫌いもわかるようになる。その人の癖も知る。生活をするとはそうゆうことだ。寝る。食べる。洗う。支度する。そうして時を重ねていく。
 いっしょに生活をするひとたちを、リゾットは『家族』と呼んでいる。

ふたつの覚悟


 サルディニアからローマへと向かうボート、その亀のスタンドの中で、トリッシュはずっと何かに耐えている風だった。ジョルノはそれに気づいていたが、あえて触れずにいた。俺は多くのことを考えていた、正体をつかみかけたボスのこと、パソコンを通じ突然接触してきた謎の男、そして。
 アバッキオの死。

 サルディニアは美しい場所だった。スカイブルーの空とエメラルドグリーンの海。
 海岸で、ひとりの男の死体を見つけた。
 全身をエアロスミスの弾丸に貫かれ、ズタズタになった黒ずくめの男。名前も顔も素性もしらない。けれどきっと組織の者だとわかった。ボスの娘を奪うため、俺たちをずっと追い続けてきた、組織の『裏切り者』たち。パッショーネの、ひと際ドス黒い影の中で生きてきた者たち。その最後の刺客。チームのリーダー。
 『暗殺』のみを任務とするチームの存在は当然知っていた。そのメンバーを実際に見たのは今回が初めてだった。暗殺をなりわいとする以上、顔を合わしたなら、どちらかの死しかない。万が一、暗殺チームの者が任務に失敗して死んだ時のために、チームのメンバーらは過去も名前も消して偽りに書き換え、また組織内外に関わらず、特別な人間関係を築くことを固く禁じられていたという。
 そして常に命の危険がともなう任務を担っているというのに、組織内での地位は低く『幹部』にもなれない。報酬も、俺たちのようにショバ代や介護料があるわけじゃあない。純粋に、ひとを殺した分だけ手に入る金額。同じギャングからも疎まれ蔑まれた仕事。

 全身を血まみれに濡らした黒ずくめの男は、サルディニアの真っ青な空を、うつろな瞳で見つめていた。
 『仲間のいない残りのひとり』。部下をかかえるリーダーとして、これまで俺たちが倒してきた何人もの彼にとっての仲間たちの死を、どんな風に受けとめていたのだろうか。
 俺は常に率先して動いてきた。任務は遂行する、部下も守る。そのために、自分の命など惜しくはなかった。危険をおかしてこのサルディニアにまで来た。
 この男は、待っていたのだろう。仲間からの連絡を。ブチャラティたちを始末した、娘は手に入れた、そうかかってくるはずの電話を。
 その連絡はけっして入ることはなかった。この男の元に。
 そうしてこのサルディニアの地に、辿り着いたのだろう。たったひとりで。仲間はだれもいない、残された、たったひとりで。

 アバッキオを守ってやりたかった。ムーディーブルースはリプレイ中、完全無防備状態になる。ボスからの攻撃を予測すべきだった。
 俺たちのチームがここまで全員無事で来れたことが、むしろ奇跡だったのかもしれない。『トリッシュを守る』という任務を受けてからこれまで戦ってきた組織の刺客たちはみな、今まで出会ったどんなスタンド使いより強かった。いつ誰が死んでも、おかしくはなかった。
 それでも俺は守りたかった。部下を、仲間を。
 この男も、そんな想いがあったのだろうか。

 フィレンツェ行きの列車の中で戦った者たち。俺が唯一、直接戦ったのはあの二人だけだ。老化させるスタンドをもつ男と、釣り竿に似たスタンドをもつ男。
 あの二人は同じチームのメンバーだったのだろうが、単なるチームのメンバーだけじゃない、深い信頼関係と互いへの敬意があった。俺がミスタやナランチャへ、深い信頼を寄せるように。
「甘いんじゃあねーか、ブチャラティ。仲間を切り捨ててでも娘を守るため、俺を倒す、それが任務じゃねえのか?『幹部失格』だな」
 『兄貴』と呼ばれていた男の言葉は、彼らのチームの信条だったのだろう。仲間を切り捨てても、暗殺を遂行する。だが俺はちがう。どっちも守る。仲間も任務も、けしてあきらめない。

