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感傷的な風景(言うに言われぬ静けさ)p.m


 アリアンナ、ジルダ、ベレニーチェ、ダニエラ、ミレーナ、シルヴィア、ヴェネッサ、レティーツィア。
 歌うようにつむがれる声は、雨音に混じって湿る。泣いてるわけじゃないだろう。メローネが泣く姿なんて、世界中の誰もが見たことないにちがいない。
 プロシュートがホテルロビーの小さなバールで一杯引っかけてから部屋に戻ると、メローネはベッドで寝てしまっていた。仰向いて、体を一直線に伸ばし、胸の上で両手を組んでいる。まるで棺桶の中の死人だ。祈りの姿にも似ている。
 プロシュートは胸ポケットから煙草を取り出して、上着をイスの背もたれに放り、メローネの眠るベッドの端に腰かけた。一本くわえてマッチを擦るが、雨で湿気たか、なかなか点かない。ようやく灯った炎は、薄暗い部屋をほのかに照らし煙草の草を焦がした。
 火の消えたマッチ棒をベッドサイドの灰皿で潰したときに、その声がしたのだとおもう。
 アリアンナ…。子供のような、舌ったらずな発音だった。
 振り向くと、ベッドの上で死人のように眠るメローネがいる。眉尻がやわらかく下がり、深く閉ざしたまぶたに雨粒を垂らす窓の影が映っている。
 寝言だろうか。煙草をくわえたまま、プロシュートがなんとはなしにメローネの寝顔を眺めていると、その唇がかすかに震えた。
 ジルダ、ヴェネッサ、レティーツィア…
 泣いてるのかと思った。声が湿っている。でも深く閉ざされたまぶたから落ちる涙はなかったし、うなされてるような表情でもない。
(昔の女か)
 女性という存在を、モノか道具ぐらいにしか思ってないメローネが、過去の恋人たちをなつかしがったりするとは到底思えなかったが、唇からこぼれるそれは女の名だ。
 プロシュートは眠るメローネから視線を外し、窓の外を見やった。雨粒の浮かぶガラス窓の向こう、灰色に曇った建物たちを眺めながら、紫煙を浮かばせる。背後からはやはり時々、女の名を呼ぶ湿った声がする。子守唄のようにささやかな声。雨にけぶる街並み。白く溶けていく煙。静かに染み入る雨音。
「……プロシュート」
 肩ごしに視線をやると、メローネがまぶたを上げて、グレイがかった色の瞳をプロシュートに向けていた。
「いつ戻ってたんだ…気付かなかった…」
「ついさっきだ。おまえ、寝言いってたぞ」
「は…ウソだろ」
 眠たげな声でため息をつき、メローネは手の甲を目元に押し当ててこすっている。それから両手を宙に向かって伸ばして、ごろりとプロシュートの方に体を転がした。
「変な夢みてた気がするよ」
「女の夢だろ」
「なんで?」
「アリアンナ、ジルダ、ベレニーチェ…」
 プロシュートが紫煙とともに吐いた言葉に、メローネはぱちぱちとまばたきをくり返した。一気に上体を起こして、乱れた髪をかき上げる。
「なんでその名前を」
「寝言いってたっつったろ。夢で見るなんて、ずいぶんいい女だったんだろうな」
「ああ…そうだな。いい女だったぜ」
 メローネが背後から指を伸ばしてきて、プロシュートの唇から煙草を奪った。
「みんな死んだけどね」
 深々と吸って、フウと吐き出す。雨の湿った空気に、白い煙がほどける。
「おまえが殺した女たちか」
「いいや。俺の母親たちさ。ダニエラ、ミレーナ、シルヴィア…」
「…何人でヤッた結果のガキだよてめーは」
 途端に笑い声をあげるメローネから、プロシュートは煙草を奪い返した。メローネはやっぱり笑ったままだ。
「下品だなぁアンタ、その思考どうかしてるぜ」
「おまえにだけは言われたくねぇな」
「残念だけどもっと感傷的な意味合いだよ、母親ってのは。つまり、育ての親ってやつ」
 アリアンナ、ジルダ、ベレニーチェ。メローネの唇が、なにかの旋律のようにくり返す音。それらはドビュッシーのつむぐ音楽のように、雨ににじみ溶けていく。しとしとと染み込んでいく。彼女たちは俺を愛していた、と言うのでおまえは愛してなかったのかと聞くとメローネは、愛していたよ、と答えた。
「彼女たちは俺をめちゃめちゃ可愛がってたんだ。服だって靴だって買ってくれた。ガキの頃は女モノの服とか着せられたりして。カワイイお人形さん扱いだった」
「なるほどな。それでそのファッションセンスか」
「イカしてるだろ?彼女たちはどうすれば自分がもっとも美しく見えるか、その方法をよく知っていたから、いつだって磨きたての陶器みたいにキレイだった。男たちに自分を買ってもらうために、最大限に美しく着飾ってた。ミレーナ、ヴェネッサ、レティーツィア…みんなイイ女だった」
「愛してたのか」
「ああ。俺が愛したのは彼女たちだけだよ」
 メローネは背中合わせにプロシュートにもたれかかった。起き抜けだからか、服越しに伝わるメローネの体温があったかい。雨に湿った空気の中、そのあたたかさはじんわりと肌に染みた。
「彼女たちが本当のマードレならなぁ、俺はもっとイイ子になれたはずなんだ。最低の母親と最低の父親から最低の子供がうまれるのは、当然じゃないか。俺はもっとイイ子になりたかったよ」
 メローネの長い髪がざらりと背中を撫でる。ひたひたと雨の音。プロシュートは煙を吐く。白が空気に溶ける。
「ねぇプロシュート、あんたはイイ子だった?」
「もしそうだったなら、こんな所でこんな商売してねぇよ」
「そうだな。じゃあアンタもきっと、母親をまちがえたんだ」
 ああでも、アンタの容姿が母親譲りなら、まちがいじゃなかったのかも…。意味のわからないことを呟きながら、メローネはまぶたを閉じたらしかった。背中あわせで見えないけれど、気配でわかる。プロシュートの背にもたれかかるメローネは、とても眠たそうで、もう一度夢の中に帰りたがっていた。彼女たちの膝の上へ、戻りたがっていた。プロシュートは、背にのしかかる体を重たいと思ったが、払いのけたいとは思わなかった。だから払いのける気が起きるまで、背中を貸してやることにした。
 吐き出した紫煙がまきあがって天井を白く染める。背中越しに伝わる体温はぬるくて、ゆるやかな眠気を誘われる。プロシュートはあくびをひとつ、濡れた睫毛を震わせ目を閉じた。メローネのように美しく思い出せる女性は、誰一人、まぶたの裏に浮かんでこなかった。

祈りの夜にて r.p.h


 ホルマジオは顔を上げて壁にかかった時計を見た。夜の10時前。
 たしか8時ぐらいに、プロシュートに煙草の買い出しを命じられたペッシが部屋に入ってきて、プロシュートが「グラッツェ、そこに置いとけ」と言って以来、誰も口を開いていないから、かれこれ2時間近く黙りっぱなしということになる。
 顔を上げたついでに、肩や首をコキコキ鳴らす。普段やり慣れてないデスクワークのせいで、あちこちの筋肉がこり固まっている。ったく、しょおがねぇなぁ…。口の中で呟いて、ホルマジオは新しい煙草を一本くわえた。
 月に一度、溜まりに溜まった報告書やら始末書やらを、リゾットとプロシュートとホルマジオ、年長組三人で徹夜して片付ける。事務デスクを突き合わせ、パソコン3台持ち込んで、山と積まれた書類仕事をすべて終わらせるまで寝れも休めもしない。やってもやっても一向に減らない紙の山と、積載されつづける煙草の灰。この時ばかりはリゾットもニコチンを摂取する。いつもは匂いがつくのを嫌って吸わない。
 三者三様、灰をまき散らしながらパソコン画面と向き合ってすでに5時間。
 あたりには紙の擦れる音とタイピング音と紫煙を吐く音しか聞こえない。
「…………」
 カタカタカタカタ
「…………」
 ガサガサ…ガサ…
「…………」
 カチッカチッ……フーッ……
 …………
 ガンッ!!ガタガタッ
 決まっていた雑音のリズムの中に突然、騒音が投げ込まれた。
 プロシュートが一度デスクを蹴飛ばしてからすごい勢いで立ち上がったらしい。なぜデスクを蹴る必要があったのか。
「オイオイオイオイオイ」
 立ち上がった勢いそのまま、上着を引っかけて部屋を出ていこうとするものだから、ホルマジオはすかさず声を上げた。
「あ?」
「あ?じゃねーよ。どこへ行く?」
「気晴らしにちょっと散歩だ」
「オイオイオイオイオイ、オイ、嘘つけよォ〜ぜってェおめー帰ってこねえつもりだろうがよォ」
「そうかもしれねぇな」
「なぁに堂々とエスケイプ宣言かましてくれてんだ、ったくよォ〜〜おいリゾット、なんでもいいからコイツ止めてくれや」
「手段は問わないんだな」
「ちょっと待て待て、なんかイヤ〜な予感がするぜ?」
 煙草をくわえたまま普段の3倍ぐらい凶悪な目つきで顔をあげたリゾットを見て、ホルマジオはとたんに待ったをかけた。完全に仕事モードの顔だ。暗殺者の表情。プロシュートが半殺しの目にあうのは自業自得なのでかまわないが、今、デスクをはさんで三人はかなり近い位置にいる。メタリカの二次被害をホルマジオまで食らいそうだ。
「いい案を思いついた」
 プロシュートが軽快にパチンと指を鳴らした。この男もさすがに空気を読んだか、それともやはり読む気などさらさらないか、さぁどっちだ。
「みんなで散歩に行きゃあいいんじゃねーか」
 やはり読む気はないらしい。さすがだ。
「それなんにも解決になってねーぞ?ええ?」
「名案だ」
「マジか?」
 立ち上がったリゾットを見上げ、ホルマジオは「マジか、マジなのか」と思わず天を仰いだ。そこにあるのは薄汚れたアパートの天井だけだが。こういうくだらない事において思いのほかこの二人の息が合う事がたびたびあるのは、一体どういったわけなのか。普段は特別仲が良いわけでもないのに変なやつらだ。
「暗殺者が仲良く散歩ってどーよ?」
「いいじゃねえか。夜は俺たちの時間だぜ」
「吸血鬼かよォーてめーは」
 ホルマジオとプロシュートが言い合ってるうちにすでにリゾットはロングコートを羽織っているし、プロシュートはマフラーを巻いたうえ手袋もはめ出している。本気の防寒具じゃねーか。どこまで散歩いく気だ。
「ったくしょおがねぇなぁ〜付き合ってやるぜ」
 仕方なしの振りをしつつ、ホルマジオもダウンを羽織ってポケットに煙草ケースを突っ込んだ。リゾットにつづいて部屋を出かけていたプロシュートが顔だけ振り向いて口の端で笑っている。どうせハナからいっしょにサボる気まんまんだったんだろーが、とその目が言っている。ホルマジオは明後日の方向をむいて口笛をふいた。

「うおお〜!やべえ寒ぃ!」
 いうまでもなく外は極寒だった。空気という空気が何かのスタンド攻撃かと思うほど身を切る冷たさだ。夜空は冬特有の澄み切った藍色に無数の輝きを載せた美しさだが、はっきりいってそれどころじゃない。寒い。
「寒いな。これは寒い。おもった以上に寒い」
「おお、寒ぃぜリゾット、メタリカでストーブかなんか出してくれよ」
「ストーブあっても電気か灯油がねぇと使えねーだろうがアホマジオ」
「ストーブか…作るにはかなりの鉄分が必要だろうな…」
「試すなよリゾット。俺とホルマジオが酸欠か失血で死ぬ」
 ホルマジオとプロシュートはほぼ同時に煙草に火をつけた。口から吐く白は息が紫煙かわからない。歩くたびにギュッギュと雪が鳴った。景色一面、白に包まれた夜の街はおだやかな静けさだ。
「思うが、なんでうちのチームにゃ火を使うスタンドがいねーんだ?鏡とか子作りとかよぉ、変な能力ばっかじゃねぇか」