 黒ずくめの男の死体、そしてアバッキオの倒れ伏した姿。俺が守れなかったもの。守りたかったもの。黒ずくめの男の死体は、俺の未来の姿か?ちがう。俺は守る。『仲間のいない残りのひとり』にはならない。死んでいく仲間を見送るなんてまっぴらだ。だから黒ずくめの男には敬意を払おう。俺がリーダーとして、自らの命をかえりみず戦うことを決めたのと同じように、黒ずくめの男は、何人の仲間の命を見送ろうと、最後まで自分は生き残ることを決めたのだ。生き抜く覚悟は、死にゆく覚悟と同等に重い。

馬鹿とハサミ all


 おまえと同い年だ、仲良くしろよとあらかじめ上司に言われていたので、どんな奴なのだろうとホルマジオはそれなりにワクワクしていた。
「今日からうちのチームに入るリゾット・ネエロだ。挨拶しろ」
「よろしく」
 現れた男の目を見た瞬間、ホルマジオはおもいっきり視線をそらしてしまった。初対面の人に対してあまりにそれは失礼な態度だったし、基本的に人がよくて話し上手聞き上手であるホルマジオ自身にとっても、話す時に相手の目を見ないのは主義に反することではあったが。
 しょうがねーじゃねえか……
 だって、目が、ものすごく黒い。
「…どうもぉ〜」
 かろうじてそう返しはするが、ホルマジオはやはり、リゾットとかいう新入りの男の目を真正面から見返せなかった。


 ドガシャアァンッ!!
 強烈な破壊音とともに建物全体がちょっと揺れた。
「またか」
「今日は誰だ?」
 いつものことと慣れきった様子で、それぞれが顔を見合わす。今一階のフロアにいるのはギアッチョ、イルーゾォ、ペッシ、ホルマジオだ。
「メローネの野郎は?」
「外にバイクはなかったぜ。まだ来てねえんだろ?」
「それか女の品定めにでもいってるか」
「さっき兄貴が次の任務のことでリーダーに話があるっつってたけど…」
「決まりだな」
「ったく、しょおがねぇなぁぁ〜〜〜」
 そうなるとこの場にギアッチョがいてくれてることは、かなりありがたい。グレイトフルデッドを全開にされたら、こんな狭い家の中など一瞬ですべて枯らされる。普段はチームの暴れん坊及び破壊魔として扱われるギアッチョだが、こうゆう時ばかりはたよりになる。というか皆、こうゆう時しかたよりにしない。
 そんな暴れん坊ギアッチョが、さっそくイライラと手近のマガジンラックを蹴りつけた。
「クソッ!ペッシッ!てめー行って様子見てこいよ」
「ええ〜!?それはおいらに死んでこいってゆってんですかい?」
「てめーの兄貴なんだろォ!?ええ?」
 本気で嫌がるペッシだがギアッチョは容赦のかけらもない。イルーゾォは自分に火の粉がふりかかってはかなわないとすでに鏡の世界へ引きこもっている。
 このパターンの場合、いつもならメローネが暴走するギアッチョに茶々を入れてからかい、弱いものイジメの救済を行うのだが、不在なんだから仕方ない。残る人材はホルマジオのみだ。ホルマジオ自身は、スタンド能力的に、ギアッチョにも誰にもかなうわけがなかったので、あまり首を突っ込みたくなかったが、そうはいってもやはり仕方ない。
「チクショ〜しょうがねぇなァ…おいギアッチョ、あんまりペッシの奴をイジメてやるんじゃあねえよ。リーダーとプロシュートなんか相手にしたら、マジで死んじまうぜこのマンモーニはよォ」
「じゃあテメーが行くってゆうのかよ、ホルマジオ。ゆっとくが俺はここから1ミリたりとも動く気はねぇぜ」
「俺があの2人を止められると思うかァ〜?猫がカバ産むより無茶だろォーが」
「自分でいってて恥ずかしくねーのかクソッ」
 無駄な言い合いを展開しているうちに、上のフロアからまた派手な音が聞こえた。この分ならまだ素手でやり合ってるのかもしれないが、スタンド戦になるとこっちにまで甚大な被害がおよぶ。
「ったくよォ、しょおがねえなァ〜…」
 こんな時、なんだかんだ言いながら立ち上がってしまうのがホルマジオという男だった。
 割に合わない仕事だとはわかっている。自分の管轄でもない。しかしホルマジオはチーム内の年長で、リゾットとの付き合いも長く、結局のところ放っておけない性格をしている。損なタイプだとは自分でもおもう。
「頼りにしてんぜェ〜ホルマジオ。リトルフィートの指でヤツらをチョイッと傷つけりゃああんたの勝ちだッ!」
「メタリカの射程距離に入った時点で俺は負けるだろーがよォ」
 適当な声援を投げてくるギアッチョに背を向け、ブツブツ文句をたれながらもホルマジオは階段を上がる。メタリカ以前にすでにグレイトフルデッドの射程距離には十分入っているのだから、本当にスタンド戦が始まればホルマジオは完全にお手上げだ。