「人を勝手にジイサンにしたりな」
「鼻からハサミ出したりな。どこの大道芸かと思うぜ」
「ハイハイ、おめーらはどっちもどっちだから睨み合うのはやめろ」
「ギアッチョが来た時、最初おまえが教育係だっただろう。あれは今でも思うが大失敗だった」
「まったくだな。リーダーともあろうもんが、とんだ人事ミスだ」
「俺が夜帰ったらマジでアジト半壊してたもんなぁ、空襲でもあったのかと思ったぜぇ?」
 ホルマジオが宙に向かってぽかりと浮かべた紫煙が、やわらかい丸をえがいて夜空へ吸い込まれてゆく。
「そう考えるとペッシの奴はすげーな、まだまだマンモーニだけどよぉ、弱音吐かねぇだろ」
「ハン、これぐらいで弱音吐いてちゃあ一生使いモンになんねーよ」
「いやおめー自分の厳しさ自覚しろよ?アイツたまにおめーに蹴られすぎて顔面クレーターみたいになってっからな」
「でも甘いところもあるだろう。自覚してるかしらんが。ペッシはまだ自分の手で殺しをやったことはない」
「マジかよ?」
 リゾットの言葉を受けホルマジオが視線をやると、プロシュートは眉をひそめてしかめっ面をつくっていた。
「たまたまだそんなもん、甘やかしてるわけじゃない」
「なら次の任務はペッシにやらせろ。そうゆう仕事をまわす」
「お気遣い痛み入るぜ。おいホルマジオ!妙な鼻歌うたってんじゃねえ!」
「俺じゃねーよ、八つ当たり反対ィ〜」
 黙ってみると確かにかすかな歌声が聞こえる。道には人影ひとつないから、どこか建物の中から漏れ聞こえてるのだろうか。
 町中の小さな教会の前を通りがかって、ようやく気がついた。薄く開いた教会の扉からは、あたたかな橙色の光と人々の祈りの声があふれだしている。ミサだ。それも、今日は特別な日のミサ。
「ああ…そうか」
 小さく呟いたリゾットのとなりで、プロシュートが白煙を吐く。
「ローストチキンでも買って帰るか」
「店なんか開いてねぇだろう、クリスマスの日によぉ」
「そのへんに鳥小屋ないか?」
「おいリゾット、マジか。マジなのか?」
 人間は容赦なく殺すのに動物には妙にやさしいホルマジオだ。やさしいくせに猫を瓶詰めにしたりするが。
 教会の角をぐるりと回り、来た道を戻る。足は自然と、帰る場所へ向いている。
「隣人を愛しなさい、敵を愛し、あなたを迫害する者のために祈りなさい」
「いい言葉だ。なんかの詩か?」
「さあな。昔ドラッグキメてる女が背中に彫ってた」
「おめーらにいいことを教えてやろう。そりゃ神の教えってやつだ」
 暗殺者にこそ神や祈りが必要だ。都会の空にこそ星のまたたきが必要なように。

天国地獄大地獄 r.p


 14歳になる頃にはチンピラの仲間入りしてストリートギャング同然だったプロシュートは、この世界において関わっちゃいけないタイプの人間を嗅ぎ分けるのに長けていた。そして目の前に立つ男はまちがいなくその類いだとわかった。
 詳しいことは知らされていないが、とにかくチーム直属のボスから、昼の2時に指定されたカフェのカウンター左端に座り、2時15分にやって来てエスプレッソをたのむ男に、他の客にはわからないようこれを渡せと命じられた。ごく平凡な茶封筒だ。けれど上司には何故と聞いてはいけないし、やってくる男が誰かも、封筒の中味も、聞いてはいけない。プロシュートは黙ってうなずいた。分別はこの世界では重要だ。
 そうして2時に指定のカフェに入り、適当に注文してカウンターに座り、テーブル下の荷物置きの部分に封筒を忍ばせてからきっちり15分後、ひとりの男がカウンターにやって来てエスプレッソを注文した。
 プロシュートは目線を上げずに、視界の端で男の姿を確認した。背が高く、黒っぽい服を着ている。
 昼下がりの店内はそこそこ混み合っているので、男がプロシュートの隣りの席に座ったのはごく自然だった。その前に、上司から預かった封筒を静かに隣りへ滑らしておいたプロシュートは、男がその席に座っても何食わぬ顔で魚介のロールピッツァにかじりついていた。
 男が、持っていたカバンを膝にのせ、中の書類を取り出すのにまぎれさせ、カウンター下に滑らせた封筒を平然とテーブルに乗せるのを、見るともなしに見る。鮮やかなほど手慣れている。この世界が長いんだろう。年はプロシュートと変わらないぐらいに思えるが。
 一応それで自分の仕事は終わったので、あとは気楽にコーヒーを傾け煙草を味わっていた。
 しばらくして、隣りの男がささやかなため息をついて立ち上がった。
「注文していたものとちがう」
 おや?とプロシュートは自然な風を装って男を見上げた。黒ずくめの男はエスプレッソのカップをカウンター越しに店主に突きつけているが、今の言葉は明らかにプロシュートに向けられたものだ。何故といわれてもそう聞こえたんだからそうとしかいえない。
 店主があわてて作り直しますと言うのを、いらないと断わって男は出ていこうとする。プロシュートはカウンターの下を探った。上司から預かった封筒が、いつのまにかプロシュートの手元に戻ってきている。
(オイオイ、どういうことだ?突き返されちまったぞ)
 想定してなかった展開にどうしたものかと考えるが、戸惑った様子は微塵も見せないまま、プロシュートは男が店を出ていくのを背中で感じながらコーヒーを最後まですすった。
 とりあえず置いていくわけにもいかないので封筒を回収し、店を出る。上司には起こった事そのままを話すしかないだろう。
 店を出てすぐ正面のバス亭に、さっきの男が立っていた。
 思わずプロシュートは立ち止まった。男はプロシュートを見ないまま、すいと人の波をわたって角を曲がっていく。
(ついて来いって?)
 男がどこの誰かも知らない、組織の者かどうかも、そして封筒の中味もこの仕事の意味も知らないが、プロシュートは自分の勘に従って男の後を追った。
 いくつかの角を曲がり、大通りから外れて店と店の間の奥まった路地に入ったとき、男が壁にもたれてプロシュートを待っていた。
「注文品とちがうとボスに伝えろ」
「それ言うためにわざわざ待ってたのか?」
 注文とちがうというのなら、さっき店で聞いた。プロシュートが間違いなく耳に拾ったことぐらい、男もわかっているはずだ。なぜわざわざこうして呼び寄せる必要がある?
 男は顔を上げて横目でプロシュートを見た。黒々と冴えた瞳だった。
「見えてないんだろう?」
「…何が?」
 男は壁から背中を離して、プロシュートと正面に向き合った。さっきも思ったが背が高い。一般人のような身なりだが、カフェでは見せなかった、逸脱した空気をまとっている。触れれば切れそうだ。プロシュートは知っている。これは『殺意』だ。
「さっきの店でも試しに少し出してみた。おまえは見えていなかった」
「なんの話してんのかさっぱりわかんねーんだが」
「だから注文とちがうと言ってるだろう。封筒を持ってボスの元へ戻れ」
 その時プロシュートの勘が働いた。男はプロシュートをわざわざ待っていた。店では表立って接触しなかったのに。つまり男が用があったのはプロシュートだ。『注文とちがう』。それは封筒の話じゃない。
「俺か?俺のことを、注文とちがうっつってんのか?」
 男は答えなかった。答えないまま、明確な『殺意』の気配を見事にかき消し、背を向けて歩きだした。
 プロシュートは今度は男を追うことを考えなかった。封筒をボスの元へ返すまでが今の任務だ。プロシュートの主義として、任務は遂行する、なにがあっても。

 見えてないんだろう?
(何が?)
 ボスのいるチームの溜まり場への道すがら、黒ずくめの男の言葉を反芻する。店でも少し出した、おまえは見えていなかった。
 何の事だったのだろう。見る見ないの話じゃない、男は『見える』『見えない』の話をしていた。見える人と見えない人がいるもの?それがなんなのかプロシュートにはわからなかったが、今現在の時点でプロシュートが『見えない人』であることだけは確かだ。
(俺を試した?なんのために。封筒は関係ねえな、中味は入ってないのかもしれねえ)
 目的の建物の前で、プロシュートはくわえていた煙草を落として踏みにじった。この件に関してはボスにどうゆう事か尋ねてもいいだろう、知らないうちに自分をダシに使われたようで気分が悪い。
「戻りました、…」
 扉を押して中に入ったとたん、胸ぐらをつかまれ床に引き倒された。反射的に振り上げた足が誰かの顎にヒットするが、別の男が振るった拳がみぞおちに入った。唇を噛んでうめく。
「この裏切り者がッ!!」
 なんだと?
 浴びせかけられた罵声がさっぱり意味不明だ。目を見開けばプロシュートを取り囲んでいるのはみんな同胞たちだった。同じチームの人間から、裏切り者と言われ、突然の暴力を受けている。意味がわからない。
「意味、わかんねぇんだよッ!!」
 なので思ったまま口にして、目の前のひとりを殴り飛ばす。それでちょっと頭が冷えるかと思いきや、男たちは完全に興奮状態のようで声を上げて再び飛びかかってきた。
 タックルして来た奴を避け、金的蹴りでひとり沈めると、背後から後頭部に一撃食らった。ものすごい衝撃だったので、銃のグリップでやられたのかもしれない。銃を持ってるくせに撃ってはこないとなると、目的はリンチだろう。最終的には殺すつもりかもしれないが。
 後頭部への重い一撃に思わず動きが止まったところを、背中から蹴りつけられ床に突っ伏す。両手を床についてすぐ起き上がろうとするが、耳の上から別の男に頭を踏みつけられ床に縫い止められる。そのうちに、背中側のジャケットの下の腰に差した銃を抜き取られた。
「てめぇら…どうゆうつもりだァ!?ああ!?」
「うるせェー裏切りモンがァッ!!黙ってろてめェッ!!」
 奪われた銃の銃口を、ゴリッと首裏に押しつけられる。プロシュートは横目で同胞たちを睨みあげた。足で踏まれ動かせない後頭部から、額にだらりと血が流れ落ちてくる。それでもまぶたを閉じることなく、囲んでる男どもを見据えた。
「デカい口叩いてんじゃねェぞオイ、今すぐ頭に風穴ブチあけてほしいかァ!?」
「心配しなくても判別つかねーぐらい顔グッチャグチャにしてドブ川に浮かべてやるぜ裏切り野郎がッ!!」
 四方八方から降りかかってくる罵声に、プロシュートは急激に冷静になった。裏切り者だと?殴りかかられながらも思考は落ち着いている。
 コイツらもなんの意味もなしに裏切り者扱いしてるわけじゃあないだろう(それなら本当にただのマヌケだ)。俺が裏切り者と思われるような行動をとったか、コイツらが誰かに嘘を吹き込まれたかだ。
 昨日まではたしかに同じチームの一員で仲間だった。なら、きっかけとなったのは今日の行動だ。思い当たるといえばあの黒ずくめの男と会ったことぐらいしかない。でもそれはボスからの指令だった。どう考えてもコイツらを裏切るような行動じゃあない。
 そう、ボス。ボスはどこだ?プロシュートは頭を踏みつけられたまま無理矢理視線を正面に転じた。男たちの足元の向こうに、いつもボスが座っているデスクがある。ボスはいないのか?