 二階に上がると分かりやすくリゾットの部屋の扉が吹っ飛んで廊下でゴミくずと化している。やれやれとため息をつきながら、戦場となっているリゾットの部屋をのぞく。プロシュートの後ろ姿が見えた。
「おいオメーらよォ、なんでモメてんのか知らねーが、家を破壊すんのは…」
「よけろホルマジオッ!!」
 プロシュートが鋭い声をあげたのと同時に、その体がいきなりホルマジオに向かって吹っ飛んできた。よけなければぶつかる、が、ホルマジオは両腕を交差させ防御はとったが結局よけなかった。当然プロシュートの体がぶち当たってきてホルマジオもろとも2人は廊下に転がった。
 ふと視界をかすめたそれに今さら気付いたのだが、破壊された扉のノブの金属部分が変形している。すでにメタリカは発動されていたのだ。
「イッテェェ……ちくしょォー、おいプロシュート、大丈夫か?」
 吹っ飛ばされたあげく廊下の壁に激突したらしいプロシュートは、壁に背をもたせかけるようにして立ち上がりかけていたが、突然、体をくの字に折って床に崩れ落ちた。見えない拳にみぞおちを殴られたように。「おいおいおいおい…」、さすがにホルマジオも冷や汗をかく。
 景色が歪み、プロシュートとホルマジオの間にごく静かに姿を現したのは、黒ずくめの男リゾットだ。
「針を吐かされなかっただけ幸運とおもえ」
「ハッ…!余裕ぶっこいてんじゃあねーぞテメー…」
「おいおいおい、リゾットおめーよォ…」
 そこでようやくリゾットは背中を向けていたホルマジオの方へ振り向いた。肩ごしに見下ろしてくる漆黒の瞳。ぞくりと背筋が粟立つ。この静けさと深淵の闇こそ、リゾットを『最高の暗殺者』と呼ばしめる理由だ。
 だがホルマジオは、もはやその瞳から目をそらすことはなかった。初めて会ったのが22才の時、同い年で互いに『能力者』であるという共通点をもちながら、ホルマジオとリゾットは性格も能力の面でも大きくかけ離れていて、とても仲良くやっていけるとは思えなかった。だが気付けば同じチームに属し、そこそこ長い付き合いになってしまっている。
 ホルマジオは、暗殺の能力においてリゾットに勝ろうなど、もはや思わない。いい意味で開き直っている。同等の力をもつならプロシュートのように真正面から衝突しにいくだろうが、ホルマジオにはホルマジオなりの対処方法があるのだ。
「そのぐらいでやめとけって。これ以上家を破壊したらよォ、また上から経費がどーとかイチャモンつけられんだろォーが。プロシュートなんか列車の切符代がもったいねえっつってペッシと無賃乗車してんだぜ?リーダーのおめーが金の無駄遣いしてどうする」
「ホルマジオてめー無賃乗車のくだりは余計だろうがよォ…」
 リゾットの向こうでプロシュートがグレイトフルデッドを発現させるのが見えた。全身の無数の目がぎょろりとホルマジオをにらむ。
「プロシュート、おめーもよォ、こないだグレイトフルデッドで地下の食糧庫ぜぇーんぶダメにしたの忘れたか?おめーがファーストフード店で働いて食費稼ぐっつーんなら別にかまわねぇけどよ。やってくれんのかよ?え?」
「やるわけねぇだろーが」
「ったく、マジでしょーがねぇ奴らだなおめーらはよォ!」
 ホルマジオが長々とため息をつく。臨戦体勢だったリゾットもプロシュートも、ホルマジオの所帯じみた説教に目に見えて白けた様子だ。ホルマジオの武器はこれだった。世間慣れした飄々さで、殺気も戦闘意欲もけむに巻く。
 このチームの連中はみんなどこか浮き世離れしているというか、ちがう世界に住んでいる。ちがう世界に住む者同士なんだから、そりゃ喧嘩も衝突も絶えない。そんな奴らを、世間一般の現実世界に引き戻すことで、場を白けさせることこそ、このチームでホルマジオが身に付けた処世術だ。
 やおら立ち上がったプロシュートは、グレイトフルデッドを解除してこちらに背を向け階段を降りだした。
「リゾット、今日の話はまた次にだ。必ず決着はつけるぜ」
「ああ。おまえの方こそ老化で忘れるなよ」
 反射的にプロシュートが振り向いて一瞬さっきよりも凶悪な空気が2人の間に生まれたが、ホルマジオがすかさず「マックかケンタか?」と声を上げたので、プロシュートは派手な舌打ちを鳴らして階段を降りていった。踏み板を壊す気かと思うほどの足音をたてながら。
 それを見送っていたリゾットに向けて、ホルマジオはもう一度わざとらしくため息を吐き出した。
「リーダーともあろうモンが、部下のひとりもコントロールできねぇで情けねーぜ、ええ?」
「俺はあいつらを縛る気はない。好きにやればいい。だがクセが強くて困る」
「そりゃあおめーもだろうがよ、リゾット」
 ホルマジオはよっこらしょとジジ臭いかけ声とともに立ち上がって、リゾットの目を見据えた。相変わらず黒々としているが、その瞳は無感情でも無表情でもないことを、ホルマジオは知っていた。
「衝突すんのが悪いこととはいわねーよ、互いの主義主張がちがえばそりゃあ喧嘩にもなるだろう。けどプロシュートはあんたにグレイトフルデッドを使わなかったんだろ?今回はあんたの方が、ちぃっとばかし、おとなげなかったんじゃあねーか?」
「あいつには手加減できんからな。たしかに、俺がやり過ぎた。すまん」
「そりゃあプロシュートに言えっつーの、マジでしょ〜がねぇヤツだなおめーは」
 ホルマジオ本人は知らないことだが、チーム内ではホルマジオは、リゾットとプロシュートの間に入って弁舌でどうにかできる唯一の人材として認識されている。スタンド能力に関わらず、要は頭の使いようなのだ。馬鹿とハサミはなんとやら。