 そう思ったとたん、デスクのまわりの絨緞が異様に黒く染めあがっていることに気付いた。視線が低いからわからなかった。大量の血が、そこに染み込んでいる。
「てめぇら、まさかボスを」
「しゃべんなっつっただろうがァァーッ!!」
「ッ、げぇッ」
 脇腹を思いきり蹴り上げられ、昼間カフェで食べたロールピッツァを吐きそうになった。続けざまに背中を上から何度も踏みにじられる。バギッ!鈍い音が体の中から響いた。肋骨を折ったかもしれない。激痛に吸い込んだ息を吐き出すだけで胸が痛む。折れた骨が肺にでも刺さったか。
「あの野郎はもう俺らのボスじゃねぇよ、裏切りモンのクソ野郎だッ!!」
「野郎、パッショーネの連中に一泡ふかせてやろうって言ったくせに、土壇場になってパッショーネにチクって自分の保身に走りやがったんだよ、テメェを奴らに引き渡すのを条件になァ!!」
 嘔吐感でめまいのする頭痛の中、男たちの言葉がプロシュートの脳内で整然と並び立てられ、つながった。パッショーネはプロシュートたちのチームの属するさらに上位のギャング組織だ。点在する地方ギャング集団をまとめる総元締的存在。下部組織のギャングたちは、パッショーネの庇護を受けるかわりに、上納金をおさめている。
 それを何らかの方法で自分たちのモノにしようと、ボスがこいつらに持ちかけた。しかしいざという時になって目が覚めたか、同胞たちを裏切りパッショーネに密告した。
(俺を引き渡すのを、条件に)
 男たちに蹴られ切れて血の吹き出るまぶたの裏に、昼間の男の姿を思い出す。背の高い、黒ずくめの。黒曜石のような両の瞳。あれはパッショーネの者か。パッショーネへ引き渡される人材には、なんらかの条件があった。男が言っていた、あれだ。何かが『見える』者。
「ブッ殺してやるよォォーーッ!!!」
 同胞がナイフを降り下ろしてくるのが見えた。プロシュートは目を開けたままだった。少し動くだけで胸が強烈に痛んで、小さく喘ぐ。鼻孔を血の臭いが突く。口の中いっぱい錆臭い。頭を踏みつけられっぱなしで、ガンガン痛む。
(ボスは俺の命と引き換えに自分は助かろうとした、けど残念だったな、俺は返品されてアンタは部下に殺された。これも全部、パッショーネの思惑通りなんじゃねえか?俺もまさに今死ぬところだ。だが……)
 ナイフの刃先が、首にめり込む。薄い皮膚を裂き、肉に割り入ってくる。冷たい異物が体内に差し込まれる。
(なぜだろうな、死ぬ気が全然しねえ)
 瞬間、プロシュートは、自分の体の下に生ぬるいものが広がったのを感じた。それはナイフで刺された自分の首から噴き出る血だと思った。
 だがちがった。
「な、な、なん…ッ!!?」
「なんだァこれはァァーーーッ!!??」
「あああァァアーーーーッ!!!」
 男たちが、異常な悲鳴を上げる。響く絶叫は、次々にかすれ途絶えていく。
 気付けばプロシュートの頭を踏みつけていた足がなくなっていた。かわりに何かが、プロシュートの体を守るように馬乗りになって、佇んでいる。
 プロシュートは倒れ伏したまま、それを見上げた。
 人だ。いや、人、のようなもの。下半身のないそれが、両腕を足がわりにプロシュートの体をまたいで、立っている。その全身の皮膚に貼り付いた幾つもの眼球のひとつと、目が合った。
(おまえ…誰だ?)
 眼球はそれに答えるように、煙をまき散らし続けた。いつの間にか部屋の中が濃霧に覆われている。この人型の何かが、吐き出してるものらしい。その煙の中で、さっきまでプロシュートを蹴りつけていた男たちが、奇妙なうめき声をあげて倒れ、悶え転げている。
(おまえが、やってるのか?もうやめろ、十分だ)
 上に乗る人型のなにかは、プロシュートの方を見ない。声は届いてるはずだ。そう思った。だけどそれはプロシュートの声なんか聞いちゃいなかった。むしろ一層濃く白濁した煙を吐き散らかした。床に転がっていた男が、絶命の断末魔を上げて、動かなくなった。その手は宙をつかむように突き出されている。皮膚が、エジプトのミイラみたいにガビガビだ。
 唐突にプロシュートは理解した。プロシュートのまわりには、死体が散乱していた。どれもこれも、干からびて白骨寸前にまで目が落ち窪み、死ぬまで苦しみ悶えたせいで体が変な方向にねじ曲がっている。それがいくつもいくつもいくつも、自分の周りに積み重なっていく。
 プロシュートは初めて戦慄を覚えた。それら死体の醜さにではない。男たちが干からび生きながらミイラ化していく中で、自分だけが変わらない姿だからだ。
 唐突に知覚したのだ。男たちに生きながらの地獄を与えてるのは自分だと。
「てめぇッ…!!!」
 衝動的に起き上がると同時、肋骨と内臓が気を失いそうな痛みを発するが、そんなことより強烈な怒りが勝った。体の上をまたがる人型のそれに掴みかかる。だが伸ばした両手はその体を突き抜けた。
「!?」
 勢いのまま倒れ込みそうになって、片腕を床につく。上半身だけのそれは、相変わらずプロシュートの体の上にまたがったまま、全身の目を少し細めてみせ、それから見開くと同時にいっせいに煙を吐いた。プロシュートをあざ笑うかのようだ。あるいは己の力を見せつけるかのように。
「『スタンド』に攻撃できるのは『スタンド』だけだ」
 背後から静かな男の声が降りそそいだ。振り仰ぐと、何もない空間が、いや、霧の張った空間が不自然にたゆみ、凹凸を帯び、ゆっくりと、溶け出すように一人の男が現れた。黒ずくめに、黒い瞳。
「奇妙なことだ、たしかに昼間はスタンド能力をもっていなかったおまえが、すでに能力者として驚異的な力を発揮している。スタンドが暴走状態にも関わらず、正気を保っていられるほどの精神力。こうゆう無差別広範囲型は、人格が崩壊しやすいもんだが……それにしても生物を『老化』させるとは、おぞましい能力だな」
 あの男だ。
 カフェで接触した男。注文とちがうと言った男。見えていないんだろうと問いかけてきた男。
 プロシュートはとっさに手を伸ばして男の服をつかんだ。骨と肺から突き上げる痛みを無視し、男の体を全力で引きずり寄せる。
「てめえッ、パッショーネのモンだな!?何を知ってる!!てめえは、これを、止められるのか!!!」
 白い煙に巻かれ男の顔は見えない。だが掴んだ感触から、鍛えられていた男の体は、ジジイのように枯れようとしていると知る。周りのミイラ化した死体と同じように。生物を『老化』させる。それがこの、人みたいなモノの能力?俺の、能力だと?
「聞いてんのか!!てめェーああ!?」
「手段は選べない。いいか?」
「なんでもいい、止めろ!!!」
 叫んだ瞬間、いきなり立ちくらみの強烈なやつが襲って、プロシュートはまるで電源を切るように意識を失った。受け身のひとつもとる間もなく、体を思いきり床に打ちつけて昏倒した途端、守るように立っていた人型のモノも、霧散する。
 視界をほぼ真っ白に染め上げていた煙が少しずつ薄れ、リゾットは手で靄を払って足元に屈み込んだ。完全に失神しているプロシュートの口元に手のひらをやる。湿った空気があった。呼吸はできてる。
「………」
 リゾットは知らず詰めていた息を吐いた。プロシュートは突発性の脳貧血を起こしただけだ。脳血管にメタリカで阻害物を作り出し、一定量の血液をまわらなくさせる。理屈は簡単だが、一瞬で起こし一瞬で解除しなければならず、しかも血管を傷つけずに鉄製品を作り出すのは恐ろしいほどの集中力を要する。イチかバチかだった。
 リゾットが近付いて物理的に攻撃を加え失神させようとしたら、プロシュートのスタンドに邪魔されていただろうし、そのうえ老化によってリゾットの筋力は普段の半分もない状態だった。その状態で人型スタンドと戦えるとは思えない。やはりメタリカの能力を使うしかないという判断だった。
 それにしても。
「…厄介な置き土産をしてくれたもんだぜ」
 そのへんに転がる死体をどかして、リゾットはあぐらをかいた。
 目をやると、部屋にひとつだけ置かれたデスクの向こうから、見慣れたスーツの腕が飛び出している。

『俺んとこの馬鹿どもが馬鹿やらかす前に、ひとり優秀な馬鹿をあずかってくれねぇか』
 リゾットはここのボスの男と、同郷で古い馴染みだった。暗殺を担うチームに入って以来、個人的な交流はほとんど断っていたが、めずらしく向こうから連絡があったと思えば、そんな不可解な事を言い出す。
 リゾットのチームは『能力者』しかいない。旧知の男は能力者ではなかったが、スタンドというものは理解していた。男の「馬鹿どもが馬鹿をやらかす」という言葉に切迫したものを感じたリゾットは、男の頼みを承諾した。優秀な馬鹿とやらを預かろう。ただし『スタンド能力者』に限る。
 プロシュートはたしかに見込みある人材だ。だが能力者ではなかった。何を考えている、馬鹿はおまえだ、非能力者をうちのようなチームに預けようなどと…。
 ボスの男は能力者ではなかったが、彼の死んだ相棒は能力者だった。スタンド能力をもっていなくても、彼には気配でわかったのかもしれない。プロシュートはたしかに傑出した能力者になるだろう。すでに下部組織の裏切り者たちを皆殺しにしたのだから。パッショーネ入団への手土産は十分だ。

純潔の炎 p.m


 仕事の終わったあとの一服は最高だというが、メローネもおおむね賛成する。メローネが煙草を吸うのは、仕事直後の、少しの疲労感と、待ち合わせの時間を持て余した時だけだ。だから機会は少ない。体に匂いが染みつくこともない。
 バイクにまたがって久しぶりの煙草を味わっていると、夜道から聞き慣れた音が近付いてくる。石畳を叩く革靴。これはうまくいった時の音だ。
「首尾は?」
「ディモールトベネ、だ。おまえ風にいうとな」
 カチッと闇に火花が散る。が、何度すってもいつものように火が灯らない。舌打ちが聞こえた。
「メローネ。火をくれ」
「あいにく俺もガス切れ」
「いい、こっちでもらう」
 夜の闇から溶け出してきたプロシュートが、唇にくわえた一本をメローネの吸う煙草に寄せて、強く吸う。ジジ。触れあった先端がひときわ明るくなり、そして離れる。メローネから火を移しとったプロシュートは、一吸いしてため息みたいに紫煙を吐いた。うまそうだ。
「なんだ?」
「え?」
「顔が笑ってる」
「マジ?」
 思わずメローネは口元に手をやった。無意識に笑っていたらしい。我ながら気持ち悪い。
「いや……久しぶりだなと思って。煙草吸うの」
「常習じゃねぇからな、おまえ」
「仕事終わりに一本だけだ。…ほんと、ひさしぶり」
 その言葉が何を意味するか、わからないプロシュートではなかった。ある時期を境に、暗殺の任務は確実に減っている。干されている、といった方が正しい。
 あの時から。ソルベとジェラートがボスの素性について調べだし、捕まって殺されたあの時から、ボスにとってプロシュートらのチームは、いつ飼い主の手を噛むか知れない危険な飼い犬となった。ボスからの要求はより高く、難解になった。同時に任務が激減した。当然、渡される報酬も。
 飼い殺されている。
 それはチームのメンバー全員が感じていることだった。首輪をはめられ、今にも窒息しそうなほど。
「実際、これ以上報酬が減ったらやってけねぇな。食い扶持減らすために、首切られたりして」
「ありえねぇ。俺らがチームから抜ける時は死ぬ時だけだ」
「物理的に、首を切られた時とか?」
「メローネ」
「だって、考えてもみろよ、プロシュート」
 バイクのシートに沿って背を反らせ、メローネは夜空に向かって煙を吐いた。