 夜になってなぜかメローネとギアッチョがもめていた。
「部屋替われよ!リーダーがメタリカ発動するたびに俺のパソコンがイカれちまうんだよ!」
「知るかッ!てめーのパソコンなんかどうせエロ動画しか入ってねーんだろうがクソッ!俺だってリーダーの隣りの部屋はお断りだぜ!」
「ったくよォォ〜〜しょおがねぇなァ〜ッ!」
 ホルマジオ、別の名を暗殺チームの苦労人。

暗殺者


 ネアポリス警察史上まれに見る怪奇事件をかかえていたアルベッロ警部補は、事件の真相を追う中でひとりの男の存在に行きついた。
 プロシュートと呼ばれるその男は、ネアポリスを中心にイタリア全土を股にかけるギャング組織パッショーネの構成員だった。ギャングの中にも、金やコネ欲しさに警察と結びついて情報を売る輩は存在する。今回の情報をリークしたギャングのひとりは、公衆便所脇でアルベッロにこうささやいた。やつの存在を追えばアンタまちがいなく死ぬぜ、やつらは鎖でつながれた飼い犬だがそこらの野良犬より凶暴で、クソより最低最悪の連中だからな…。
 アルベッロは、騒音をかき混ぜたナイトクラブのカウンターでウイスキーのグラスを傾けながら、渡された情報を頭の中で転がし吟味する。
 『やつら』という言葉から、プロシュートという男は組織の中のなんらかのチームに属しているのが知れた。そこについて詳しくは触れられなかったが、情報を売った男の口ぶりから、かなり特殊な、しかもどちらかというと毛嫌いされてる感じがあった。
 とくに気になったのは、『鎖でつながれた飼い犬』という言い回しだ。飼い犬というならギャングと呼ばれる連中は皆そうだ。組織の鉄の掟に縛られ、それを破ったなら、仲間といえど容赦ない制裁が加えられる。そうして引き裂かれた残虐な死体を、アルベッロはこのネアポリスの街中でいくつも目にしてきた。
 ただのギャング構成員とは、なにか一線を画す、特別な掟で縛られた、『クソより最低最悪の』存在。
 警察に務めて20年になるアルベッロの刑事としての勘が、この一件は深入りすると確実に命の危険があると警告している。わかっている、そんなもの刑事になりたての青臭い新入りのガキでもわかることだ。
 クラブのフロア奥のVIP席ゾーンから、間仕切りの重たいカーテンを押し開いて数人の男が出てきた。ミラーボールの青い照射が閃く暗闇の中、アルベッロはさり気なく視線をやる。
 イタリアンギャングらしく高級なブランドスーツを洒落て着崩した男たちの中で、あきらかにひとり、異彩を放つ者がいる。金髪碧眼の容姿がそうさせてるんじゃない、まとう空気がちがう。それは目の配り方や足の歩幅といった些細な仕草から生み出されるものだ。今、突然機関銃を乱射されたとして、誰が何人死のうと、この男だけは生き残るんだろう、そう思わせるたぐいのものだ。
 アルベッロは己の勘に従った。連中が店を出ていったのを見送り、遅れすぎず早すぎず、絶妙のタイミングでフラリと後を追う。
 うるさいネオンのひしめくネアポリスの夜。男たちはそれぞれ散り散りになって夜の石畳へ消えていくところだった。アルベッロは白髪混じりの短髪をひとかきして、何気なく歩きはじめる。
 狙うはただひとり。その他に用はない。アルベッロの歩く数十メートル先には、スーツに身を包んだ後ろ姿がある。プロシュートだ。根拠のない確信だった。だがアルベッロは、警察で20年鍛えられた己の嗅覚を疑わない。ちらほらと人通りのある街中の石畳を、アルベッロはただひとりの男だけ見つめて歩いた。
 プロシュートが角をまがった。この先は国鉄の駅がある。
 少し歩調をはやめて同じく角をまがったとたん、タクシーがアルベッロの今来た方向へ向けて走っていった。