「たとえばあんたやホルマジオなら、こんな仕事やってなくったって、カタギの世界でやってけるんだろうさ。だけど他の連中を見てみなよ。ギアッチョはブチギレのガキで社会じゃ相手にされないし、イルーゾォは自分の世界から出てこれない。ペッシは自分の面倒もみれないマンモーニ。リゾットはなんとかやってけそうだけど、あれはダメだ、暗殺者として出来上がりすぎてる。それに俺。俺なんか即刻逮捕で一生刑務所か、数年たってからブチ込まれてロープで首くくられるかどっちかだ。悲惨だね」
「言っただろ。組織が俺たちを野放しにするなんてありえない。だからそんなのはありえねー未来だ」
「じゃあプロシュート、もしボスが死んで、組織が解体したら、その後、あんたどうするんだ?」
 メローネが視線を向けると、プロシュートはまだ短くもなってない煙草を捨てて、靴で踏みにじった。かすかな火種が石畳みに押し付けられ、消える。
「さぁな…俺はべつに組織を乗っ取ろうとも思わねぇし、ボスになりたいわけでもない。これまで通りにやってくんだろうよ」
「ギャングを続ける?」
「おまえは足を洗いたいのか?メローネ」
「それこそありえない。自分では天職だとおもってるぜ」
 メローネは短くなった煙草を、地面に落とした。石畳の隙間に吸い込まれて、炎は消える。辺りはまた、暗い藍色の闇に包まれる。
「金が欲しいな。そう思わないか、プロシュート。金さえありゃあなんだって買えるし、なんだって食える」
「てめえがそう思うならそうすりゃあいいだろうが」
「俺はボスを裏切らないかって話をしてるんだぜ」
 プロシュートはゆっくりと視線をメローネに繰った。よく研がれたナイフでじっくり腹を割くようだった。
「色気のねぇ誘い文句だ」
「ソルベとジェラートがさ、先走った行動しやがって、余計に俺らの立場が悪くなっただろうがって最初は思ってたけど、あいつらが何か仕出かす前から、俺らチームはボスにとっちゃあ厄介モンだったんだ。ボスが行動に出る前に、あいつらは動いただけだ。そう思った。今だって徐々に、首輪を締めあげられてる。いつか俺らはボスに殺されるんだろう。任務で死ぬのも嫌だけど、ボスに殺されるのはもっとダサい」
「ちがいねえ」
 メローネが立てた指でちょいちょいと手招く。言われなくてもプロシュートは石畳を削る鋭さでメローネに近寄った。
 バイクのボディに身を寄せる。メローネは、プロシュートの耳に内緒話をするように言葉を吹き込む。
「あんたはノッてくれると思ってた」
「ボスだろうがなんだろうが、俺を殺そうと向かってくる奴は全員殺すさ」
「たのもしい。あんたはそうでなくっちゃあ。…あのマンモーニはどうする?」
「自分で決めるだろう。あいつに任す」
「足手まといになんないかって、言ってんだけど」
「ペッシが?足手まとい?」
 プロシュートは鼻で笑った。横目でメローネを見る。
「せいぜいテメーの心配してろ。優秀なベイビィを育てとくんだな」
「あんたかリーダーが血液をくれたら最高にベネなんだけどなぁ」
 バイクにまたがったままメローネが両頬にキスを寄越してきたので、プロシュートは手を背にまわしてゆるい抱擁を返した。メローネがこんな風に妙に親しげな仕草をしたがる時は、本心からの感謝を表す時だとプロシュートは知っている。
「チャオ」
 片手を軽く振ってメローネはバイクを発進させた。闇夜に消えていく左右ふぞろいの淡い髪色を見送って、プロシュートは新しい煙草をくわえた。が、火がないのを忘れていた。舌打ちひとつ、ジッポをしまって煙草はくわえたままメローネとは逆方向に歩き出す。
 ボスを裏切るか裏切らないかは、プロシュートにとってそこまで重要ではない。おそらくチームのリーダーという立場にあるリゾットなら、部下をもつ以上、それは重大なる決断となるのだろうが、プロシュートには関係のないことだ。
 なぜならプロシュートは自らの意志でこの道を選び取り、いつだって地面を削るような鋭さで歩いてきた、ボスへの忠誠でも信仰でもない、プロシュートの胸にはいつだってたしかな炎があって、その炎が照らしだすひとつの方角だけを目指して走った。そう、たったひとつなのだ、いつだって。そのたったひとつの向いている方角がこの道なのだから、これ以外はありえない。メローネは、ホルマジオやプロシュートなら、カタギの世界でもやっていけるなどと言っていたが、そんなことは世界が一巡したってありえないだろう。胸に灯る炎が照らす暗がりの一本道、これがプロシュートの選ぶただひとつの道であり、プロシュートはプロシュートのまま死ぬのだ。

この世でいちばん高価なもの all


「この世でいちばん高価なものはなんだと思う?」
 クリームソースのペンネをフォークの先に上手にハメたメローネが、魔法使いの杖のようにフォークをくるくる回す。
「やめろテメェーソースが飛び散るだろうがッ!」
「ジェントリーウィープスで固定しなよ」
「とんだスタンドの無駄遣いだなァオイ」
「腹いっぱい食うためにリトルフィートでちっちゃくなって飯食うアンタには言われたくないだろ」
 10センチ大のホルマジオを横目にイルーゾォはまだ前菜のサーモンのカルパッチョをつついている。思いのほか食べるのが遅い。あまりに遅いのでたまに店に置いていかれることもある。
「どーだっていいけどさ、俺の質問聞いてた?」
「あァー?聞いてた聞いてた」
「よォーし復唱してみろイルーゾォ」
「なんで俺が!?俺関係ないだろ!」
「いちいち鏡に逃げてんじゃねェーッ!テメェーは早く飯を食えッ!」
「『ジェントリーウィープスで固定しなよ』だろォ〜?」
「そこじゃないそこじゃない」
 昼下がりのテラスには容赦ない太陽光線がふりそそぐ。それをまるで吸血鬼のように毛嫌いして、メンバーはホール端のテーブルに陣取っていた。客の姿は彼ら以外にひとりもない。客も、店の者も、ひとりも。
「この世でいちばん高価なものはなんだっつう話だよ。ハイじゃあホルマジオから。意見言って」
「あー?しょぉーがねぇなぁ…そりゃあ金じゃねぇーのか?」
「ちがうね、ぜってェーちがうッ!金は相場で変動するだろォーがッ」
「なるほど。じゃあダイヤモンドとかも」
「許可しない」
「俺はおまえの食べ残しを許可しない」
「やめろォ!レモンのかかったトマトは嫌いなんだ!」
「おいメローネ、あんまりいじめてやんなよォ?余計イルーゾォが飯食うの遅くなるだろォーが」
「ディモールト正論だぜ」
 ギアッチョはさっきから苛々と水の入った瓶を人差し指で叩いている。会話がちっとも進まないせいだ。いつもの事といえばいつもの事だし、だからギアッチョもいつも通り苛々している。
「イルーゾォの野郎とレモンのかかったトマトはどーだっていいんだよォ、金や石ッコロは相場で価値が変動するからダメ、じゃあ何がいちばんだっつぅーんだ?クソッ、くだらねェ質問だが正解がハッキリしないのは余計イラつくぜッ」
「メローネおまえはなんだと思うんだよ?」
「そうだな…むずかしい質問だが」
「テメェーが言い出したんだろォーがッ!!」
「キレんなよォ〜ギアッチョ」
「絵画とか彫刻とかじゃあないのか?」
「いいとこつくね、イルーゾォ。けど今俺がしゃべってんだよ黙れ」
「ヒィッ!フォーク!刺さってる刺さってるゥッ!」
「たしかに美術品は時間がたつほど高値がつくこともあるよなァ。死んでから価値がでる画家も多いことを考えると妥当かもしれねーぜ」
「相場が変動するって意味じゃあ金や宝石と変わらないとおもうが」
 その瞬間、テーブルにつく全員の目が一点にそそがれた。
 つまり、突然会話に割って入った、カルボナーラをグッチャグチャにかき混ぜているリゾットに。
「食い方汚いリーダー」
「これがいちばんうまいんだ」
「カルボナーラの半熟卵ってのはよォ、もっと女扱うみてーに繊細に扱うべきモンじゃねぇーのか?」
「グッチャグチャのドッロドロ。リーダーの女性の扱い方が目に見えるようだ」
「黙ってろ素人童貞」
「リーダーって丼とかもぜんぶ具材ごと混ぜちゃうタイプだろ」
「それがいちばんうまいからな」
「わかってねぇなァ〜〜見目の美しさも大事なんだよ料理ってのはよォ。三色丼は三色だからこそ三色丼だ、それを混ぜちまったら三色っつーかただのミックス丼だろうがよォ。だいたい三色ってなんだ三色って、ライスの白合わせたら4色あるじゃねーかクソッ」
「丼ってのは上にのっかった具材がメインだからライスは色に換算しないんじゃあねーの」
「そんなわけあるかッ!ライスあってこその丼だろォーがッ!」
「それであんたはなんだと思うんだ?この世でいちばん高価なもの」
 地鳥のマリネを頬張っていたせいで油ぎったフォークをホルマジオがリゾットに向けたことで、再びみんなの視線が黒ずきんの男に集まった。
「人間だな」
 そしてその回答に全員の目が点になった。
「マンマミーア!」
「意外!それは人間」
「マジかよ?」
「人間ほど尊いモンはねえってか?」
「リゾット・ネエロともあろうモンが…見損なったぜ…いやここは拍手喝采すべきところか?」
「オーブラボー」
 よくわからない拍手まで受けてしまったリゾットだが、本人はとくに気にする様子もなく、グチャグチャに混ぜたパスタを丹念にフォークにからめとった。
「単純に考えて腎臓ひとつ売れば30万ほどになる。健康体ならなお高い。生死を問わないとして人間の体からはぎ取れるものすべてはぎ取れば、心臓肝臓食道胃腸、網膜頭髪各部皮膚、全身にわたってかなりの価値だ。人間社会という価値基準をもとに考えるなら、金や芸術品みたいなモンよりよっぽど安定した高値が期待できるだろう」
「てめーそれは食事中にする話か?リゾット」
 さっきとはちがう意味で目が点になっていた全員の心の中を代弁したのは、ようやく現れたプロシュートだった。背後にいつも通りペッシもいる。
「おー遅かったじゃねーかよ」
「待ちくたびれたぜ。テメー順番的にはメローネより先に着いてるはずだろォーがよォ」
「うるせぇ。このマンモーニが体バラバラにされちまったせいで、ぜんぶ拾い集めんのが大変だったんだ。川に流されて魚に食われちまうところだったぜ」
「ごめんよォ兄貴ィ…」
「おめーはいつまでたっても手がかかるなぁ、ええ?ペッシよォ」
「なに食べる?プロシュート。タダでいくらでも食べれるぜ」
「ハッ、タダだと?まるで天国じゃねーか」
「まったくだ」
 プロシュートとペッシが席についたところで、リゾットが食前酒のグラスを掲げた。
「乾杯しよう」
「いいな」
「何にだ?」
「俺たちチームに」

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