(しまった!)
 逃げられた。後をつけていることはバレてるだろうと思っていたが、アルベッロは人の多い駅前で声をかけるつもりでいた。
 すぐにアルベッロは、すぐ目の前の道に寄せて停まっている車の窓を叩いた。警察手帳とバッヂを見せ、扉を開けさせる。
「な、なんだよォ、サツに厄介になるようなこたァしてねーぜ」
「あんたをどうこうしようってんじゃない、容疑者の追跡中だ!さっきのタクシーを追いかけてくれ!」
 運転席の男は恵まれた体格のわりに気の弱そうな声で、おびえた顔をみせた。これ以上手間取っていられないと、問答無用でアルベッロが後部座席に乗り込みかけた時、
「勝手に尾けてきたうえ容疑者扱いとは、ひでぇじゃねーか、なぁ?」
 背後から思いきり蹴りつけられ、転がったアルベッロの体を無理矢理車の中に押し込むようにして、ひとりの男が乗り込んできた。バン!と扉をしめ、「出せ」と運転席に一言命令するともう車は走り出している。一連の動作が、まるで完璧に計算されたシナリオのように微塵も無駄がなかった。
 アルベッロは凍りついたように目の前の男を凝視した。プロシュートが、スーツの襟をぞんざいに正しながらそこに座っている。
「兄貴ィ、そいつ知り合いですかい」
「いいや。だが俺に用があるみたいなんでな、話ぐらい聞いてやろうかと思ってよ。なぁオッサン?」
 少し狭そうに足を組んで、プロシュートが視線を投げてくる。初めて目が合った。瞳は冷えたブルーなのに、炎を灯したかのような強さと激しさが燃えていた。
 運転席の男は、最初のおびえた様子など嘘のように平然と車を飛ばしている。仲間だったのか。やられた。これはプロシュートの勘の良さと用意周到さが為せるわざだろう。
 アルベッロは、ゆっくりと、固まっていた手足をほぐすように後部座席に座り直して、そうしてハラをくくった。プロシュートと目を合わせたまま、慎重に口を開く。
「……ああ、そのとおりだ。俺はあんたに用があって、尾行していた」
 青い眼差しはアルベッロから外されない。静かな表情に、窓の外を走る車のテールランプの光が幾筋も流れる。本当にこの男は、アルベッロの話を聞くつもりらしい。ギャングの気まぐれか、わからないが、アルベッロは直感的にこの男は言葉の通じない馬鹿な輩じゃないとわかった。
「三週間前、中央駅近くで観光バスが信号機に突っ込む事故があった。知ってるか?」
「ああ」
「バスは大破、乗客含め信号待ちしていた通行人を巻き込んで十数人の死傷者がでた。事故の原因は単純なものだった、単純かつ複雑だった。運転手は『すでに死んでいた』。信号機に突っ込む前に、運転席でアクセルを踏んだまま。死因はなにか?これが最も厄介な問題だ。運転手は『老衰』で死んでいたんだ」
 プロシュートが片眉をあげた。「それがどうした?」とでも言うように。
「…あれはたしかに事故だった。運転手は他殺でも自殺でもない、老衰で死んだんだからな。運転手の過失致死、ということになる。だが運転手は28才の若者だった。28才だ。それが『老衰で死んだ』だと?馬鹿げてる」
「たしかに。真っ当な意見だ。それで?」
「あくまで死因は老衰だ、外傷もない、内臓に病気をかかえていたわけでもない、他殺ではありえない。単なる『奇妙な』事故として、捜査は打ち切られた。だが俺は調べつづけた。…そこで、あんたの名前が浮上した。パッショーネの構成員、プロシュート、だな?」
「それに俺が『ハイ』と言えば、あんたは死ぬしかなくなるぜ」
 プロシュートがまぶたを伏せスーツの懐に手を突っ込んだので、さすがにアルベッロも一瞬背筋が凍った。が、取り出されたのはシガレットケースだった。そこから一本くわえジッポを擦る様を眺めながら、アルベッロは無意識に息を吐いた。知らない間にかなり緊張していたらしく、肩や背骨がガチガチだ。
「じゃあ、勝手に呼ばさせてもらうが…プロシュート、俺が知りたいのはたったひとつだ。『どうやって運転手を老衰させたか?』それだけだ。なにか特別な薬を使ったのか、ガスか、…あるいは、精神的な強いショックを与えた、とか…」
「なぜあんたはそれを知りたがる?アルベッロ警部補?」
 プロシュートは煙草を挟んだ指で、いつのまにか落としていたらしいアルベッロ警察手帳を掲げてみせた。
 アルベッロはもう一度大きく息を吐いた。うかつにもほどがある。そして目の前の男の抜け目なさも、もはやさすがとしか言いようがない。
「ああ、リカルド・アルベッロだ。家族はいない。女房は死んじまった。だから俺は俺の身ひとつだ、殺る時も俺ひとりで済む、他の誰も殺る必要はない」
「あいにく人数は関係ねーよ。けどあんた、ずいぶんハラ決めてやがるじゃねぇか。自分が死ぬとしても、知りたいことなのか?自分の命と天秤にかけて?それほどまでして知りたいことが、『どうやって老衰したか』?」
「ああ…そうだ」
 アルベッロは直感した。おそらくあの事故を起こさせたのはプロシュートだ。人数は関係ない、その言葉から受ける印象が、事故の全容から見える大雑把さと重なった。あの事故は、運転手をのぞけば誰が死ぬとか何人死ぬとか、計算されたものではなかった。緻密な計画ではない、なにか突発的に、運転手を殺さなくてはならなくなり、偶発的にあの事故が起こった。そんな流れが、アルベッロには見えるのだ。
 プロシュートは煙草をくわえ、しばらく考えるように窓の外を流れる景色を見やっていたが、やがて紫煙を吐き出して運転席の方へ声を投げた。
「おい、車を止めろ」
「ええ?兄貴、ここ高速ですぜ?」
「見りゃあわかる。いいから止めろ。二度言わせんじゃねえ」
「へいィッ!!」
 弟分らしき運転席の男は、プロシュートの声が1オクターブ下がったのと同時に機嫌も急降下したのを悟って、返事とともに急ブレーキをかけた。何がなんだかわからないうちに、車を降りた弟分の男がアルベッロ側のドアを開けて、同時にプロシュートにシートから蹴り落とされた。
 高速道路のど真ん中、コンクリートに尻餅ついて顔を上げると、プロシュートが悠々とシートに座り直しているところだった。そしてまたあの強い眼差しが、アルベッロをとらえた。
「結論から言うと、あんたの知りたいことを俺が教えることはねぇし、仮に教えたところで無意味だ、どうしたってあんたにゃ理解不能だからな……だがあんた、ずいぶん勘が鋭いみたいだな。あんたの推理は、案外イイ線いってるかもしれないぜ。刑事にしとくには惜しいな。以上だ。質問は受け付けねえ。あんたは家に帰るために中央駅で個人タクシーに乗って、ボラれたあげく、ハイウェイで置き去りにされちまった。そうゆうことだ。じゃあな」
 バン!
 アルベッロの目の前でドアがしめられた。それっきり、もう車中のプロシュートと目が合うこともなかった。
 車が猛烈なスピードでハイウェイの光の嵐にまぎれこんでいくのを、呆然と見送っていたアルベッロだったが、周囲からのクラクションの音で現実に引き戻された。自分は高速道路のど真ん中に座り込んでいたのだ。世界一荒いと評判のネアポリスの車たちが、けたたましいクラクションを鳴らしながらアルベッロの横を通り過ぎていく。赤、黄、白のテールランプをなびかせて、夜のハイウェイは輝く。夢のような光景だった。




 その後アルベッロがプロシュートと会うことは二度となかった。だがアルベッロは知らないだろうが、アルベッロを殺したのはプロシュートだ。背後から頭と心臓に一発ずつ。銃殺されたアルベッロの死体は朝焼けの路地裏で発見された。
 ここからは蛇足になるが、アルベッロには血のつながらない娘がいた。彼は妻との間に子供を授からなかったが、孤児院で出会ったある少女とまるで本物の親子のように仲良くなり、仕事が非番の時には必ず施設に足を運ぶほどだった。
 少女は、生まれつきの難病におかされていた。人の10倍のスピードで老化する『早老症』。彼女は10才にしてすでに内臓のあちこちが傷んでいたし、杖なしでは立てないほど手足が細く、難聴にも悩まされていた。歯もぼろぼろで、見た目は小さなおばあさんだった。この病気のせいで、親にも捨てられたのだという。
 アルベッロは彼女を救いたかった。妻を亡くし、親類との縁もないアルベッロにとって、家族はすでに彼女ひとりだった。
 だからあのバス事故の捜査で、運転手が28才にして突如『老衰で』死んだという事実を知った時、アルベッロはどうしてもその謎を解き明かさなければならなかった。突然の老衰、それが薬やガスによるものかわからないが、原因がわかれば、もし人間をわずか数秒にして老人にする方法があるならば、逆に老化を止めたり、若返らせたりする方法も、あるのかもしれない。アルベッロにとって、最後の賭けだったのだ。
 ここまでが、組織の調べで判明した。そしてそういった事実に関わりなく、プロシュートは、「近ごろ我が組織と『能力者』についてしつこくかぎ回ってる男がいる、厄介なことになる前に始末しろ」と指令を受け、暗殺を遂行した。それだけのことだった。
 仮にあのハイウェイで、プロシュートがアルベッロから少女の話を聞いていたとしても、やはり結末は変わらなかっただろう。プロシュートは医者ではなく、組織の飼い犬であり、ただの暗殺者だからだ。

× CLOSE

カレンダー

04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

リンク

カテゴリー

フリーエリア

最新CM

[01/02 クニミツ]
[02/16 べいた]
[02/14 イソフラボン]
[01/11 B]
[12/08 B]

最新記事

最新TB

プロフィール

HN:
べいた
性別:
非公開

バーコード

RSS

ブログ内検索

アーカイブ

最古記事

P R

アクセス解析

アクセス解析

× CLOSE

Copyright © スーパーポジション : All rights reserved

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]


PR